神電池実戦・エンゼル降臨編
日本の古代史に名が出てくる一族と関わりのある方のお家に通させていただく機会がありました。これが名家というものか……と感嘆することしきりです。
さて、今まで述べてきた経緯で、俺たちが退魔師になったのが四月下旬のこと。
五月に入ってからの一週間は妖霊の浄化に励んだ。
学業に障りが出ないよう配慮もしつつ、それ以外は埜口の家に立ち寄り、時には俺たちの家へ彼を招いて、神電池以外のことも色々語り合った。
つくづく不可解なことには、埜口は幽香のことがすっかりお気に召したようで、俺の前で一人で遊びにおいでだの、どこか二人で遊びに行こうなどと堂々カマをかけてくる。そのつど俺は皮肉を言う羽目になるのだが、結果として幽香の存在が絶好の緩衝材となってくれた。
友人の少なかった俺にも適度な距離の取り方というものが掴めてきたし、いくらかは性格の角も取れたと思う。
そして〝青銅の孔雀〟を相手取って同業との対戦デビューを果たしたのである。
我々は惹かれ合う運命にあると宣ったわりに、その後数日経過しても如斎谷昆やその側近どもが身辺に現れることもなく、退魔師が暴漢に闇討ちされる事件もぴたりと止んだ。
汚れ役の凶悪さんが脱落したことが大きいだろう。俺たちの手柄である。
連中の所持する電池は奪取し損ねたものの、望みどおりの神電池が〝調整課〟から貰えるはずが……そうはならなかった。
「出せないってさ」
パイプ役である埜口が苦々しい表情で説明するには、青銅の孔雀の先鋒格を倒しただけで壊滅させたわけではない、なまじ戦力を削がれたせいで今後の巻き返しが恐ろしい、などと無茶な言い分ではぐらかされてしまったとのことだった。
「ついては這月那月と対戦を希望するチームが二組も出てきた。でかい顔するなら我々を倒してからにしろってやつさ。まあ新参イビリだね」
「退魔師の世界にも上下関係にはうるさいんだな」
「ごめんよ。僕の母さんも言い分を通せるほどの権限がなくて」
「いい、こっちの闘い方が下手だったのも事実だ。ところで、いつか必ず薬師如来の神電池は入手するつもりだし、責任逃れをするつもりは全くないんだが」
「何だい」
「薬師如来の神電池はまた作れないのか? 薬師さまを本尊にしているお寺で」
「作れるけど時間がかかり過ぎる」
目を伏せられた。メロン頭がやけに陰って見える。
「奈良の名刹ほどの寺格でもなければ、難病を全快させるほどの霊威を一度では得られないんだ。僕が行ったときは、無理を言って御本尊の真正面で集教させてもらったんだよ。それなりの袖の下も包んでね」
袖の下か――菓子折りの下にギッシリ敷かれた小判が頭に浮かんだ。
「軽い怪我や病気なら他の神電池ですむし、そもそも薬師さまの霊験に頼る必要もない。でも、僕が救いたい人は時間が不足している」
「癌とか……?」
「癌ならまだあきらめもつくさ」
説明するのが辛そうだった。
「わかった。精一杯やる。対戦には応じると伝えてくれ」
自宅に帰る道すがら俺は考えた。
(独自に神電池の効果的な使い方を模索するか)
八畳間のラジコン勝負で完敗を喫した時、俺は手ごたえを感じていた。
神明さまの電池と日天子の電池の使用で埜口のラジコンは桁違いのパワーを発揮した。同じ神霊を宿した神電池を併用するより、違う系統の神電池と組み合わせることで、単なる電力の向上以外の可能性が広がるのではないか。
新たな能力を生み出す俺だけの〝神仏習合〟の発見である。
「ただいま」
帰宅して奥へ声をかけるが返事がない。
「帰ったぞ幽香」
靴を脱ぐと二階へ上がり、ノックもせず年頃の娘の部屋のドアを開けた。仮に従妹が着替え中で「重光ちゃんのエッチ!」とか叫ぼうものなら即張り倒す。
我々は乙女のプライバシーへの配慮などと無縁の世界で生きているのだ。
「……何してんだ?」
幽香は絨毯の上で正座していた。膝の前には五十音が書かれた長方形の和紙。
「話しかけないでください」
半開きの眼をこっちに向けて抑揚を消した声で答える。
構わず話かけてやった。
「コックリさんか? 変なものに関心持ち出したな」
「エンゼルさまです」
どうやらこいつが子供時代を過ごした地域では呼び方が違うらしい。そういえば俺は幽香の幼い頃のことを意外なほど知らない。
「エンゼルさまに何のおうかがいを立てるんだ?」
「わたしが賢くなる方法をお尋ねするの」
「妙案を授けてくださるといいな……」
いじらしさについ頭を撫でてしまう。
「ああっ、エンゼルさまが降りてきました!」
背筋を伸ばして、眠たげだった目を大きく見開く。
「エンゼルさまエンゼルさま。幽香がアホを超克する方法を教えてください」
自動的に指先のコインが紙の上を滑った。まず「ナ」、つづいて「イ」。
ない――それきりだった。
「うわあああーっ!」
号泣しながら窓からダイビングしようとする幽香の胴にしがみついた。
パワーの差から引きずられながら俺は説得する。
「待て待て待て! アホでも生きる権利はあるんだ!」
「離して! 重光ちゃんの足を引っぱるばかりなら死んだほうがマシよ!」
「こらエンゼル! 正直なのも場合によりけりだぞ! アホのままと断言された身にもなれ!」
紙に怒ってはみたもののエンゼルさまはフォローする気など皆無の御様子だ。
すでに窓枠に足がかけられている。必死でスカートの端を掴んだ。
「明日から別の退魔チームと二連戦あるんだよ! おまえの力が必要なんだ!」
「どうせ三光さまの時の二の舞になるだけよ!」
「凶悪さんを一撃で沈めたときを思い出せ! アホでも馬力だけはある! 俺がおまえの力を有効に使ってやるから!」
「え? じゃあアホのままでもいいかしら?」
「死んでよし」
あっさり安易な方へ流れやがったので離してやった。
頓馬な悲鳴をあげて窓の外へ転落していく。
一応、確認のため窓から下を見ると、狭いながらも百日紅を植えた庭から突き出た下半身が足をバタつかせていた。
地味で朴訥な性格を反映したデザインの下着丸出しで。
(本当にあんな女でいいのか埜口……?)




