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等価交換




 葬儀屋、骨董店、魔具店、花屋。

 俺、メリィ、ライト、フローラ。

 それぞれが仕事として店を開き、利益を出して生活している。働かなくては食べていけないし生活もできない。不変の真理とも言うべき道理。……道理から外れた者もこの世に跋扈しているのは、ある意味滑稽でもある。


 働く、というものは何も自分が汗水垂らして労働するだけではない。俺やメリィ、ライトにフローラのような直接お客さんと対峙して営業をすることだけが仕事に当てはまるのではない。

 己自身がトップに立ち、命令して下の者を動かすこともまた……仕事である。

 それは極めて限られた、そして憎まれた者にのみ許される身分。


「お待ちしておりました、アレンさん」


 部屋に案内され扉を開けば、真珠と同化したとすら思える白肌の女性が座っていた。

 部屋に入った途端、後ろに控えていた彼女の世話係がそっと扉を閉める。無感情な音を合図に、高級ソファから立ち上って、“てとてと”と、それはもう“てとてと”と走り寄って抱き着かれた。まるで華奢な身体をアピールするかのように、健気に可憐に。

 仕事のように。

 ──性分。

 生まれもった、彼女のもの。


「最近はちっとも訪れてくれないので、私、とても寂しかったです」

「仕事で忙しくてな」

「仕事でなければ来てくれないのですか? 私とアレンさんの関係は、そのような脆いものなのですか?」

「シャーリィ。最近、巷で有名なバラバラ連続殺人について知っているな」

「もちろんですとも。わが社でもそれはもう総力を挙げて取材していますよ。ウフフ、まぁアレンさん。もしかして、私のことを心配してわざわざいらっしゃってくれたのですか? それならそうと、言ってくださればいいのに」

「教えてくれ」

「………………はい?」

「バラバラ殺人について、シャーリィが──。いや、フロンソワ社が現在までに手に入れている情報を、教えてくれ」

「まぁ。まぁまぁまぁ!」


 両手を広げ、大げさなリアクションを取り、数歩下がってソファに座り込む。情緒溢れた、幼い頃より過ごしてきた身内にだけ見せるようなあどけない素振り。ブンブンと振っていた手を両頬に当て、顔を左右に揺らす。そしてきゃあきゃあ言いながら悶える。

 恥ずかしがっている姿。

 恥ずかしがっている「ように見える」姿。

 シャーリィの横に座り、いやんいやん、とリアクションを続ける横の女性をじっと見て。

 待つ。

 ひたすら、待つ。

 それがくるのを。




 舌。




 人間の舌は平均7センチだと言われている。俺のもおそらくそれぐらいだと思う。図ったことなどないし、興味もない。生活する上で支障がなければ多くの人間が気にかけることなどないものだ。

 動きがピタリと止まり。

 恥じらいは消え。

 薄く笑い。

 口を少し開けて、“じょろり”と出す。

 シャーリィの舌の長さは13センチ。その長さは鎖骨の中心付近にまで到達する。


 外見はお嬢様そのものだ。黒髪に潤いのある美肌、小顔で目は大きくぱっちりとしていて、お人形のような風貌。女性らしい仕草や言動は男の理想ともいえる少女の姿。現役で社長を勤めているシャーリィのお父さんも鼻が高いだろう。

 まだ十五であるのに、彼女を息子の嫁にと縁談の話は後を絶たない。娘にはまだ早いと、頑なに拒否しているそうだが我が娘をまだ手放したくないという親の気持ちが如実に現れている。証拠に、娘の要望は全て叶え、その代償に社長室のすぐ隣にシャーリィの部屋を用意して普段この部屋にいるよう約束している。


 舌から涎がポタポタと流れ落ちる。

 激情し漏れた彼女の液は、ご馳走を前にした犬のように溢れ出ている。

 ただ、その激しく沸き起こった感情が何なのか、わかる術はない。

 ちゅるん、と舌を口に閉まって、ゆっくりとゆったりと俺の横顔に顔を寄せ、甘美な声で耳打ちした。


「等・価・交・換ですよ。アレンさんっ」

 

 シャーリィ・フロンソワ。

 フロンソワ社はクロネア王国で随一の規模を誇る新聞社である。その取材に対する情熱や行動力は並外れており、社員数も十万を超えている。彼らの情報収集力は国家に匹敵しているとされ、時折国家を出し抜いて情報を手に入れることすらある。ゆえに、民間の枠を超えた力も問題であることが度々指摘される場合もあり、そこは周到に根回しや裏での取引を行っている。


 シャーリィはフロンソワ社の「次期社長」だ。

 容姿や社交性を重々理解しており、外部からの受けは良い。ただ、それ以上に脅威なことがある。

 世論をどう動かせば“面白くなるか”、世論が何を“求めているか”、幼い頃より常日頃から養ってきた『大衆学』と、かつ彼女の性格とカリスマ性が相まって形成された『統率力』である。この二つがシャーリィの地盤を堅実なものとしている。

 そして、シャーリィ・フロンソワが最も己の美学として好いているのが、等価交換だ。文字通り、情報を手に入れるためには相応の対価が必要である、と。


「アレンさん。私がどういう女なのか、知らない貴方ではないでしょう?」

「よく知っていると心得ている」

「嬉しい。できたら、ベッドの上で言って欲しかった」

「バラバラ殺人について知っているな?」

「もちろん」

「教えてくれ」

「──“何”を、私にくれるのですか?」


 舌がちゅるりと出る。

 フローラとは違う、真っ黒な艶めかしさを瞳に添えて。俺の胸に手を置き、身を寄せてくる。顔をそっと密着させて「はぁ……」と洩れる息を吐く。野生動物が、これは自分のものだと主張するように、自らの臭いを執拗に擦り付ける。何度も何度も、擦り付ける。


「前から私、言っていますでしょう? もしアレンさんに交換できる情報がなく、けれど私から一方的に得たいのなら。“ご自分”を対価にして交換してもいいと。アレンさんにだけは、特例として処置いたしますわ。ねぇ」


 まだ発達中である胸をぴたりと重ねてきて、真紅の唇を頬の辺りまで近寄せてくる。

 シャーリィの息が、嫌が応にも聞こえて。 


「一線を、越えま」

「悪いが、今日は夜に仕事がある」


 あと数センチで口と口が重なる時にシャーリィの唇を右手で遮って、グイッと押し出す。

 目をパチパチとさせ、しばし沈黙の後、頬を大きく膨らませて立ち上がった。


「ここまで期待させてその態度……! 不愉快です」

「勝手にやってきたんだろうが」

「それでもです。その気がないのならもっと早くに拒否していただきたかった。ついに今日、私の願いが成就すると思った矢先だったのですよ」

「すまなかったよ」

「謝ればいいというわけではありません。興ざめもいいとこです。私はこれから仕事がありますので、どうぞご自由に」

「バラバラ殺人の犯人と会った」


 足早に部屋を出ようとした彼女の動きが止まる。すぐにこちらを向くのではなく、静止する。

 一瞬だけ、彼女の黒髪が逆立った。

 ……恐らく、今、シャーリィの顔はとても女性とは思えない悪魔の表情をしているだろう。目はカッと開き、口は上からぶら下げた三日月のようにニンマリとして、舌が這い出ているだろう。脳内ではこれからどうするべきか演算処理しているに違いない。


「そ、れは、一体、どういう」

「面倒な駆け引きはいらない。俺から一方的に話すから、シャーリィは内容で判断してくれ。どれほどの価値があるのかを」


 そうして、あまり思い出したくもないが、昨日の出来事を全て話した。

 バラバラに切断された遺体。場所。時刻。現れた殺人鬼。双子の姉妹。告白。拒絶。その他。既にどれだけシャーリィが情報を掴んでいるかわからないため、嘘は一つも入れていない。ありのまま、俺が昨日経験したことを話した。意外だったのが、話を聞いている彼女は途中で言葉を挟むことなく真剣に聞いていることだった。

 話は終わり。

 近くにあった高級そうな紅茶を飲み、一息つく。お、美味いな。おそらくアズール産だろう。あの国は紅茶文化が盛んだ。魔法の国らしく洒落たものだ。


「非常にまずいですね」

「ん?」


 紅茶を楽しんでいると、目を泳がせながらシャーリィがペタンと座り込む。


「正直申しますと、今アレンさんが仰った内容は、わが社は一切知りません」

「そうか」

「ですので、大変申し訳ないのですが、アレンさんと等価交換できる情報が、私にはありません」

「別に構わないさ。シャーリィが知っていることでいい」

「駄目ですっ! それでは私の信条と、誇りが許せません。……仕方ありませんね、これはもう私の身体で補うしか」

「さっさと話せ」


 夜には仕事があるんだ。割愛できる部分は全力で省く。ぶっきらぼう気味に不快そうな顔をしながら、シャーリィはバラバラ連続殺人について語り出した。確かに彼女が言う情報は、俺が持ってきたそれとは価値の重みが違うようだ。


 場所や時刻は昨日と同じで、「人込みが極端に少ない場所」と「深夜の時間帯」であること。まぁ人込みが多い昼間に殺人鬼が行動することは滅多にないため、納得できるものだった。噂で、現場近くには可愛い女の子が目撃されていることも、噂ではなく本当だったというだけ。これも大した価値はない。遺体の損傷も異常なぐらいに鮮やかな殺し方で、切断面や内臓の損傷具合も実際に見た俺の方が実質的な価値がある。


「……うぅ。まったく不釣り合いではありませんか!」

「そのようだな」

「酷過ぎます。さすがに殺人鬼と直接お会いしたなんて情報、価値として『極上』クラスに該当します。お手上げです」

「ん。まぁいいよ。他にはもうないんだな?」

「はい……。まぁ残りとしては、大したことではありませんが」

「あぁ」

「殺された被害者は、皆、罪人です」


 ……。

 何だって?


「えっと、確か罪状は全員『殺人罪』。それも複数の」

「本当か? 嘘じゃないな?」

「はい。この国のイカれた法律はご存知でしょう? 逃金者ですよ」


 逃金者。昔からの慣習で、この国には不合理な法律が存在する。

 それは度々批判されてきた問題でもある。どんな罪を犯した者でも、金さえ積めば刑を免れるというものだ。もちろん罪が重くなれば相応に見合った罰金が科せられるが、払えさえすれば、情状酌量の措置ということで、刑務所に送られることすらなく、外に出れる。


 何故これが撤廃されないかというと、罰金の全てを市民の生活に回されるためだ。

 それも目に見えてわかる、病院代や生活品のものに。

 罪人が金を払えば払うだけ、我々市民は生活が豊かになる。しかもカイゼン国民の傾向で、重罪を犯す奴は圧倒的に金持ちが多い。貧乏な重罪人はいないのかと問われそうだが、貧困の者は悪知恵で金を稼ぐべきだというこれまた別方向の概念が昔からあり、手に負えない。

 そういう国なんだ、この国は。

 世界に存在する三大王国は長所と短所が混在するもの。アズールも一見良さそうな国なれど、あそこはカイゼンよりも反政府組織が多い。魔術の国クロネアだって、差別問題が未だに残っていたりしている。どちらも解決へ向かうため努力はしている。カイゼンだって同じで、このイカれた制度はそろそろ改正の目途が立ちつつある。……が、やはり、未だに改正反対の者も多い。難儀なものだ。


「逃金者ということで、権力者出身の方がほとんどです。そのため報道機関にも情報規制が強いられているのが現状のようですね」

「どこが大したことではないだ。重要な情報じゃないか」

「殺人鬼が殺人犯を殺すなんて、血生臭くて私は嫌いなのです。嫌いなものに価値はありません」

「……あ、そう」


 女の子は変な理屈を持ってるよなー。時々思う。

 俺から得た情報の対価をあれこれ提案してくる彼女を何とか抑え、シャーリィの部屋を出る。


「では、夜までに対価のものをご用意しておきます!」

「いや、今日はバルルン町に仕事だ。急いで終わらせて、終電で帰るから遅くなるよ」

「シャワーを浴びてお待ち」

「寝ろ」


 フロンソワ社を離れ早々に駅へ向かう。欲しい情報はおおよそ得られたと思う。あとは殺人鬼姉妹とどう接していくかだが……こればかりは、いくら考えても答えは出ないだろう。今はやるべきことを優先させよう。



   ○ ○ ○



「メリィじゃないか。仕事帰りか?」

「うん。アレンも仕事?」

「バルルン町までな」


 駅に着くと、大きな鞄を持ってヨタヨタと歩いているメリィと出くわした。骨董屋を営んでいる彼女はよく貴族のもとへ出向き鑑定をしている。これが結構な見返りを貰えるそうで、羨ましいと思うことは多々ある。メリィの目利きなくして成り立たない職業でもあるから、羨むだけで自分も……とはとても思えない。


「アレン、早く帰っておいでよ。明日は満月だよ。そして夜ご飯も作って」

「夜は爺ちゃんと食ってくれ。俺は終電で帰るよ」


 ふーん、と言いながら頬を膨らませてソッポを向いた。見た目とは違い、大食漢な彼女は食事を何よりも楽しむ。前からそうだったが、数年前から拍車がかかり、成人男性の2倍は食べていると思う。聞けば、食べることで嫌なことが全部忘れられるという。俺も釣りをする際は嫌なことを忘れ、ひたすら没頭できるからメリィの気持ちはよくわかる。

 

「じゃあな。急いでいるから話はまた今度」

「うん。お仕事、頑張ってね。お土産は食べ物がいいな」

 

 相当お腹が減っているのだろう。余裕があれば買って帰ろうか。

 メリィと別れ、急ぎバルルン町の切符を買い列車に乗る。この時間帯なら、仕事を終えギリギリ終電で帰って来れるだろう。いろいろあったが収穫もある……他愛ない一日になりそうだ。


 だから。


 当然知る由もない。

 

 知りたくもない。


 今夜、“あの殺人鬼”と相見あいまみえることになるなど。


 



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