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さようなら・ようこそ




 横の一振り。

 悪魔の魔具が、風を切る。思わず目を閉じてしまう自分がいた。

 重さなどまるで無いかのように軽々と振り切って……、切断する。斬り落とす。さすれば、首から燦々たる血しぶきが噴き出て、車内の光に照らされながら辺り一面を彩ることだろう。そうして、赤い絵の具に塗りたくられた哀れな首無し遺体が完成し、ありきたりな列車に不可思議な華を添え、終着駅へと送られる。こうして、俺の人生は幕を閉じたのだった。


「…………?」


 しかし。

 そうは、ならず。

 葬儀屋の人生は、ここで終わらず。

 二人の少女によって、紡がれてしまっていた。


「「大丈夫? アレン」」


 目を開けると、二人の少女がそこにいた。

 一人の少女は左側に立っていた。死神の鎌をなんのその、片手に持つ“短刀ナイフ”で苦も無く止めて笑っていた。もう一人の少女は右側に立っていた。全長約90センチの“中刀”をゆらりと引っさげて、ただただ穏やかに微笑んでいた。

 呼吸を、忘れてしまう。

 それほどの衝撃だった。

 大鎌が一振りされる直前までは誰もいなかったはずだ。列車には車掌と俺と満月の処人しかいなかったはずだ。隠れる場所なんて、それこそどこにあったというのだ。何から何までわからんこと尽くしだが、彼女らは今ここにいる。まるで空間から抜け出してきたかのように、その尋常ならざる連続殺人鬼は……存在していた。

 笑っていて。

 心から嬉しそうに。

 ご機嫌といったところか。


「ところでアレン、一つ聞いていい?」


 左側にいる、勝ち気そうな目をした姉のリクがナイフを持ちながら声を出す。既に大鎌は彼女から離れ、元の位置に戻っていた。また、満月の処人は先から一言も口にしていない。奴自身も驚いているのかもしれない。イレギュラーが生じた、と。……いや、もしかしたら二人の気配に気づいていて、わざと大鎌を振り姉妹を誘き寄せたのかもしれない。どちらにせよ、答えを知る術はないか。


「なんだ、リク」

「この殺人鬼とは知り合いなの?」

「……知り合い、かもしれない」

「ふぅん」


 今度は右側にいる、とろんとした目のルルゥが声を出す。


「前にも会ってたってこと?」

「いや、初対面だ。知り合いかもしれないってのは俺の直感によるものさ。外れてほしいが」

「ンフフ、アレン? 殺人鬼を前にしての直感は絶対正解だよ。根拠はなくても心当たりはあるんでしょう?」

「そうそう、ルーちゃんの言う通りだよ。嘘は駄目だよアレン。外れてほしいだなんて、ニヒヒヒ、“これっぽっちも思ってない”くせに」


 ……。

 はぁん。

 お前らがそれを言うかよ。連続殺人鬼。

 ともあれ、現状は少しばかり好転したようだ。化け物に殺されるのを待つだけだった空間は、今や同じ化け物を召喚する状態へと相成った。まぁ、これから三人が暴れ出したら確実に列車と仲良く落っこちるだろうけども、それも杞憂に終わる。状況が変わるや否や、眼前の黒服殺人鬼は作戦を変えたのだ。

 後ろの開いていた窓に音も無く飛び、こちらが声をあげる間すらなく……夜空へ消えていった。

 僅か数秒の出来事。後に残るは静寂な車内。

 あっけない、シンプルな幕引きであった。


「助かったのか?」

「んもぅ、あんなのに狙われてるなら言ってくれればよかったのに! ガゥー!」

「無茶言うな」

「そうだよリッちゃん。アレンは初対面って言ったでしょ、きっと黒服さんは誰にも邪魔されないこの時を待ってたんだと思うよ」

「むむぅ。でもさ、ルーちゃん。ありゃ相当だよね!?」

「うんっ。久しぶりに当たりだと思うよ!」

「何がだ? 黒服だけのキチガイにしか見えなかったが」

「その通りだよアレン!」

「正しく言葉通りだよ、アレン!」

「?」


 だから何が、という前に。

 リクとルルゥは同時に言った。



「「アレは相当に人を殺してるよ。片手じゃ足りない」」



 いや、両手でも足りないね、と。

 純粋に、無邪気で、小躍りしながら。

 破顔する。

 まるで、肉を前にした獣のようであった。早く食べたいと悶えるそれだ。欲が理性を容赦なく消し飛ばし、本能の赴くまま動きたいとする狂人の笑顔。あぁ、そうだよな。わかっていた。こいつらは間違いなく殺人鬼だ。人の道から外れた存在。そしてあいつもそうだ。満月の処人。わざわざ名を名乗らずに“4”としたのは、明日俺を殺すまでに自分が誰なのか“当ててみろ”ということだろう。

 いるのだ。

 俺の知っているあの四人の中に。

 昔から一緒だったあいつらの中に…………満月の処人が。


「それで、どうするの?」

「今から殺しに行く?」


 嬉々として殺人を行おうとする二人を見ながら、顔を横に振る。


「いや、明日になればわざわざ向こうから会いに来る。それまでは俺の自由にやるつもりだ」

「「自由って?」」

「別れの挨拶。つまらんゲームだが、敵さんは自分を誰か当てろとしてきた。なら最後に遊んでやるのも一興てなもんだよ」

「「協力しようか?」」

「いや、いい。これは俺の問題だから……俺がやらないと意味がない」

「じゃあ、それが終わったらさ」

「殺していいってことだよね?」


 服を掴まれ、彼女らを見ると、眼を爛々と輝かせながら上目使いでじぃっと見つめてくる。俺と親しい間柄である四人の誰かと知りながら、躊躇することなく殺していいかと聞いてくる。

 何だよ、それ。

 普通、聞くか? なぁ、おい。

 思わず変な笑みが出た。自分でも何故こんな顔になれたのか、わからない。もうどうしようもないほどに壊れているのかもしれない。こいつらも俺も、満月の処人も。なんという……なんとイカレた世の中だろうか。だから異常なんだよ、この国は。


「……好きにしな」


 パァッと喜びの花が咲くや、瞬間、二人は忽然と姿を消して。もはや驚かない自分がいた。どうにも昨今の殺人鬼は神出鬼没が当たり前のようだ。なるほど、捕まらないのも頷ける。

 ゴトンゴトン、ゴトンゴトン。

 ふと、いつもの列車の音が聞こえる。ようやく日常の音が耳に入るようになったのだ。……そっか、そうだよな、俺はまだ、日常の世界にいるんだな。列車は今日も快速に空を駆け、目的地へと到着した。本当に自分は生きているのか、ちゃっかり身体のどこかが斬られているのではないかと、やや挙動不審気味になりながら下車する。


 顔を上げれば、<王都・下町>の駅看板。日常の光景だ。いつも見る、ありきたりの景色が広がっている。どこも変わっているところなんてない。みすぼらしい汚れたベンチに、深夜だから人の行き交いがほとんどない広場、使い古された電球があちこちで点灯し、夜の雰囲気をひっそりと盛り立てる。

 生きている。俺は生きている。数分前までは思いもしなかった生への実感が、今になってようやく追いついた。十字架のアクセサリを右手で握って、ふぅと溜め息。


「おんや、アレンじゃないか。仕事か?」


 後方より声がかかって。大人びた声色であり、でもどこか子供のような、そんな女性の声。振り返れば、駅員が微笑を浮かべながらこちらへやって来るのが確認できた。下町の名物人の中でも上位に食い込む、麗しき有名人。

 レベッカ・パンプキン。

 顔の美しさは言うまでもなく、それ以上に有名なのが彼女の足にある。

 超ミニスカートから伸びる宝石のような白い足は、男ならまず間違いなく二度見することだろう。身長は俺と同じぐらいなのに、足の長さが雲泥の差である。美脚の程は花屋フローラよりも上で、純白の度合いは新聞社令嬢シャーリィをも凌ぐ。造形と見間違うほどの脚線美、いつ見ても完璧なまでに美しかった。時々蹴られたいと志願する者が現れるとかで、痴漢者ホイホイにも一役買っている。


「えぇ、仕事帰りですよ。レベッカさんは夜勤ですか?」

「まぁな。昼間だと男どもがジロジロ見てきて広場が混雑するからって、最近はめっきり夜勤に回されてるよ」

「そのスカートを止めれば問題解決ですよ?」

「冗談! 私の最上なる美点を汚すことは誰にもできやしねーよ、させねーよ」


 ヌヘヘ、と意地悪く笑いながら、近くにあった椅子に座り足をゆっくりと組む。思わず目がいきそうになり、理性を総動員して彼女の顔だけに視線を向けた。信じられないほどの吸引力を持つ彼女の美脚は少し動くだけで男にはかなりの衝撃を与える。

 濃いめの茶髪は肩ほどで、顔は色気ありありの化粧を好む。フローラとの違いは、あいつは男性の視線のみを極限に意識した服装であるのに対し、レベッカさんは自分が最も好む服装を選ぶ。似ているようで全く違う両者のタイプは、どちらにせよ美人であることに変わりはない。口調がバリバリの男であることを除けば、本当に麗しい女人である。


「ってかさ、どうした? すっげー顔色してるぜ、アレン」

「気のせいですよ」

「いやいや、ねーよ。死の世界から帰還したでありますーとかそんな感じの顔してる。私の足も見ないってのは相当にパニくってる証拠だろ? あん?」


 それに関しては理性が勝ったので別問題だ……、なんてのは横に置く。


「ちょっと怖い目に遭いまして。正直、まだ怖いんですよ」

「そりゃ大変だ。早めに帰ってさっさと寝な。明日は満月だ」

「そうですね。あぁ、ところでなんですが」

「ん? 何だ」


 魔が差した、とでもいうのか。何となく聞いてみたくなってしまい、同時につい先ほど自分が経験したありえない事実を少しでも共有して欲しいという愚直な考えのもと、闇夜も恥じる女人に質問を投げかけた。


「レベッカさんは、いきなり殺人鬼が目の前に現れたら……どうします?」

「殺す」


 真顔で。

 即答。

 無駄な動作など。

 一つもなく。

 眼球の揺らぎすら。

 無く。

 魂が抜けた人形のように。

 彼女の顔は動きを止め。

 口だけ動かし。

 その眼だけで俺を。

 射貫く。

 貫く。

 抉り抜く。


「殺し尽くす」

「…………」

「おいおいアレン。どうしたいそんな怖ぇ質問して。思わず“適当なこと”言っちまった」

「まぁ、たまには冗談を言ってみるのもありかなーと思いまして」

「怖い怖い。もうちっと情熱的な言葉を選ぶんだな」

「そうですね、なら、今度は火傷するぐらいの熱い言葉を」

「あぁ。期待してるよ。ヌヘヘ」


 駅を出て、満月前夜のため人気のない夜道をゆらりと歩く。

 現実に打ちひしがれそうだ。実のところ、今も手の震えは止まらない。よくよく考えれば、4の数字も、今日も、終電も、当てろも、本当は俺の考え過ぎなだけではないか。あいつらの中に満月の処人がいるなんて、ありえないだろ。

 あの緊迫した状況だったからこそ出てきた頓珍漢な結論だといえないだろうか。車内の天井に4という本物ならば絶対にやらない痕跡ミスも、実は偽物だったからあんな初歩的なミスをやらかしたといえないだろうか。


『殺人鬼を前にしての直感は絶対正解だよ』


 ルルゥの言葉が再生される。頼んでもいないのに、勝手に脳内で流れる。


『外れてほしいだなんて、ニヒヒヒ、“これっぽっちも思ってない”くせに』


 リクの言葉も同時に再生される。拒んでも、勝手に脳内で流されやがる。


「あぁ、ああぁ……」


 やっぱり俺は、日常生活など送れない存在なのだろう。そう思わざるにいられない。日常という宝石など、決して触れることはなく非日常という石ころの上をひたすらに歩く人生。それこそが、俺に課せられた使命に他ならない。

 泥のような空気を吸う。

 俺に似合いの纏わりつくような寒気。歩くたびに、ねっとりと、しがみつかれる。重くなる歩み。いつもの速度は徐々に遅くなって……、いつの間にか止まってしまった。


「いるんだな、あいつらの中に」


 骨董店メリィ。魔具店ライト。花屋フローラ。新聞社令嬢シャーリィ。

 もう随分と付き合いが長くなった。ある意味、家族のような間柄でもあろうか。会いに行きたいと思えば苦も無く会え、話し、別れる。当たり前であったその世界は数時間前までのものとなり、今はもう、霧の彼方へと失せてしまった。

 日常は、俺を否定した。

 非日常が、俺を歓迎した。

 再び歩き始める。一歩一歩、現実を確かめるように地に足を踏む。踏みつける。踏み鳴らす。踏みにじる。踏みしだく。踏み潰す。踏み砕く。踏み…………、踏み終わらせよう。始まってしまったのだ。もうどうすることもできない。足掻くこと、抗うことすら許されない。


「いい空気だ」


 さようなら日常、ようこそ非日常。

 歓迎するよ。

 あの中に満月の処人がいるのなら、明日俺が会いに行けば必ず「歪み」が生じることだろう。今までとは違うズレを俺に見せることだろう。それを手繰り寄せ、糸口を掴み、誰が奴なのか……当てる。最後の「抗い」になるのかもしれないのだから、精々存分にもがいてやるさ。

 そうだ。

 遠慮など、一切無しにやってやろう。


「他人が見たら、誰を怪しむんだろうなぁ」


 容疑者は四人。

 この中に、満月の処人がいる────。



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