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捧ぐ白い花  作者: 餅原
2/2

ケーキとフォーク

少し前に巷で噂となったケーキバースを題材とした話です。

過激な表現が含まれているのでご注意下さい。

 前略、うぐいすは鳴かなかったので、煮て食べたその日の晩に書いた手紙である。


 喜べ、私の愛した人よ。

 君は今日(こんにち)から解放される。誰でもない、私からだ。

 ここまで(たった二行だけれど)読んだ君は、きっと震えることだろう。自分の命日が今日なのだと悟るだろう。だが安心したまえ。解放とは死を意味するのではなく、生を意味するのだ。

 つまるところ君は私に食べられずに済む。今日まで私に拉致され、監禁され、外の空気を吸うことのなかった可哀想な少女だが、晴れてその身を風に溶かすことができる。どこへだって行ける、何にだってなれる自由の身だ。おめでとう、とは私が言うべき言葉ではないけれど、心のなかではめでたく思っている(自分でも身勝手な話だということぐらいわかっているが、あえて言わせてくれ)。

 ここまで読んだところで君は首をかしげることだろう。3年も同じ屋根の下で住まいを共にしてきたのだ、君の反応くらい手に取るようにわかる。最も、監禁されている間に君が、3年もの月日を数えることができていたかは別として……なぜ3年も閉じ込められていたのに、今日になって解放することとなったのか。君は気になることだろう。


 私は君の甘い味を心の底から欲している。きっとその身をこの手でしっかりと包み込み、柔らかい肌をじっくりと舐めたなら、私は君のあまりの甘美さに、天にも昇る気持ちで食べ進めることだろう。だが君は所詮、有機物のケーキ。食べたら私の腹のなかで消化され、弱肉強食という名の世界に押し殺される運命なのだ。私はそれがとても苦しい。

 なぜなら、君を食べたいという感情と同じくらい、君を愛したいという感情を持ち合わせ、ぐつぐつと肥大させているからだ。

 だがそれは、殺したいぐらい愛しているといったような狂愛を意味するものではない。むしろ限りなく純粋な感情だ。美味に溺れる瞬間を待ち続けているけれど、君を食べてしまっては君を愛することができない。シーソーのように両極端の感情が宙ぶらりん、空回りする足で地団駄を踏んでいる状態だ。


 まだ紙が余っているね、君の興味が無くなるような少し昔の話でもしようか。

 私が人を愛したのはこれが最初ではない。実は君は二番目に出会った甘味(スイーツ)なのだ。

 君も知っているように私はとてもグルメな訳だが、そんな私を満足させる、顔も体も心も味も君と同じくらい魅力的な女性がいた。私は生物学上は女というカテゴリだし、男に恋愛感情を持ち合わせる可能性も無いわけではないのだと思う。けれど私の場合、人を愛したいという感情よりも先に、甘いものが食べたいという感情が出るのだ。当時出会った彼女にも、まさかいとおしいという想いが沸くなど思わず、ただ食べたい一心で家に連れて帰り、ぶくぶくと太らせようとした。だが彼女は太りにくい体型だったのだろう、飯を与え過ぎるとすぐに吐くし、腹を下す頻度も高かった。しかし体型は変わらずとも日々彼女は美しくなっていくように見えた。恋は盲目というけれど、本当にその通りで、徐々に熱におかされていく日のなかで、彼女のこともより素敵に見えるフィルターが分厚くなっていっただけなのだろう。どちらにせよ、私は日に日に彼女に対する「食べたい」という想いと「好き」という想いが同じくらいのテンポで膨らんでいった。


 そんな激しく揺れ動く脳内で結論を出したのは、彼女と出会って三ヶ月がたった頃の冬だ。結論を出した、だなんて表現するのはおこがましく、糸が切れたようにそうなってしまったと言った方が良いだろうか。

 結論から言うと私は彼女を食べた。

 もみくちゃのぐちゃぐちゃな感情で、彼女の服をびりびりに引き裂き、体の至るところを貫き、息をするように破片を口に運び続けた。最後まで平らげたところで私は泣いた。愛していたのに、愛してやれなかった。食欲の向くままに、自制心が働かぬままに……動物のように愛を無視して彼女の甘いからだを貪ってしまったのだ、と。途端に、とてつもない自己嫌悪の不快感が喉のあたりを締め付け、粘っこい歯触りが神経を行き来した。そして私はあろうことか飲み込んだ彼女の体を吐き出したのだ。食べている間は、ベリー系の甘酸っぱさとショコラのほろ苦さが、濃厚でふわふわのクリームと絡み合った、頭を麻痺させてしまいそうな……今まで食べたなかで一番美味なケーキの味であった。しかし吐き戻している口に残るのは、食べたときに感じた甘みが影も形もなく、ただ胃酸にやられたゴミのような口どけの何か。血生臭く、グロテスクな吐瀉物が広がる床にへたりこみ、声を押し殺しながら、ただ瞳から溢れ出てくる水滴が止まるのを待った。床と接地していた自らの下着に、嘔吐した液体が染みるのを感じ我に返った私は、食べてしまったものを吐き捨てるなど(ましてや愛した人を口にしておきながら体に留めず撒き散らしてしまうのは)情けない、絶対にしてはいけないと思い、吐瀉物を手ですくってふたたび口に押し込んだ。美味しいわけがなかったが、殺しておきながら彼女の破片を我が身で消化しないなんて許せなかったのだ。天国と地獄を1度に体感したようなこの日を、私は一生かけても忘れないだろう。


 もう二度とこんな思いをしてたまるものか。もう二度と愛した人の幸せを無視してたまるものか。その一心で生きてきた私だが、ケーキの味は忘れられず、ひとりふたりと甘い香りのするそれを拉致しては欲望のままに味わいながら食んだ。

 そんな日々の繰り返しのなかで出会った君が、私が二番目に愛してしまった甘味だ。

 君は彼女とはまた違った甘さがある。彼女はベリー系の酸味が絡んだ甘い味だが、君はどちらかというとバニラ系の香りがする。アイスのように冷たい肌がより一層甘さを引き立てている。君を拉致した日、私は君をもっと育てて味わおうと決めた。その選択がそもそもの間違いだったのかもしれない。ズブズブと足にまとわりついていく(いばら)のような感情。食欲と愛情が同じくらいの密度で心に圧を与えてくる。日に日に君が好きでたまらなくなっていったのだ。


 君が食べたい。私はこのまま君といては間違いなく君を食べてしまうだろう。けれど同時に君を愛したい、君と共に生涯をすごしたいという想いもある。板挟み状態で苦しんで苦しんで、私は考えた末に、クリームを絞り出すように(ケーキだけに。ジョークのつもりだけれど君は笑えているだろうか)、答えを出した。

 君を私の家から……籠の外へと解き放つことにした。けれどそれだけでは私は君の甘い香りが忘れられず、いずれ追い回して見つけ出してしまうだろう。だから私は今日、自らの心臓を止めることにもした。

 君がテーブルに置いてあるこの手紙を読む頃、私は奥の寝室で首を吊っていると思う。うまく死ねるかわからないから出来るなら寝室のドアは開けずにそっと外へと出てほしい。ドアの五つの鍵の場所は下に図解しておく。

 最後までわがままな人間で君を振り回してすまなかった。拉致したばかりの頃は毎日ギャンギャン泣いていた君も、ここ最近はテレビの話をして盛り上がるくらいに心を開いてくれた。それはきっとあきらめの気持ちだとかがほぼ全てだったと思うけれど、少しは心を許してもいいと判断しても良いだろうか。傲慢だろうか。私が傲慢なのは今に始まったことでは無いが。

 さようなら、私の愛した人よ。死してなお、君の幸せを願っている。


 ところで、私はひとつ気づいたことがある。

 君の体はとろけるような甘い味がするわけだが、両腕だけは何故か味のない味……例えるなら金属のような味がした。もしもの話だが、野放しにしたこのあとに、君は誰かを食べたりするのだろうか?


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