森野さん 一話
友人が書いたお話です。
一話「赤信号、パセリ、万年筆」
下校途中、僕らが通ろうとするといつも赤になる信号がある。国道を横切る横断歩道で、赤になると二分は待つことになる。
今日もまた僕らはその赤信号に止められた。
隣にいる森野が唐突に口を開く。
「パセリとセロリをさ、いつも間違えるんだよね」
「ふうん」
僕は曖昧な返事をする。
森野は同じクラスの女子だ。金髪で、ピアスを付けていて、しかし不良ではないのか制服は校則通り着ている。スカート丈は膝の高さ、靴下は紺色、ブラウスのボタンは第一まで閉めていた。
帰宅部員であり、なおかつ放課後に親しく遊ぶ友人のいない僕は、終礼が済むとすぐに学校を出て、帰宅するために駅に向かう。移動手段は徒歩だ。学校からは十五分ほどで駅につく。
その道中、僕の目の前には、いつも彼女の金髪が揺れていた。
つまり彼女も終礼後すぐに学校を出ているのだ。青春真っ只中の女子高生がそんなことしていいのか、と僕は自分のことを棚に上げて心配しているけれど、彼女自身は何も気にしていないらしく、いつも淡々とした足取りで歩いている。
そしていつもの赤信号で必ず、僕は彼女と横並びになる。
最初、彼女は僕を横目にちらりと見るだけだった。まあ当然だろう。僕はというと、無視するのも何なので、とりあえず会釈していた。
何を喋るでもなく、一緒に帰るでもない。たまたま二人とも電車通学で、下校時間が同じなだけ。
彼女との関係はそういう、薄いものであるはずだった。
ある日いきなり、赤信号で彼女が喋りだすまでは。
「紛らわしいんだよね。どっちも片仮名三文字で、美味しくないじゃん」
「僕はパセリ好きだけど」
「苦い、茎っぽいやつだっけ」
「それはセロリ」
「紛らわしいんだよ」彼女は舌打ちした。「どっちか改名するべきだね。メジャコンとか、そんなのに」
「なんて?」
「メジャコン」
「なにその単語」
「意味なんかないよ、思いついたの適当に言ってんだから」
信号が青に変わる。彼女は歩き出した。僕はそのあとを、学校から変わらない距離間隔をとって歩く。
駅につくと僕らは自然と別れた。さよならの言葉はない。それどころか互いの顔さえ見ない。
赤信号の間だけ会話する。今の僕と彼女の関係は、そういうものだ。
最初にかけられた言葉は、「万年筆ってどう思う?」というものだった。「かっこいいと思う」と答えた僕を、彼女は「古くさい」と一蹴した。
クラスメイトなので、明日にはまた学校で彼女と会うだろう。でも互いに目も合わさないに違いない。挨拶なんてもってのほかだろう。
僕と彼女は赤信号の間しか交流しない。
だから僕は横断歩道の手前でしか彼女の目を見たことがない。
赤信号が嫌いそうな、異国混じりの青い瞳。そこでしか見れない彼女の目が、僕は結構気に入っている。




