Kapitel.1
ここまで人を好きになったのは初めてだった。
一目惚れ、ではなかった。第一印象は、無邪気だなとか、そんなもんだったはず。
好きになったのはいつからだろう。
偶然同じクラスになって、偶然彼女の席が僕の席の斜め前で、偶然僕の前で彼女の隣の席の女子が彼女と親しくて、偶然僕の隣で彼女の後ろの席の男子が僕の友人で、偶然その友人が僕の前の席の女子と仲が良くて、偶然四人で話す機会が多かったくらいの、ほんの些細な出来事がきっかけだったと思う。
そしてその四人で話すのが楽しかった。
高校三年生の春。僕にとって一番春らしい春がやってきた。
僕は積極的なタイプではない。もし彼女ができても焦らしてしまうだろうくらいには消極的だった。
だから自分から彼女に話しかけようなんて思ってもなかったし、まして二人で話すなんてこともなかった。
四人で話しているだけで、その時に彼女を見ているだけで、僕は幸せだと思えた。あと一年もしないうちに離れてしまうとしても、まさか僕に何かできるとは思っていなかった。
彼が何も言わなければ。
僕の隣の席にいる雅樹とは去年からの仲だった。なんとなく馬が合ったから去年からよく一緒にいる機会は多い。とはいえ、雅樹は僕とはどちらかといえば反対の性格で、女子とも話せるような奴だった。人をからかうのが好きで、周りからあまり嫌われることのないようなタイプ。僕もだいぶ雅樹に助けられたと思う。彼がいたからクラスの男子とも話すことができたのだから。
周りから見れば僕は雅樹と関わるには一番良い性格だという。確かに雅樹といると気が楽なので否定はしない。そんな彼は、突然言い放った。
「お前、矢崎のこと好きだろ」
矢崎というのは無論、僕の斜め前の席の彼女だ。
が、問題はそこじゃない。疑問文ではなく断言してきたのだ。しかも、いつもの全て見透かしたような笑みに加え、図星だろ、と言いたげな輝く瞳。
完全にばれていた。
なぜ?いつから?様々な疑問が僕を取り巻き、思考を一時停止させる。しかし、ここまで自信満々に余裕面した雅樹に勝てる確率が明らかに低いことは理解できた。
雅樹の視線から逃げ、静かに溜息を吐く。明らかにそれが答えになっただろう。
「・・・・・・別に」
「うそつけ。まあ、うまく隠してたけどなー。誰にもばれてないと思うぜ?」
お前にはばれたくなかったという僕の意見は心に封じ込めた。
「・・・いつからだよ」
「ん?気付いたのが?いつだろーな、なんとなく視界に入れてただろ?」
時々矢崎を眼で追っているのを見た、と続ける雅樹。ああ、なんたる失態。
「・・・で、だったらなんなんだよ。悪いか」
「そんな拗ねんなってー。でもどうせお前、告白とかする気ないんだろ?」
「そりゃあ・・・」
「だろ?だから協力・・・」
「いや、しなくていいから」
「・・・・・・」
僕のあまりにあっけない否定に、さすがの雅樹も言葉を失ったようだった。
「いいんだよ、このままで。十分幸せだし」
「・・・へえ。幸せ、ね」雅樹は呟く。「このままお前が何もしないで卒業して矢崎がお前じゃない男に笑いかけたりそのまま幸せそうな家庭を築いたりして一生お前を見ることなくそれどころかお前誰だっけ状態になったとしてもお前は幸せと言えるのかそれは幸せだな」
息継ぎもせず噛みもせずに言い切った雅樹は僕を哀れんだ眼で見る。
これだからこいつと一緒にいると・・・・・・。
「・・・・・・僕が動けば、何か変わるか・・・?」
雅樹に向けた言葉ではない。無論、言葉として発しようと思ったわけでもない。しかし雅樹は僕の言葉を聞いて、それはもう憎たらしそうに笑った。
これだからこいつと一緒にいると、僕は光を見てしまうんだ。