根室重光が如斎谷昆と会うこと・其の二
少々長めのイントロになります。
「こんばんは、這月那月です。青銅の孔雀のメンバーですか?」
初対面ということもあり、向こうが年長と思われるので敬語で質問してみた。
「他に誰がおるおるゥ⁉ ナメてんじゃねえええ!」
二十歳ぐらいか。下品なピーコック柄のシャツなど着て、なかなか体格が良い。
「もっと早くこんかあボケナスぎゃああああっ!」
目つきは悪い。言葉づかいはなお悪い。
ならば、こっちも敬意を大幅に下げた態度でよかろう。
「時間ちょうどだぜ。そっちは一人だけか?」
「貴様らごとき一人で釣り銭ジャラジャラァ! 殺っ殺っ泣かしてやんぜ⁉」
静聴に耐えない罵詈雑言を連発して猛り狂う。かろうじて意味が拾えたのは記述した部分だけで、大半は豪雨の晩に練り歩く酔漢の絶叫に近かった。
要は貴様らに待たされたことに自分は立腹している。貴様らをひどい目に会わすが、そのための手勢など一人で事足りると言っているわけだこの御仁は。
いじめっ子だったんだろうな。天職に近いレベルで。
それを恥もせず武勇伝として吹聴してきた世にも恥ずかしい人種。
どう呼んだものだろうか。聞けば案外嬉しそうに大威張りで教えてくれるかもしないが、同姓同名の人が気を悪くするかもしれない。
凶悪な顔つきなんで凶悪さんと呼んでおこう。
「電池出さねえかボケがあ!」
「ああ、出すよ出すよ」
すごい迫力だ。恐ろしいに尽きるな。面白いけど。
幽香はというと完全にビビっていた。
「かかか帰りましょうよお~!」
俺の背中に顔をうずめ、両腕を掴んでガチガチ歯を鳴らしている。
十五歳の少女にしては体格に恵まれているほうなのに、よくここまでノミの心臓に育ったもんだ。
「あまり力を入れて腕を握るな。痛いぞ」
「わわわかってます~!」
「そんなに怯えてばかりなら帰ってもいいぞ」
「ししし重光ちゃんだけを死地に置いておけません~!」
「じゃあ前衛に立ってくれ」
「そそそれも嫌です~!」
確かに俺だって刺し違えるぐらいの覚悟ができてなければ、こんな奴と単独で真正面から向き合いたくはない。
しかし百人のヤクザ者に優る〝妖魂〟との死闘を経験し、かつ生死の狭間から帰還したことのある今は、ちゃんちゃらおかしかった。
俺は財布から一枚抜いておいた十円玉を出す。男も出した。
「行くぜ」
「殺すぞアホ!」
ギャグばりの獰猛さに、もうちょっとで爆笑するところだった。
本当にこんな男が薬師如来の神電池を持っているのだろうか。
神電池自体は所有者を選べるわけではないので、心に慈愛のカケラもないチンピラが所持していても不思議はないのだが、薬師さまへの不信感を抱きそうだ。
硬貨を賽銭箱へ投下。神域の展開が始まった。
世界に曼陀羅模様のフィルターがかかり、擬人化された月が微笑を浮かべる。極楽鳥がとまる鳥居の貫から滝のように水の沙幕が張られ、境内は外界から隔絶された。
わずか五秒で、バトル用の異空間への転送が完了した。
ちなみに神域にする場所は寺社が望ましいが、賽銭箱と鳥居(適当に作った間に合わせでもOK)、ある程度の信仰心が沈殿してさえすれば、そこらの路地裏や公園でも代用可能だ。
「行くぞガキィ!」
腐れ外道でも退魔師チームの一員だけあって、異界へのワープは織り込み済みのようである。凶悪さんは動じることなく指をボキボキ鳴らして前進してきた。
「おいおい、いきなり実力行使か?」
「てめえから電池奪えばいいことだろうがアホンダラ!」
「じゃあ、俺もいきなり飛び道具ね」
下がることのない恫喝癖は状況次第で頼もしく感じられることもあるだろう。だが、まことに遺憾ながら凶悪さんは期待するほどには腹が座っていなかった。
五つの穴が輪を描くハンドガトリング砲・菩提銃を突きつけると血相を変えて後ずさりした。
「ひひひ卑怯もんがあっ⁉」
よく言うぜ。対戦相手を問答無用でバットで半殺しにしたくせに。
「下ろせ! 銃下ろせ! 大げさな真似すんなよ!」
ヤーさんだけに銃の危険性は把握しているようだ。
初めて彼の理性的な台詞が聞けて、菩提銃には大いに感謝だ。
素体は数年前に放送されていた特撮テレビ番組『冤罪戦隊オレジャナインダー』の必殺兵器・逆転勝訴スクリューバルカンである。
テレビでは五人で担ぐ大砲だったが、玩具は片手よりは両手のほうが持ちやすいぐらいのサイズで、神電池を装填したところ、蓮根型の砲口を持つ火縄銃的な外観へと変化した。
「あんた、子供の頃からそんな感じっぽいな。マジで通院をおすすめするぜ」
いったん銃を弾帯のホルスターに収める。
「さあ、得物を出せ。神電池を使うバトルのイロハを教えてやるよ」