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七話 ずれたものは

夜になる。


火はどうするか。


火が無いこの場は月明かりのみが頼りの暗闇だ。その頼りも雲で隠れれば深い暗闇。


この闇はマズイ。


まずは限界まで歩いてみたが、疲れと深い闇に苛まれた。


足元も、見えないのだから歩くのも慎重だ。


腹から唸り声がする。


『メシを寄越せ』


そう言ってる。


知ってる。


言ってるのは俺なんだから。


いや、落ち着け。いつもみたいに考えて何かなるような状況じゃない。


知らなかった事は完全なる闇ほど怖いものが無いことを。


見えないのだ。何も。


日本の都市のように街灯なぞ有ってたまるか。ここは大自然だ。


山にキャンプに行った時の闇に似ている。ランタンを消した時の闇だ。


寝る時の暗闇は心地よいが、極自然に暗闇にいて逃げ場もない状況には恐怖しかない。


空腹も相まって焦りが生じる。


暗いなら、俺だけでも明るく…


辛い時こそ笑えばいい。我が家の家訓だ。


「アハハ!ハーハッハッハッ!!」


ガサリ


音がした。風か?


どうせ見えないのだから目を閉じる。


聴覚に集中し、音がした方へ意識を向ける。


カサリ


先程よりも小さな音だ。


恐怖に震える俺にとっては銃声にも似た音に聞こえる。


確信した。誰か…いや何かいる。


ウサギとかでありますように!


神など信じない癖に、困った時は神頼みである。


そんな望みを神様とやらは聞いてくれる訳無いのだ。


「旅で火を点けねぇってことは俺らに気付いたのか」


音のした方へ、目を閉じたまま耳を向ける。


「いつから気付いた?」


俺は答える余裕もなく、『フッ!』と、鼻で答えた形になった。正確には『は?』と言いたかったが息だけ出た。


「ほう…実力はあんのかね。こんなガキが俺らを舐めるとは…教えてやろうか?ガキ?」


闇で全く見えないが、人間である。ゴロツキか何かだろうか。


人数は分からないが、俺らと言うからには複数人居るのだろう。


夜目に長けているのか、一人の足音が近寄ってくる。


まずは動物だって敵対したら威嚇から始まるはずだ。


棒を左手で構え、右手に集中。目を閉じているので集中は楽だが、居場所が分からない為に狙いはつけれない。


待て待て、本能に任せて良い事はない。人間には対話があるのだ。


「何か用でしょうか。急ぐ身なんです」


「まあ、簡単だ。金目の物を置いて消えな」


追い剥ぎか。刃物などは持っているだろうから、その点は暗闇に感謝だ。


なにせ、刃物を視界に入れた瞬間に俺は敗北する。


その辺りもまったく考えていなかった事にも、自身の考え無し加減に呆れてしまう。


今は目前の問題に集中だ。


人数は分からない。


勝てる見込みもない。


構えを解いて、声のした方へ呼び掛ける。


「すいません。金目の物は置いて行きますので、命は取らないで下さい」


「最初からそうすりゃ良かったんだよ」


リッチに貰ったお金を袋のまま投げる。


ドシャっと重みのある音がし、それに近寄る声の主。


中を確認している様子が分かる。


「結構溜め込んでるじゃねえか」


「では、すいませんが、これで…」


離れようとジリジリと後退りが、そう簡単に物事は終わらない。


「まて。荷物もあるだろう?」


やはり、ダメか。


日本でもカツアゲなるものが横行している。その実、金を出しても出さなくても殴られると聞く。


こちらでは、殴る代わりに命を取られるのだろう。


「約束が違いますよ」


「約束なんてしてねえよ。ガキ」


正論を言われると悔しい。その通り、この追い剥ぎは約束などしていない。


逃げるか、いや、囲まれてるかもしれない。


カサリとジャリっと音が混じる。


足音と俺のお金で先程よりも音は大きい。


なら、


「風よ、切り裂け」


再度、右手に集中し、音がした方へ向けて風切を放つ。


威力は突風レベルで。


「うお!」


突然の風に追い剥ぎは体制を崩したのか、お金の音が大きくドシャっと鳴る。


「何しやがった!」


「次は、切り裂く威力で撃ちます」


「ガキィ!」


起き上がり、こちらに走り向かう音。


「風よ、切り裂け」


また突風の威力だが、体制くらいは崩せるはずだ。


またドシャっと音がする。


そこに俺も走り込み、棒を振るう。


目を閉じているため何処に当てたかは分からないが、横薙ぎに振るい、確かな感触を掴む。


「グホッ!」


更に右手を向ける。


「仲間は、居ないんですね」


「…クソ…!ガキ、やるならやれよ」


やれと言われても人を殺したくはない。それに…


「いえ、お金を返してくれれば良いです。あと少し困ってましてね」


右手は向けたままだ。


「火を貸してくれませんか?」


貴重な火を持っている人かも知れないのだから、みすみす手放すものか。


「…は?」




火を貸して貰ったおかげで焚火をする事が出来た。


こちらの世界の火種は、魔石と呼ばれる小さな赤い石を砕くと火が出る。


そこから乾燥した木を集めて焚火にした。


今は追い剥ぎと火を真ん中に対面で座る形を取っている。


ボサボサの黒い髪に、窪んだ目、頬は痩けており、無精髭を生やしている。


歳の頃は三十位の中年だろうか。


この姿を見ると書き入れ時のクリスマスディナーなどの仕込みをしている自分や同僚を思い出す。


徹夜や栄養不足などが一週間ほど続き、彼のようになる。


妙な共感を覚えたが、その腰には剣がある。


幸い、鞘に収められているが抜かれた瞬間に負ける。


兎に角は相手の意識を剣に向けないように別のもので釣ろう。


「…ありがとうございます」


「…」


「お腹すいてませんか?」


「…」


「僕は何か食べようと思ってますが…?」


「…」


ダメだ。意志の疎通が取れない。


窪んだその目で俺をジッと見ているだけだ。


正直、そこまで見られ続けると怖いのだけど。


仕方ないので、日のある時に毟った草と水を口に入れる。


一応、隣に歩み寄り差し出してみる。


変わらずジッと見てくるが、水筒と草に手を出してきた。


一瞬で空にして、改めてこちらをジッと見てくる。


「…俺はランバートの町の近隣を根城にしている野盗団の頭だ」


俺が目指す町は、通称ランバートの町と言う。治安は悪くないと聞いたが野盗なども居たのか。


唐突な自己紹介に驚くが、こちらも返そう。


「僕はセリン村のウィルです」


「…ギヨームだ」


野盗と知り合えた。なんだこれ。


旅立ち初日。


初めての知り合いは犯罪者である。


「ええと…団と言うからには…お仲間さんは?」


「殺された」


「あ、あぁ…それは、なんと言いますか…」


ギヨームさんはダンッと地面を叩く。


「殺された!お前がやったのか!?」


は、はあ!?


なんだそれ!何で初対面の俺が、そんな容疑に掛けられるんだよ!


「ど、どういった事で?」


「惚けるな!団員からは風の魔法を自在に使う金持そうなガキだったと言われてる!!」


あ、待って!手に剣を取ろうとしないでくれ!気絶してしまう!


「か、金持って…僕は金持では…」


「あれだけ持って金持ではない?は!なら俺らはなんだ!?」


「いや、ほら…身なりだって悪いですよ」


「それで悪いのか!?その外套は最上級の素材だろうが!」


最上級の素材って…なんちゅうもん渡してくれたんでしょうか我が父は…


「…風を自在にって…僕は自在になんて…」


「それで自在じゃねぇ!?風切の魔法は良くて二時間はかかる詠唱だぞ!?一瞬で使っておいて自在ではないってか?」


そう言われると言い訳が利かない。


周りが規格外の所為で分からなかった、では済まないのだろう。


「…落ち着いて下さい。分かりました。僕でない事を証明しましょう」


これ以上何か言ってもダメならもう言葉は要らない。


俺にある、俺の全てで分かって貰おう。


それ即ち、料理である。


「信じれないかも知れませんが少し待って下さい。荷物は置いていくので…」


そう言って、焚火の中から木を一つ抜き、食材を探しに行く。


ややあって木の実を発見。見た感じは銀杏のような緑の木の実で塩気と苦味があるが食べれるものだ。


セリンに居た時も何度か料理したものだ。


他にも食べれる草と、木の皮などを持って行き、焚火の方へと戻る。


「…何をしていた?」


「木の実と食べれるものを拾ってきたのです」


「それを食うのが証明になるのか?」


「まあ、見てて下さい」


そうだ。うまいものを食べれば皆が笑顔になるのだから、そうして和解するしかない。


袋から取り出したるは鍋である。


火を失念していた癖に鍋は持ってくるあたり自分の抜け加減が分かるが、これが無いと話にならないのも事実。


鍋を火に掛けれるよう石を組み、鍋に水を注いで木の実の果肉のみ指で取り、鍋へと入れる。


木の皮で灰汁を掬いとり、汁を味見。


ふむ。苦味は灰汁と一緒に煮出されたが、若干残っている。塩気に問題は無い。


そこで役に立つのが、この草だ。


この草には小さな葉が無数に付いたもので香りはタイムの香りに似ている。


茎は硬く、食べにくいので葉のみを入れてスープに香りを付けて残った苦味を誤魔化す。


再度味見。問題ない。


火から外し、最後に残った他の葉を千切り入れて完成だ。


題して『刃物の要らないサバイバルスープ 異世界風』だ。


魔法や食べれる草を知らない時におままごとの様な要領で作ったが意外に美味かった。


この木の実は村で取ってしまうので子供が見つける事は中々無い。


「さあ、出来ました。召し上がって下さい」


「あ、ああ…」


食器は俺が家で使っていた物を使用。


ギヨームさんは、スプーンを手に取り鍋からスープを掬うと湯気が立っている為、自画自賛になってしまうが美味そうに見える。


「待って下さい。食べる時は挨拶が必要です」


「はあ?俺は教会信者じゃねえぞ」


「いえ、教会の長々した物でなくて作った人への感謝を込める挨拶です」


ギヨームさんは一瞬考え、いただきますと小声で言う。


悪い人では無いのでは?


口に運び、目を開く。


「…うめえ」


俺には笑顔が張り付いていただろう。作り手に取ってその一言は最高の賛辞だから。


「そうでしょう?」


そこからはガツガツと食べ、最後には鍋を手に取りスープを使わずに飲み干していく。


…俺の分…


しかしそこまでガッついて貰えば悪い気はしない。


「ふう。それで、コレが証明か?」


「食べ終わったらまた挨拶があるでしょう?」


「小煩い奴だな…ご馳走様」


「はい、お粗末様です。どうです?僕が違うと言う事は分かりましたよね?」


「いや…分かんねえよ。食いモンとお前の無実がどう繋がる?」


え?だって…ん?おかしい。


繋がらない。


立派な料理人でも犯罪を犯す。それは身を持って体験しているじゃないか。


いや、だって…ほら…


言い訳できず、俺は手を地面に付けて項垂れる。


名言にだってあったのだ。


おおよそ賤しい料理人などというものがこの世に存在するのだろうか?

-シェークスピア


はい、居ないとは言えないです。

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