三話 食材を揃えて
運命は材料を与えてくれるだけで、それをどう料理するかは自分次第である。
-マキャベリ-
十歳となった。
四年間みっちりと父リッチに鍛えられたが、とある文学風に言うなら、こうだろう。
我輩はシェフである。
魔法はまだ無い。
父リッチは、片手で荷車を引くが俺は無理だ。あれは天性の何かがないと不可能ではないだろうか。
そもそも、片手で自身の体重の二十倍もある荷車を笑顔で引くのだ。
人間なのかと疑わしい。
父は荷車を引くが、俺は父に引くのだ。
青ざめる俺。
相変わらず笑顔と汗を振りまく父。
微笑み手を振る母。
それだけを見れば牧歌的な田舎の一風景に収まる。俺さえ無ければ。
収まらない理由は父と俺の所為だ。
片や笑顔で身長程の大剣を振り回し、片や怯えるも身長程の棒を必死に振り回す。
父はとにかくがむしゃらに。
俺はとにかく正確に。
二人の性格が出てると思う。
何の心配もしてない母シエラ。
仕事が終わり、家に帰るとふと思い出した。
少し前に小さな子が魔物に襲われそうになったとき、見知らぬ顔も出来なくて俺は前に飛び出した。
目前には狼のような真っ黒で眼の赤い獣…いや、魔物か。
ブラッドウルフと呼ばれる魔物だが、農家にとっては魔物も害獣も一緒だ。
その子は小さいながらも畑を背に立ち向かっていたのだ。
俺よりも小さな子を前に出す訳にもいかない。前に出た宿命だ。
俺はその子を庇い、ブラッドウルフに背中を噛まれた。
激痛が襲うが、俺は父に習った事の一つに感銘を受けた。
父が言ったのは
『辛い時こそ笑うんだ。笑ってダメなら大笑い。大笑いでもダメならもっと笑うんだ』
その時は感銘を受けたが、現場は悲惨だ。
噛まれて笑った。震えた声で、だが。
『ウワッハハハハ!』
小さな子は俺を見て目を見開いてキョトンとしている。
『…痛くないの?』
そんな問いに答える余裕は無い俺は、父の教えの一つの『笑う』ことをした。
これは完全にただの強がりだ。
『…どうして笑うの?痛くないの!?』
守った小さな子が、俺に言う。
当たり前に痛い。
痛い、痛いが、父と母の世間話が脳裏に宿る。軽く言ったが、彼らは怒っていた。
『やられっぱなしは、何だか嫌だね』
そうだ。
やられっぱなしは嫌だね。
シエラにもリッチにもある感情。
怒り
そりゃあ小さな俺が小さな子を守るのはお門違いだ。
違うが、見過ごせない。
負けず嫌いな親子なんだ。
やられっぱなしは…嫌だね!
そう思って背後に噛みついた狼の首元を掴む。まだ幼い魔物で知っているブラッドウルフより二回り小さい。
強引に引き剥がし、口に俺の武器である棒を突っ込み仰向けにして足で腹を踏んで抑えつける。
狼の目を見て言うのだ。
『君を調理し、食卓に並ぶとなるなら何が良い?』
眼と眼を合わせて言った後、狼は赤い瞳を怯えさせ、キューンと鳴く。
後ろの小さな子と顔を見合わせると、小さな子は優しいのだろう。
狼と眼を合わせた後、俺に言ったのだ。
『…背中、血塗れ…』
そうだった。必死になりすぎて痛みを忘れていた。
意識した途端に痛み出す背中。
ブラッドウルフの口には俺の血だろう赤い液体が付いている。
それを見るに、中々深くやられたのだと分かる。
ブラッドウルフを蹴り飛ばし、森に帰っていく姿を見送ってから小さな子に向き直る。
『大丈夫?怪我はない?』
俺は男の意地でひきつった笑顔を向けるが、小さな子は背中に回る。
『今治すから!』
治す?
医療道具も無いし、どうやって?
そう思ったが、一瞬で背中の痛みが無くなった。
まさか、これが魔法なのか?
『治ったよ!…ごめんね、後でお礼に行くから!』
小さい子は俺を知っているのか、そう言って駆けて行く。
向こうは教会の方か。
農家の子ではなく、教会の子だったのかもしれない。
その後、その話をしたら初めて両親に叱られた。
『危ない事は俺がする。ウィルはまだ未熟なんだ。今回は良かったが死ぬかもしれないんだ。…でも、小さな子を守った事は褒める!良くやったな!ウィル!』
笑顔で父リッチは言ったが、母であるシエラは未だ怒り心頭だ。
二人で怒られた。
そんな事を思い出したのは家に、その小さな子と教会のおじさんがいたからだ。
「孫を助けてくれたそうだね。ウィル」
優しい笑みで俺を撫でる。汗でベチャベチャな頭だが、嫌じゃないのだろうか。
「あの時はありがとう!私、メアリ」
手を差し出され、握り返す。
「僕はウィル。宜しくね」
「あの時はすぐに居なくなってごめんなさい…」
教会のおじさんが話してくれたが、大怪我をした患者が運ばれたのをメアリは農家から聞いて急いで戻る途中に魔物に鉢合わせた、との事だった。
「おじさん、もしかしてメアリは魔法使いなの?」
「ああ、そうだよ」
「ウィル。メアリは魔法使いは魔法使いでも稀代の魔法使いなんだ。村では有名だが、知らなかったか?」
リッチが説明するが、初めて聞いた。
農家の子供たちとは遊びもするが、メアリと言う少女…いや幼女の話は出ていない。
大人たちの間での有名どころと言う事か。
だが、渡りに船じゃないか。
魔法使いと聞いて俺は一層の喜びを露わにしてしまった。
「魔法使い!メアリ、凄いんだなあ」
「ううん、ウィルの方が凄いよ!魔物が出た時に怯えて私は何も出来なかったもん」
「そんなことないよ。メアリも畑を守ろうとしてたじゃないか…まあ、それは置いといて、メアリ、お願いがあるんだ」
「なあに?」
「僕に魔法を教えてくれないかな?」
そう、リッチは教えてくれないしシエラは魔法が使えない。
リッチは正確には教えないと言うより、教えれない。筋肉と同様に人間離れした魔法しか使えないためシエラから絶対禁止されているからだ。
強大すぎる父は一般のそれとはかけ離れている。
メアリはおじさんに視線を移すと、おじさんは笑顔で頷いた。
メアリはパァっと笑顔になり、俺に向き直る。
「いいって!良かったぁ」
そのやり取りを見るに、あまり教えるのは良くない事なのだろうか。
「お母さん、もしかしてあまり魔法って教えるものじゃないの?」
「うーん、扱いが難しいかららしいわよ?」
「シエラの言う通りだよ、ウィル。魔法は扱う者に正しく使う責任と、魔法が使えない者への手助けを行う事が大事なんだ。だから、変な人には教えたらいけないよ?」
そうなのか。まあ、いくら魔法が使えると言っても俺がやりたい事は一つだ。
料理がしたい。
ああ、料理から離れて10年か…
包丁も握れないのだから当然なのだ。
嘆いていても仕方ない。また、料理の道を進むのだから下積みだと思えば良いのだ。
魔法と言うチャンスだ。村で魔法を使う者は今のところ見たのはメアリだけだ。
習得してみせようじゃないか。
再び、台所へ。キッチンへ。厨房へ立つためにも。
運命は材料を与えてくれるだけで、それをどう料理するかは自分次第である。
-マキャベリ-