勇者に告白された
視点:主人公(魔法使える厭世的)
暗めで前世の記憶は軽いスパイス程度
残酷な描写.R15は保険です
私は所謂前世の記憶がある人間、という奴で。前世でそりゃ酷い目にあった。
親は借金残して蒸発するわ。姉は姉で私の彼氏を奪った挙句文句ばっか私に言ってきて。
友人と思っていた人間が私の悪口を流して私をイジメの対象にして自分はイジメから逃げていた、なんて当たり前の事で。そして小学校からずっとそんな調子だから最早早々に他人に諦めて独りで生きて。
働きまくって借金も全部無くして、やっとこれから!と思って。そして、その清々しい朝に事故。居眠り運転で私に突撃してくるトラックを最期に、私は前世を終えた。
一言言わせて欲しい。えっ何この人生。
私がなにをしたっていうの?こんの野郎ううぅぅぅぅ!と叫びたい。
因みに今世では孤児として意識がはっきりしてきた時にはなっていた。親がいれば完全に警戒するから嬉しいけど。何か理不尽。
だが、そんな私に対して神様は少しお恵みとやらをくれたらしい。
「何なんだよ、これ!お前のせいだろ!」
「貴方私の子供に何してくれるの!?これだから孤児を学校にいれさせるのを反対したのよ…!」
私の前で喚くのは白い髪の少年とその母親。因みにその少年の本来の髪は赤だった。
さて、では何故そんな事になったからというと私が魔法を駆使してやった、という事だ。通りかかった時に白い髪の少年を髪色で虐めていたので、それなら自分の髪が白くなったらどうなのか、と思いまして。
そう、これがお恵みだ。この世界は魔法を使える、という二次元的な、ファンタジックな世界だが、残念な事に全員使える訳ではない。
ほんの一握り、の人間しか使えないのだ。そうして孤児である私は魔法を使える事により他より優遇されている。
学校に行くのも、食事だって全て無料。贅沢三昧、とかではないが前世と比べれば何ていう幸せ。
だが、学校では魔法を使えるだけで他の子供にとっては貧民がいる事に納得出来る筈がない。勿論イジメが発生したが、それは魔法で黙らせてきた。
「…髪色がそんなに気に入らないのですか?好きに色を染められる白ですよ。第一、白い髪にどんな問題があるんですか」
ふわぁと欠伸を零し、昨日読んでいた本の内容を思い返す。あの魔法書もう少し読み込まないとなぁ。
私の返答に満足しなかった二人が喚くので、私はパチン、と指を鳴らす。途端、母親の髪も白く染まった。いや、脱色したのが正しいかな?
「まだ、問題ありますか?ご安心ください、一時間位で戻りますよ。」
笑いもせずにやってやれば二人は顔を青ざめて逃げていった。くだらない。
私の担当の人、のようなお世話係?育ての親?孤児院の先生?のような人が「そう、いうのは、」と震えながら言ってくる。
しかし一瞥してやればすぐに黙って逃げる。こんな子供に皆怯えているのだ、くだらない。
「まぁ、いいや」
私は自分の好きなように暮らせればもう良い。だから、周りに何と言われようと良かった。
そうやって生きてきて、私は膨大な知識量とそれにより様々な魔法や毒、薬などを生み出していき簡単に国家魔導師という資格を得るのであった。
国家魔導師、となれば研究室?に篭ってずっと本を読んだり実験していれば金を貰える。たまに望んでいない仕事も舞い込むが、大方自分の趣味を行えるので最高だ。
殆ど人に会わず、話さず。このまま死ぬんだろうな、と思っていた。
そう、思っていた。
人に会わないのだから噂なども私の耳には来ない。勿論研究に必要な情報は貰えるが、それ以外はさっぱり。
だから最初は外が騒がしい、程度にしか思っていなかった。私の扉の下の隙間を通って白い蜥蜴が入ってくる。
この蜥蜴は所謂伝書鳩のような役割で、外の人が私と情報を交換する手段の一つだ。そして、その蜥蜴の色に私は眉を顰めた。
白は王家の象徴の色。つまりこの蜥蜴はそういう所から来た、という事。
私は自分でも言うのはなんだが、確かに優秀であろう。だがそれをおいても大の人嫌いと貧民という部分で上の方々から嫌われている。
だから王家から、なんて。明らかにおかしい。
嫌々ながら蜥蜴に触れれば一瞬で紙となる。そして金色で書かれている文章に私は目を疑った。
長ったらしい文章だが、要約するとーー勇者と結婚しろ、だ。
確かに、この世界にそんな者がいた。膨大な魔力で多くの魔獣を殺した事、更に今まで何度も殺そうとして出来なかった強大な魔物を最近抹殺した、って。
え?そんな勇者が何で、こんな一介の魔導師と??
一瞬固まって、そして私はすぐに小さな鞄に瓶や魔道書を詰めていく。でかい本は魔法で小さくし、鞄に全て詰めるのだ。
何故かって?無論、逃げるのだ。
幸いこの部屋には人が来ないよう毒を多く含んだ空気で満たしている。その勇者がどうかは知らないが、普通の人間なら入ってこない。
だからこの部屋で篭っているように錯覚させるなんて容易い筈。森での生活をそろそろ憧れてもいたし、丁度いいだろう。
よし、と私は鞄を持ち上げ、
「良かった良かった、間に合った」
一歩踏み出そうとした足が止まる。そして、振り返った。
其処にはにこ、と人好きしそうな笑顔を浮かべた白髪の男が居た。
白い髪はこの光の少ない部屋でもきらきらと輝いていて。大きな目と明るい声は女の子と錯覚しそうだが、やっぱりその声の低さと私を見下ろす身長が男だと理解させられる。
一瞬、固まる。そしてその一瞬で男は私の前まで移動すると肩をとん、と押してきた。
それだけで私の体は意図も簡単に力が抜け、いつの間にか後ろにあった椅子に座りこむ。
「きっと逃げるだろうと思ってたから。思った通りだったよ」
うんうん、と頷いた男はにこにこ楽しそうに笑う。私は今更だが「何で」と睨み上げた。
手を握りしめ、鞄を抱えながら。
「何でって?あぁまだ自己紹介してなかったっけ。俺が勇者。君と婚約する相手ね。婚約者に逃げられたくないから来たんだ。それともこの部屋に入れた理由かな?それは簡単に最初に毒素を体にいれて抗体を作ったから。もう問題ない感じって事かな」
「…悪いが、私は素晴らしい勇者様と釣り合わないし、何より会った事もない奴と婚約する気はない。だから、」
別の奴を探してくれ。
そう言おうとした口は自然と固まった。いや、動かしてはいけないと本能的に悟ったのだ。
震えそうになるのを堪える。つぅ、と首から垂れる生暖かい液体が何か、だなんて触らなくても分かった。
勇者様とやらに握られているのは短刀。それが私の首に添えられているのだ。
そして恐らくわざとだろうーー首の皮一枚ではなく、それより少し切り込んだ。極度の緊張状態の為か痛みはないが、これは危険だ。
更に切り込まれたら私は確実に出血死する。突如目の前にやって来た死、という文字に最早震える事すら出来なかった。
「会った事ないって言ったけど、一応僕と君は接点があるよ、因みに。僕はね、昔君に助けてもらったし。覚えてない?この白い髪」
空いてる手で自分の髪を撫でる。それで記憶を辿り、あぁあの時の、と思ったが残念な事に話した事もない。それどころか目も合わせた事などない筈だ。
それに、あれはイジメ駄目!みたいな善意ではない。ただ単に苛めた側に同じ立場に立った時、どんな行動を起こすか興味が湧いたのだ。所謂理科の実験のような遊び心。
もし私が優しい子だと勘違いを起こしてこのような行動を取ったのなら大問題だ。理想と現実が違いすぎる。これはお互い辛過ぎるだろう。
だがそれを伝えようにもこの首元にある刀で口は動かせない。ただ服を赤く染めていくその血が現実を教えてくれるだけだ。
そして勇者様は私が何かを伝えようとしているのに気付いたらしい。にっこり、美しい、けれど何処か人間味のないお人形さんのような笑顔を浮かべた。
「僕はね、知ってるよ。君がどんな人間か」
まるで本当に私の全てを知られているような、そんな感覚に陥る。だが、そうなっては更に混乱する。
こんな人間と普通結婚だなんて、
「だからね、君を手に入れたい」
毒々しい。そう表現したくなるような。頭に鈍く響く声。
震えそうになるのを堪える。震えたら更に出血してしまう。
「大丈夫、基本自由にしていいから。今まで通り研究室に篭って好きにお勉強してていい。だけどね、」
次の言葉は聞いてはいけない。聞きたくない。嫌だ、止めて。
頭に響く警鐘。それと同時に子供の泣き喚く声も聞こえる。
だけど、どうしたって逃げる方法などない。逃げたくても逃げられる筈がないのだ。
「僕から離れたら殺す」
恋の定義で度々耳にするのはその人と一緒だと心臓が高鳴る、や目が勝手に追ってしまう、思っている事を上手く言葉に出来ない、ずっとその人の事を考えてしまうなどであろう。
それならば私の心臓は今嫌という程激しい動悸を起こしている。私はこれから彼から目を離す事など出来ないだろう。
自分の考えている事も伝えられないだろうし、彼の事を考えない時間なんて無くなるだろう。
もし、もしもだ。世間一般の恋の定義を当てはめると、きっとこれは恋なのだ。
そう思うと世界の女性達はすごいものだ。こんな感情を何度も抱くなんて。
そう、現実逃避のように、私は考えるのだった。