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根室重光が埜口半六と会うこと・其の三

ここでは重光が命を張るぶん、クライマックスでは幽香が命を賭けます。

正願寺を星願寺に変更、徐々に修正していきます。

設定の変更にともない星願寺に関する説明を加筆しました。

 悲鳴を辿って走ること数分、着いたのは星願寺せいがんじという古寺だった。

 昔は現間境区の住民すべてが檀家に入っていたが、明治の神仏分離令以降は衰退。広大な寺領を手放すことで延命し、往時からある建物は本堂を残すのみ。

 住職さんが高齢で隠居してからは寺を継ぐ者もなく、檀家や近隣の住民が月に二、三回ボランティアで境内の草むしりや掃除に来る程度だ。


 「ししし重光ちゃああん!」

 今度こそはっきりと幽香の叫びが聞こえた。

 よほど怯えているらしい。特筆もののチキンハートの持ち主とはいえ何がそこまで板チョコ感覚で瓦を割れる女を恐怖させているのか?

 朽ちた山門をくぐり、参道の左手の井戸でとんでもないものを俺は見た。

 牛のような角を持つ灰色の怪物だった。

 ピンとはねた髭を生やした顔は虎に近く、背丈は3メートルはあるだろう。

 怪物の前には、幽香がへたり込み、隣に洋服姿の老人が倒れていた。

 後で聞くところによると、この星願寺にもひさしく参拝に行っていないので、容保先生が早く帰って来ますようにと願掛けに立ち寄ると、井戸の側に倒れるおじいさんと怪物に出くわしたとのことだった。


 なんだこれは? 鬼? 牛頭ごず? 羅刹らせつ

 星願寺の下には鬼女の腕が埋められていると親父から聞かされたことがあるが、まさかこの生き物がそうなのか?

 幽香は涙目で震えるばかりだ。単に腰が抜けただけではなく、おじいさんを庇っているようなのは感心な限りだが、それ以上何もできないのがチキンの限界か。

 虎顔の牛角が、しゃがんで少女の前髪を弄ぶ。

 淫らな指先に怒りをおぼえた。


 「待てーいっ!」

 俺は広い背中めがけてドロップキックをくらわせた。

 しかし敵の体はまさに鋼鉄、ジーンと両足が痺れて地面で背を打つ。

 「来てくれたんですね重光ちゃん!」

 「幽香! ぼさっとするな!」

 「離れないで離れないで!」

 掴まれた右の足首が折れるかと思った。正真正銘ホンモノの足手まといだコイツ。

 「離せ! 戦えないんなら、その人を連れて逃げろ!」


 筋肉の盛り上がった腕で叩かれた。二人まとめて地を転がる。

 受け身をとって落ちていたステッキを発見、老人の物らしい。ありがたく武器にさせてもらい、拾い上げて怪物の脳天めがけて振り下ろす。

 怪物が顔をしかめた。意外に効果があるな。神電池を握っていたおかげだとは後になって知る。

 幽香の馬鹿力による加勢に期待したくもあったが、老人を安全な場所へ避難させてくれれば御の字だ。ともかく今は化物の注意を惹きつけるのだ。

 力まかせに石突の部分で怪物を何度も何度も殴りつける。

 「乱暴はいけません! 弱いもの虐めはやめて!」

 制止に入ったのは幽香だった。何ほざいてんだこのアホ女は。


 「助けを求めてたのはおまえだろうが!」

 「見た目が怖かったから大声あげてしまったんです。まずは対話を!」

 「物腰低く接すれば、オトモダチになれる生き物に見えるのかコイツがあ!」

 「落ち着いて、あの方の目を見てください。異形というだけで人に忌み嫌われる悲しみに満ちているような……」

 「悪意が渦巻いているようにしか見えんぞ……」

 聞き流しておけばよかったものを、アホの主張ごときに一理あると思ってしまったのが命取りになった。


 「あんた何者だ? 人間と仲良くしたいのか?」

 「貴様ラ人間ハ……」

 怪物が初めて言葉を発した。

 人語を解する仲なのだと安堵する暇も与えず、両眼がギラリと邪念の炎を灯し、鍋でも叩いて踊り出したくなるほどフレンドリーな台詞を吐いてくださった。

 「我等ノエサゾ! 犯ス! 殺ス! 喰ラウ!」

 「き、きっと日本語の使い方を誤解してらっしゃるんですよ!」

 「素直に人類の敵が現れたと認めやがれえええ!」

 泣きそうな思いで幽香の脳天にガツンとくらわし、返す刀で化物を殴る。


 向心力が効いた殴打に怪物の角が折れた。ただし、そこまで。

 鋭利な鉤爪に腹を引き裂かれた。

 どばっと血が溢れ出し、俺は膝を折り倒れ伏す。

 (親父のアホ……何が大切な人や命を守ってくれる神音力だよ……)

 直に顔に触れる土の匂いと湿り気が〝死〟を間近に感じさせた。母さんたちの所へ行くのは、もっと後でもいいはずなのに。

 空にはすでに満月がのぼっていた。

 俺は月が好きだ。月はツキに通じる。見惚れるほどのまどかが人生最後に目にするものになるとは思わなかったが。

 


 幽香が狂ったように何かを叫んでいる。

 もはや悲鳴を通り越して怒号に近い声で。

 (幽香……化けて出ないでやるから俺が死んでも強く生きていけよ……おまえカラダだけはいいから親父も死んでたときは泡風呂で稼げ……)

 その後の記憶はきわめて曖昧である。ただ、こうして当時のことを回顧している以上、結果として俺は死ななかった。やはり満月ツキ幸運ツキを呼んだと解釈すべきか。


 化け物がとどめを刺そうと迫ってきた直後、奴の体が硬直した。

 胸板を貫く光が花弁状の模様を描き、巨体が青白い炎に包まれる。

 清らかな光だった。神仏の実在を信じさせてくれる優しい光。

 同じ光をまとった人型の者が立っていた気がする。その青く光る人が怪物を倒してくれたのだと思った。

 怪物が灰となって崩れたのを見届けると、俺の意識は途絶えた。


旧京都府庁の耐震工事費が50億円ですって!

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