根室重光が埜口半六と会うこと・其の四
退屈な説明回です。次回で期待されているようなシーンを入れます。
※『悪遮羅武芸帳』との設定統一のため鬼女の名前を変えました。
再び目を覚ますと、俺はベッドに寝ていた。
病室であることはわかる。だが、どこかが変だ。
まず視界に映るべきは天井のはずがベッドで眠る俺の姿が見えたのだ。つまり、真上からの視点で室内を俯瞰するような状況にある。
考えるに俺の魂は肉体と分離しており、すなわち死にかけて……。
「おおおおお――――いっ!!!」
絶叫をあげて本体に飛びついた。
「起きろ俺! 魂を内部へ収納しろ! それで蘇生できる!」
まだ死ねない。死にたくない。
親父は無責任だし、従妹はアホだし、特に親しい友人もいないけれど、この世に色々未練はあるんだよ。父さんみたいなフィールドワーク中心の学者になるとか。
しかし、肉体は憎らしいまでに安らかな顔で魂を拒絶した。見えない被膜でコーティングされているかのごとく肉体が俺を受け付けないのだ。
頭からダイビングしてみる。口をこじ開けて潜入を試みる。
しかし、すべての身魂合体作戦は徒労に終わった。
「もうダメか~どうにもならんのか~」
絶望に頭を抱えたところへドアが開き、若い男が室内へ入ってきた。
「お、幽体離脱してるね根室くん。まずいなあ」
取っ手付き眼鏡で顔が隠れていたが、明るい緑に染まった頭髪のおかげで誰かは問わずともわかる。
紺色のブレザーとグレーのズボンは立誠高校の制服、会う機会を逸したので明日会うつもりでいた男・埜口半六だった。
なぜ奴がここへ来たのか。いや、先んじて聞くべきことがある。
「おまえ、見えるのか?」
「肉眼ではうっすら、この神電池式オペラグラスを通せばくっきりと。君を病院へ運んだのも僕だよ」
「幽香はどうした? 幽霊みたいな蓬髪で、知恵足らずぽいっていうか実際足りてなくて、ちょっと大きめの女。俺の従妹なんだ。それと倒れてた爺さんも」
「あのかわいい妹さんなら大丈夫、ちゃんと保護されてるよ。お爺さんもね」
幽香をして〝かわいい〟と評価する男子に初めてお目にかかった。
生死の危機に直面しているのは俺一人と判明したので、とりあえずは自分の心配だけしてれば良いな。
「それは世話になったな。あの化物が燃え尽きたところまでは覚えてるんだが……おまえがやっつけてくれたのか?」
「ん? まあね」
少し言い淀んでから埜口は答えた。
「それよりも根室くん、死にたくないよね?」
「当然だろ! このイビキかいてる野郎に俺を受け入れさせる手段があるんなら伝授してくれ!」
「手段はある。これを使えば即回復さ」
埜口はベルトに付けたホルダーを開いた。中には乾電池が六本収まっている。
そのうち取り出した一本を見て、俺はあっと叫んだ。
「やっぱり君も持ってるんだな」
埜口が親指と人差し指で持つ金色の乾電池は、うちの神棚で十年間現役で働いてきた乾電池とまったく同じ物だったのだ。
唯一の違いは、俺の電池は木瓜紋だが埜口が持つ電池には種字が描かれていた。
多少真言の知識もあるのでわかる。〝ベイ〟と発音する薬師如来の梵字だ。
「これは神電池さ」
「乾電池に決まってるだろ」
「たぶん字が違う。こっちは神の電池と書く。神仏への信仰心を電力に変換されたものを僕らは神音力と呼んでいるが、それが宿った電池のことさ」
「ということは、俺の家の神棚の電池も……」
何となく話が飲み込めてきたので、自宅にある神棚を十五年毎日欠かさず拝んできたことや、寿命が尽きない灯篭の電池の存在に気づいたことを話した。
その件で彼に相談するつもりだったことも。
「まさしく神様仏様のお導きだね」
ビデオカメラをベッド脇のテーブルに置いて、埜口は嬉しそうに体を揺らす。
「それにしても君の神電池はすごい。十五年に渡る信仰心が蓄えられているわけだから神音力の純度が高いよ。握りしめていれば即死を免れたのも納得だ」
ベッドで眠る俺の肉体は、右の拳が固く握られたままだった。
「ああ、学校からの帰り道でずっと……」
考えてみれば不思議な話である。ステッキを拾って怪物に殴りかかったときも手からこぼれ落ちることはなかったのだ。
「神電池は持っているだけでも厄除けの効力がある。しかし、君の神電池では命を繋ぎ止めておく力しかない。良くて現状維持、植物人間だよ」
「おまえの神電池なら助かるのか?」
「こいつは薬師如来の神音力を宿したものさ。昨日一日かけて奈良の新薬師寺で写経しながら薬師さまの霊威を降ろしたんだぜ」
金地に浮かぶ種字がキラリと光った。
埜口が学校を休んでいたのは、これを作るために奈良まで行っていたのか。
「これで明日にも退院させてあげよう。ただ、ひとつ条件がある」
「ありがとう。俺にできることに限定で頼む」
「十分できると見込んでの頼みだよ。君に捧げた薬師如来の電池を弁償してほしい。そのために妹さんと一緒に退魔師になって、京都市内に現れる妖魂を退治してほしいんだ」
俺は激しく頭を振った。拒否の意ではなく、ぶっとんだ話に置き去りにされそうな脳味噌をしっかり可動させるためだ。
「妖魂ってのは俺を殺しかけた化物みたいな奴か?」
「あれは悪遮羅の眷属だ」
「アシャラ?」
初耳だが、どこかしら思い当たるフシのある響きだ。
「星願寺の下に埋められている鬼女のことか?」
「その鬼女だよ。倒された後、五つに切り裂かれて右腕が星願寺の下に封印されたが、人間への復讐のために微量ながら瘴気を地脈を通じて放っている。その瘴気に当てられた本来無害な浮遊霊が妖魂と化して人を襲う事例が時々起こる。すでに予防を目的とした滅魂のために区内や近郊在住の退魔チームが何組か動き出している」
「……退魔師なんて職業が実在したのか」
「したとも」
表立って看板を掲げこそしなくても、妖の者を狩る技術は脈々と受け継がれてきたのだと埜口は語った。
「活躍如何で望みの神電池が報償品として下賜されるんだ。神電池の使い方は後で指導するから承諾してくれるね?」
「承諾するしかないよな。命と引き換えなら」
「グッド。やるよ」
俺の空いている側の左手を開かせ、薬師如来の電池を握らせた。
「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ――勇敢なる仏の赤子に万寿の祝福を与え給え」
真言を唱えると同時に強烈な眠気に見舞われた。
「なんだ? 眠たくなってきた……」
「翌朝、目覚めると同時に君は全快していることを知る」
「待てよ、もっと詳しく……」
「ふふふ……おやすみ……」
駄目だ。眠気に抗えない。
埜口の声が遠のく中、俺は心地よい夢へ落ちていった。