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騙し騙されの世界




「案外、早く終わったんだな」

「そうか?」

「連夜にも渡る死闘を繰り広げると思ってたんだけど」

「そんな常軌を逸した殺し合い、俺の精神が保たねーよ」

「んー、違いない」


 物語には、後日談というものが存在する。物語に限らず人生においても存在しうるもので、ようは事件が一段落ついた後に描かれる話のことだ。満月の処人であるメリィ・クローネットがセレスティア姉妹に殺された翌日、閉店した魔具店の中で、俺とライトが向かい合いながら座っていた。


「メリィが犯人だって、いつから気づいてた?」

「正直、バルルン町に行く前に偶然出くわした時から変だなとは思っていた。ただ、あくまで少し気になる程度だったから意識してはいなかったな。恥ずかしいが、“押しても引いても駄目ならば、逆さまにして覗いてみたら”の言葉でようやく合点がいったよ」

「タネ明かしをすれば、簡単すぎて笑っちゃうね。ルワン・ヒィリメを逆さまに読むだけなんだからさ」

「それでも、一つ気づくとあいつの言動が雪崩式におかしいとわかってしまうのは……」

「最初から気づいてほしいと思ってたんだろう」


 ライトが空になったコップを指で突きながら苦笑する。

 メリィの大食が顕著に出始めたのは数年前。正確にいえば、五年前のはず。満月の処人も五年前に現れたからこの二つが関連しているのは間違いないだろう。過食衝動はストレスもあるが、メリィの場合、殺人から来る精神的な解放を求めたものだ。本来、人間は殺人に対して道徳的や倫理的な問題から精神がもたない生き物とされる。一度きりの殺人ならまだしも、連続した殺人となればまずもたない。心が壊れてしまう。

 だから、人殺しに対する恐怖・苦痛を忘れるため、過食へと至ったのだろう。普通は性行為か自虐行為になるそうだが、メリィらしいといえばらしいか。


「それで?」

「何だ?」

「おいおい、冗談はよしてくれよ。アレン本人として今回の事件、どう考えているのか知りたいのさ」

「特にこれといって無いよ。不毛な殺人だった、それだけさ」

「メリィの遺体が“消えている”としてもかい?」

「…………」


 昨日の晩、メリィは死んだ。彼女の遺体をどうするべきかは既に決めていて、次の日に俺が第一発見者となり警察に連絡するというものだ。それからは色々あるだろうが、最終的にはセレスティア姉妹の連続殺人となるだろうし、結果として遺体は俺の葬儀屋で火葬できると踏んでいた。最後ぐらい、俺の仕事としても彼女をおくるべきだと思っていたから。

 しかし、現実は非情だった。

 メリィの遺体は、肉片・血も含め、綺麗さっぱり無くなっていたのだ。


「いよいよ、日常は消え去ったと言っていいぜ。アレン」

「……」

「いや、こう言うべきかな? 十年前に起こった、396人を一人残らず殺害・消失させた“満月晩餐会”の────、犯人さん?」


 首に吊るした、十字架のアクセサリが疼く。

 自然とそれを手で握った。特に意味はなく、価値もない、無造作な行動。自分でも気が狂いそうになるほど感じている後悔の念は、今も消えることは無い。


「そう辛そうな顔をしなさんな。あの事件はアレンのせいじゃない。その“古代魔具”が暴走したせいでしょ?」

「どんな理由があろうとも、俺が発動させ皆殺しにしたのは変わりない」

「殊勝なことで」

「愁傷な毎日だからな」


 やれやれと溜息を吐く魔具店の主。


「それで? どう考えてるんだ?」

「何者かが俺の正体をメリィにバラしたのは間違いない。そいつが遺体も回収したんだろうさ。おおよそ、五年前に大鎌を渡して、数日前に俺の正体を教えたってところだろう」

「満月晩餐会のことを知ってるのは、僕と『抗いをアレンに鎖付けたおっさん』だけだね」

「あのおっさんが今更俺をどうしようとは考えていないだろうが、他にアテもないしな」

「なら、僕という可能性もあるんじゃないか?」

「はぁん? お前だったら本望だよ。さっさと殺せ」

「んっんー、そうくるかぁ」


 十年前、俺がまだ子供の頃だ。満月晩餐会と銘打った毎年恒例のイベントで、俺は古代魔具を暴走させた。伝説、夢物語に登場するこの魔具は、出席者396人を皆殺しにして、呑み込んだ。俺もまた、立派な殺人鬼の一人である。

 メリィの両親はその会に出席して、殺された。

 俺やライトの両親、フローラの父親、シャーリィの母親も殺された。

 ……違うな、殺したんだ。俺が殺した。目の前で、皆、殺した。

 一人殺せば人殺しであるが、数千人殺せば英雄であると古来の言葉にあるが、自分以外を殺したら、そいつは何て言われるのだろうか。一生背負わなければならない業、苦しみ続けるべき罰。だから、殺人鬼は必ず悲惨な末路を迎えなければならない。決まっている。俺もいつかは、この罪を報わなければならない。


「メリィを生かす道もあったが、俺にそれを示す資格はない。人外に堕ちた者に、人を救える資格はない」

「どっちにしてもメリィはいつか、セレスティア姉妹に目を付けられて殺されていただろう。そこにアレンが関わっていたかどうかの話だよ」


 メリィはずっと満月晩餐会の犯人を追っていたのだろう。しかし自分に力がないからどうしようもなかった。その時、何者かがメリィに神々の八凶を渡して彼女のタガを外した。結果としてあの事件に関わっていた関係者を次々と殺害していった……。

 いつかは犯人の手がかりを掴めると信じて。

 一般人も殺していたのは、晩餐会関係者の僅かな知り合いであろうと見境なく殺していたからだと思われる。


「後悔してるだろ? 満月晩餐会が起こった時にメリィに真実を話していればって」

「……」

「あの時のアレンは自分を完全に見失っていた。仕方ないよ。精神的に病んでいた状態から元に戻すまで二年を要した。アレンもまた、被害者なんだ」

「違う。俺が加害者だ」

「はいはい。ま、メリィにアレンのことを話した謎の第三者については保留にしとくしかないね、今のところはさ。話を変えようか」


 意地悪くニヤリとして、金髪を指でクルクルと手遊びしながら席を立つ。空になったコップにお茶を入れるのだろう。満月晩餐会と今回のメリィの件の真相を、俺以外で唯一知っているのがライトだ。俺が殺した396人の中に……ライトの両親もいる。それでも、心が壊れた生活の中、支えてくれた。俺が殺人を犯した人間だとしても変わらず接してくれた。そんなライトに、感謝の念を抱かずにはいられない。

 だから満月の処人が誰か探していた時、心のどこかでライトであってほしいと思っていた。そうなっていたら俺は……、果たして抗いをしていただろうか。一生後悔の念に抱かれる人生を歩む俺にとって、ライトが殺人鬼であったなら、このくさりを断っていたのではないだろうか。


「聞いてるか? アレン」

「あ、すまん。何だ?」

「だから、どうしてセレスティア姉妹は神々の八凶に詳しくて、おまけに罪人しか殺さないのかってことさ」

「それのことか。答えは簡単だぞ」

「うん?」

「姉妹は、神々の八凶を作った匠レィア・テセスの子孫なんだ」


 お茶を噴き出し、咽るライト。俺も姉妹から聞いた時は同じような反応だった。確かに彼女ら二人が匠の子孫ならば神々の八凶が何であるか、またどう扱うべきか熟知しているのも納得できる。メリィと別れを告げた夜、帰り際に二人から色々と話が聞けた。前々から思っていた疑問もあってか、明らかさにされる真実は驚くものであった。


 匠レィア・テセスは殺人鬼であった。

 それも尋常ならざる強さゆえ、“三傑”に選ばれていた人物でもあった。三傑とはアズール、クロネア、カイゼンの三国からそれぞれ最強とされる者を一人選び出し、世界規模での緊急事態の際、彼らを招集して解決へと導くたびに作られたものである。ゆえに、三傑に選ばれるということは当時のヴォルティア大陸に住んでいた者の中で最も強いということである。


「レィア・テセスを入れ替えれば、セレスティアになるだろう? 言葉遊びにもならないが、立派な子孫なんだってさ」

「じゃあ、罪人しか殺さないのはどうして?」

「殺さないってのは間違いで、別に罪人以外でも殺せるそうだ。ただ、罪人の方が単純に強いから殺しがいがあるという理由らしい」


 実にあの姉妹らしい考えだと思う。


「俺としてはそれ以上に姉妹の特異体質として驚いたのが……“鼻”にあったよ」

「鼻?」

「あぁ。あの二人は、臭いでそいつが人殺しかどうかが……一発でわかるらしい」


 罪人かどうか、調べるまでもなく臭いで感知する。それもどれくらいの人数を殺してきたかまでもわかる優れものだ。これを先に知っていれば、二人を容疑者四人に合わせていただろう。俺が考えるまでもなく、即座に犯人がわかったのだから。

 ただ、魔儀列車の中で姉妹から犯人探しを協力しようかと尋ねられた際、断ってしまった。後手に回ってしまったものだと今更ながら考えてしまう。


「なぁるほど。ならアレンに惚れたってのはつまるところ」

「396人を一度に殺した男が、セレスティア姉妹にとっては至宝級のものだったんだ」


 俺がバラバラに殺された男を見て放った狂言「なんて綺麗なんだ」。てっきりこの言葉に彼女らは反応していたのかと思っていたが、実際は臭いで俺が大量殺人を犯した人間だとわかり、純粋無垢に興味をもった……というのが、事の顛末に相違ない。

 おおよそ、謎だとされるものは、わかってしまえば大したことはない。

 全てがこれに通じるわけではないが、中々に面妖なものである。


「じゃ、俺は行くとするよ」

「もう? まだ話したりないんだけどなー」

「帰って、メリィの骨董店を何とかしないといけないしな」

「……罪滅ぼしかい?」

「違うな。より一層の後悔を抱くための、戒めだよ」


 俺はいつか殺される。いや、殺されて当然の畜生だ。

 だからその日が来るまで、可能な限り“後悔”を蓄積しておく必要がある。死ぬ時に相応しい苦悩を、味わい続けるために。本当なら死にたい。しかし生かされてしまった。十年前、自分でも止められなかった396人の殺害を前に、泣き崩れ自殺しようとした俺を、あのおっさんは助けてこう言った。


『今後、自由に生きていい。殺されるのもいいだろう。ただし絶対にそれに対して抗うこと。これがお前に死ぬまでに課せられた一生の呪いだ。いいか? これはお前を生かすためじゃない。呪いなのだ。呪いを解いて初めてお前はじゆうを得られる。だからアレン。その時が来るまで……。お前は生きろ』


 十字架のアクセサリが疼く。

 十字架の形をした“古代魔具”が騒いでいる。

 神々の八凶と言われる「天の一」より上の魔具は存在しない。ただし、夢物語・幻想の類ならば話は別であろう。二つしか存在しない古の産物がある。俺は、その一つを持っている。……あのイカれた姉妹に目をつけられたのだ。俺の命も、そう長くは無いだろう。


「最後にいいか? アレン」

「何だ」

「僕は今回の件、絶対に裏に何者かがいると思っている。そしてそいつは、必ずアレンを苦しませるため動くだろう。その時……キミはどうするんだ?」

「無論、これまでも今もこれからも、抗うだけだ」 

「そっか」


 どんなことがあろうとも、俺の人生は悲惨だろう。

 だからこそ、執着しなくてはならない。

 醜く惨めに、人外の如く。


「あぁ、そうだ。ライト。俺も最後に言っておきたい言葉があるよ」

「へぇ、嬉しいじゃないか。何だい?」


 結局のところ、世の中ってやつは不条理だ。

 不合理でもあり不平等、何とも狂おしい世界を生きているんだと思わされる。

 だから今を後悔ありきで生きていこう。

 生きて生きて、抗って、最後は無残な死を迎える。

 それが俺の生きる道。

 何故なら、世の中ってやつはどうにもこうにも──



「少しは可愛らしい言動や格好しろ」



 悲しいぐらいに。




「ライトは、女の子なんだからさ」




 騙し騙されの世界なのだ。





  

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