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16話・客人待遇

 アデルのマルメロ城での暮らしは快適にスタートした。リスバーナを出国した時は、トゥーラの代わりに嫁ぎ、マクルナ国王には敗戦国の勝利品のように扱われることを覚悟したというのに、この城の使用人たちの誰もが、他国からやってきた王女を気遣い、大事にしてくれた。

 リリーもこの離宮に来て女官に昇格したこともあり、マクルナ国のしきたりや習慣などに慣れようと、分からないところは積極的に女官長のナネットや、侍従長のトリアムから学んでるようで、最近、よくトリアムと一緒にいるのを見かける。それを見るとアデルも、リリーには負けてられない。早くこの国に慣れようと思うのだった。

 そんなある日のこと。部屋でナネットから刺繍を教えてもらっていたアデルは、あることに気がついて手を止めた。

「姫さま?」

「王女殿下? 何か考えごとでも?」

(それよ。それだわ。だから罪悪感も感じずにいたのよ)

 アデルが刺繍を挿す手をとめると、一緒に行っていたリリーと、指導していたナネットも手を止めた。

 ここのところなんだかもやもやしていた原因に思い当って、アデルはナネットに訊ねた。

「ねぇ。ナネット。どうしてあなた方はわたくしを王女殿下と呼んで、名前では呼んで下さらないの?」

「それは… 我々は王族の方々の名前を、じかに呼んではいけない決まりになっているのです。失礼にあたりますから」

 当然、なにを言いだされるのか?と、言う顔をしたナネットは、リリーと顔を見合わせた。やっぱりとアデルは確信した。

「だからなのね。陛下のこともあなた方は呼称で呼んでいるのは」

 自分の言葉に何か失礼があったでしょうか? と、恐縮するナネットに、アデルはそうじゃなくて。と、言い訳した。

「わたくしの住んでいたリスバーナ北国では、親しくなるとお互いに名前で呼び合うものだったから、少し堅苦しく思って…」

「堅苦しいですか? ではどのようにお呼びいたしましょうか?」

 ナネットが困惑する。アデルは彼女を困らせる気はなかった。

「今まで通りで構わないわ。ただ… その。不思議に思ったものだから」

 ナネットがほっとしたような顔をしたのを見て、アデルは苦笑した。

 この城に来てから誰もが自分を王女殿下か、リリーのように姫さまと呼びかけてくれるので、トゥーラの偽者である自分を気にかける暇がなかったのだ。

 離宮で暮らし始めて一カ月。いまだ自分の前に姿を現わさないソラルダット王は、何を考えて自分をこの離宮に住まわせてるのか分からない。

 この城に来てから国王との婚姻の話はあの日以来なく、頓挫(とんざ)したように思われた。この城の使用人たちが、アデルを王女殿下や姫さまと呼んでくるのはそのせいもあるのかもしれない。マクルナ国王と婚姻すれば王妃さまと呼称が変わるのかもしれないが。

 トゥーラの偽者としてこの国にやってきたアデルとしては、周囲を騙したまま王妃になるよりは、このまま客人として離宮に留め置かれていたほうが、どんなにいいだろうと思ってしまう。

 マクルナ国に敗戦し、身の危険を感じて逃げ出したトゥーラたちには悪いが、この穏やかな生活がいつまでも続くといいのにとさえ願ってしまうのだ。

「陛下はいつお越しになるのかしらね?」

 アデルの呟きにナネットが反応する。

「申し訳ありません。陛下はたぶん政務の処理でお忙しいのだと思われます。リスバーナ北国との国境沿いの駐屯地に一年ほどいらしてたので」

「ではわたくしをお連れになったのはそこからお戻りの時?」

「ええ。一年ぶりのご帰国でして、皆が陛下の帰りをそれはそれは心待ちにしていたのです。ですから王女殿下をお連れになった時、みなが歓喜したのですよ。殿下とのことは、芝居になったくらいに我が国では有名な話ですから」

「女官長っ」

「わたくしのこと?」

 茶器やお菓子を乗せたワゴンを引いて来たトリウムがナネットを注意する。ナネットは(いぶか)るアデルを見て謝罪した。

「ああ。申し訳ございません。私ったら調子にのって余計なことを…」


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