レイ編 1
ーー正直、弱い。
アレンが囮を務め、斬りつけている相手は回復力は凄まじいが、反撃らしい反撃もあまりしてこない。時々、酸のようなものを吐き飛ばしてくるがモーションが大袈裟でどちらの方向に吐くのかもわかりやすい。
これなら一気に勝負を着ける方法はある。が、ルルの『自爆』と『強い』と言う言葉が気になり、勝負をかけることも出来ずに斬りつけては回復されるというじり貧の攻防をくり返す結果になっていた。
今頃、自分は囮にされて逃げる算段を異世界人たちはしているかもしれないが、不思議とそれだけはないだろうと否定の方が気持ち的に強い。奴等は逃亡するなら、堂々と『ごめん。逃げるッス!』と言い放ちそうだ。
なので、レイが堂々と戻ってきて、偉そうに自分に何かを投げつけてきた瞬間、つい破顔してしまったのだろう。あとあと、気色悪かったと言われようが知った事ではない。
「『火と風の粒子よ』」
レイの荘厳な声に応えるように泥人形の周りに火と風の力が集まる。
「炎の風よ」
風が強風と化し火を巻き上げ、泥人形を中心に炎を纏った竜巻のように燃え上がる。
それを唖然と見つめているアレン。
これなら自爆などしてもこちらを巻き込むことはないが、アレンの中で、レイは魔法が苦手という認識だったせいでつい、レイを二度見してしまう。
「アレン、早くそれを飲め!」
「お前、魔法は…」
「使えないわけではないと知ってるだろ。ノーコンなだけだ。上手くいったせいで逆に驚いている。それより、飲め」
焦ったようなレイの声に促され、小瓶に入った液体を飲み干す。……正直、苦い。
薬の苦さに顔を顰めていたアレンは、レイが、ぼそりとアレンに発動しなくて良かったと、胸をなで下ろしている事に気づかなかった。
「ミュー、出てきた相手を思いっきり蹴りつけろ!」
「まっかせてくださーい」
飛び上がり、まだ燃え盛る炎の中に飛び込んでいく火の精霊を確認し、レイがアレンに近づく。
「今から出てくるのが、お前の死亡フラグの正体だ」
「なに」
構えろ。と言われ、構えると炎の中からミューに蹴り飛ばされたのか宙に舞う、仮面を被った銀髪の執事の格好をした初老の男性が地面に叩きつけられた。ーーミューが追い討ちをかけるようにみぞおちに膝を叩きつけると、ぐえっとVの字になり、悶えている。
「なんだアレは…」
「ルルのテンションが妙に高かったろ。多分、精霊だ。それと、実は、大物が控えてますよパターン。三回変身があると、さらに喜ぶ」
思わず、レイを怪訝な目で見てしまうアレン。
「携帯ゲームが好きなんだよ。ルルもオレも」
レイに苦笑で返された。
「あと、攻略本の予想外の使えなさがわかった」
「なんだと」
「伝え手が説明下手だとどうにもならない。『そいつ、強いです』は泥人形の方じゃない。まあ、複数出てきたら手ごわくなっただろうが」
沈黙するアレンに笑うしかない。
「泥人形自体は、オレかアレンでどうにかなったようだが、囮にしたアレンだけで泥人形を倒したら、中に居る今、ミューに蹴られ続けてる奴に隙をつかれて殺されていたらしい。泥人間の自爆もオレ達人間が集まったらさせるつもりだったらしい。……ルルの『精霊』が気を使ったのか表示されていた。一度開いた情報は見放題なのかもな」
本当に面倒な能力を創りやがってと愚痴るレイにアレンは、呆れた。
「らしい、らしいって…」
「素晴らしい!わたくしの策がこんなに簡単に露見するとは!!」
アレンの言葉を遮るように執事服で仮面の男性が立ち上がり、レイを褒め称える。ミューは足を捕まれ、ぷらぷらと吊るされている。
「くそーっミューちゃんに何すんのさ。ジジイ!!」
「おやー、わたくしをご存じない。さすが問題児様。貴女のお力は少々面倒ですので封じさせていただきました。いやいや、残念無念!次に期待しますよ」
「むっかー!」
どうやら、有名人のようだがミューは知らないようだが。ミューを投げ捨てて、こちらを向く執事っぽい男性。
「オレの言語能力を封じなかった事は感謝する。ーー目的は、ルルか」
「はい!先程の素晴らしい魔法の使い手様。貴方様も大変素晴らしい魔力の持ち主ですが、我が主は男性。実に残念。掛け値なしの美少女大好き!!『亜種』である我が主の花嫁になんともおいしそうな容姿!魔力は少し大味ですが、湯水のごとく!!大変好みです。美少女!!」
いつの間にか変なのに目を付けられていたルル。魔力が大きいってこんな弊害もあるのかとレイは、ため息を吐いた。いやーーベルがルルに目を付けたのが魔力のせいか微妙な所があるが。
「そうか。主が変態なのか、ジイサンが変態なのか悩み所だが、ルルは、あんな見た目だがこの世界では成人している歳だ。帰れ、幼児趣味」
レイの相手を見る目に険が宿る。
「ま、まさかお兄様で!?」
やけに芝居かかったジイサンだと思いながら、剣を向けるのだけはやめないアレン。
「……そうだな。そういう事にしよう。オレに勝てない奴に妹をやるつもりはない」
「ご主人様!?」
「レイ!?」
堂々と別な変態宣言をするレイにミューとアレンが驚愕した。しかし、ルルとレイは実の兄妹ではない。
「ほう…、なんと素晴らしきかな。兄妹愛」
何かを理解したのかのように頷くジイサン。
「では、わたくしめが姫君を拐う権利がないと仰られるのですね」
残念そうにしかし、興奮ぎみにああ!可愛そうな我が主君!!と自分抱きを始めるジイサンは間違いなく変態だ。
「しかし、我が主はファーレンに囚われている為、こちらに赴くのが叶わぬ身!主の不名誉は、この場にいるもの達を亡き者にすれば、隠蔽も可能。さあ、戦いましょうか、若人達!我が名ベル」
「……ファーレン?」
レイがそう呟いた瞬間にベルが、レイに向かって飛び込む。あまりの早さにアレンがカバーに入れない。
「失礼。お兄様。後方支援から潰すのは世の鉄則でありまして」
どこからともなく取り出した細身の剣で、レイの胸を貫こうとした瞬間にベルは驚愕した。ーーレイが笑っているからだ。
「『死亡フラグ』を立てといて良かったな。わかりやすい」
「はい?」
ベルのレイピアが届く前に誰かに横から突進され、攻撃にばかり力をいれようとしていたベルはあっさりと吹き飛ばされた。
「ぐ…なに、ごと…」
刺されていた脇腹を押さえ、何を誰がしたのかを確認する。
カタカタと震える猫耳の亜人の少女が何事かを呟きながら、自分を見つめている事を確認するベル。
「……姫君の」
なるほどと、刺された事などなんでもないようにしたりと頷き、レイに視線を向ける。レイもシロの手元をみて一瞬目を見開いたが何事もなかったようにすぐにベルに視線を返す。
仮面からでも見える目は、どうも、責めているような視線だ。
「貴方は、甘い人間だと認識していたのですが?奴隷にした亜人に人を刺させるなど、がっかりです」
「……やっぱり、オレをある程度調べていたのか。そして、ジイサンは人間じゃないだろ」
呆れたようにため息を吐きレイは、ベルに冷たく眼光を突き刺す。
「逆に問うが、ジイサンはオレがバカみたいに善人の行動をして死ねば満足なのか。」
「むぅ……」
唸り、しかし、調べた結果はと…ぶつぶつ呟くベルに侮蔑を込めて、鼻でせせら笑う。
「何がおかしいのでしょうか」
「いや、よく知りもしない、ルルを手に入れる為の障害ってだけの。ジイサンにとってその程度の人間の善意を信じたとー…阿呆か。ジイサン」
ククッと、喉を鳴らしながらベルを嘲笑うレイは、アレンやミュー、シロの目からですら、どちらが悪役かわかったものではない。
「わ、わたくしが阿呆ですと!?」
憤慨するベルを一瞥するレイ。……刺された脇腹を押さえてはいるが血は出ていない。なのに立とうとせず、こちらを観察し首を傾げているベルにレイはふぅん…と口角をあげる。
「ジイサン、実は焦ってるだろ」
「な、なぜ」
「いつばら撒いたかまでは知らないが毒が利いてないから焦ってるだろって訊いているのだが、どうした。間違いか」
驚きに思わず呻くベル。
これは、レイの観察眼ではなく、ルルの倒れる前の攻略本が調合の仕方を表示したのは毒に対する耐性をあげる薬と毒消しだったからだ。もともと買っていた物がある程度調合済みだったおかげで混ぜただけで済んだのも有り難かった。リジェがこの事態を想定していたわけではないだろう。
多分、ギルドの仕事の範囲が広くなったレイに持たせようとしただけだろう。
その他に攻略本にルル憑きの精霊から、『死亡フラグ』を立てて『時間を稼げ』というメッセージもついていたが、ルルが倒れる前の正直赤面もののやり取りがフラグになったかどうかはわからないが、多分成功したのだろう。
正直、死亡フラグってなんだと?首を傾げたが。
「……お気づきでしたか」
あっさり認めたベル。
「いや、………ん?ルルの能力は知らないのか?」
「は?姫君は深窓のご令嬢のように本ばかり眺めておいでではありませぬか」
なんて、甘い調査をしているんだろうか。レイは誰にこの虚無感を共有して貰えるかと、頭を抱えたい気分だ。
「わたくしは、あの人外の雰囲気を携えるオッドアイが来る前に貴方方を始末し、姫君を我が主のもとへ。わたくしが本気を出せば、貴方がたなど、簡単に」
「いや、時間切れだろ」
レイが冷たく言い放つ。その為にルルも倒れるまで能力を使ったのだから。使えるものは使う。上を見ろとベルに示すと上から、すとんとどこからともなく落ちてきたリジェが、にっこりと剣呑な雰囲気を携え、ベルに向かって微笑んだ。
「じゃあ、パス」
「はい。任されます」
レイとリジェはタッチし合い、リジェがベルとともにどこかに転移していくのを見送り、レイはまだガタガタと震えているシロに向く。
「ご、ご主人様」
「ナイフなんかどこに有ったんだ」
シロが強く握りしめて、離そうとしないナイフから指を一本一本丁寧に外していく。レイが頼んだのは、相手への突進だけで。あとはすぐに逃げろと命令した筈だというのに。
ペタンと耳も尻尾もたれ下げるシロの頭をルルと同じ感覚で撫でてると、ごめんなさいと小さく呟く声が耳に届く。
それにレイは、否定を口にする。
「いや、助かった。ありがとう」
ベルがこちらの時間稼ぎに気づかずに長話に乗ってくれたのは結局、シロがベルを刺したおかげだ。そのおかげでリジェが来るまでの時間稼ぎになったのだと、伝えようとした瞬間にシロがわっと泣き出し、自分の胸に飛び込んできたことにレイはひどく困惑した。




