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六話 道程は遠く

善をなすには努力が必要である。

しかし、悪を抑制するには、さらにいっそうの努力が必要である。

ートルストイー


五年の猶予があるとは言え、今すぐメアリに会いに行きたい。


だが、それは叶わない。


ゴードンさんにすぐに聞いた。


セリンの息子から守るにはどうしたら良いのか。


「ウィル、本気かい?私も教会では役職者だけど領内での事には口出しは出来ないんだ…」


…一番辛いのは孫を取られたゴードンさんだろう。ポツリポツリと語る。


ランバート=セリンは、この王国、グランシア王国の忠臣であったが陰謀に会い左遷。


この田舎の領主として開拓を任された。


それ以来、人を信じることが出来なくなり良い領主だった者が一転。


他者を蹴落とす事をするようになった。


それは息子達も一緒らしく、そう言った教育をされているのだとか。


「ゴードンさん…」


「いや、ウィル。私も教会から何か出来ないか考えてみよう。今日の所は帰りなさい」


頭にポンと手を置き、促された。


一人になりたいのかも知れない。


それに、勘違いとは言え連れていかれた原因は俺にある。


セリンの息子は料理を作ったのがメアリだと思っている。取りつく島も無かったが、俺があそこで料理をしてなければ…そんな事を思うが、それは自分を全否定している。


後ろを向いている場合では無い。


辛い時こそ、笑わねば。


帰りの道中にリッチを見つけた。空の荷車を引きながら、こっちに手を振っていた。


「仲直りは出来たかい?」


事情を知らないリッチは俺が笑っているのを見て、仲直りできたのかと思ったそうだが説明したら、目を閉じて眉間に皺が寄っている。


脳まで筋肉と前は言ったが、リッチは意外に頭が回る。性格が陽気なだけだ。


「そうか。セリンが…」


歩きながら、リッチはしばし考えていた。



「父さん、領主に会うにはどうしたら良いかな」


「会って何をするんだ?」


「一発殴りたい、けどそれじゃダメなんだよね…」


「それじゃ皆、幸せになれないなぁ」


リッチの器は大きすぎる。


勇者となり国を救ったが、地位や名声よりも平和を求めた。


公式では魔王を倒したのは別の人でありリッチの名前はない。


ただ、皆が幸せにに平和に暮らせればと願うだけだったのだ。


「…会うだけなら大会に出れば良いさ」


「大会?」


「ああ、武術大会など町では催しをやっているんだ。主にセリンの暇潰しだけど優勝すればセリンの屋敷には行ける」


武術大会か…こう言ってはなんだが俺は一般人だ。リッチのように戦う事は出来ないし、戦闘を生業にしている者に勝てるかどうかも怪しい。


そもそも、刃物を向けられただけで気絶だから戦力外だ。


「武術だけじゃない、毎年、違う大会と武術大会があるんだ」


初年度に行われた大会で武術と魔法の二大会があったが、魔法大会はただの早口言葉大会のようになり詠唱に時間がかかりすぎる事から二度とやらなくなった。


昨年は、演技大会をやったそうで優勝者は屋敷に道化として雇われているのだとか。


曰く、優勝すれば賞金か雇われるかの二択だと。


「父さん、ありがとう。優勝して領主に近付くよ。ちなみに今年は?」


「確か、工芸大会だったかな」


工芸、全く俺には出来ない。


なら、取り敢えずは武術大会に出るしかないわけで。


「母さんと相談しよう。な?」


俺は頷き、帰り路を急ぐ。


家に戻ると、シエラが待っていた。


笑顔だったが、事情を話すとすぐに笑顔は消える。


「ランバートさんの息子さんが、ね…」


「そういう訳なんだ。母さん、僕、町に行ってくるよ」


「ダメよ。ウィルは働けないし、リッチ同伴だと村が困るでしょう?」


「シエラ。俺は十歳の頃は旅をしてくらしていたよ」


「貴方は実力があるもの」


「なら実力を見せれば良いじゃないか!なあ、ウィル」


実力って何だろう。料理の腕なら頑張れるが…


表の庭に三人で出る。辺りは夕暮れで全てがオレンジに染まっている。


対峙するのはシエラ。金髪の長い髪と大きな胸が特徴のおっとりした母


そんな評価は一瞬で崩れた。


あ、メロンが揺れた。


そう思った瞬間、視界がぶれた。


素手で弾き飛ばされた。


「やっぱりシエラの体術はすげぇなぁ」


「もう!息子は殴りたくないのに、酷いことさせるわね」


拗ねた子供みたいに言っているが、当事者の俺は理解が追い付いてない。


「ウィル、何をされたか見えたか?」


リッチに引き起こされる。体に怪我はない。


「こうやって押したんだ」


リッチは俺の胸に手をやり、トンと押した。


軽く、軽いタッチで。


俺は更にすっ飛んで庭の柵を壊しながら森まで転がったのだ。


やはり、俺の周りは規格外しか居ないのか…


後ろではシエラが叫んでいる声が聞こえる。


これは流石にリッチが悪い。


そうして俺は意識を手放すのだった。


朝、日の出と共に起きると二人がおはようと言ってくるので返す。


「ウィル、昨日はごめんなぁ」


「私もごめんね、ウィル」


「二人が僕の事を思ってくれているのは分かったよ…」


世の中に規格外の人間が多いことも。


「ウィル!喜べ!母さんが町に行って良いって!」


顔を向ける。シエラはおっとりした女性で、ああ見えて頑固だ。一度言った事を中々覆さない。


「ただし、一月に一度、リッチが行くからね」


「やった!母さん、ありがとう!」


早速、駆け足で荷物を纏める。


必要なものを最低限にして、旅装になる。リッチのお下がりだそうだ。


その袋を愛用の棒に括り付け、完了だ。


善は急げで、行ってくる旨を伝える。


「ほら、ウィル。餞別だよ」


リッチはお金を渡してくる。


「父さん、ごめんなさい」


「いいから、いいから。ほら、父さんは勇者だからなあ」


勇者だからなんだと言いたいが、素直に感謝する。離れるとは言え、一月に一度は顔を会わせるのだし、なんとかなるだろう。


「じゃあ、行ってきます!」




次に村で親しかった者と挨拶する。


最後に寄ったのは教会だ。


「ウィル、その格好は…」


「ゴードンさん、僕は町に出ます。必ずメアリを連れて帰ります」


「すまない。私が動ければ良かったのだが…何かあれば手紙をくれれば相談役くらいにはなれるよ」


「はい!じゃあ、行ってきます!」


「待ちたまえ、メアリの魔法書を渡しておこう。何かに使えるかもしれない」


ゴードンさんは教会の奥に引っ込み、四冊の魔法書を持ってきた。


題名は『火熱』『氷結』『地塊』『治癒』だ。


辞書みたいな厚さの本は持ちたくないが、確かに何かの役に立つかもしれない。ありがたく受け取ろう。


「ありがとうございます!」



教会から離れ、村外れへ向かい、方角を確認する。


ここから歩いて二日だそうだ。


道があるので迷う事はないが、シエラにはキツく魔物に注意を促された。


歩いて三時間程か。日は丁度上にある。


近場に食べれる野草があったので毟り、確保する。


毟っていると、ウサギが見えたので捕まえた。


捕まえたが…刃物がないのだ。


ウサギを卸す手順は知っているが、毛皮を剥ぐ事が出来ない事に気付く。


風切では乱暴にしか切れないため却下だ。折角の肉が…いや、待て。肝心な事を忘れている。


火が無い。


これもまた、現代日本に生きた者の弊害だろうか。火は身近にあったのだから失念していた。


今から火をおこす為に魔法を使うか?ダメだ、また八時間浪費するのは勿体無い。


「あ…!」


抱いていたウサギが逃げる。流石、脱兎と言う言葉があるくらいだ。早い。


森の中に逃げられた…


と、取り敢えず、火を何とかしよう。出なければ夜に困る。


木と木をこするようにして、摩擦で…無理だ。木に水分があり過ぎるために黒いシミだけが残っている。


他に、何かないか…ない。


初めての完全サバイバルで俺は既に積んでいた。


戻ろうかと思ったが、あれだけ挨拶周りして両親にも決意の目を向けて行ってくると言ったのだから戻るのは甘えているようで嫌だ。


思い出せ!俺は前世で中学中退の阿呆だったが実家から出て行った時にどうした?


金もなく、住む家もない。


河川敷で風を凌ぎ、ダンボールと新聞紙に包まって寝ながら…


食べ物を与えてくれた師匠がいた。


あの時はだから飢えずに生きて、働きにさえも出してくれたじゃないか。


俺は料理長になるために料理をしたのではない。


師匠のようになりたかっただけだった。


それなのに、今はまた、同じ過ちを繰り返そうとしている。


家を出た理由は違うが結果に変わり無い。また誰かに助けを求めようとしている。


そうじゃないのだ。


まだまだ、師匠には追い付けない。


料理とかでは、なく。人間として。


…思い出に耽っても空腹は満たされない。


とにかく、喰えるものを喰わねばならない。


食べれる野草をモシャモシャと食べ、空腹を誤魔化す。


村から出て三時間。


前途多難な駆け出し。




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