それぞれの反応
「挨拶も無しに入って来るのか?」
「邪魔するよ」
「……連絡の一つぐらいはしてほしかったんだけどね」
「悪かったよ。だが俺とライトの仲じゃないか」
「んー、まぁ今回はそういうことで許してやるよ」
あれから時が過ぎ、朝が来て。
小雨の外を歩きながら俺が最初に訪れた場所は魔具店であった。特にこれといって理由はないが、まず初めに訪れるべき場所はここだと感覚で決めた。まだ店を開く時間帯ではないため、いそいそと一人準備に励むライト。金髪をゆらりさらりと動かしながら忙しなく動いている。子供の頃はこいつを外に出すのに一苦労だったが、今では随分と動けるようになったものだと思う。仕事で店を開けることも多くなった。
そう。
昔のライトと違い、今は外に難なく出れる。
四人の内の一人にも、十二分に該当できる相手だ。そしてもしライトが満月の処人なら、俺が情報を聞き出すために来たというのも、承知の上での対応である。
「はっきり言うけど、準備で忙しいからアレンに構ってはやれないぜ」
「ハハッ、そうだな。だが少しぐらいなら話をしてもいいだろう?」
「──ん?」
「何だ、どうした」
「ニヤつきながら言うなんて気味が悪いね。んっと、いつものアレンならそんなことはまず言わないセリフだし、何やら裏を感じる」
「失礼な奴だな」
「反面と表面を切り替えることができていないってことだよ」
僅かの会話で見事に心中を露呈された。
困ったな。ライトは俺に対しての容赦がないからいつもズバズバ言ってくる。それはそれで有難いのだが、いざ満月の処人かもしれないと思うと余計に変な勘繰りを入れてしまいそうだ。しかも尋常ならざる勘の良さがあるから尚更タチが悪い。ただ、まぁ、こいつが犯人ならスパッと殺されても本望だが。
「面倒な言い回しも含めて、連絡も無しでいきなり来るし……やっぱり何か隠してるだろ」
「あー、あれだよ。お前があまりに素敵だから、旦那としてゲットした女はさぞ幸せ者だろうと思っていただけさ」
「両腕で殴るぞ。一発じゃ済まないぐらいに」
いつものやり取りで調子が戻った。
話をしよう。そう言って昨日あった葬儀屋としての仕事内容をつらつらと話した。もちろん魔儀列車でのことは話さず。しかしあの夜の関係者なら反応してきそうな匂いのする言葉もちょくちょく入れておく。たとえば、「姉妹」や「4」とか。
だが、ライトの対応はいつも俺と話すそれと同じだった。こいつほど裏を聞き出すのに面倒な相手はいない。必要以上に話すとこっちがボロを出しかねない。だから、予定していた通りの文言を提示して、終わらせにかかる。
「それじゃ、俺は帰るとするよ。驚いた顔が見れて良かった」
「だから、二日連続で店に来ることが稀だったからビックリしただけだよ」
「そうか、悪かったよ。……あぁ、それとだライト」
自然に、そっと口にする。
「“何か言いたい言葉はあるか?”」
向けた相手はしばし呆とし、怪訝そうな顔をして、だけど小馬鹿するような表情もして。
やれやれとしながらお決まりの腕枕を組み、頭を乗せて挑発するように口を開いた。
「よくもまぁ、そんな素っ頓狂な言葉を口にできるもんだ」
無言で見つめると、いつもと違う俺の視線に気づいたのか、目を左右に泳がせながら何かを思案した後、作り笑顔で声高らかに言う。
「さ、昨今の不景気に、どうもご来店ありがとうございまぁす。……疲れるぞこの言い方」
まだ終わらない。無言のまま見続ける。
これじゃ駄目なのかよと不満げな顔をしつつも、商売人として引くわけにもいかず、眉をピクピクさせながら半分崩壊している笑顔で言葉を続けた。
「じょ、情愛溢れる魔具の数々が、いつでも貴方様をお待ちしております。んー、あー、えー……何で僕が常連にこんなこと言わなきゃならねーんだよ! 今日はやけにアレンが変だからこっちまで狂うけど、あぁっもうっ、面倒だから我が店の家訓を聞いてさっさと帰れ!」
不機嫌そうにしかめ面をする。こちらとしてはライトの些細な動きも見逃さないよう見ているだけなのだが、どうにも圧迫感を与えてしまったようで言葉に乱れがみえる。ただ、さすがは落ち着きのある性格だ。すぐに切り替えて、大きな溜息を吐いた後に音も無く笑い……魔具店は葬儀屋に告げたのだった。
「“最初の欠片こそ、全てに通じる意思となる”」
○ ○ ○
「驚いたわ。まさか二日連続で花屋に来るなんて」
「数十分前にどこぞの金髪にも言われたな」
「あら、ライトの次ってわけね。いいご身分ですこと」
そっけない言葉を吐きながら花に水をやる麗しき女性。
昨日と同様、今日も随分と派手な服装だ。一言で言うなら踊り子。胸の上部分を衣装で抑えながらも、下部分は薄いレースで隠しているだけ。それはバストを半分除かせた形となっていて、少し目を凝らせば容易に見ることができる。また下半身のスカートも風に靡けばすぐに捲れるためか目のやり場に困るものだった。
いつものフローラだ。
昨日と同じ、彼女だ。
店を訪れる客がいれば、お約束の営業スマイルに色気のある仕草。人柄としてはアレだが花の知識や受け答えのさじ加減は一級であり、客商売として勉強になる部分もある。視線を時折向けてきて、何かを言いたそうな表情も忘れない。俺が店に訪れる際に見る、彼女の光景である。
「花屋として働いてから、もう長いよな」
「十年かしら。まだまだ未熟よ」
「おばさんは元気にしてるのか?」
「えぇ」
花の曲がった茎を直したり、余計な葉を切ったりしながら淡々と返される。いくつか質問しても、同じような返しで終わってしまう。客が来ればお約束の花屋となり、華麗に営業をこなして見送る。そして店内に戻ってくれば何故か素っ気ないフローラへと戻ってしまう。
……何かしただろうか。明らかに不機嫌だ。
四人の中でも一番怒らせたら怖いのは確実。子供の頃一度だけ花の中に大きな昆虫を大量に入れてイタズラしたことがある。翌朝、異臭を放つ腐花の山が我が家をグルリと囲み近所中から苦情がきた。やるときは一切の躊躇なくやる女で、殺人鬼だとすれば跡形も無く消されるのが目に見える。
「それで? いい加減いつもと違う理由を教えてくれないかしら」
「……何のことだ」
「しらばっくれるのも結構だけど、少し会話をした程度でバレるぐらいの演技力では、かえって相手に不快感を与えるだけよ。最初はわざとやっていると思ったけど、どうにも本気のようだから言ってあげるわ」
いつの間にか眼前にいて。
彼女の顔がグッと近づき、目を細め、透き通る声色をそっと添えられる。
「何を隠しているのかしら?」
どんな人間も十の秘密があるという。彼女もまた、裏の心は濃く粗く、深く濁っているのかもしれない。どちらにせよこの問いは彼女の素性によって意味合いが異なる。花屋のフローラとするならば、彼女らしい妖艶な言の葉になる。が、殺人鬼のフローラとするならば、昨晩を知った上での故意なる言の葉になる。
「秘密を売りにするのは私の専売特許のはずなのだけど?」
「俺にだって秘密にしておきたいことの一つや二つはあるさ」
「秘密は『秘』匿にしてこそ『密』やか輝きを放つのよ。わかる? 既にバレている時点で、秘密じゃなくなってるの。輝きの価値は半減以下となるわ」
「秘密なんてのは半疑にかけられるのが常だ。大事なのは仮に怪しがられたとしても、決して外部へ漏らさないことにある。そうすれば価値が落ちることはないさ」
「殊勝な心掛けですこと」
「愁傷な毎日だからな」
「……あらぁ、今日は随分と強がるのね。まるで」
「……まるで?」
「枯れ落ちる花のようだわ」
針で突き刺したような声だった。鋭く早く、深くめり込む……。
花を例えに出すのはフローラの癖なれど、今回ばかりは言いたいことを顕著に表している。彼女らしい実に愚直で、闇夜を帯びた、悲しみのある、心中の言葉。
「さて、ぼちぼち行くかな」
「そう」
「何か花を買って帰りたいんだが、オススメを頼みたい」
「オメトリカなんてどうかしら」
「いいね。あぁ、それと」
「まだ何か?」
まだ不機嫌な顔をしていて、やや気後れもするのだけれど、その顔に隠れる本当の意味を掴めるのなら……臆することなく聞かねばなるまい。
「“何か言いたい言葉はあるか?”」
ライトと同様の、最後の問い。
向けられた相手は、しばし真顔でこちらを見つめて、目を閉じた後、不意に天井を見上げた。そして浅く息を吐くと、顔を左右に振り、微笑しながら近づいてきて……ぺチャリと頬を撫でられる。
「何かを隠しているくせに、教えてくれないのね」
「秘密主義はフローラの専売特許じゃないからな」
「……ふぅ。なら、私たちに似合いの言葉があるの」
「へぇ。是非とも、聞かせてほしいよ」
どうにも、俺が隠し事はしていても、それを言わないつもりだとわかったのだろう。怒った顔のまま、葬儀屋のほっぺをギュッと握り、早口に言い放つ花屋の店主。
「“隠し続ける二人に訪れるは、孤独の坩堝と知りなさい”」
フローラの言葉を聞いて、思わず苦笑してしまう自分がいた。対し彼女はふん、と不機嫌顔で店の奥へ戻っていく。
まもなく花屋を出て、一人で新聞社へ向かう。既に容疑者の二人と話し、例の言葉も投げかけた。どちらも実に二人らしい返しであり、あらゆる意味で、隙のないものであった。
右手にある一輪の花をちらりと見る。これは確か、昨日の昼頃にフローラから教えてもらった花だ。今の俺を見た彼女からの贈り物。オメトリカ。花言葉は……。
「『渇望なる傍人』、か」
ほとほと、表裏のある女であろう。
○ ○ ○
「まぁ、まぁまぁまぁ!」
「落ち着け」
「落ち着いてなどいられません! まさかアレンさんと二日連続でお会いできたのですから! どうしたのですか、どうなされたのですか、まさか私のことが忘れられず……! 襲いたくなったのでしょ」
「落ち着け」
ムギュッと抱き着いてきたシャーリィを引き離し、ソファに座る。部屋をゆっくりと見渡していると、ニコニコしながら横に座り、じぃっとこちらを凝視してくる彼女。時折舌がちゅるんと出ていて、無意識にやってしまう喜びの仕草であった。矢継ぎ早に言葉の銃弾が飛んでくるも、それを難なく交わしながら会話する。数分の出来事なれど、まさに矢の如し展開であった。
前二人と同様であり、いつもと変わらないシャーリィ。
黒髪があっちへこっちへ揺れ動きながら、オーバーな身振りで感情を泉の如く湧き出させている。接待モードの時はこの動作にさらに拍車がかかるため、遠目で見ると上から糸で操られているのでないかと思えるほどよく動く。常日頃から身体を動かしているので、代謝はかなり良く、自慢の美肌も喜んでいるだろう。
「随分と社内が慌ただしかったよ」
「当然です、今日はあの日ですから」
「……」
「わが社の総力をあげて満月の処人を政府よりも早く見つけてみせますよ!」
「外出禁止令が出てるだろ。どうやって探すんだ」
「それはそれ。これはこれです。大人の流儀ですよ」
人差し指を口に当て、ウィンクする。どこがどう大人の流儀なのかわからないが、フランソワ社のことだ、裏工作などお手の物だろう。
「といっても、最近はめっきり減ってるがな」
「そうなんですよアレンさん! 最後に殺人があったのは三か月前で、それからは一切の音沙汰なしです。もうちょっと派手にやっていただかないと、人々から忘れ去れてしまいますよ。何を考えているのでしょうか、満月の処人は!」
まるで殺人が起こってほしいと言っているようだ。実際思っているのだろうが。新聞社としては特ダネが手に入るからこちらの想定通りの返答だった。逆に変にきな臭い返しがきたのなら、何かあると勘ぐってしまうほどである。
「ところでアレンさん」
「どうした」
「何を隠しているのですか?」
聡いのか、賢いのか、鋭いのか。
恐ろしい女だ。
無表情であっけらかんと口に出したシャーリィは、少し首を傾けながら言葉を続ける。前二人と同様、隠し事がバレた。嘘が下手にもほどあるだろ、俺。
「私とアレンさんの関係を甘くみてはいけませんっ。会話をいくつか交えればアレンさんがいつもと違うのは容易に把握できます」
「自分を過大評価し過ぎじゃないのか? 俺はいつもと変わらんよ」
「いつものアレンさんなら私の前に現れて三分以内で本題に入ります。既に五分以上経過しており、この時点で何か違うと感じました。加えて二日連続でこちらへいらしたということは、昨日と関連した事案かそれに類した何かがアレンさんの身に発生したからであると考えられます。また、私の部屋に来て一度部屋を見渡しましたね? 不安や隠し事がある際、人は閉鎖的な空間に来ると自分がどこにいるのか安心感を求める行動に出ます。アレンさんの場合は部屋を見渡すことでこの部屋には私と自分しかいないという安心感を得たのではないでしょうか。つまり、誰かから逃げていて、とっさに部屋にソレがいないか確認したのではないでしょうか。ソレとは人であると推察できますが、人以外とも考えれます。そうですね、例えば、そう例えば、昨今の流行に合わせ至極ありきたりな人外で思い浮かぶとすれば…………」
チュルリと、舌が生え出る。
「殺人鬼なんて、いかがでしょう?」
矢継ぎ早の言葉攻めと理屈詰めの戦法はシャーリィの十八番だ。ただ、飛躍した憶測も必ず付いてくるのがお約束で、受け身になってしまうとまるで彼女の言っていることが全て的を射ていると思ってしまう。正確には話の波に呑み込まれてしまう。独裁者がよくやる手法でもある。
ここでいう飛躍した憶測は、俺が部屋を見渡した理由を「シャーリィと俺しかいないという安心感を求めたから」というものに限定した点にある。部屋を見渡すことは単純にそれだけではない。実際、見渡した理由は単純に彼女の顔を見続けると襲われそうだったからだ。以前それで大変な目にあったので、極力彼女の目はずっと見ないようにしている。
ただ。
今彼女が言った言葉は、普段のシャーリィならわかるものだけれど、満月の処人ならばどうだろう。頓珍漢な過程はあったものの、結論としては殺人鬼から逃げているとしてきた。この箇所だけは、寸分の狂いもない。正しいのだ。……わかって言っているのか。あえて自ら口に出したのか。それとも。
「シャーリィ」
「はいなっ」
「残念だけど、ハズレだよ」
「では如何様な理由でこちらへ? ……ッ!? まさか私に会いたいからですか!? まぁ、これな失礼致しました! すぐにシャワーを」
「違う。今日は満月だから、もしかしたら例の殺人鬼姉妹と会うかもしれないだろ? シャーリィはどう考えているのかと思ってさ」
「なんだ、そんなことですか」
ぶっきらぼうに答えた後、頬を膨らませ不貞腐れる。感情の起伏が激しいため百面相のように表情が変わる彼女は、見ていて飽きない魅力もある。殺人鬼姉妹が罪人のみをターゲットにしていることから、猟奇殺人を繰り返している満月の処人も漏れなく該当する。そのため、両者がぶつかった際には激しい戦闘が行われるものと思われる。
「可能な限りそれを見逃さないよう、社員には通達してあります。しっぽを出さない満月の処人なら戦闘も迅速に終わらせるでしょうから時間との勝負ですね」
「なるほどな」
「ところでアレンさん」
「ん?」
「愛について、どうお考えですか?」
唐突な質問に面を食らう。本当にいきなり過ぎて、しばし口が開いたままとなってしまった。対称的に新聞社令嬢は涼しげな顔をしてニッコリとしている。舌をちゅるんと出して、部屋を滑るように歩き回る。
「愛には様々な形があります。相思相愛や片思い、同性愛に近親相関など多種多様です。時には歪んだ愛とか偏った愛、報われない愛もあれば禁じられた愛などもあり、実に人の数だけの愛なる世界がありましょう。荒唐無稽だと揶揄する者もいますが、私は断じてそうは思いません。そして、私が最も注力したいのは……、家族愛です」
歩きは止まり、こちらへと顔を向ける。目がこれでもかというぐらいに見開いていて、感情が抜け出たように笑っていた。
「家族だけは特別なのです。例え口には決してできぬ事実があっても、私は家族を手放しません。家族愛ほど価値のあるものは、この世にないのですから」
「…………その話を、何故俺に?」
「え?」
正直、いきなり過ぎた愛語りは許容しきれぬもので、思わず問いかけてしまう。
そしてさらに驚いたのは、俺が向けた問いに対し、シャーリィは直ぐに答えなどせず、……いや、答えられず、呆然としたことだった。まるで、質問されるのが想定外と言うように。しばし顔を下に向けて、一点を見つめた後、薄く笑う。
「あぁ、えぇ、はい、何故でしょうね。自分でもよくわかりません。でも、きっとアレンさんに話したくなったんです」
「家族のことを?」
「はい。エヘヘ、不思議ですね」
「……」
「今日が満月だからなのかもしれませんね」
家族。シャーリィには父と姉がいる。母は十年前の満月晩餐会で殺された。姉は大の放浪癖で滅多に家に帰ってくることはない。しかし、帰ってくれば特ダネも一緒に持ってくるのがお約束で、自由奔放な性格もあってか父親からは黙認されているそうだ。
シャーリィは父と姉を心から愛しており、よく二人の話をしてくれる。だから今回の愛語りもそういう意味では納得できるけども……。
「シャーリィ」
「はい」
「“何か言いたい言葉はあるか?”」
出来るだけ優しい声色で投げ掛ける。
掛けた相手は目をパチパチさせて、急に笑いだした。何か彼女のツボに入ったのだろう。しばらく笑った後に、丁寧にお辞儀をされた。
「気を使わせたみたいで、申し訳ないです」
「いいや、そんなことはないよ」
「では、せっかくアレンさんに質問されたのですから答えなくてはいけませんね。……んー、そうですね。やっぱりここは、不特定多数の方に投げ掛けたい言葉が最適解と言えましょう」
最適解なんて言葉、日常生活でまず聞かないものだ。シャーリィらしいといえばらしく、少し怖くもあって。潤沢な黒髪をなびかせながら、やや暗のある微笑みも添えて、新聞社令嬢は葬儀屋に告げる。
「“愛を欺き続けた先に、どんな苦痛があるのでしょうか”」
○ ○ ○
扉を開ければ、古めかしい装飾のベルが慌ただしく騒ぐ。こじんまりした店には充分すぎる音量で、少し待てば店主がひょっこり顔を出すのだ。
店の至るところには所謂お高い品々がズラリと溢れ、埃と結婚しても何らおかしくない雰囲気をかもちだしていた。変形の壺に細長い像、不気味な鏡や歪なオブジェ、他国の絵画といったカイゼン以外の品もある。
身近にあった奇妙な器には、縁が波打ったようにグニャグニャとしていて、何のために作ったのかまるでわからない。上から底を覗けば渦状の色彩模様が展開されていて、素人目には贋作と思えてならない。物珍しさに、思わず見いってしまう。何だか、ぐるぐると吸い込まれそうな気持ちになってしまうのだ。
「あんまり見つめると、そのまま引きずり込まれちゃうかもよ。お客さん」
声が聞こえて、振り向けば、異民族が羽織っていそうな服を着た女の子が湯飲みを持ちながら立っていた。湯気が立っているお茶を一口飲むと、満足そうに微笑む。
「それは歴とした茶碗で、二百年前のものかな。奇抜な一品だから思わず見ちゃう人が多いんだ。顔に思い切り物珍しいーって出てたよ。丸見えでしたな」
むふぅっ、と頬を赤くしながら思い出し笑い。そしてどこからか椅子を引っ張り出してきて、俺と自分のを用意するメリィ。座って座って、と終始楽しそうにしながら、奥からお茶も持ってきた。
流されるまま手に取り飲めば、これが実に香り豊か、花畑に囲まれているような気持ちになる。ほんのり甘さがある風味は、温かさのあるお茶本来の味をより引き立たせる。まだ店に入って一言も発していないが、自然が織り成す国クロネアから仕入れただろうこの美味茶に、現実を一時忘れさせてもらった。
「それで? アレン。何を隠しているのかな?」
…………。
お茶を持ったまま、チラリとメリィへ視線を向ける。
「……あーと、そうそう、珍しいからね、アレンがウチに来るのは。何が裏があると思ったんだけど……違った?」
「たまには店に顔を出してもと思ってな」
「ふぅん。嬉しいこと言ってくれるじゃないのさ。何も出やしないよ」
お菓子をいそいそと袖から取り出し卓上に並べる骨董店の主。食べることが好きな彼女はいつ何時も食べ物を手離すことはない。どこに入ってたんだと突っ込みたくなるほどボロボロと出てきた。そして俺が取る前に自分からモグモグと食べ始める。
「あんまり無理しないでよね。辛いことや負い目があるなら、相談することも大事だよ」
「生憎とそういったものは無縁だ」
「本当かなー?」
「負い目なんて、仮にあったとしてもそのうち忘れるものだろ」
「んー、まーね。思い出したりはしないの?」
「する時もあるが、直ぐに捨てる。過去は誰であろうと変えることはできないからな」
「…………達観してるねー」
メリィはよく食べる。食べても太らない体質もあって美味しそうに様々なものを口に運ぶ彼女なれど……、今、それまで知っていた常識が大きく覆った。先ほどまで卓上にあった菓子類が、既に半分無くなっている。
菓子類を広げ食べ始めてから、最初は普通に食べていたのに、速度が如実に上がっていって……、今では俺が取ろうとするのを躊躇してしまうほど早く激しく食べている。まるで心に沸き上がった何かを、叩きつけるかのように。
「アレンはさ、罪をどう思う?」
手の動きが止まって、口だけを動かすメリィ。
「罪?」
「うん」
「そりゃ、悪いことだ」
「私もそう思う。だから、罪には罰と信じてる」
罪には罰。
口に菓子をリスのように詰めながらも、何故かその言葉だけは嫌にはっきりとメリィは言った。どうやってその状態で話せるのか不思議だ。恐らく長年食べまくってきたことから会得した秘技であろう。
……そういえば、あの殺人鬼姉妹は罪人だけを狙っているとシャーリィが言っていたな。何故彼らだけを狙うのかセレスティア姉妹に聞こうと思っていたけど、昨日は聞ける状況ではなかった。もしかしたら、あの姉妹も、罪には罰と考えているのだろうか。
「一度犯した罪は決して消えない、消せない、消させない」
「何が、言いたいんだ?」
「そのままだよ。アレン」
無感情に答えたメリィは、再び菓子を手に取って口に運ぶ。先と同様、圧巻の速度で食べていった。もぐもぐバクバクむしゃむしゃと、無我夢中に。結局全ての菓子を平らげた後は、太陽のようにパァッと笑って後片付けを始めた。なんとなく、気持ちを切り替えたのではと感じて。俺もおいとまするとしよう。
「それじゃ、俺は行くとするよ」
「そう? もっといればいいのに」
「この後にやることがあってな」
「ふーん。……あ。もしかして何か心当たりでもあるの? 自分が犯した罪に」
「さっきも言ったろ。無いよ。全くね」
「ならいいけど」
後片付けをパッと済ませ、店内の整理を始めるメリィ。
栗色の髪が踊るように動いている。あれだけ食べれば動き辛いとも思うのだが、どうにも問題ないようだ。こちらも席を立ち、貴重な品々を落とさないように注意しながら扉へ向かう。取っ手を掴み、回しながら後ろを……振り返る。
「あぁ、そうだメリィ」
「どったの?」
「“何か言いたい言葉はあるか?”」
問うた相手は、眉をピクリとあげて、薄く笑った。そして徐に、近くにある皿を取って指先でなぞる。複雑な模様が描かれた皿からは、どことなく寂しい雰囲気を感じさせた。
「何かを悩んで、又は悩んでいるのを隠しているアレンに私から言える言葉は今のところ無いかなー。でも、ま、強いて言うならそうだね。うん」
皿を置く。置かれた瞬間、ヒビが入ったのを気にもとめずに……骨董店の主は葬儀屋へ言い放つ。
「“押しても引いても駄目ならば、逆さまにして覗いてみなよ”」
○ ○ ○
夜。
一人で歩く、暗の道。
早寝早起きが信条の爺ちゃんはもう寝ているため、家から出るのは簡単だった。鼓動の音が大きくなるのを感じながら、外出禁止令が出されている王都の下町を進む。誰にも見つからないよう、最大限の注意をしながら。
「行くの? アレン」
「大丈夫? アレン」
影から、闇から、黒から、声がする。発した二人はどこにいるのかわからない。わからないが、俺の傍にいることだけは確かなようだ。
まるで闇夜に住まう異人のように、音も無く隣にいるのだろう。人外ゆえの、動き。
「あぁ、行くよ。当然だろ」
「「満月の処人が誰か、わかったの?」」
「わかった」
「「それでも行くの?」」
「行く」
「「じゃあ……」」
不気味に反響する姉妹の言葉は脳に直接話しかけているようであった。淡々と返す俺に、重複する二人の問い。会わし合わさり、返し返され、つらつらと進む三人の人もどき。行く着く先は、果てもなき……。
「「殺していいの? 満月の処人」」
殺人の舞台。
問われたならば、返さなければならない。口を開き、返答する。言葉が詰まりそうになるも、理性を押し殺し、手を握りしめ一言だけ告げた。
……それを聞いた彼女らは、それはそれは嬉しそうな、心から嬉しそうな、とても女の子とは思えない笑い声をあげた。声は長く太く反響し、闇夜にしっとりと溶けていく。
歩く歩く、ひたすら歩く。一歩たりとも止めたりはしない。できない。
引き返すことなど出来はしないのだから。
後戻りは出来ないのだから。
満月の処人よ。
最後の別れを言いに行こう。
既に人を殺したのなら、お前もまた人ではない。殺人鬼に明るい未来はない。どう足掻こうとも、最後は惨めに死ぬだけなのだ。絶対に決まっていることなのだ。
「さようなら日常。ようこそ非日常」
自分で言った言葉を、逃げられない現実を身体に染みらせるように何度も繰り返す。
満月が全てを裁くかのように美しく輝いていた。泣きたくなるほどに光っていた。これから散る命を前に、笑っているのかもしれない。同時に俺が出来ることなどあるのだろうかと、思わずにはいられない。
歩みは止まらない。ざくっ、ざくっと砂利の音が聞こえる。
しかしそれも段々と消えていく。耳から消えていってしまう。闇夜の中に吸い込まれ、吐き出されるものは何も無く、常世の入り口と同化していく。あぁ、ああ、狂おしい……今。
行こう。
終わらせに。
例えそれが後悔を重ねることだとしても、俺は行かねばなるまいよ。
人外を殺すのもまた……人外なのだから。




