#45
「君がSSランク冒険者のラザス君か、若いな。だが今のを捉えられるか。流石はトップ冒険者だけのことはある」
「が、学園長!?」
学園長室に、サラノの困惑した声が響いた。俺はそちらを見やることなく、眼前に突き出された拳を片手で受け止めたまま、拳の持ち主に抗議した。
「不意打ちって、あ、危ねえな爺さん」
「その若さで一体どうやってこれ程の力を手にしたのか気になるところだが、まあいい。座りたまえ」
学園中央に堂々聳える第一校舎。高等部が通う校舎で、学園長室はその最上階、職員が詰める階にあった。部屋に入るや否や、執務机から一瞬にして扉の前まで現れ、顔面目掛けて拳を飛ばしてきた張本人は、こちらにすっかり皺れた顔を向けた。
「儂がシャグリア魔導学園学長をしておる、ゼヤ二フ・ヴルジーだ。よろしく頼むよ、ラザス君」
腰は曲がり杖を支えに立つ老人は、何事もなかったかのようにあっけらかんと言い、真っ白な長髭に覆われた口元が笑みを浮かべた。
「ああ。こちらこそ。それで、早速だが一体どんなご用件でお呼びになったんで?」
「カレン先生」
「はい。それは私が説明しよう。先日、アッシュバルドとガルガンツの両国から直々の依頼が来たな?」
俺は頷き、カレンは事の顛末を語りだした。
「二週間程前、学園はアッシュバルドから第二王女の編入の主を受け取ったのだ。当然了承し、アッシュバルドからも到着する詳細な日時が届けられた。そこまでは良かったのだがな、その後日学園に手紙が届いた。それがコレだ」
カレンが一枚の手紙を胸元から差し出したのを受け取り中身を開く。あっ、人肌で温かい。
まぁそれは読みながら楽しむとして、何々……。
「『王女を含む上級貴族は、闇を見るだろう。晩餐の時を待たれよ』。これは……予告状? 阿保なのかコイツは。こんなもん黙ってやった方が良いだろうに」
「お前……」
カレンがそういう事じゃないだろうとでも言いたげに俺を見てくる。
「儂もそう思う」
「学園長殿……?」
「ゴホン……早い話、貴殿には晩餐の時……神聖国の王女殿下のパーティーで双方の護衛を任せたいのだ。今回は儂の意見で、君に依頼を送るよう駐留している両国の大使に伝えのだが、同じ場にいながらまさか別々に送っていたとは」
まあ、その辺は色々あるのだろう。で、やっと話が見えた。しかし疑問が湧いた。この手紙には王女以外にも上級貴族も含まれていると見て取れる。全員が全員来るならいいが、その辺はどうするんだ? 当の俺はパーティーとやらで動けない。分身は……使うか? いやしかし……。
「パーティーに出席しない生徒なら気にしなくていい。どうせ被害がこに書いてあるだけで収まるとは思えん。儂が受け持とう」
「なら助かる」
色々と。
「私も当日警備に当たる。他にも腕の立つ者はいるが、気を抜くなよ? お前の実力は認めるが、話してるとどうもな」
「分かってるよ。流石にちゃんとやるさ」
「カッカッカッ。頼もしい限りで結構。してラザス殿。小耳に挟んだのだが、君はこの学園に興味があるとかなんとか」
学園長の目が不敵に歪んだ気がした。
「少しな。連れと一緒に今度ある試験を一応受けるつもりだ」
「ほぅほぅ。そんな君に私から是非提案があるんだがどうかね?」
「ほぅ。それはまたどんなお話で?」
学園長がズイっとその深い皺が刻まれた顔を近づけ小声で囁いた。
「どうかね。儂の学園長権限で入学させてやるというのは」
「良いのか!?」
「ダメに決まってるだろう馬鹿者!! 学園長も何を言いだしてるんですか!? いくら護衛役とは言え、然るべき手順で――!!」
「と言いだすと思ったのでカレン先生にはちと席を外してもろうた」
今迄黙って話を聞いていたカレンが勢いよく立ち上がったかと思えば、話の途中で突然消えてしまった。犯人は学園長で、恐らく転移魔法を使ったのだろう。詠唱抜きで、かなり高位のものを。
「まあ早い話、実技はまだしも、ラザス殿は筆記で落とされるであろう?」
それはあなた方が判断する事じゃないですかね? 自覚はありますけどもね?
「だろうな」
「まあそれは関係ないのだが。王女殿下はちと気の難しい方でな? 今回の護衛の話もどうも乗り気じゃないらしいのだよ」
「おい……ってそれはまた……」
めんどくせえ――と言いかけ口を閉ざした。相手は王女だ。一応の分別はつけておこう。
しかし本人がゴネているとは、何が嫌なのだろう。護衛くらい日頃から付いてるだろ。
「そうなのだ。実に面倒だ。一言で言い表せば、プライドが高い。それが一人ではなく二人ときた。早い内から君の存在を慣らした方が良いだろう。それでじゃが、善は急げという事じゃし、君さえ都合が良ければだが、三日後から学園に通いたまえ」
俺は動物か! でも、試験パスで通えるならありがたい。その話是非乗らせてもらおう。
「分かった。仲間にも話とくよ。制服なんかはそっちで頼む。それと、カレンの方にも」
「それと、小さい子は中等部になるが構わないかね? 聞いといておくれ」
「了解だ」
「では明日また昼に出も来てくれ。下の者には話は通しておく――必要はないかの。いきなり出てこられると心臓に悪いのでノックしてくれ」
俺は頷き、学園長との話を終えて、外へと向かった。カレンへの対応は学園長に任せた。学園長本人にするわけにはいかないから、多分俺に八つ当たりが来そうな気がする。俺は常に二手三手先を読み行動を起こすのだ。
「やあ、ラザス君。お帰りかな? 丁度私も出るところだ。一緒にどうだ?」
「……いや、今日は一人で帰りたい気分なんですよカレン先生」
「馬鹿にするな!! 切り刻んでやる!!」
「理不尽!!」
鬼の形相で剣を引き抜き肉薄したカレンから、俺は転移で逃げた。もちろん跳んだ先は宿で、三人の部屋だ。しかし、タイミングが悪かったらしい。エレーナとサラノは驚いたものの、「「お帰りなさい(ませ)」」と落ち着いていたが、口を魚のようにパクパクと開いては閉じを繰り返す下着姿のナーシャの顔が朱色に染まり、凄まじい悲鳴を上げた。宿の主人に怒られてしまい、ナーシャは夕飯の時も口を聞いてくれなかった。その日は言い出せる空気では無かったので、学園での顛末は翌日話すことに決め、俺は自分の部屋で一人眠りに着いた。
「昨日、シャグリアの学園長から入学の許可を貰って来た。三日後、じゃない明後日から学園に通えるぞ。やったな!」
「嬉しいのですが、私の努力は一体どこへ……」
「うッ」
「試験だけが勉強じゃないですよエレーナ。入ってからが本番なのです」
「サラノ……私、頑張ります!!」
一瞬胸が痛んだが、サラノのフォローで助かった。
「ラザスさん……その……もしかして、私もですか……?」
「? そうだぞ。ただナーシャの場合中等部になるらしいから、聞いといてくれって言われてな」
「あ、ああ、ありがとうございます!! 大丈夫です! お願いします!!」
「じゃ、今から俺は学園に行くから、好きに時間潰してて良いぞ」
と、そこでエレーナに呼び止められた。
背中にはい、という二つの声と、「あっ……私、勉強出来ないんだった……」という声を背に、俺は学園長室の扉の前へ転移した。ノックをすると、中から「どうぞ」の声が聞こえ、俺は扉を開いた。部屋には学園長と、その後ろに立ち、ギロリと俺を睨めつけるカレンと、学園の関係者であろう眼鏡をかけた知的クールボーイが待っていた。
そうだナーシャ。安心しろ、俺もできない。俺とお前は仲間だ。