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愛された記憶  作者: 高橋麻理子
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プロローグ 2014年5月12日 韓国 京畿道 利川市 国立墓地

登場人物

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 高橋麻理子たかはしまりこ :主人公。外資系IT企業に勤めるエンジニア

 1966年1月21日生まれ 東京在住

 チャン・ソン(本名:ソル・チャンゴン설충건):1948年7月24日生まれ

 ソル・イルゴン:チャンの末の弟

 正子:(チャン・ソンのお母さん) 日本人、東京生まれ

 ソル・ジョンヨン:(チャンのお父さん)ソウル生まれ、東京大学に留学

 メサ: タイの孤児 2001年4月生まれ

 チョンさん: タワーモーテルのオーナー

 ミスイさん: タワーモーテルのオーナーの奥さん

 ジヒョンさん:新林のファーマシスト

 ホンソク リー:ソウル在住の麻理子の同僚

 ゴールデンウィークが終わった翌週の月曜日。私は韓国 京畿道キョンギドウ 利川市イチョンシにある国立墓地を訪れていた。


 午前中降っていた雨はあがり、5月の明るい太陽がツツジの花に降り注いでいる。


 平日 にもかかわらず、多くの人がこの国立墓地を訪れている。女性の多くは黒いチマチョゴリを着ている。黒いチマチョゴリがあることを初めて知った。日本の喪服にあたるのだろう。スーツ姿の男性たち、韓国軍の制服を着た軍人たちがいる。


 昨夜、宿泊したシェラトン グランデ ウォーカーヒル ホテルの中の花屋に行き、「明日、セメトリーに行くので白いブーケを作ってください」と注文した。花屋の若い女性は「セメトリー…… アイドントノー」セメトリーという英語が通じかなった。iPadに入れていた通訳アプリで「墓」という単語を韓国語で表示させて見せると、彼女は大きくうなずいて、「OK、ホワイトブーケ、OK、トゥモローモーニング、テンサーティ、ピックアップ、ヒア」と言った。


 今朝、アラームが鳴るより早く目覚めた。一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。一人には広すぎるキングサイズのベッドを降りて、カーテンを開けると霧雨の中に漢江が流れていた。ソウルに来ているんだ。薄いグレイの空が私の気持ちのようだ。


 シャワーを浴び、髪を乾かし、薄めにお化粧をして、ノースリーブの黒いワンピースに黒の薄手のジャケット、黒いストッキングに黒いパンプスを履いた。小さなピアスと細いチェーンのネックレスを付けた。


 ホテルのカフェテリアでコーヒーとデニッシュの軽い朝食をとると隣の花屋に立ち寄った。白いカーネーションの花束が薄紫色のレースペーパーで包まれ、薄紫色のリボンがかけられていた。「カムサハムニダ、チョアヨ。(ありがとう。素敵だわ)」20,000ウォンを支払った。


 ソル・インゴンさんという今日初めてホテルのロビーで会った韓国人男性の運転で、ソウルから利川の国立墓地まで、高速道路を走り約1時間半。土日はこの高速道路はとても混んでいるので、ソウルから3-4時間かかります、とインゴンさんが言った。


 ここ国立墓地には韓国軍兵士が埋葬されている。インゴンさんと一緒にゆるやかな坂道を歩いた。私の恋人だったチャン・ソンはここに眠っている。インゴンさんが区画12番に入り、壁の一画の扉を開けた


 あっと息を呑む。そこには懐かしい彼の遺影と薄水色の骨壺がおさめられていた。「チャン」小さな悲鳴のような声で彼の名前を呼んで遺影に駆け寄った。遺影はガラスの向こうにあって触れない。ガラスに両手をぴったり当てて彼の写真を見つめた。


 あなた、なぜ、なにも言わないで行ってしまったの。

 ここを探し当てるのに、1年近くもかかったのよ。

 額をガラスにくっつけた。溢れる涙でガラスが曇った。


 後ろからインゴンさんが、「どうぞゆっくり兄と話をしてください。私はあちらで待っていますから」と気を使って見えないところに行ってくれた。インゴンさんは、私の恋人だったチャン・ソンの弟さんだ。


 お墓に刻まれた文字に見入った。遺影は私の知っている彼の顔だけど、そこに刻まれた文字は私の知らない彼の歴史だった。

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 海軍中佐: 薛 忠建 (설 충건:ソル・チャンゴン)


 1948.7.24:ソウル特別市で誕生

 2013. 6.7:ソウル特別市で死亡

 1968-1981:海軍所属

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 あなた、私に教えてくれた誕生日とちがうじゃない。アメリカに渡る前に軍隊に入ったことがあると言ったけれど、海軍に13年もいたなんて、海軍中佐だったなんて。あなたの本当の韓国名はソル・チャンゴンというのね。


 あなた、最期の時を私に教えてくれなかったのは私が悲しまないようにとの私への愛だったの?それとも、あなたの国を支配してあなたやあなたの家族を苦しめた日本人である私を苦しめるためだったの?


 涙がとどめなく溢れる。空を見上げると5月の青い空が広がっていた。17年前にロサンゼルスで出会った日のことを思い出した。


 1996年10月6日。成田を発った時は秋の気配が感じられていたが、ロサンゼルスは真夏のような暑さだった。


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