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五話 私を見て(下)

人はパンのみにて生きるにあらず。

ー新約聖書ー


俺は前世で挫けそうな時、様々な名言で自己啓発してきた。


意味を自分なりに考え、身に染み込ませて乗り越える。でもダメだった。あそこまでの悪意には吐き気しかしない。


それは前世でも、あの時の事件での純粋な殺意にも似たものだった。


メアリに言われた俺は茫然自失として地に手を突いてあの時、セリンの息子とやらの思い通りの行動をした。


金を拾い、メアリに渡した。


渡して、何が起きたか分からずに表面で笑う二人を見て逃げ出した。


逃げ出してから一週間が経つ。


メアリも何度か来たようだが、会わないでいた。


家の中に篭り、両親に心配されているが出る気は無い。


出たくない。


信じたメアリはアレの仲間だった。


内心では、ああやって高見の見物をしていたのかもしれない。


信じたくないが、あの体験を思い出してまた吐き気がする。


いつから、こんなに俺は弱くなったのか。


料理長になるまで、と、がむしゃらに走ってきたから知らなかったのだ。


人の悪意や劣情に。


それをぶつけられる屈辱に。


だからこそ、メアリの態度には堪えた。


内心では分かっている。


領主、ランバート=セリンはセリン村では絶対なる権力を持っている。


だからこそ、皆が逆らわない。逆らえば税を上げられ、食うに困り、原因を突き詰めて吊るし上げる未来が待っているし、歴史に学んでもそうだったからだ。


「ウィル、今日は鍛錬しないのか?」


「ごめんなさい…」


実際は今日も、鍛錬をしていない。


リッチに太陽のような笑顔はなく、そうか、と言ってから仕事へ向かった。


「ウィル、一体どうしたの?」


シエラも心配そうに聞いてくる。件の事は話してない。


話して無いが、自分で溜め込んだ腐った気持ちにいい加減嫌気がさして話してしまう。


一度吐き出すと壊れたダムのように俺は泣きながら全てを話した。


信じていたし、楽しかった。


美味しいものを作って、メアリに食べて貰って、二人で笑って。


「ウィル、メアリの事は知っているわね?」


嗚咽を漏らしながら俺は頷く。


「あの子が優しく、強い子なのも知っているわよね?」


頷く。


メアリは強い。魔法的な意味ではなく、人間的に強いのだ。


そして優しく、村の皆からの信頼も厚い。


「ウィルが逆の立場で、ウィルはどうしていたの?」


逆の立場…


相手は絶対なる権力を持っている領主の息子。


対する俺は教会の…


いや、これでは分からない。もっと身近な事で。


ならば相手はレストランのオーナーとして、俺は雇われの料理長だとしよう。


俺が居なければ店は回らないが、居なくなれば代わりを引っ張ってもこれる。


もし、副料理長がオーナーに楯突きそうになったら?


勿論、止める。


料理長と副料理長だけの問題では無くなるのだ。人員総入れ替えになる可能性だってある。


そうなれば、他の料理人たちはどうなる?


些末な諍いに巻き込まれ、生活に困るはずだ。


その場を収めるには、権力者に合わせて後に副料理長に謝る選択を取る。


そしてオーナーをギャフンと言わせる為にまた切磋琢磨し、俺以外で店を回せない程の腕を磨くのだ。


そうしてやっと意見が言えるようになる。


ならば、メアリでの段階では謝ることをする。


しかし、俺は突っぱねていたのだ。


会いたくない、と。


顔を上げるとシエラが微笑んだ。


「ウィルは賢いから分かるわね?」


頷く。


「じゃあ今、何をすればいいのかも分かった?」


「うん、分かる」


未熟だ。料理だけを考え、自分の視野を狭め過ぎている。


それだけを考えれば楽だし、俺は楽しいからだ。


それだけではいけない。


置き換えて考える事も出来るのに、憎む事で目を背けていた。


メアリをしっかりと両目で見ていない事を自覚した。


興味がないわけではないが、自分に都合良く考えていた。


十歳の女の子に教えて貰うとは情けない。


俺は合わせて四十七歳、師匠と五つしか変わらない。


そう思うと、前の三十五年間は何と薄っぺらいことか。


「母さん、ありがとう」


微笑むシエラは俺に手を振って送り出す。


目指す場所は教会だ。


全速力で駆けていく。


汗が邪魔だが、駆けた速度で自然と離れていく。


息を切らす暇もない。


早く会って、情けない俺を叱ってもらおう。


未熟な俺で、ごめん、と謝ろう。


これからはしっかりと君を見るよと伝えよう。


教会に着く。


早足に教会の扉をノックする。


俺だよ、ウィルだよ。


メアリはどこ?


中からゴードンさんが出てくる。


顔は何とも言えない悲痛な顔で、更に俺を見て深く皺がよる。


なに?


何があった?


ゴードンさんの後ろには、メアリとセリンの息子。


手を繋ぎ、優然とセリンの息子は俺に言ったのだ。


「おや、付き人。初めに祝福してくれるのか。村人の鑑だな」


「祝福…?」


「僕とメアリは婚約するよ。平民となんてお父様は許してくれないかもしれないが、何、メアリの料理の腕と魔法があるし、教会の組織にも有望視されている。最悪、雇って妾ぐらいには出来るさ。結婚式はメアリが十五歳になったらだけど、元付き人はくる?あ、平民は来れないんだったね」


何を言ってるのだ?


「まあ、嫁入りだし僕の家に慣れて貰わないといけないからな。このまま連れて行くよ。ああ!ゴードン、家財道具はいらない。これより高価な物が屋敷にはあるからね」


この丸いやつは、言語不自由ではないか?全く理解出来ない。勉学に励むことを推奨する。


コレよりもメアリだ。俺はメアリに会いに来たのだから。


「メアリ!」


メアリは無表情で俺を見る。目は恐ろしく冷たい。


「…そういう事だから…」


唖然とする俺の横を通るため、丸いのは俺の肩を押す。


それくらいで倒れる程やわではないが、後ろに一歩下がってしまう。


通り過ぎる二人、だが静かに小さくメアリの震える声がした。


『ウィル…どうしよう…』


教会の裏に停めてある馬車に二人は乗り、丸いのだけが陽気に手を振る。


馬車は引かれて走っていく。


伝えたい言葉はまだ言ってない。


食べて欲しい料理は多くある。


心は折れてない。


助けを求められている。


遠ざかる馬車に向かってメアリに叫ぶ。


辛い時の名言や齧った格言ではなく自分の言葉で。


「絶対に待っていろ!!」


ご馳走様にはまだ早い。

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