森野さん 四話
ここから私が書いています。
素敵なキャラクターをいただけたことを感謝。
カレンダー 風邪薬 ラジオ
森野さんが二日ぶりに登校してきた。英国人で金髪の妖精みたいな風貌をしているから風邪なんて魔法の力で無効化してそうだったんだけど、やっぱり同じ人間なんだなあ、うんうん。
森野さんのいない教室はすごく暗かった。大声で話すような性格じゃないけど、いるだけでキラキラ光を振りまいてる太陽みたいな子だから、いなくなると寂しい。失って初めて大切なものに気づくのね、アーメン。もう、手放さない!
森野さんはみっちゃんの席でしゃべっていたあたしたちのところにつかつかと近づいてきて、あたしが挨拶する前に見たこともない無邪気な顔で言った。
「松岡修造ってかっこいいな」
あたしはみっちゃんと顔を見合わせて、それからゆっくり立ち上がると、ちょっと高いところにある森野さんの額に手を当てた。
「大丈夫? 帰ったほうがいいんじゃ……」
「喧嘩売ってんのか!」
「ひぃ、森野さんがいじめるー」
頭を両手で鷲掴みにされたあたしは手足をばたつかせてみっちゃんに助けを求めた。どうどう、と暴れ馬みたいになだめられた森野さんはようやくあたしを離して自分の席に座った。あたしはよろよろとみっちゃんにしなだれかかって抱き着いて体力を回復した。
みっちゃんはあたしを空気扱いして、全く動じないまま言った。
「松岡修造って、テニスの人だよね。なんで急に」
「私が修造様のすばらしさに気づいたのは、つい昨日のことだ」
「修造様!?」
まじめ腐った顔で語りだした森野さんはあたしの驚愕の声を無視して先を続けた。
「うちの親はテニスが大好きでな、最近全英オープンが深夜に放送してて、毎晩のように夜更かししてみてるんだ」
「ほう」
彼女の両親はイギリス人。イギリス人と言えばテニス大好きなイメージ、知らんけど。でも森野さんがテニスしてるところ見たことないな。
「昼間に寝てたせいで夜中に目が冴えちまってさ、親と一緒にテニスの実況見てたわけ」
「なるほど、あの人芸人みたいな勢いだけどまじめな時はいいこと言うよね」
「そう! そうなんだよ!」
「!?」
森野さんはくわっと目を見開いて声を大きくした。ただでさえ堀が深くて特徴的な目元が強烈な目力を放っている。普通に怖い。
「修造様の言うことが妙に心に響いてな、その日は日が昇るまで修造様関連の動画を漁ってた」
「そこは休もうよ」
「修造様の動画を見てるほうがベッドで横になってるより元気出るんだよ。修造様がいれば風邪薬なんていらねえ」
「ええ……」
顎を引いて言葉を詰まらせるみっちゃん。
「そして昨日街中の本屋を探し回ってこいつを買ってきた」
「学校休んで何してんの……」
森野さんはカバンからメモ帳のような四角い紙の束を取り出した。表紙には松岡修造がでかでかとプリントされている。笑顔が眩しい。
「松岡修造、日めくりカレンダー……?」
「こいつスゲーんだ。これには365個の修造様のありがたいお言葉が載っている。これがあればいつでも修造様を感じられるわけよ」
ただでさえ高い鼻を高々として森野は唇を歪めた。
「カレンダーって普通は壁に掛けて使うものだよね」
「日めくりなのにめくってないし」
「は? めくったらバラバラになっちゃうだろ。馬鹿だなあ夏美は」
「ひどい!?」
森野さんの罵倒はいつも予想を上回る角度で飛んでくるから、あたしはいつも心に風穴を開けられちゃうの。でも、これも友達の一つの在り方だよね……たぶん。
あたしはドン引きしているみっちゃんの耳元で呟いた。
「やばいよ、見た目だけでもあれなのに性格までおかしくなっちゃったら余計みんなにイロモノ扱いされちゃうよ、あたしたちで何とかしなくちゃ」
「いや、むしろプラスなんじゃないか? 性格が明るくなれば友達増えるだろ」
「おい、目の前でとはいい度胸じゃねえか。どうやら死にたいらしいな……」
バキバキと指の骨を鳴らす森野さん。西洋人の体格にはかてましぇん。でも透き通った肌のこめかみに青筋が浮かんでないから、本気で怒ってるわけじゃないわね、これは。
あたしは余裕のある落ち着いた動作でみっちゃんから降り立つと、森野さんの肩にそっと手を添えた。
「違うよ、森野さんは美人だから、そのままでいいよってことだよ」
「え、美人?」
森野さんは形だけの怒りを収めてきょとんとした。かわいい。みっちゃんがあたしに合わせて手をばたつかせながら援護射撃。
「うん! 髪の毛はきれいでふわふわだし、瞳は碧でかっこいい!」
「そ、そうか」
照れて顔を背ける森野さん。まじかわ。今なら猫を駄目にするブラシを使っても受け入れてくれそう。前から思ってたけど森野さんって結構ちょろいかも。
「前から思ってたけど森野さんってちょろいよね」
「おい、屋上に行こうじゃないか」
しまった、口に出てた!? みっちゃんは呆れて額に手を当てている。やめてよ、そんな馬鹿を見るような目で見ないでよ! 馬鹿だけどー!
「もう許さんからな。罰としてお前ら、土曜日に修造様がゲスト出演するオールナイトニッポンGOLDっていうラジオの感想文書いてこい」
「あたしもかい……」
項垂れるみっちゃん。
「なんでこんなタイミングいいのさ」
「天の思し召しだ」
やっぱり今日の森野さんは変だ。昔はもっとクールで……クールで……クールだったっけ?
こうしてあたしたちは森野さんの修造ブームに巻き込まれることとなった。
■
週明け、教室に入ってきた森野が一人で座っているあたしを見て意外そうな顔をした。
「なんだ、今日は夏美のやつ休みか」
「あんたに風邪移されたんじゃないの」
「それは違うな、馬鹿は風邪ひかない」
「ああ、言えてる」
この場に夏美がいたらぎゃんぎゃん泣きわめきそうな会話だった。森野は夏美をいじめるのを楽しんでる節があるな。あたしもか。
すっかり快復した様子の森野にこの間までの異常な無邪気さはない。いつもの眠そうな仏頂面にあたしは安心しながら口を開いた。
「ラジオ、聞いたわよ」
「ん? なんだそれ」
「いや、あんたが聞けって言ったんじゃない。松岡修造のラジオ」
「ああー」
森野はカバンからメロンパンを取り出して封を開けながら間の抜けた声を出した。どうでもいいけど、メロンパンの黄色と森野の金髪って相性がいいな、どうでもいいけど。
「感想文は?」
「書くわけないじゃん」
「だよねー」
「だよねって、この間の修造熱はどうしたのさ」
森野は頬杖をついてメロンパンをかじりながら言った。
「あんときはどうかしてたんだよ。熱に浮かされてたからな。熱い修造の、熱に浮かされて、ふっ」
「なにわろとんねん」
思わず関西弁になるあたし。森野が笑った拍子の息で口の端についていたメロンパンの屑が飛んで行った。残念すぎるよ森野さん。
「日めくりカレンダーはどうしたの」
「親父にあげた。喜んでたよ」
「娘からのプレゼントなら何でもいいのか……」
その時、あたしは廊下から元気な足音が駆けてくるのを察知した。朝の喧騒の中で聞き取れるとは、まるで飼っているペットと以心伝心しているかのような気分だ。ペット飼ってないけど。
開きっぱなしのドアから夏美が颯爽と入ってきた。夏美はほかの友達には目もくれずにあたしたちの席まで来ると、森野の前に立って胸を張った。立っているのに座っている森野のほうが強そうなのは、体格の違いだけではない。
「あたし、わかったわ。修造様はすごい人だったんだね!」
「は?」
森野が困惑して眉根を寄せる。夏美はカバンのチャックを音を立てて一気に全開にすると、中から原稿用紙の束を取り出して森野の机に叩きつけた。
「書いてきた!」
「嘘……だろ……」
森野はカクカクと壊れたロボットみたいに首を回してあたしを見た。あたしも信じられない馬鹿を見たという顔で森野を見返した。
「土曜日ね、三十八度の熱が出たんだけど、修造様のラジオを聞いたら一晩で治っちゃった、凄くない!?」
「新手の詐欺か」
思わず突っ込んでしまうあたし。
「森野さんの言ったとおりだった! 修造様がいれば風邪薬なんていらない!」
「気持ちでどうにかなるなら苦労しねえよ」
「あ、ダメだよ、メロンパンなんか食べてちゃ。お米食べろ!」
「何言ってんの?」
「ええ!? どうしちゃったの、もりのん!?」
「変なあだ名つけるな」
夏美はほっぺをぷっくりと膨らませて森野の肩をがっしりと両手で掴むと、がくがくと揺らし始めた。
「なんでそんなに冷たいのよー!」
「やめろ、メロンパン落ちちゃうだろ!」
「もっと、熱くなれよ!」
「み、倫子。たすけてくれ!」
予想外の事態に焦りまくる森野。もとはと言えば森野が蒔いた種だ。まさか芽が出るとは思わなかったが、こんなに焦る森野は珍しいからもう少し見ていよう。
それにしても……
「はあ、単純なやつ」
あたしはおかしさにクスリと笑って、鼻息を鳴らした。
つくづく、おバカな友達の将来が心配になったのだった。
他人の作ったキャラクターを動かしたのは初めてでしたが、なぜかしっくりくる感じがしてすらすらかけました。
ちなみに友人が書いていた四話では森野は大人になっていたらしいです。




