葬儀屋
『一人殺せば人殺しであるが、数千人殺せば英雄である』と古来の言葉にある。
なら、自分以外を一人残らず殺したら、そいつは何と言われるのだろうか。
ゆらゆら揺れる。
燻り焚けて波のように。
ただただ静かに燃えている。
燃えるのは、この世から去った一人の人間。齢七十四にして天寿を全うした男性。彼の家族と、生前より親しくしていた知人たちが周りを囲む。ある者は泣き、ある者は目を瞑り、またある者は黙って見続ける。眼前にある遺体から生える炎は、赤く橙色で、どこか寂しい。
葬儀。死者を弔うため行う儀式。今日も俺は、この世と死別した者を弔った。
○ ○ ○
「それではこれで」
「はい。ありがとうございました」
仕事を終え、締めとして遺族に最後の挨拶をする。目を腫らし、泥沼に呑み込まれた様な暗い雰囲気の相手。もはや見慣れてしまった薄ら寒い空気を漂わせて、精一杯のお辞儀をされた。形だけのやり取りを終え、帰路に着くため外に出る。
空を見上げれば、先ほどの彼らと張り合えるぐらいの暗い雲が広がっていた。星はまったく見えず、どこまでも黒の世界が覆っていて。
葬儀屋。
俺の家は、代々死者を弔う仕事をしている。ここ、カイゼン王国が統治しているヴォルティア大陸の南東にある王都で、ひっそりと四代に渡って続いている老舗だ。
幼少の頃より数日おきに見てきた死体。見慣れてしまった死体。見飽きてしまった死体。
死体に派生して泣き崩れる家族も、後処理も、等しく飽きてしまうほど見てきた。
……だからなのか。
もう俺は、死体を見ても「何も」感じなくなってしまった。当たり前になってしまった。
「おかえり、アレン」
「なんだまた来てたのか」
「お腹減っちゃって」
「たまには自分で作れよ。爺ちゃんは?」
「ちょっと前に仕事の連絡があって、葬儀の費用とか、もろもろの打ち合わせに行っちゃったよ」
「仕事人間め」
家に帰ると、一人の女の子が食卓に座り夕食をとっていた。
メリィ・クローネット。癖毛が目立つ栗色の髪に、とろんとした瞳が特徴。童顔であり十七にしては随分と幼く見える。
ヒンワル骨董店を一人で営んでいるものの、料理が全くできないためよく我が家にあがりこんではタダ飯を求めてくる。おっとりした性格ながら、仕事の方は完璧にこなしており顧客からの信頼も厚い。よく贋作・偽物が持ち込まれたりするものの、親譲りの眼力もあり一目で見抜くという。また、かなりの大食いである。その小さな身体のどこに入るのだろうか。
ヒンワルは古語で信頼を意味する。五年ぐらい前だろうか、訪れる全てのお客様に信頼されたいというメリィの希望で店の名前がクローネット骨董店からヒンワル骨董店へと変わった。
「最近、物騒になってきたね」
「カイゼン王国なら当然だよ。武力が全てみたいな国だからな」
「でも今の王国は結構もってるよ。ニ百年ぐらいかな。数年後にはプアロ王子が王様になるっていうし」
カイゼン王国は、武力の国とも称される。
世界地図を広げると、巨大な大陸が三つ確認できる。その大陸を現在は「アズール」・「クロネア」・「カイゼン」という王国がそれぞれ統治している。また、世界共通の人間に存在する“魔力”を使い、各大陸を治めてきた王国は独自の文化・文明を発展させてきた。一つの王国は「魔法」を、一つの王国は「魔術」を、そしてこの王国は……「魔具」を。
今はカイゼン王国が統治しているが、ここヴォルティア大陸を統治している国の名は変わりやすい。理由は国民性か、それとも魔具を基盤として栄えてきたからなのか、血の気のある奴が多いためだ。
“人の上に立つには力。力無き者に、我らを掌握せし権利なし”
カイゼンが前王国を打破し、建国した際に掲げた言葉。この国らしい、実に単純明快な言葉だろう。もちろん、それに派生して問題も山積している。
「治安の悪さは三大王国随一だろ。アズールやクロネアと比べると雲泥の差だ」
「平和ボケするよりずっといいと思うけど」
「はぁん。そういや爺ちゃんはいつ家を出た?」
「一時間半ぐらい前かな」
「場所は?」
「ライトがやってる魔具店が近くにあるって言ってたよ」
「なら一時間もかからないはずだろ。ちょっと行って来る」
「大丈夫? 危ないんじゃ」
「爺ちゃんを一人にしておく方が危ない」
最近、爺ちゃんも歳だから帰り道を忘れることが多くなった。それは人間だから仕方ないし、本人も自覚があるから問題ないのだが、長年葬儀屋を営んできた誇りが許せないようで。どうしても仕事のことになると動いてしまう今年八十一のご老人。
『最近、物騒になってきたね』
メリィが言っていたのは、数ヶ月前から起こっている“連続殺人事件”のことだ。
バラバラに切断されていることと、夜に犯行が行われていることから最近では夜間外出を避けるようカイゼン政府から勧告が出ている。
他にも、「満月の夜限定で夜間外出禁止令」があるが、それについては割愛しておく。満月まであとニ日あるため、禁止令に触れることはない。今重要なのは、ボケ進行真っ只中の祖父を安全に帰らせるため迎えに行くことだ。
「何かあれば大声を出せばいい。大通りを歩けば危険も少ないはずだ」
一時間以上前なら、仕事の相談も終わり帰ってきている最中のはず。帰り道がわからないにしても、近辺をちょこちょこと歩いている程度だろう。見つけるのは容易い。首元に吊るしている十字架のアクセサリーを握りながら家を出た。
外は随分と暗かった。
曇り一面の空だった。
真っ暗、暗闇だった。
大通りのはずなのに人の姿が見当たらない。いや、チラホラは見えるものの、まだ深夜とはいえない時間帯のはずなのにこの少なさは異常だ。連続殺人事件のことで町中が神経質になっているのが伺える。まずいな、下手すると爺ちゃんが補導されかねん。俺もだが。
「確かこの辺りのはず」
ライトが経営している魔具店の近くに行き、辺りを見渡す。
普段は町最大の大きな噴水が目印の、人の行き来が激しい場所だ。ただ、今は打って変わって静かに水流の音が聞こえるだけであった。
噴水を囲むように道と店が展開し、街灯の明かりが道標となっている。チカチカと点滅する光は、まるで魂が事切れかけているような、一抹の不安を感じさせて。……大丈夫だろうか。もう歳だとしても、あの爺さんは唯一の家族だ。
「ん?」
その時だった。
「……え」
不安と焦りが混じり合った心情と、暗闇と街灯が色を添える景色の中、一人でポツンと立っていた時。
生温い風を感じた。
感じたどころではなかった。
包まれた。
じっとりと。
にちゃりと。
振り返る。
見た先は、細い道がひっそりとあり、長年この町に住んでいるのに初めて気付いた道だった。何故今まで気付かなかったのか不思議で仕方がない、そう思えるほど不気味な細道。けれど、あるのは事実で、確かにあって。
「どうして」
不意に口から出てくる言。
「嘘だろ」
何故かわかってしまった事実。
ナニガ?
何が?
……思えば、この時、何も確認せずに帰ればよかった。事実、爺ちゃんは家に帰っていた。無事だった。生きていた。なのに、俺はわかってしまっていた。経験していたから。身に覚えがあったから。この先に、何があるのかを。
そうして、世にも奇妙な、あの出会いを迎えてしまったのだ。