根室重光が如斎谷昆と会うこと・其の三
重光の使う拳法のモチーフが蝶というのは無意味な気がしてきたので変えるつもりです。
※恐兎怖跳拳に変えました。随時修正していきます。
戦い自体は十分もかからず終わった。
神電池バトルの定法を教えてやると啖呵を切ったものの、神電池を使用さえすれば、どんな戦術戦法もありなので、自分の得意分野にどう持ち込むかが鍵となる。
「コラァ! しっかりせんかあ! まだまだやれるがろゥ⁉」
石畳の上では、無惨にも脚部が破損し、顔面も半壊した狛犬型ロボットがのたうっている。
もはや戦闘不可能なのは誰の目にも明らかだ。
大方の読みどおり、凶悪さんはケンカ慣れはしていても神電池バトルにおいては素人で、闇雲に神電使をけしかける攻撃しか知らなかった。
しかも今夜は半月。祭神の一柱たる月読の恩恵を受けやすい。
満月ならどれほどの加護を得たことだろう。
「ヘイ! 脅獅!」
凶悪さんが指を鳴らすと狛犬型の神電使が闇の中から現れた。
鬼火のように燃え立つ両眼、首を覆う渦巻く鬣。
鈍く輝く赤銅色のボディは、いかにも頑健そうだ。
「おまえらが使うドサンピン神使とはわけが違うぜ!」
銘は脅獅。おそらく素体は電動工作キットの〝トリケラトプス〟あたりか。
戦いはメカ狛犬の先制攻撃で始まった。
『吽牙阿阿阿阿阿阿阿阿!』
頭髪が逆立つほどの咆哮に俺は思わず耳を押さえた。
杜の枝葉が震え、社殿の瓦が滑落する。
それなりに場数も踏んで、大抵のことには慣れているつもりが、物理干渉まで起こす大音量で挨拶されて、踵を返しそうになる足で踏みとどまるのに少々苦労した。
凶悪さんが使役するにふさわしく唸り声に恐怖効果が付与されているらしい。
「ヘイ、ガキどもはビビッてんぞ脅獅!」
主の指示でメカ犬がシャッター式の口を大きく開いた。
口内が発光する。熱線の類を発射する気か!
とっさに左手をかざし、灼熱の光球を片手で防いだ。
「なんだとォォォ⁉」
防いだと書くと語弊がある。正しくは左の掌の紋章で発射を阻止したのだ。
三光宮は神主不在なので、八坂の総本社で描いてもらった木瓜紋。
祭神が大蛇退治の逸話を持つ素戔嗚命だけあって魔獣耐性は絶大、肝を潰す唸り声の洗礼に臆しながら踏みとどまれたのも、この神紋のおかげと言っていい。
同じタイミングで菩提銃が火を噴き、電子犬の口に命中、内部でくすぶっていた光球を誘爆させた。
続けて第二射が赤銅色の腹部に木瓜紋を焼き付ける。
「幽香いまだ!」
封印効果を持つ八坂の神紋が刻まれた今が絶好のチャンス、我が従妹による全霊の痛打をお見舞いすれば、機械といえど霧散するはず。
しかし、無能女は立ったまま気絶していた。
「アホ! カス! チキン!」
相性的に最悪の能力なのはわかる。
石の水鉢を持ち上げていたので戦う意志はあったようだが阿呆は阿呆だ。せめてこいつにだけは効きまくりで恐怖効果も多少は浮かばれたろうか。
仕方なく敵神使へのとどめも自分でさした。
脅獅は健気に立ち上がろうとするも、能力の大半を威圧と光熱弾に振り分けているようで、いかんせん動作が鈍い。
俺は冷静に右前脚と左後脚を撃ち落としていった。
「脅獅ィ! 根性見せやがれえ!」
凶悪さんが無責任なハッパをかけるが、もう無理だ。
「俺たちの勝ちを認めてくれ。これ以上やらすのは、あんたの神使が気の毒だ」
「黙ってろボケ! これからが本領発揮だ!」
「機動力を奪われた神使に戦闘続行を強制するのは虐待に他ならないぜ」
「ひひひ卑怯もんが! 女なんか連れてきやがって! おかげで気おくれして実力発揮できなかったんだよ!」
どういう理屈だ。自分に都合のいい展開ばかりを渇望し、読みがはずれれば周囲を逆恨みする自己中男の病癖ここに極まれりだな。
「往生際が悪いぜ。ゴネるぐらいなら不意打ちでくればよかったろ」
植え込みの中にでも潜まれて、いきなりバットで脳天をカチ割られたら俺もお陀仏だったことだろう。そこを警戒して入口でもめていたわけだが。
今夜に限って正々堂々の勝負をしたのが敗因とは皮肉に尽きる。
「あんたの戦力はもうないんだ。事実を受け入れて負けを認めろ!」
「負けてねえ! デタラメぬかすんじゃねえ! オモチャ使ったケンカでまぐれ勝ちしたぐれえで調子に乗りやがってガキがあ!」
凶悪さんが懐から取り出したのは短刀。もはやどっちがガキだか。
不気味に月光を照り返し、泣き笑いで迫ってくる。
「どうして負けないんだよ! 俺様に勝つなんて大人気ねえにも程があんぞ! 人様傷つけるのがそんなに楽しいのかよ!」
もう駄目だ。完全にイカれてる。
おそらくこいつの背後にいる黒幕からも汚れ仕事専門の鉄砲玉の役割しか期待されていないと見た俺は、敢えて下手に出た。
「待て待て待ってくれ。落ち着いて話し合おうぜ?」
「殺っ! 殺っ! 殺っ!」
鋭い突きだが単調で、見切るのは容易だった。
「死ねやあああああ!」
悲鳴にも似た怒号で繰り出されるドスを菩提銃のグリップ部で受けた。元が玩具でも、神器になれば刃物を防ぐだけの強度が与えられる。
銃身を逆手に持ち、ハンマーのように振るって刀身を殴り上げる。手を離れた凶器を男の視線が追った隙を見逃さず、がら空きのボディに銃口を押し当てた。
凶悪さんの顔から血の気が失せる。
「安心しろ。生身にはこっちだ」
正中に左の掌打をくらわすと、鍛えられた腹筋にも木瓜紋が浮かぶ。
「ぐはっ……!」
胃液を吐いて着いた膝の前に落ちてきたドスが刺さった。
これぞ根室家に代々伝わる恐兎怖跳拳・三月兎の舞。
教えてくれた父曰く、難破船で舞鶴海岸に流れ着いた唐人を根室家の先祖が救助したことから、お礼代わりに伝授されたとする功夫の一種だそうな。
由来の怪しさから実戦にける有効性が甚だ疑われる拳法だったので、低姿勢の演技で油断を誘ったとはいえ、使うタイミングを見極めれば立派な戦果をあげ得るようだ。
「すごーい! お見事です!」
後ろでおめでたい拍手が聞こえる。
「でも、わたしは重光ちゃんが乱暴するところは、あまり見たくありません」
「今頃正気づいてんじゃねえ!」
奴が倒されるのを見計らっていたかのように目を覚ました女にも、振り向きざまに蹴りをお見舞いしておく。
「いてえ~っ! いてえええ~っ!」
オーバーな声をあげて凶悪さんは地面を転がり回っていた。
「この人でなし~っ! 他人の痛みがわからねえのかあ~っ!」
眩暈がしてくる。身勝手もここまでくると一種の才能だ。
あまり加減してやる余裕もなかったし、実際痛いことは痛いんだろうが、あんたに凶器で殴打された人が味わった痛苦や恐怖に比べれば安いもんだ。
「重光ちゃん、ちょっとやり過ぎたんじゃないですか」
よせばいいのに幽香が凶漢を気遣う。
悪女の深情け……は違うな。単なるお人好しか正直者が馬鹿を見る系か。
「近づくな幽香、何するかわからんぞ」
「でも……怪我してる人をほおっておけません」
うずくまる凶悪さんに声をかける。
「痛みますか? 薬師さまの神電池を出していただければ……」
差し伸べた手を捉えられ、首に腕を回されるのに三秒もかからなかった。
凶悪さんが幽香の喉元に拾った短刀を当てる。
「ジッとしてな嬢ちゃん、いい教育受けてんな」
「いやだー! 重光ちゃん!」
幽香が手をのばして助けを乞う。
しかし、俺は冷然たる態度を崩す気はなかった。
「ホラ、神電池差し出して土下座すれば妹を傷物にしないでやるぜ!」
「顔でも切り裂くつもりか? 好きにしろ」
「てててめえ! 男の風上にも置けねえ野郎だな!」
「重光ちゃん、あんまりです……」
「顔の傷を教訓に人質にされる迂闊さを改めるようになれば安い授業料だ」
俺は承知している。なまくら刀では義妹にかすり傷も付けられないことを。
だから幽香、さっさと実力を出して彼を無益な行為から解放してやらんか。
「後はおまえらの問題だ。俺はこれで帰る」
「キャー! 行かないで!」
俺が背を向けようとした瞬間、幽香は逞しい双腕による拘束を振り払った。
「待ってくださあい! 幽香を置いて行かないでえ!」
「コラ! ジッとしてろと言ったろうが!」
「ジッとしてたら重光ちゃんが行ってしまうでしょおおおおお!」
肩を掴んで引き戻そうとする凶悪さんを幽香はためらうことなく殴った。
腰の回転を効かせたフックが長躯の男を吹っ飛ばす。神木のケヤキに激突した凶悪さんは舌を出して失神、とりあえず死ななくてよかったね。
それはそうと、我が従妹が窮鼠と化したときのパワーの何たる絶倫なことか!
「あーん、重光ちゃーん」
戦いが終わると、結界が解けて神社は元へ戻る。
泣きながら駆け寄ってきた幽香を、俺は優しく抱擁した。
よしよしと頭を撫で、いい子いい子となだめてやった上で、密着状態での当身を入れまくる。
「おまえ本気出せば、めちゃくちゃ強いじゃねえか!」
「だって……わたし怖がりだから……」
「男が同様の腰抜けぶりを発揮したら生存権すら否定されるんだぞ」
「それはわかってます……幽香のために重光ちゃんが一度死んでることも……」
「死ぬ手前だっただけだけどな。何にせよ同じ失態を繰り返すようなら娼婦宿で稼がせる。肝に命じとけ」
「がががんばります! がんばりますから娼婦宿は許して!」
「許すよ。あとの三人を倒してくれたらな」
「三人?」
「四人いるって言ったろ」
「言いましたけど、境内には三人の気配しか感知できなかったから変だなあって……」
「自信を持て。そっちの勘はおまえのほうが働くんだ」
夜風が頭上を通り過ぎ、大ケヤキが物々しくざわめく。
俺はカマをかけてみるべく、照妖燈を借り受けると大樹を照らした。
「出てこいよ。いるんだろ?」
このお盆も六道参りは無理みたい。