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捧ぐ白い花  作者: 餅原
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寒空とバカ野郎

「ずっとまえから好きでした、付き合ってください」

 木下ココミは顔を真っ赤にしながら、私にむかって静かに発声した。

 その視線はうつむいたまま私の足下をつかんで放さない。

 ええと、ひとつ彼女に伺いたいことが。

「えっと……本命は誰?」

「目の前にいるあなたです」

「あっ、そうかそうか罰ゲームか何か」

「……はっきり言ってください」

 さっきの弱々しく可憐な瞳とは打ってかわって、喉元に掴みかかる様な勢いのある目力を送られる。

「迷惑、でしたよね」

 そんなことを言われても。私は冗談を真に受けて程よくボケるなんてスペックは持ってないのですぞ。あなたは女性、私も女性。罰ゲームで告白するとかそんなところだろうけど、相手が間違っている。

「迷惑とか、そういうことじゃなくて。ごめんな、私ノリ悪いやつで」

「だから、罰ゲームなんかじゃありません」

「ん?大変だな、お疲れ様」

 ココミの言葉をさらりと受け流し、彼女に背を向ける。

 ぽかぽかと暖かな日差しを浴びながら、裏庭を抜けた。


 ちなみに、その時の彼女の表情や顔などまともに覚えていない。


 教室に帰ってすぐ、今日の部活動は休みだという朗報が入り、放課後を迎えた今、足早に学校を去ろうとした。校門を抜けたところで、ココミからスマホにメッセージが入っていることに気づく。


「信じてもらえないかもしれません。でも、今日言ったことは本当です。迷惑でしたよね、私なんかから……女から、告白されて。それでも私、真剣なんです。無理にとはいいません、返事が欲しいです。また、会ったときに、以前みたいに話しかけてほしいです。そして今日のことは、私と先輩だけの秘密にしてください、お願いします。かしこ」


 文末は品行方正さをアピールするちょい足しが流行っているのだろうか。高校生になってから携帯を握り出した私とは違い、ココミは現代文明の塊だと思っていたのだが……

 それにしても、今日の会話は本気の告白?……木下ココミはレズビアンだったのか。言われるまで気づかなかった。今まで同じバドミントン部でタッグを組んでいたが、彼女の気持ちには気づかなかった。そもそも、女が女を愛すという概念さえなかった。

 ……告白の返事、ねえ。

 彼氏もいない私だが、彼女を作る気なんてさらさらなかった。温かな家庭を築きたいだとか、そういう理想もなかったが、正直ココミと付き合っている自分を想像できない。

 悪いが、私の心は断るに決まっている。ココミのことは大好きだ。だがそれはチームメイトとして、後輩として、可愛いと思っているだけで、それ以上でもそれ以下でもない存在だ。

 彼女を傷つけてしまったらどうしようか。……いや、もうすでに傷つけているかもしれない。今日の告白だって受け流してしまった訳だ……悪いことをしてしまった。


 考えていても仕方ない。過ぎてしまったことは過ぎてしまったことなのだ。

 彼女にはきちんと謝って、それでこの話は終わりにしよう。



 普段の朝よりはやく家を出た。ココミはいつも朝早く部室に来ている。その時なら二人きりになれる。

 ……と、思ったのだが、今日はそうでもないらしい。自分一人しか部室にいない状態で、時間は一瞬で過ぎていった。校門付近を友人と歩いているココミを見たときにはもう朝のうちに伝えるのは諦めていた。


 朝が駄目なら、昼休みだ。

 何気なく移動教室に向かう途中で、彼女とすれ違った。

 ココミは私に気づくと視線を外した。なんじゃそりゃ。

「……よお、ココミ」

 私がすれ違いざまにポンと肩を叩いてやると、やや数秒顔をそらされたあと、頬を赤らめながら満面の笑みで「おはようございます、先輩」と返された。

 とても嬉しそうにしていた。


 私が告白の返事をイエスと言ったなら、またあんな風に笑ってくれるんだろう。

 ノーと言ったなら……。


 購買で時間を食われたので、昼休みが駄目なら放課後である。

 部活動中、ストレッチをしながら声をかけてみる。

「ねえココミ、ちょっと相談があるんだけどいい?」

「はい?なんでしょうか」

 ……はて、どのように言うべきだろうか。出来るだけ傷つかない方法で伝えたい。

「あのさ……今度の日曜、勉強会しない?私1年の範囲覚えてないことだらけで、教えてほしいんだけど……」

 そうだ、なにもこんな人が多いところで伝えなくてもいい。休日に二人でいる約束をして、そこで伝えよう。

「日曜ですね、空けておきます!」

 嬉しそうな笑顔。汗で頬に細く綺麗な髪の毛がはりついていた。


 そう、人がいる場所が駄目なら、休日である。

 図書館で勉強道具を広げる。

「あのさ、ココミ……」

「図書館ではお静かに願います」

 お姉さんに怒られてしまった。


 静かな場所がダメなら、ええと、カラオケとか。

 次の週末にはココミと二人でカラオケに行った。ココミの歌が素晴らしく上手いことを新発見した。透き通った綺麗な歌声に聞き入って、あの曲もこの曲も!と次々とリクエストしている自分がいた。案の定、日がくれて解散した頃に、告白の返事をしていないことに気がついた。

 まあ、楽しかったし、また次の機会に……


 言おう言おうと思っていても、新たな一面を発見するばかりで一向に返事を伝えられずにいる。

 これはまずい。彼女に期待させてしまっているだろうか。事実、ここ最近の週末はずっと彼女といる気がする。

 まずい、楽しい……



 あまりにも長い月日がたつと、告白のことをひっぱりだしてくるのも悪いような気がして、結局返事をすることなく一年経ってしまった。

 大学受験を控え、彼女とは以前よりも会う機会は少なくなった。だが、今でも時々私の家で勉強会をしている。

 なんだかもう、普通に親友としてココミといる日々を充実していた。

 ココミもあれからなにも言ってこないし、告白のことも忘れてしまったのだろうか。きっと忘れたのだろう。



 受験に追われながらも、今日がココミの誕生日であることはしっかりと覚えている。以前、彼女が欲しいと言っていたネックレスをこっそり買っておいたのだ。

 日曜の昼下がり……きっと暇をしているだろう。最近ハマっているミントティーの味を彼女にも知ってもらおうと、水筒を抱えてココミの家へと向かった。

 彼女の家の玄関に、見知らぬ男が立っていた。パッと見てココミの同級生といったあたりか。ココミと話をしている。漏れ落ちなくその言葉は、私の耳に入ってきた。

「ココミのことが、好きなんだ。……どうか付き合ってください。」

 おおっと、これはプライバシーに関することを聞いてしまった、今日のところは引き返そうか……と来た道を戻る途中で、ココミがか細い声で言った「はい。」という返事が、私の足を止めた。

 やや数秒の沈黙の後、ふたりの照れ笑いのような声が聞こえた。

 そこから先のふたりの話し声は私の足が遠ざけた。



 ……まじで告白のこと忘れてるじゃーん。



 まあ、どうせ断るつもりだったし、いいか。

 お互い良い形で終わったんだ。……お互い良い形で終わった?何を言ってるんだ、終わりも始まりもなにもなかったじゃないか。まるで私がフラれたかのような言い回しじゃないか。最初から、私はココミを後輩以上でも以下でもない存在だと思っていたじゃないか……



 ああ、そういえば忘れていた。

 ココミが私のなかでただの後輩から親友へとランクアップしたのだから、その存在が他の人に取られると思ったのだ。一瞬、妬いたのだ。他の誰かに取られるもなにも喜ばしいことではないか。私は彼女のことを気にすることもなくなったのだ。急に肩の重みが解けたからふわふわしているのだ。

 あの告白の日の夜と同様に、私は手っ取り早く自己完結をした。これからも彼女と友人として会えるのだから、それ以上にしあわせな事なんてない……そういうことだ。


 とはいえ家に帰ってきてしまった以上、誕生日プレゼントは今日は渡す気になれなかった。明日学校で渡せば良いか。それでいい。だから今日はもう寝よう。

 妙に疲れた体を洗い流し、吸い込まれるようにベッドに体をのせた。



「面接の練習がしたいんだけど、ココミ面接官役やってくれない?」

 質問のマニュアルを手渡すと、短く返事をして座った。

 野球部の練習の声と音が聞こえてくる。曇天で活動しやすい午後である。

 この練習を一通り終えたら昨日のプレゼントを渡そうと思っていた。

「この大学を選んだ理由はなんですか。」

「貴校の校訓に惹かれたからというのがひとつの理由です。また……」

「惹かれたのですか?」

「はい」

「私には惹かれませんか?」

「はい……?」

 何を言い出すんだこいつは。

「あなたは私には惹かれないのですか?」

「……。」

 真面目に私の練習を手伝う気はあるのか。拳をぎゅうと握った。


「……私、は」

 でも。


「私はあなたに惹かれています」

 全身が震えている。頭が上手くまわっていない。何故こんなにも緊張しているのだろう。

 ……ああ、そうだ。嫌われるのが怖いのだ。誰かに取られることが嫌なのだ。木下ココミが好きなのだ。今さら遅すぎる。ココミには彼氏が出来てしまったし、普通の恋愛をしている。私がノロノロしていたのが悪いのだ。もう手遅れで、今になって想いを伝えても誰も得をしない。私だって得をしない。今になって想いに気づいてもどうしようもない。勝手に出てくる涙が止まらない。

「好きです、遅いことなんて知ってる、お願いだから嫌いにはならないで」

 自分勝手にも程がある。

 ココミの顔が怖くて見れない。

「……そうでしたか、知りませんでした」

 低い声でぽつりと言うココミ。怒っているのだろうか、それとも混乱しているのだろうか。

 私が顔を上げたら冷ややかな視線が送られるに違いない。そう思いつつ彼女の顔をそっと覗きこんだ。……ココミは笑っていた。

「……嬉しい、知りませんでした。両思いだったんですね……」

 震える手で頬をおさえる彼女。なんでこいつがこんなに恥ずかしそうにしているんだ、自分で聞いてきたくせに。

「私、やっぱり先輩のことが好きです。1度は忘れてみようとしたんです、どう考えても無謀だったなと思って。でもやっぱり、先輩じゃなきゃダメでした。先輩のことが大好きでした。」

 にんまりと笑う彼女の頬がびしょびしょに濡れていく。

「先輩が卒業したら、私、先輩への気持ちは忘れます。もっとはやく私が気持ちを伝えていたら……ううん、でも、この1年、すごくすごく楽しかったです」

 ココミは嗚咽を漏らしながら続けた。

 私のことをめちゃくちゃに愛してくれていたこと。高校生の恋愛はおままごと程度でいい、将来のことを考えて思いは引きずらないと決めていたこと。私のどんなところが好きかも教えてくれた。恥ずかしくて顔から火が出そうだった。

「恥ずかしながら、今の今まで自分の気持ちに気づかなかったんだよ。こんなことってあるもんなんだな」

 結局お互いがお互いを好きなまま、付き合いはしなかったけれど。

 これもこれでありかなと思っている。

 バカ野郎らしい恋愛だったなと。


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