話し合う三人
ファンタジー系や異世界トリップとか、雑食系読書家としてはドンとこいだった。ただし、巻き込まれたい訳じゃないというのが注意点だったが。ーーつまり、絶望的だったことがあるとルルとレイは途方に暮れた。
「日本語、通じません」
「……オレとルルの知る言葉はすべて全滅だな」
あれー、おかしい。誰かに召喚とかされたら、なんかその辺スキルとしてついてこないのかな?
なんて、舐めた事は確かに考えていたが現実で、聞いたこともない言葉を延々と見た事もない衣装を着ている人間にしゃべり続けられるのは、ライフゲージを予想以上に削る事態だった。
一応、5ヶ国くらいなら値切り倒せるくらいには話せるルルと頭のできが違いすぎるあレイの10ヶ国以上は読み書きからうすら寒いジョーク、相手の精神をただただ追い詰めるだけの会話の技能に事欠かない語学能力は役に立たない。それが、今ある結論だった。
ひとり、複雑そうに宿を取ってくださった同じ被害者である筈のリジェ・カーティスは異世界語、ペラペラだった。二人の恨めし気な表情に申し訳なさそうに笑う。
昔、『別な世界から来た』と、真剣な顔をしてエイプリルフールに語られた冗談だと思っていたことは、本当だったらしいとレイとルルは今更結論付けた。そして、リジェよ。日にち選択が最悪だ。
リジェ、アウト。
しかし、ルルがゲームしてたら突然目眩がして、意識がはっきりしたら山の奥で熊に襲われかけた所をリジェに助けられた。というエピソードは長くなるから割愛するとして、そこから3時間延々と歩いているうちに呆然と立ちすくんでいたレイを回収し、近くの村の宿に泊まることになったのが今の状況だ。
「今日の状況を振り返ってみますか?」
「いや、面倒だ」
恐る恐るといったかんじで聞いてきたリジェにあっさり断るレイ。ーーうん、確かに面倒だ。
「それより、明日は確実に筋肉痛ッス」
二人部屋を3人でとり、ふかふかのベットはルルとレイで。と薦めてくるリジェに遠慮なくベットに寝転がる。レイも疲れているらしく、悪い。と一言謝り、ベットに腰かけている。
リジェはソファに座って赤と碧のオッドアイの目を細め、ルルたちの様子に安堵しているようだ。なんだ。もしかして、取り乱すとでも思われてたのか?と二人は思った。
しかし、それにしてもレイは通っている高校のブレザーでリジェは、シャツにデニムか。ルルは、ゴスロリだーーうん、異世界に迷い込んだ感じだ。と、ルルは一人納得している。
一通り、こちらの様子を確認した後にリジェが躊躇いながらも、そうそうと…。
「言葉の問題は、僕が補助する方法がありますが…どうします?」
「出来るならすべきだろ」
なんの迷いもなくいい放つレイ。まったくだ。何をためらう必要があるのか。と同意するルル。
「口から生を受けたルルに黙って生きろと?あにさん」
「言葉が通じないと他人を丸めこめないだろう」
なんだろ。この二人の言い分にこのままのほうが世界のためかも?と脳裏によぎりもしたが、よくよく考えたら知らない世界に気を使うべきではないと結論に至る。
「むしろ、気を使うべきはルルが俺たちと同室だと云うのにまったくなんの抵抗もない女子力の低さだな」
「うん。それは仕方ないと諦めて欲しかったので、今回に限っては有り難いです」
下手にわけると誘拐されたり、逃げる場合、もしくは強盗の類いの緊急事態の対応に困るらしい。そんな説明をするリジェに対し、ふむ。と
「海外旅行みたいなものだな」
さらっと、どんなとこに旅行に行ってるのか非常に気になる呟きをするレイ。しかし、それに対してリジェは、苦笑。
「もっと物騒かもしれませんよ。魔物やら魔法も存在しているようですから」
「熊はいたッス」
ルルは、最初に飛ばされた時の事を思い出しながら同意し言葉を続ける。
「あにさんが助けてくれなきゃ熊の胃袋の中だったッス。それを考えたら魔物も動物もルルに取っては同じものッスね」
うんうん頷くルルに非常に微妙な顔をするリジェ。どうした男前が台無しだぞ。視線で、レイがなんだ?と問いかけたところ。ひじょーに、言いにくそうに。
「あれ、魔物です」
最近の熊の種類に魔物っていうのが居るのか。へえー。と異世界未経験者は感心した。
「モンスターか。最近は人間にもいるからな」
「ペアレントの類いじゃなくてですね」
「ベアは!?じゃあ普通のベアちゃんはどこっすか!?森の中!?」
「ある日にはいるかもしれませんが。とりあえず、ルルが襲われ掛かっていたのは魔物です。だいたい、普通の熊なら象牙のような牙はないでしょ?見たでしょ。あれ。やっぱり今日の事振り返ってみますか?」
「「だが、断る」」
「だが、をつける意味がないでしょ!」
異口同音で幼なじみたちの意見の一致に頭が痛くなってくるリジェ。しかし、最近の熊は大木をなぎ倒す趣味があるのかな?くらいの怪力だったが、まさか。魔物だったとは…と妙な関心をしていたルルは、はたっと気付いた。
「あ、じゃあ。あにさんが熊をどっかに吹っ飛ばしたのは魔法っすか?」
あの危機的状況下に置いて食われることを覚悟したルルだったが突然現れたリジェが片手をあげて熊を触ったかと思ったら、いつの間にかどこかに消えた熊を思い出す。
……よくよく考えたらおかしい。脳って処理しきれないことが起きると理解把握を拒否するんだと改めて納得。
しかし、それだとなんか本当におかしくないか?
「何故、リジェが魔法を使える?」
「チートッスか!あにさんだけにチート能力が…っ、己。美形の上にチートまでッ。ルルはあにさんをこのうえなく羨んでやるッス!!」
「いえ、チートじゃなくて経験からです。実を言えばこういう体験はもう両手でも足りないくらいに経験してるので、その時々に身につけた能力は他力本願系でもない限り、使用可能だけど……見たいですか」
あんまり、聞いてほしくなさそうな雰囲気だ。しかし、空気くらいは読んでくれるあレイがいるのでお任せすることにしようとルルは考えた。他力本願ばんざい。
空気を読んだレイははぁ…と息を吐いて。
「後でな。……お前だけが言葉を理解できているのは、この異世界外で覚えた能力のおかげでいいのか?」
「そうです」
「オレ達へも補助できるとさっき言ったよな?具体的には」
「この世界には精霊がいるようなので、その子達の中からレイちゃんとルルと相性のいい子を選び契約を結び、中に入ってもらいます」
「中って、体か?」
心底嫌そうな顔してる。自分の中に得体のしれないものが入るのが嫌なのは当たり前だが、リジェは複雑そうに返す。
「護符の代わりもして欲しいので。少し強力な子に頼もうと思ってたんですけど…」
レイの反応に嫌なら別な案を、とでも考えているのかリジェは、ヘラッと笑って見せる。
うん、卑屈な態度になってきた時の態度だと長い付き合いのレイとルルは読み取り二人で頷きあう。。何か、ツッコまれたくなくて能力を小出しにしてるのかもしれない。相変わらず仕方ない人だ。別に何があっても大好きなのにな。
「精霊様とやらに意思はあるんすか?残念ながら、コミュ能力の不足気味なので、笑われる人間性は発揮できても、有効な精霊様との関係は期待しないでほしいッス」
とりあえず、リジェの案に反対してないと態度で示してみるルル。レイもひとつ頷いてくれた。どうやら、ごねるのは得策ではないと感じ取ったらしい。
「それはリジェ任せで良い筈だ」
「レイちゃん…」
呆れたような安堵したようなため息を吐きながら、じゃあ明日ね。と力なく笑うリジェ。
しかし、明日でなんとかなる話なのだろうか。……少し、異常事態に慣れすぎてる感のあるリジェに不安を覚えるが、今はツッコまないでおこうと心に決めたレイとルル。
武士の情けだ。有り難く受けとるがいい。