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17話・思い出の花

 ナネットはソラルダットの乳母で、ソラルダットの母が幼少の折に亡くなったこともあり、母親代わりとして傍にいたらしく、ソラルダットの話題となると嬉々として話だし、色々とアデルに教えてくれるのだが、生真面目なトリアムから見れば、母の口が軽く思えるようだ。

「王女殿下。一息つかれては如何ですか? 休憩にお茶をお持ちしました」

 トリアムは母のナネットをかるく睨むと、テーブルの上に運んできたお茶や、軽くつまめるようなラスクや、スコーンを三人分置いた。スコーンにはジャムが用意されていた。

「あら。もうお昼時だったのね。嬉しい。スコーン付きなんて」

「どうぞ。お召し上がりください」

 普通なら主と使用人が同じテーブルでお茶することはないが、いつも一人きりお茶を頂いていたアデルがそれでは寂しいと訴えて、刺繍をナネットに教わってる間のティータイムくらいは一緒に。と、懇願したのだ。この城ではアデルの要望には出来るだけ応えるようにと王から厳命されているようで、よっぽど無茶なことを言わない限りは何でもアデルの願いが優先されていた。

 基本的にマクルナ王国での食事は朝と夜の一日二回で、リスバーナと似ているが、リスバーナでは身分ある者は、寒いお国柄ともあって遅寝遅起きが定着していて、昼時に朝食をとるものが、この国では朝早く目覚めて食事につき、夕食まで時間がかなりあくので、昼時には軽くつまめる軽食が出されることがあった。

「御苦労さま。トリアム。いつもありがとう」

「いえ。では私はこれで」

 アデルがお礼を言うと、いつも礼儀正しいトリアムははにかんだ笑みを見せて退出した。

「この国の男性はお茶を入れるのがとてもお上手なのね」

「あの子とハロルドどのは、実は私が指導したのですよ」

 トリアムに入れてもらった紅茶を飲みながら、アデルが褒めるとナネットも満更ではない様子をみせる。

「ナネットの指導がいいのね。ハロルドも手際が良かったもの。彼の入れてくれたお茶も美味しかったわ」

 アデルは駐屯地でハロルドに、お茶を入れてもらったことをナネットに話した。

「あの御方は素質が良かったので、すぐに覚えられて。翌日から陛下に腕前を御披露されてましたわ。その影響なのか陛下も御自身で入れられるようになりたいとかで、学ばれてましたよ。今では陛下が私の教え子の中では一番、お上手なのです」

「まあ。ナネットは教え上手なのね。わたくしも教わろうかしら?」

「王女殿下には必要ないと思いますよ。上手に入れられる陛下がいらっしゃるのですから」

 ナネットはアデルには教える必要はないと言う。

「でも… 陛下はわたくしにもお茶をいれてくださるかしら?」

「入れて下さいますよ。今はお忙しいのでしょうからお逢いにはなれませんけど。そのうちきっと」

 ソラルダットがお茶を入れることが出来ると聞いて、ぜひともご馳走になりたいと考えたアデルだったが、いつ会えるとも知れない相手に期待するのは無理がありそうだとも思う。

「大丈夫ですよ。王女殿下なら。必ず」

 何を根拠として言ってるのか分からないが、ナネットは力強く肯いた。

「では今日の刺繍教室はこのぐらいにしておきましょうか。私もお茶を頂いたら本来の仕事に戻りますわ。リリー、あとで片付けを手伝ってね」

「はい」

 アデルは自分が挿していた刺繍と、リリーやナネットの刺繍を見比べてため息をつく。

「いつになったらミミズがぬったくったような作品から介抱されるのやら。リリーのように上手くなるのはまだまだ先の様な気がするわ。わたくしには向いてないのね」

(リリーにも遠く及ばないんですもの。ナネットの熟練の域に達するまでどれだけかかることか…)

 がっかりしたアデルを、ナネットが慰めて来る。

「姫さまはまだ始めたばかりですもの。誰も皆、始めた時から上手というわけではありませんよ」

「そうかしら? ナネット。才能の問題のような気がするわ。わたくし苦手だもの」

「焦らなくても大丈夫ですわ。これは回数こなしてゆくうちにコツのようなものが分かってくるのです。私は殿下が刺したチューリップの花が好きですよ」

「…ありがとう。ここのお庭に沢山チューリップが咲いてるのを見て、子供の頃にお友達からチューリップの花の球根をもらったことを思い出したの。わたくしの国は極寒の地だから上手く咲かせることが出来るか分からなかったけど、花壇に植えていつもお部屋の窓から見ていたら、雪解けの時期に赤い花を咲かせてくれてとても綺麗だったから」

「殿下にとっては思い出の花なのですね」

「ええ。とても大切な花よ。国許に残して来てしまったけど…」


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