根室重光が如斎谷昆と会うこと・其の四
サブタイトルに出ているもう一人の人物がやっと登場。
この後、長らく表舞台から消えることに。
嫌な予感ほど的中する。神木の陰から三人の女が現れた。
いずれも印象に残るタイプだった。中でもセンターに立つ女は、大柄な体全体からリーダーの資質を放ち、存在感においては群を抜いていた。
左右には、いかにも側近といった風の少女たちが付き従う。
半月ながら雲がないのと光が当たる場所まで歩いてきてくれたおかげで衣装まで観察できた。三人とも孔雀の紋が刺繍された白小袖に黒袴を着用している。
チームで活動する退魔師たちは、仲間同士で共鳴効果をもたらす同一モチーフを取り入れた衣類をまとうことが多い。この弓道着みたいな服が連中の礼装のようだ。
「わたしたちもあんな揃いのユニフォームが欲しいですね」
幽香がつぶやく。先立つものがあれば検討してやってもいい。
「青銅の孔雀のリーダー、如斎谷昆だ」
銀縁の眼鏡の位置を直し、長躯の女は名乗った。
彫りの深い顔立ちは、奸悪なエッジが効いてはいるが、よく整っている。西洋人かと思うほど色が白く、オールバックにして後ろで編み込んだ髪も栗色だった。
「……重光ちゃん」
幽香は本能で苦手なタイプとわかるのか俺の後ろに隠れた。
「右の不愛想なのが長野兵美、左の小さいのが片岡杏だ」
紹介された左右に控える二名が、対照的な反応を示した。
「フン!」
「……うふん」
長野という稲妻状にうねったポーニーテールの女は殺意を滲ませた視線を、片岡という子供みたいな女は愛嬌たっぷりのウインクを、それぞれ俺に贈った。
「今夜は君たちのお手並みを拝見しておきたくてね。組の若いので一番の闘争好きをけしかけてみたんだが敵ではなかったようだ」
袴の裾をひるがえし、三人が俺たちの前を通り過ぎる。
凶悪さんの傍らにしゃがんで、衣服をまさぐって神電池を取り出した。ついで彼の容体を診てやっているようである。
「こりゃ再起不能だな。毘沙門天の電池を無駄にしおって」
わずか五秒で終了宣告して介抱を打ち切った。
「お嬢様がたの手を煩わせることなんかありませんからと息巻いておきながら、このザマか。つまらん男気なんぞ見せたがった報いだな」
「所詮、男など劣等生物に過ぎませんからな」
長野というポニーテールが憎々し気に凶悪さんの頭を蹴った。
この女からはリーダーとは異質の危険な香りがする。
男性嫌悪、男性蔑視の類か。
「くふふ、亜修羅のバーカ」
片岡というチビもゼンマイみたいな音をさせて、小気味よさげに踏みつけた。
「おいおい、そいつもチームの一員じゃないのかよ」
同情する必要など皆無の男だが、あんまりな扱いに言うだけ言ってみる。
「おお、無視してすまなかった」
如斎谷が立ち上がり、こっちへ来る。
一メートルほどの間隔をあけて俺の前で止まった。
(――食われる)
なぜか雌カマキリが雄カマキリを捕食する場面が脳裏に浮かぶ。
でかい女だ。初見時からでかいとは思っていたが、こうやって正面から向かい合うと迫力が段違いだ。どう控えめに見積もっても190センチには届く。俺だってこれでも178センチあるのだ。
金色の瞳が俺をじっと見据える。猛禽類に近い目だ。
ただ睨み合っていても精神を削られるだけなので、自分も名乗ることにした。
「這月那月の根室重光だ。あっちは妹の幽香」
「根室重光くんか……」
女はうっとりした表情で俺の名を噛みしめた。
「根室、素敵な名前じゃないか。根室重光か、いいな……」
人の姓名を舌の上で転がし賞味する。あまりいい気分ではない。
「あいつを組の若いのとか言っていたな。あんた暴力団関係者か?」
「由緒正しき天台系寺院の法主の娘さ。布教活動の一環としてヤクザを組ごと仏道に帰依させた際、余業で暴力団経営もやることになってね。あの男は番犬みたいなものだ」
「捨て駒だってことか」
「あいつは亜修羅という仇名で、傷害と恐喝を趣味に生きてきた根っからの悪漢だ。どんな更生も受け付けなかった社会のゴミだ。成敗したのは自慢していいことだぞ」
「成敗を他人に任せるな! ちゃんと部下の監督をしろ!」
俺は他人事みたいな態度に苛立ちを覚えた。
そのゴミに力を与えたことで、どれだけの被害が出たと思っているのだ。凶悪さんの襲撃を受けた退魔師は後遺症が残りかねないという。
「もっともな怒りだ。犠牲者の治療費はこっちで全額負担してやろう」
誠実さに欠ける返答だ。自分を何様だと思ってやがる。
「そこで提案だが根室くん、君も阿修羅を使えなくしたのだから代打として青銅の孔雀の一員に入ってくれると大いに助かる」
眼鏡の奥の金眼が物欲しげに歪んだ。
「リーダー、男をチームに引き入れるなど正気とは思えません」
「黙っていたまえ長野」
稲妻ポーニーテールの進言を如斎谷は歯牙にもかけなかった。
「どうかな根室くん、君はかなり優秀な神電池使いだ。妹さんも単なる怪力以上の潜在能力を秘めていると私は見たよ」
「妹君だけなら私も賛成です。しかし、この男まで入れたら定員を超えます」
「黙っていろと言ったろう。君を除名してもいいんだぞ?」
無情な却下に気丈そうな長野治美も沈黙した。
「マスター、杏は賛成だな~。この人、めっちゃ好みだな~」
チビ女がいつの間にか俺の足にまとわりついていた。
「なんだおまえ? 離せよ」
「テレなくてもいいんだな~」
星を宿す巨大な眼球、おまけにアニメ声。気色悪いことこの上なかった。
「二人とも、あまり根室くんを困らせてはいかんぞ。どうかね? 君は私の持つ薬師如来の神電池が目当てなんだろう? 我々と手を組めばタダで譲渡しようじゃないか」
俺は息を飲んだ。なるほど魅力的な提案だ。
神電池、別名観電池は、信仰心を集めた場所(ほとんど寺院か神社だが)で祀られている神仏のご利益や個性の影響を少なからず受ける。
神明社なら太陽神なので光を出す機械と相性が良く、天神社なら雷神なので電気を蓄えやすいといった具合だ。
そして薬師如来の霊験は、何と言っても怪我や病気の治癒である。
他の神電池でも同様の効果を期待できるが、薬師如来の魂を降ろした電池ならば、回復の速度が目に見えて違う。その効能の素晴らしさを俺は身をもって体験しており、危険と隣り合わせの仕事に従事する身には、是非とも一本は確保しておきたい逸品だ。
「本当にタダで……」
「重光ちゃん、冷静になってください」
幽香が俺の袖を引っぱる。
「ヤクザ屋さんとは関わりを持ってはいけません」
「うん? ああ、そうだな」
愚妹ながら今夜最高のアシストだ。無償より高いものはない。
本業が宗教法人だろうが何だろうがヤクザと取引をするところだった。
「子供の出る幕じゃないよ妹君、私はお兄さんとお話をしているのだからね」
シッシッと追い払う仕草で如斎谷が幽香を威嚇する。
「私のところは待遇いいぞ。亜修羅みたいな狂犬なら別だが、男に鉄砲玉なんぞやらせん。君のような美男子には特に」
「えーっ⁉ あなたもそう思いますかあ⁉」
俺の頭に手を乗せ、覆いかぶさるように幽香が身を乗り出した。
普段のキョドリ気味の態度もどこへやらの勢いである。
自己評価が低いことへ(俺がダメ出しすることが多いのも一因だが)の代償行為なのか、俺の誉め言葉を聞くと自分のこと以上に大はしゃぎするのだ。
「やっぱり重光ちゃんってハンサムですよね? わたしもよくそう言ってあげるんですけど、照れ屋さんで仏頂面だから、あんまりお友達もいないんです」
「どけっ、頭に体重かけるなっ。胴にめり込むっ」
「ねえねえ、この人、重光ちゃんの魅力がわかる人だし、仲間に入ってもいいんじゃないかしら?」
「ヤクザと関わりを持つなと言ってから三十秒も経過してねえぞ」
「偏見は捨てましょう。ミミズもアメンボもヤクザも生きているんです。みんなみんな友達なんです」
「静かに――しとれっ」
両腕を掴むと、前のめりの勢いでアホを地面に叩きつける。
ここが平地にある神社だったことを感謝しろ。長い石段があったら封印技の地獄車を披露していたところだ。
「貴様、自分の妹にまで暴行を働くかっ!」
「私の許可なく発言したら除名だぞ」
いきり立つ長野を如斎谷が素早く制し、さも感服したように手を叩いた。
「素晴らしい。女でもたわけたことをぬかせば苛烈な仕打ちを迷わず実践できるニヒルガイぶりに惚れた。ますます君たちを加入させたくなったよ」
鼻先がくっつきそうになるほど顔を近づけられて俺は身を反らした。
じゅるるっと卑しい音をたてて狂女は涎をすする。
「いい返事を聞きたいなあ。こっちはまだ無傷の三人がいる」
そうだった。あくまで敵戦力の一角(おそらく一番の小者)を倒しただけで、まだ勝負の途中であることを忘れていた。
「疲弊した者に手荒な真似はしたくないなあ……」
邪悪な笑顔は美形なだけにおぞましい。
極めてまずい状況だ。菩提銃の電池残量が少ない。脅獅の恐怖効果を突破して大ダメージを与えるのに予想以上の電力を消費してしまった。敵の眼前で電池を入れ替えるのは至難の技だろう。
恐兎拳も見せてしまった以上、この女にどこまで通用するか。
稲妻テールの長野も抜かりなく退路を絶っている。
「私の傘下に入れば悪いようにはせん」
「リーダーの寛大さにも限度があるかな~」
「お断りだっ!」
右足に絡みついた片岡杏を振り払う。
こうまで強気に出れたのも月が丸かったからか。圧倒的な不利を承知で、戦闘準備をしようと覚悟を決めた瞬間、奇跡が起きた。
「あんまり手を焼かせると――」
突然、如斎谷の台詞が途切れ、一切の動きが止まったのだ。
長野と片岡の動きも止まっている。まるで時間が停止したかのように。
ふと救いの手をさしのべてくれそうな奴が思い当たった。
薬師如来の神電池はひとまずあきらめ撤退だ。
「逃げるぞ幽香!」
俺は義妹の襟首を掴んで三光宮を脱出した。