#47
「貴様……」
そう静かに放たれた言葉に、俺ではなく眼鏡の男子の背中がビクリと震えた。
「おま……貴女がガウリール王女殿下で?」
「貴様は、ここが私の席だと知っててそこに居るのか?」
俺の言葉が聞こえてないかのように、ガウリール王女は言葉を続けた。
「いや、知らなかった。今知った。悪い」
「退け」
冷たく言い放たれ、俺は席を立った。直後、ガウリール王女はとんでもない事をしやがった。
「『クリーン』」
本来汚れた場所や体にかけて清潔にする魔法を、椅子にかけたのだ。言っておくが俺は汚れてなどない。衣服には毎日クリーンをかけ、体も清潔にしているつもりだ。今着ているこの制服なんて新品だ。
王女は席に座り、後ろのメイドからカバンを受け取り、教科書を机の下のスペースに仕舞っていく。ふぅ、とんでもない女だ。
「おい、貴様……」
また同じように声がかかった。声の主はもちろんガウリール王女だ。俺は四つ隣の席から「なんですか?」と返事を返した。
「退けと言った筈だが?」
「退きましたよ。だからここに座っているんじゃないですか」
「……」
王女様の鋭い目つきが一層鋭くなった。
しょうがないだろ。この段より下はもう埋まってて座れないんだよ。プライド高いじゃなく我儘の間違いだろ。
席を移ろうにも座るスペースがもう無いのだ。どうしようか考えていると、今迄黙っていたメイドの少女が王女にそっと声をかけた。
「いい度胸だ……。貴様に決闘を「ガウリール様」……なんだ」
視線は変わらず此方を向いたまま、声だけで返す。その声はいかにも不機嫌なオーラに包まれている。しかしメイドの少女は続けた。
「ガウリール様。彼が今日編入してくると聞いていた生徒かと思われます。初日故、無知なのも仕方がないかと。今日のところは穏便に」
「知ったことか。おい貴様、名」
「陛下からもこれ以上の騒動は控えるようにとお達しが届いたのは昨日のこと。ここは堪えてくださいませ」
「のれ……チッ。今日『だけ』は見逃してやろう。以後気をつけろ。次は無いぞ」
「はいよ」
流石に父でもある国王には逆らえないのか、以降、大人しく引き下がった。そして傍らに立つメイドの少女は、俺と視線が会うと、静かに頭を下げた。王女は色々と性格に難があるようだが、メイドの方はとても良い娘だと、俺は記憶した。
その後何も知らないガーフェが普通にやって来て、後ろで不機嫌オーラを放つ王女に一切触れず、授業を始めた。俺は開始五分と経たず睡魔に負け机に覆いかぶさった。
*
「ん……」
周りの騒がしさで目が覚め顔を上げると、朝のように、クラスメイト達は席を離れ、それぞれ自由にしていた。外に出たのもいるのか、人数も少ないように見える。王女様はどこかへ行ったようだ。
「あっ。起きたんだ。ラザス君、ずっと寝てるから先生に注意されないかドキドキしたよ」
「ん? お前は……名前聞いてもいいか?」
「あっ! ごめん。僕の名前はニノ。よろしく」
ニノと名乗った生徒は、朝俺に声を掛けてきた男子生徒だった。小柄でグレーの髪は目元まで覆われ、その表情は見ることができない。
「朝は大変だったね。あの席、というよりもこの段はガウリールさん専用だから、皆は座らないんだ」
「おかしいな。この学園は貴族平民関係なく平等と聞いていたが」
そこでニノは顔を俯かせ、声を暗くした。
「うん。そうだよ。でも、例えクラスメイトでも貴族は貴族だから。僕みたいな平民の子は、やっぱり気にするよ。だから基本皆平民は平民の子で、貴族は貴族の子でグループになるんだ。もちろん、皆って訳じゃなくて、そんなの関係なく交流している人もいるけどね」
良い人もいるよ。とニノは話を終わらせた。
「それより昼食の時間だけど、ラザス君は食堂には行かないの? 弁当は持ってきてないみたいだけど。
「あぁ。それで人が減ってたのか」
「うん。丁度今から行こうと思ってたんだけど、も、もし良ければ一緒にどうかな?」
「全然いいぞ。寧ろ話し相手いなくて困ってたんだ。ただ、まだ施設の場所とか分かんないから、ニノが案内してくれ」
「ほんとに!? 全然いいよ! さっ、行こう案内するよ!」
俺はニノに連れられ、教室を出て、食堂へと向かうことになった。
ただ、その際、クラスメイト達からの変な視線を感じたが、俺は特に気にせずに、ニノの後に続いた。
食堂はとても広く、同じ第一校舎に通っている生徒達で溢れかえっていた。食堂の席はほぼ満席のようで、まだ空いている席はあるが、それ以上に生徒の数が多い。一体どこで食べるのだろう。
「まずあそこのどれかに並んで注文して、あっちで料理を受け取る。同じ番号のとこに並んでね一応アソコは自分で好きなのを取って良いんだけど……」
「見事に空だな」
「うん……人気、というか並ばなくて良いからね。どこの校舎もあんな感じだよ」
俺はニノと同じ一番の列に並び、料理を注文し、料理を受け取った。さて、問題は席だが……。
「あっちに行こう。こっちは人がいっぱいだから」
「ん? あっち?」
「一応、食堂は二つあるんだよ。ここに比べると人は少ないけど、それでもかなり多いよ」
食堂にあった吹き抜けを潜ると、さらに同規模の施設があった。こちらは席だけのようで、俺とニノは空いていた席に腰を下ろした。と、そこで。
「ラザス様?」
「あれ、エレーナ?」
丁度昼食を食べに来たのだろう。クラスメイトであろう二人の少女とエレーナが、料理の載せられたトレーを持ち、こちらに近付いてきた。