#42 指名依頼
まったり、再開していきます。間が空いてしまい申し訳ありません。
「今日ハルバーツを発つ」
朝、宿の部屋で俺の言葉を聞いて、エレーナ、サラノの、ナーシャの三人が目に見えて狼狽した。
「あ、えぇ……? も、もうですか? 私はもうちょっといても……いいんじゃないかなって……思ったり」
「……」
「あはは……」
「ほぅ……」
エレーナは視線をあちこちに彷徨わせながら、サラノは無言のまま視線をふいっと逸らし、ナーシャは曖昧に笑った。
俺は知っている……こいつらが買い物に行くと言って実はマッサージに言っていることを。
俺は、知っている。
「マッサージ」
ボソッと声のトーンを下げて言うと、三人から「うっ」という声が漏れる。
「随分、楽しんだみたいだな?」
俺は三人には幾らか金を渡していた。その額は結構な額だった筈だ。
筈なのだが……。
「残り金貨4枚て……いや別にそれは良いんだが……ちょっと通い過ぎじゃないの?」
最初に渡したのは金貨22枚だ。1人金貨一枚なので、1人六回も行っている計算になる。金銭面に関しては問題ない。マッサージを受けるのもまあ良い。
良いんだが限度があるだろうに。ほんの最近で六回て……。
「うう……申し訳ないです……」
「いや、責めるつもりはないから、気にするな。でだ、昼までにはハルバーツを発つから、食料の買い込みをお願いしたいんだが」
そう言うと、エレーナが誰よりも早く反応を見せた。
「はいっ!!まかせてくださいっ!」
サラノ、ナーシャもそれに続いたので、俺はエレーナに多めに金貨を渡し、早速お使いに行ってもらった。
俺も宿の受付に向かい今日の昼食分までを払い部屋に戻り荷物を纏めていく。途中薄い布もあったがちゃんと仕舞っておいた。
***
エレーナ達三人は馬車の荷台に乗り込み、俺は御者台に腰を下ろし手綱を握った。
「っし。行くか」
馬車を預けていた店からそのまま門へ走らせ、門をくぐり、ハルバーツ王都を後にした。
ここから1度ガルガンツを経由し、学園都市があるシャグリアを目指す。一度サランへと立ち寄り一泊していくつもりだ。
「そういえば、シャグリアまではどれくらいかかるんだ?」
「私も実際に訪れたことは無いので、ハッキリとは言えませんが、4日程かと思われます」
ガルガンツの南にあり、神聖国との国境の間にソレはあると、直前にエレーナから聞いたのだが、詳しくは知らない。隣に座るサラノも、あまり知らないらしいが、聞きたい事は聞けたので十分だ。
正直言えば、俺が皆を連れて転移すれば一瞬なのだが、それはつまらないので(主に俺が)、黙っておく。そんな事を考えていると、荷台の布が持ち上がり、少女が顔を出した。
「楽しみですねー。学園都市」
暇を持て余していたのか、ナーシャが会話に加わった。よく見るとエレーナが横になり、スースーと可愛らしい寝息を立てているのが分かった。時折尻尾がファサッと揺れるのが、なんとも愛おしく感じた。
ナーシャは心底楽し気に「沢山人がいるんですかねー」「ミウに会えるかなー」と思い馳せている。ミウというのが、ナーシャの妹なのだろう。サラノが妹について訊ねると、ナーシャはガバッと前のめりになり、やれこんな髪型だったと自分の髪でお団子をつくり、やれ可愛くていい子だと自分の事のように話しを続ける。
サラノはそれを聞き流す事なく、微笑を浮かべたまま一つ一つ丁寧に返していた。
途中で眠気に襲われた俺は、ナーシャと席を変わり、荷台で眠りについた。
*
あれから時間は進み、俺たち一行は、サランの門を潜り、止まり木の宿へと来た。宿へ入った途端、エレーナに宿のおばちゃんが気づき駆け寄り、サラノとナーシャと共に挨拶を交わす一方で、俺には偶然に居合わせた冒険者達から怨念の篭った熱烈な視線を受け取った。そして俺も軽い挨拶を済ませた後、一番大きな部屋を一泊分借り、現在。俺たちは机を囲み、シャグリアへ着いてからの事を話し合っていた。
「私は試験まで時間が空くので、鍛錬でもしようかと思っています」
「ふむ。サラノとナーシャは?」
と、そこで視線を二人の方へ向けると、なにやらサラノがニコニコ顔でいた。ナーシャの方はなんだか申し訳なさそうにして居るように見える。サラノがあんな笑顔ってことで心配はないが。
「どうしたんだ二人とも?」
「私は、その、妹を探そうかと思ったんですけど……その……」
「はい。私もそのお手伝いをと思いまして」
「あぅ……」
なるほど。それがナーシャの目的なのだから良いと思うが、何故あんなオロオロしているのだろうか。
「悪いですよ! シャグリアまで連れて行ってもらえるだけでも、ううん、ハルバーツでもあんなに良くしてもらったのに、その上そんな……!」
「だそうなのですが。どうしましょう? ご主人様」
「良いんじゃないか? サラノの決めた事だろ? それに、ナーシャもマッサージの代金なら気にしなくていいぞ。ほら、俺って結構金持ちだから」
マッサージの部分で一瞬「うぐっ」と隣から聞こえた気がしたが気のせいだろう。ナーシャはそれでも「でも……」と言いかけたところで、結局サラノに丸め込まれ、やはり申し訳なさそうに首を縦に振った。ナーシャはエレーナとも仲は良い。だがエレーナに対するソレとサラノに対するソレとではそれぞれ違う感情を抱いているように思えた。けれど、その正体は今の俺には分からなかった。
「まっ。詳しいことはまた着いてから考えればいいさ」
この中では誰もシャグリアに行った事はないのだから。正直俺もそれなりに楽しみだ。何より学園ギルドなるものが気になる。とても興味を惹かれる良い響きだ。是非行ってみたい。
「さて。じゃあ俺はちょいと用事があるから、こっからは自由行動っつうことで」
「「「はい」」」
一通り話を纏めた後、宿の入り口で三人と別れた。どうやら三人でショッピングだそうだ。是非俺もご一緒したいところだが、呼び出しをくらったので、今からギルドへと行かないと行かないのだ。めんどくせぇ……。
「ほんで? 一体何の用で?」
「うむ。最近小耳に挟んだのだがキミィ、学園都市に行くそうだねぇ?」
なんだこいつ。こんな話し方だったか? というか近い。距離が近い。離れろ。
「そうだが、カレンから聞いたのか?」
「うむ。いや実はな? 以前国に目を付けられると面倒だと言っていただろう? 言っといてなんだがな、お前に『指名依頼』が来ているんだ。それも二件」
「指名依頼? 二件?」
俺から離れ席に着いたギルドマスターーーグレンは急に真剣な表情となって二枚の紙を机に置いた。俺はそれを手に取り、読み上げる。
「なになに…………おおっとぉ……?」
これは一体どう反応するのが正しいのだろう。一枚目までは良かった。いやそこそこの内容だったのだが。しかし二枚目を読んだ時、驚愕どうこうよりも、「どうしましょう……」という純粋な感情に襲われた。なぜならば二枚ともが両方、書いてある内容に差異はあれど、依頼内容が全くの同じだったからだ。
グレンを見ると、俺は知らんとばかりに明後日の方向に顔を背けた。いや、ギルドマスターだろ……こんなのどうすれば良いんだ……。
それぞれ各国の紋章の画かれた依頼書の内容を、こんなものだった。
『近々うちの姫様学園に通わせるから、護衛よろしく。ーー神聖国アッシュバルドーー』
『学園に通ってるうちの姫様の護衛よろしく。--ガルガンツ王国ーー』
俺の体は一つしか無いんだが?
なんだこの事前に打ち合わせたようなこのタイミングは。