#46
「彼はこの学園の教師の1人で、ガーフェ君だ」
「初めまして。三年生のAクラスを受け持っています。以後よろしく」
「ラザスだ。よろしく」
短く揃えられた青色の髪に切れ長の目に、仏頂面。冷たい印象を抱いた。感情の乏しい淡々とした声色である。
「さて、ラザス君。まずは昨日の件だがどうなったかね?」
「構わないそうだ。喜んでいたよ」
「カッカッカッ。ならば良し。ではクエストの話を進めようかの。ガーフェ君」
「はい」
対面の席に座る彼はこちらに瞳を向けた。
「ラザス君。入学後、君には私が担当しているクラスに入ってもらいます。現在私のクラスには護衛対象でもあるガルガンツの第二王女、ガウリールさんが在籍しています。そして、神聖国の第二王女、エリザベス王女――彼女もAクラスへの編入が決まっています」
「王族二人がいるクラスか。凄いな」
「一応Aクラスの教室は他にあるんですけどね。本来同じ教室に通わせるべきではないですが、今回の騒動が収まるまでの緊急措置です」
「一つ聞きたいんだが、俺はどうすれば良いんだ? 後ろに突っ立てれば良いのか? 王女本人方は今回の依頼ゴネてるんだろ」
「その事なんですが、実は――」
*
「わー! 学園の制服ですよ! 見てくださいラザス様!」
「うーん、120点!」
「ほ、本当に通うんだ……緊張で頭馬鹿になりそうです……あっ」
ナーシャは自分で察したようだ。
「皆とは違いますが、私にまで『制服』があるのですね……しかしこのような格好、少し恥ずかしいです」
俺を含むエレーナ、ナーシャの三人が制服に身を包む中、サラノだけはメイド服を着ていた。昨日渡された教材や生徒用の制服とは別に、従者用の制服――メイド服が入っていたのだ。逆の性別であれば、執事服に変わるらしい。普段落ち着いた服装で、スカートなど履かないサラノは、いくらロングとはいえ、照れているようだが、素晴らしく似合っている。ブリムから流れる黒髪がとても映える。
「決めた通り、サラノはナーシャに付いていてくれ。エレーナは一人だが、本当に大丈夫か?」
「はい! 流石にアレを見てしまうと……」
「友達できるかな……仲間外れ、いじめ……ああぁ……」
もう目も当てられない程不安オーラが出まくっている。昨日からずっとあの調子で、自分で落ち込むたびに、
「でもミウを見つけるため……人に頼ってばかりじゃダメなの……私頑張ります!」
と勝手に立ち直る。ある意味楽だ。何より見ていて面白い。
「私はラザス様と同じ第一校舎の二年生で、Cクラス、ですよね?」
「ああ。そこの三番の教室だな。ナーシャとサラノが中等部第五校舎の三年のDクラスだ。教室の番号は二だ。確か」
「ラザスさん……? 本当に合ってますよね? 初日に教室間違えるなんて嫌ですよ……?」
「大丈夫だナーシャ。何かあったら学園長の名前でも出しとけ。それにサラノもいるし大丈夫だって」
「学園長の名前って……! ビヤニフ・ヴルジーといえば世界三大魔導士の一人じゃないですか!? そんなの絶対『アタシも知り合いよ? 入学式の時に見たもの』なんて言われて馬鹿にされるに決まってますー!」
落ち着け。学園は別に女だけじゃなく男もいるからな?
「というか、あの爺さんそんなに凄いのか。どうりで」
「冒険者ではないですけど、もし冒険者であればSSランク、もしくはそれ以上なんて言われてる大戦の英雄ですよ……寧ろ何で知らないんですか?」
「サラノ、知ってたか?」
「はい。聞きかじった程度ですが」
「……エレーナは?」
「ここに来る前に勉強して来たので、すいません……」
いや、別に知ってることを責めたりはしないから。ちょっと聞いただけであって。しかし、なるほど。そう言われれば納得の実力者だ。
「まあ、もし本当に何かあればすぐに言えよ」
「……はい! ありがとうございます!」
「うむ。そろそろ時間になる。行こうか」
話が纏まってから二日後、魔導学園の生徒としての初日が始まった。
「では二人はシン先生、お願いします。私はラザス君とエレーナさんを」
「了解です。では二人はこっちへ」
入り口で待ち合わせたガーフェと、二年生Dクラスの担当であるカレンとは別の教師と合流してすぐ、シンという教師とナーシャとサラノは中等部の校舎がある方へ行くため別れた。頑張れナーシャ。
「エレーナさんはカレン先生が待っているはずです。行きましょう」
校舎への道中、まだ早朝にも関わらず、ちらほらと生徒が登校している。その傍らには、昨日とは違い、サラノと同じメイド服を着た女性や、執事服を着た男性を連れていて、その年齢の幅は広い。校舎に近づくにつれ、登校する生徒の数は徐々に増えていく。
第一校舎に着いた頃には、周りは同じ制服を着た少年少女で溢れていた。そこでカレンと落ち合った。
「カレンさん! おはようございますっ!」
「おはようエレーナ。一応今日からお前の教師だ。先生と呼べ」
「よろしくお願いします。カレン先生!」
「……うむ」
「おい俺の時と「黙れ」はい」
そうこうしている間に、周囲が騒がしいことに気づいた。いや、元々人の多さから騒がしかったのだが、種類の違うというか……。意識を周囲に向けると、こんな声が囁かれていた。
「おい、カレン先生とガーフェ先生だ」
「何であの二人が一緒にいるんだ……?」
「おい見ろあの娘、すげえ可愛い。あんな娘いたか?」
「ん? あっちの男は誰だ?」
「さあ?」
どうやら俺たちのことみたいだ。
「ラザス君、行きましょう。変に注目されても面倒です」
「分かった。じゃあエレーナ」
「はい。ラザス様、ファイトですよっ」
「おう」
エレーナとも別れ、俺はガーフェと共にこれから暫くの間通うことになるAクラスの教室にやってきた。
「まだ全員集まっていないですが、今日から学園に通う事になったラザス君です。ラザス君」
「よろしく頼む」
「挨拶も無事終わりましたね。では授業の準備があるので私はこれで失礼します。席は好きな場所に座ってください。自由なので」
「「「え?」」」
俺とクラスメイトの声が同時に重なった。え? 放置!?
ガーフェは本当に教室を出て行ってしまった。
「あー……よ、よろしく」
「よ、よろしく」
改めて挨拶をすると、返事はしてくれたものの、戸惑っているようだった。取り敢えず俺は階段上に並んだ席の一番上の段に行き腰を下ろした。
「どうなるのやら……」
今教室にいる生徒の数は20人程で、数人のグループで談笑したり、席で予習したりして授業まで時間を潰しているようだ。こちらを気にする視線は感じるが、声を掛けてくる者はいない。それから登校してくる生徒も増え、あっという間に教室は登校してきた生徒で埋まった。新しいクラスメイトが登校してくるたび、こちらをチラチラ見ていたが、やはり声はかけられなかった。
恐らく全ての生徒が登校しきった教室には、不思議なスペースが出来ていた。俺の周り、というか俺の座る席の段に座る者が俺以外に1人も居ないのだ。そのせいで俺だけが完全に浮いている。どういうことだコレは……。と考えていると、前から「あ、あの……」と声が掛かった。視線を向けると、オドオドした眼鏡の男子だった。
「直ぐに別の席に移った方が良いよ。い、一番最上段はマズい」
見ると、近くの何名かの奴等も、こっちに視線を向けて頷いている。
「もしかしてダメなのか? ここ。自由席っつたから」
「いや、確かにそうなんだけど「ん?」……!?」
「おい、どうした?」
「き、来た……!」
突然、目の前の眼鏡の男子が前に向き直り、入り口を見ていた。俺もその視線の後を追うと、二人の少女がいた。一人は遠目に見て分かるほど美しい物静かながらも鋭い目元で白銀の髪の少女で、もう一人はその後ろに控えるように立つ従者用とは別のメイド服を着た、ライトグリーンが綺麗な髪の少女だ。そして、先頭に立つ少女は、一番上の段の、俺が座る席までやってきて、こう言った。
「貴様……」
その雰囲気は静かながら恐ろしく、凄まじい怒気を孕んでいた。
俺は確信した。絶対この少女が、第二王女、ガウリール王女だ。