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四話 私を見て(上)

人はパンのみにて生きるにあらず。

ー新約聖書ー


教会でメアリに魔法を習いながら、一般教養も学ぶと言う事で教会のおじさんからも習っている。


もちろん、父リッチの体作りもしっかりとやっている。最初の二ヶ月は勉強に専念しろと両親に言われたが、今は通常運転だ。


そんな事をしていると俺は十二歳になり、メアリは十歳となっていた。


出会った時のメアリはあまり自分の考えを言わない子だったが、俺とは気心が知れたのかちゃんと意見を言うし、たまに怒られたりもしていた。


二年前、魔法を教えて欲しいと伝えるとまずは魔法の適正があるかを調べられた。


結果は微妙。


使えない事は無いが、使えるとは言い難い適正なのだそうだ。


微妙でも良い。俺は別に魔法で魔物相手に無双したい訳ではないからだ。


俺がやりたいのは料理であり、殺戮では無い。命を奪う意味では一緒だが。


ちなみに教会のおじさん…ゴードンさんは魔法適正は中くらいで、ある程度はなんでもこなす。


そしてメアリは言わずもがな。ゴードンさん曰く


『メアリを基準にしてはいけないよ?孫とは言え、私も驚いた程だからね。あぁ!あとリッチも参考にしちゃいけない。あっちもとんでもない天才だからね』


メアリはリッチ以上の適正があり、リッチ以上に魔法を操れるらしい。


俺の周りは規格外が多いのは気のせいだろうか。


ゴードンさんの話を纏めると、制御出来ない大きな爆弾を一つ持っているようなものがリッチで、倉庫一杯の爆弾を自由に取り出し使うのがメアリ、と言った所だ。


使いやすいのは勿論、後者だ。


さて、今、俺の前には川で採れた魚が一匹いる。先程釣ったばかりの鮮魚だ。鱗は川で尖った石を使って落としてきた。


見たこともないこの魚は便宜上、ちょっと小振りだが鱒と呼ぼう。似てるし。


鱒ならば生食も行けるはずだ。


煮るのも良い。


まて、ムニエルにしようか…いやバターが無い。


そう!ついに俺に料理が解禁されたのだ!


まだまだ拙い魔法だが、制御するには実践しかないだろう。と言う訳で


「風よ、切り裂け!」


俺の右手からカマイタチが出る。


よし、斬り裂いた!斬り裂いたけど…


「ああ!俺の鱒がー!」


斬り裂きすぎだし、風でバラバラの鮭が散らばってしまった。


問題は威力の調節なのだ。こんなに強い威力はいらない。


かと言って、弱くすると今度は斬れない。風で魚が飛ぶだけになる。


「あ、やっぱりここに居た。調子はどう、ウィル?」


振り返ると金髪の長い髪をした、可愛らしい少女…メアリがクスクス笑いながら近寄ってきた。


ここは俺の秘密基地だ。子供かよ、と思うかもしれないが、実際に今の俺は子供だから良いのだ。


「またバラバラになったよ。やっぱり難しいな、魔法は」


バラバラの鱒を拾いながらメアリに言うとまた笑いながら、言ったのだ。


「じゃあ、またマス…だっけ?のスープ?」


「またって言うなよ。俺だって他の料理を作りたいし、食べて貰いたいさ」


この秘密基地は適当に作った小屋に、石を積み上げた焚火台と家から拝借した鍋。大きな岩を調理台代わりにしたものがある。


アウトドアキッチンだ。


何を隠そう、鍋とまな板を持って来るのが一番苦労した。なにせ台所には包丁があるからだ。


五回台所に忍び込み、五回気絶した。


恐怖してないつもりだが、身体が勝手に反応するから手に負えない。


怒られた俺は母シエラに涙ながらに頼んだのだ。


使わない調理器具が欲しいと。


これ以上、台所で気絶する息子を見たくなかったのか大きな溜息を吐いたシエラは鍋とまな板を持ってきてくれたのだ。


「でも、私は好きだよ?」


一瞬、ドキリとした。乙女風に言うならばキュンとした。


メアリを見て、目が合う。


「あ!違くて!マスのスープが好きだよって言いたかったの!」


そんなに慌てなくても分かっている。


話の流れから、そう思うのが自然だろうし、言って勘違いされたかと思ったのか赤面しているメアリは手をパタパタとする。


「俺も好きだよ」


鱒は美味い。前世で北海道に来た時は鱒や鮭の石狩鍋を食べたものだ。


そう言うとメアリは何とも言えない顔で、赤面したまま走って行った。


遠くから振り返ったメアリの声がする。


「出来上がったら呼んでね!」


こんな平和な日常が続いていた。


俺にとってはもどかしいが、焦っても魔法は上達しない。


この二年で俺は世界の常識と魔法の知識を学んだ。


常識は最も身近にもいた。


リッチは英雄で『殺戮の勇者』と呼ばれ、二年前に魔王と呼ばれる魔物の王を討ち滅ぼしたそうだ。


しかも単独で。


お陰で魔物の数は緩やかに減少している。


それを聞いた時になるほどと感じた。


リッチの周りには何時も魔物が寄ってきていた。他の村人たちには被害がない。全ての魔物はリッチを狙っていたらしい。


それにいい加減腹が立ったリッチはシエラに相談し、俺も聞いたがあの言葉に繋がったのだ。


『やられっぱなしは嫌だね』


これはゴードンさんに聞いたから合点が行った。


しかし、まさか近所迷惑だなあと言ったレベルで魔王を倒すとは…


最近聞いたが、リッチ曰く『あの時、ウィルが魔物に攻撃されてなかったら乗り込んだりはしなかったよ』との談。


他にはこの村の事だ。


村の名前は、セリン村。


領主である、ランバート=セリンが管理する田舎だ。


特産は小麦と豆であり、リッチが町へ届けて領主との中間職の役目を担っているのだとか。


あれ?リッチは騎士なのか?勇者が騎士とは腑に落ちない。村の皆は村長と呼んでいたが…


その辺りは後日聞いてみよう。


次に魔法だが、使うだけなら簡単だった。


魔法を使う為には長々した文章を音読するだけで良い。


良いのだが、なんとその文字数は本一冊分だ。休憩を挟む事は許されず、噛んだり言い間違いをしたら最初からやり直しだ。


魔法書と呼ばれるらしく、中の文章を読み上げ、口に出して初めて発動するのだとか。


最初に切る為の魔法、『風切』という魔法を覚えた。


訂正しよう。簡単じゃなかった。


八時間程の詠唱を行って、発動した魔法はただの突風だった。


『ウィル、今ので簡単に詠唱出来るようになったよ!』


メアリは意味不明な事を言い出したのが、なんだか懐かしくも感じる。


メアリは魔法は一度発動させてしまえば、後は詠唱無しで出来るそうだ。


残念だが、俺は勇者の子だが能力は一般だ。


出来ない。


これは流石に努力とかそんな物じゃない。


だからこそゴードンさんはメアリを基準にするなと言ったのだ。


度重なる実践の結果、俺は一言で『風切』を発動させることが出来た。


出来上がったのは一月前である。


二年かかる様な事を、一回で、しかも詠唱無しで出来るメアリは凄いのだ。


物思いに耽りながらスープの灰汁をとり、味見する。


塩が足りないな。


内陸に位置するらしいセリン領セリン村では塩は高価なんだそうだ。


岩塩でもあれば良いのだけど、岩塩なんぞそう見つかる物じゃない。


仕方なく、動物の血を使うがエグ味が凄いし匂いが強烈なのだ。


誤魔化すために香草を追加で入れ、煮出す。


味気は野生的でガツンと来るが繊細では無い。


これなら鱒だけにすれば良かった。


失敗したが、食べないのは食材になったものに申し訳ない。


俺は出来上がったスープを火から上げてメアリを呼びに行く。


呼びに行き、戻ると見知らぬ誰かがいた。丸い体格は珍しい。少なくとも村の人間じゃないだろう。手には俺の鍋。座って、寛いでいる。


しかも俺のスープを飲み干して。


あの野郎、四人前はあったんだぞ。


ちょっと目を離した隙に食べやがったのか。


こちらに気付いた丸いのは嫌らしい目をしている。


俺にも経験がある。


長く料理をしていると絶対に遭遇す。る人種、作っている我々料理人を見下す輩が居るのだ。


接客は別だが、料理人とお客様はいつだって対等なのだが、この目は難癖つける目だ。


何処ぞのグルメ漫画宜しく、シェフを呼べ!と言ってウンチクを語る奴の目だ。


案の定だ。


「これを作ったのは君か?」


目線は俺ではなく、後ろのメアリに向いている。


当然だ。料理は女がするものだから、これがこちらの世界の常識らしいから。


だからシエラはずっと反対していたのか。理由くらい教えてくれても良いのにな。


「わ、私じゃなく…」


「うまい!うまかった!最高じゃないか!僕はこれまで君達では分からないであろう料理を食べてきた。しかし、これは何だ?魚臭さもないし、塩まで使ってる。見た目が悪いが随分、やるじゃないか」


丸いのは口早にメアリにまくしたてる。


作ってないメアリは完成品が分かってないから唖然としている。


「お前は誰だ?あと、作ったのは僕だ。満足できたなら言うことがあるだろ?」


丸いのは怪訝な顔で俺を見る。しっかり目を合わせてやる。


食べたあとの挨拶がないなら、それは食の冒涜だから。


合点がいったのか丸いのは手をポンと打つ。


「ほら、代金だ。ご苦労、付き人」



丸い手から数枚の金属の丸いヤツ、銀貨と呼ばれる通過が地面にばらまかれた。


拾え、と?


丸いのは顎でそう指示を出す。


青筋が浮かんだ。


目は吊り上がった。


だが、メアリが背後から抱きついて身動きが取れなくなった。


「だ、ダメ!ウィル!習ったでしょ!」


習ってない。


食を冒涜する奴を擁護しなきゃいけない常識は。


「ふん、やはり愚かな村だ。英雄だ勇者だと言われたリッチとやらの故郷だと聞いたが獣みたいな男しかいない」


「獣?良く言うね…」


次の言葉を出そうとして、メアリに後ろから口を塞がれる。


耳元で、彼女は口にした。


『セリンの息子』


そう、聞こえた。


「メアリ、お前は魔法の才能に溢れていると聞いたが料理もか。おっと付き人、邪魔だから大人しくしていろ。その地面に落ちた金を拾うのが貴様の仕事だろう?」


ニヤニヤと笑う姿は豚のようだ。豚に失礼だ。豚は愛らしく、人間の為に生きている。


これと比べるのは豚が可哀想だ。


「ウィル」


メアリに呼ばれ、振り返る。


その目は冷たく二年間で初めて見る目だ。凡そ、十歳の少女とは思えない、俺の知っているメアリとは違う何かだ。


同じく、顎を動かす。


これを拾え、と。

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