③ レイ編
「きっと、生きてたって虫の息よ」
「わかってるけどさ。後から来たアイツ等が頑張って助けてくれたかもしれないだろ。猫耳ってロマンじゃんか。今度は美里が好きそうなの選んでやるから」
「あのね。私が好きなのは」
ヒュンッと男の方に向かって何かが飛んだ。レイが射った矢だった。頬に矢が掠ったらしく、ツーっと血が頬から流れ落ちる。
「ええっと……」
「誰が何を助けたというんだ」
地獄の死者も真っ青なバリトンで弓を構えるレイ。その前には自分たちが倒せないと判断したハウンドドッグという魔物がウ”~っと、高身長の冷厳な青年を守るように前に出ている。
「あ、ぶ、無事だった…」
んだと、繋げようとしたが二矢目が今度は足元に飛んできたことに男は腰を抜かした。
「すまない。お前に心配されると虫唾が走るようだ。黙っていてくれないだろうか」
無言で必死に頷く男に三矢目も構えるべきだろうかと悩んだが、女の方が顔色を青くしているので、これ以上は交渉の妨げになりそうだと止める。
「美里とそこの男は言ったが、お前達も異世界人か」
「え?……そ、そうよ。って、アンタもなの?」
「そうだな。残念なことだが、異世界人という共通した不幸を共有できそうだ」
はーっと長い溜息を吐くレイに女の顔色が変わった。
「本当に!?もしかして、帰る方法とか」
「いや、知らん」
喜色に満ちた表情からわかりやすいくらいに落ち込む女に召喚されて数日だと伝えておく。
「私は三年目よ。コイツもね」
「そうか、それは貴女にとっては不幸だな。そっちは随分謳歌しているようだが」
「そうね。確かにそうね」
何度も自分を納得させるように頷く美里という女性をレイは交渉相手に選んだ。ミューと自分の契約精霊を呼ぶ。
ミューと共に現れた猫耳の少女に男の方が嬉しそうに名前呼んだ結果、レイの手から三矢が飛んだ。
「えーと、惚れたの?」
呆れ気味に男ってこれだからと頭を振る美里にレイが反対に呆れ返した。
「こういう時の行動原理は惚れでもしないといけないのか?」
美里が冷たい目で男を見下した。なるほど、そういう例が近くにあったか。
「何というか、大変だな。同情はするが手助けは期待しないでくれ」
「ええ、男ってそんなもんよね。で、それならその子どうするの?まさか、私たちに返してくれるの?返したら、コイツのくだらないハーレムの犠牲よ」
「いや、子守に雇いたい。俺の妹っぽい生き物が『魔力酔い』なんだが、呆れるくらい無謀な性格をしているんだ。いま、側に居るのが男ばかりで出来れば身の回りの世話ができる女性がほしい」
「あら、じゃあ、いくら支払えるの?」
そこまで交渉して、自分の甘さにチッと舌打ちした。
何を友好的な交渉をしてしまっていたのか。脅して契約を切らせれば良かったんだ。しかし、やってしまったことは仕方ないし、ない袖は振れぬ。
「すまない。金は今のところないな」
「リジェ様にもらえばいいよ」
「煩い。黙れ」
ミューの能天気な言葉にイラっとしたが、出だしを間違えたので仕方ない。レイは正攻法で頼んでみることにした。
今更悪役全開で奴隷をよこせとはそこの腰を抜かしている男で苦労しているのがわかった美里が可愛そうすぎて言えない。
「そう?見た感じ私たちより強いような。どこかの国に保護されたりしてないの?」
「いや、後天的な才能だったらしく、保護の基準を満たさなかったようだ」
小首を傾げて、訊ねてくる美里にいけしゃあしゃあと嘯く。しかし、美里の頬は引きつった。
「確か、召喚されて数日よね」
「一日で捨てられて、その先でこの火の精霊と契約した結果、才能が開花した。」
堂々と嘘を吐くレイにだんだんと、常識が追い付かなくなってくる美里。
「そ、そうせっかちな国もあったものね」
「ああ、人を何だと思っているんだ」
三年もいると色々な例でも見たのか、それともレイの傲岸不遜な態度のせいか納得する方向の美里に畳みかける。
「すぐには払えないが、何か手伝ってほしい事があれば出来る限り手伝いたいと思う。だから、彼女を譲ってくれないだろうか。本当に困っている」
多分、妹みたいな幼なじみは猫耳バンザイ!と叫びそうだ。
別に猫が好きなわけではないが、好き勝手にいじれる存在が出来たら大喜びしそうな性格だ。ぬいぐるみの代わりに異世界らしい存在を置いてやっても臨機応変でどうにかしそうだ。なので、状況的に進んで被害者にしてもいい存在は非常に助かると事のなりゆきをびくびくしながら見守っている少女に視線を向ける。
うん、ルルは美少女が好きだ。あのおっさん思考を満足させるだけのものはあるな。
「…本当に手伝ってくれるの?」
上目遣いで見上げてくる美里に高くも安く見積もられても面倒だと、レイは考えてみる。優先順位の問題はいつでもわかりきっていた。
「ああ、妹を優先するとおもうが、それで良ければ頼む」
「シスコンって病気よ」
「そうだな。もう一人の幼なじみに言っておく」
生真面目に頷いて、何故か周りに呆れられたが気にしてはいられない。とりあえず、ギャーギャー文句を言い始めた男の方をひと睨みで黙らせ、奴隷契約書というものを美里から受け取る。
「これをどうするんだ」
「焼く!」
ミューの意見はスルーすることにしようとしたが、美里が肯定してしまった。
「ええ、それでいいわ。ただし、契約者の同意を得たうえか、解呪を行ってからじゃないと奴隷が死んじゃう場合があるから気を付けて」
「契約者は美里なのか?」
「そうよ。そうじゃなきゃ買わせないって琉人に言ったから」
むすっと高かったのにとまだ何か言っている男ーー琉人を少し尊敬しそうになったが、気のせいだろう。
「でも、亜人を下手に人里で奴隷解放しないほうがいいわ。犯罪者に攫われて、また商品に逆戻りよ」
「もしかして、めんどくさい事をしてるのか。オレは」
何を今さらと呆れた顔をされたが、家政婦を雇うくらいの気持ちだったせいで実感がわかない。いや、もしかして、紹介を介してでなければここまで面倒なのかもしれないと、無理やり自分を納得させるレイ。
「わかった。美里も面倒かと思うが手続きを手伝ってくれ。その分、俺が出来そうなことで美里の手伝いをする」
頼むと頭を下げるレイにミューが目を見開き、あわあわしている。レイの傍若無人ぶりを知っている身として、他人に頭を下げる自分の主が異常に見えたからだ。
「ぐ、具合が悪いんですか。ご主人さま!?」
「?具合は悪くない。頭の痛いことばかりだが」
いきなり肩に飛び乗ってきた精霊をぺいっと投げ捨てる。
「アンタ、精霊に対してそんな態度って」
「尊敬できる場所が今のところ戦闘力だけなんでな」
しれっと、悪びれた様子もなく答えたレイについに耐え切れなくなったように笑い出す美里。
「あはははっ!いいわ。最高!!じゃあ、ギルドに行って、仮パーティ組みましょうか。そしたら、そこの亜人の契約をアンタに移譲するわ」
「それだけでいいのか」
「意外とギルドパーティの規約って厳しいのよ。さ、さっさと行くわよ。ほら、琉人もさっさと立ちなさい」
「なんで、こんなやつと」
「アンタも知ってるでしょ。精霊と契約できる人間なんて、そうそういないって」
契約しているのは厳密にいえば、幼なじみなのだが、そこまで自分の情報を話す気もなく、意気揚々とギルドに歩いていく美里の後を着いていく。
「リジェ様、多分、頭抱えるんじゃないかなー」
ミューの呟きにレイは確かにと頷く。
「美里も琉人も人間的に苦手そうだな」
そうじゃなくってーと、一生懸命説明しようとするが、うまいこといえなーいと騒ぐミューが煩くなってきたので、服に入れっぱなしにしていた草を放り込んでやる。
苦さでか入ってはいけない気管に入ったのかわからないが物凄い咳込みようで悶絶しているミューを眺めてみたが、そのうち回復するだろうと判断し、そのまま放置した。




