××系魔法少女と羊大王
優秀な魔法少女には、魔物以外にも敵が増えるものである。
さすがに自分が優秀である、と瀬野彩は自惚れるほど自意識過剰ではない。
しかし、だ。それと他からの視点が同じであるとは限らないのである。
学校の昼休み、屋上にて。
目の前に立ちはだかった魔法少女たちを見て、彩はそんな現実を思い知らされていた。
(ひい、ふう……ちぇっ、確実に八人以上いるな)
昼食をとるために、屋上に来たと言うのに。
何やら口上をわめいているらしい先頭の魔法少女を華麗に無視し、彩はごく冷静に敵の数を把握する。
彼女が属するチームは少数精鋭である。
二人の優秀なセンパイに比べれば、自分はまだまだだ。
おそらく、相手もそう思って自分に下克上を突きつけてきたのであろうが——
「——ふっふっふ、この数を見て怯えているようね!」
「ええ。怖気が走るわね」
彩の言葉の真意を、彼女たちが理解できたかどうか。
瀬野彩は、とにかく『群れ』が嫌いなのだ。
例えば、目の前の彼女たちのような。
陣形を広げ、じわりと距離を詰めてくる彼女らに嫌悪の視線を向けながら、彩は口の中で呪文を唱えようとした。
その時である。
いくつもの光が、唐突に空から降り注いだ。
「きゃあっ!?」
「な、なに!? 何事!?」
不意を打たれて狼狽する魔法少女たちに、思わず彩は首をひねった。
まだ彼女は魔法を発動させていない。
が、その疑問は後方から響いた声で氷解することになる。
「——そこまでだよっ!」
凛と響くその声に、思わず彩は顔をしかめた。
嫌そうな表情を隠しもせず、ゆっくりと声の方向へ振り向く。
そこには、顔見知りの魔法少女の姿。
「多勢に無勢なんて卑怯千万! 戦いを続けると言うのなら、この友田知和も相手になるよ!」
そういって彩の横にならんだのは、まるで昔の王様が着るような立派な外衣を身に纏った少女。
髪型といい雰囲気といい、どこか柔らかいふわふわしたものを感じさせる。柔らかい毛に覆われていた大きな耳が、ぴょこんと飛び出ていた。
普段は柔和なその顔には、毅然とした表情が浮かんでいる。
彼女の名は友田知和。
彩の同期の魔法少女で、まぁ名目上はライバルである。
「……うう、くそ! 怯むな皆! 数で勝っている事には変わらないんだ!」
「そうだね。そして、詰んでいることにも変わりはない」
静かな知和の宣言に、はっとしたように魔法少女たちは周りを見渡す。
ようやく、彼女たちは気づいたのだろう。
自分たちを取り囲むように浮遊する、正八面体の結晶の存在に。
知和の得意とする魔法、『衛精』である。
先ほどの光芒も、この衛精たちの仕業だった。
「もし動いたら、今度は当てるよ」
「う、うう……!」
だらだらと汗を流しながら、リーダー格の魔法少女が呻いた。
降伏を勧めようと、知和が口を開いたその横で。
「爆ぜろ」
容赦なく、彩は眼前の魔法少女たちに向けて爆発魔法を放り込んだ。
響く爆音。
吹き飛ぶ魔法少女たち。
「……えぇ〜。彩ちゃん、もっとこう、手心ってものをさ……」
「痛くしなきゃ覚えないわよ。ああいうバカどもは」
非難の視線を向けてくる知和に、彩は平然とそう返すのだった。
***
大事な事なので繰り返そう。
瀬野彩と友田知和は同期である。
魔法少女になった時機まで同一だった。
そんな彼女たちが出会ったのは、新人の魔法少女たちによる模擬団体戦である。
群れる事が嫌いな彩は、まず味方のチームを吹き飛ばす事から行動を始めた。
これによって心に傷を負った魔法少女は数多い。
しかし、友田知和は例外なのだ。
なにせ彼女は、彩からの魔法を回避しただけでなく、その後も協力して模擬戦を戦い抜いてみせた唯一の魔法少女なのだから。
知和は彩などよりもずっと、優れた才覚を持っていたのである。
***
「なにも、そこまでしなくても良かったと思うんだけど……」
「さっきからめぇめぇうるさいわねこの羊大王。あなたの手を借りなくとも、こんな連中なんとかなったわ」
「えぇ〜……いや、それはそうだろうけどさぁ。あたしとしてはもっと被害のない形で収めたかったというか……」
自らの人差し指を付き合わせつつ、ぼそぼそと知和は呟いた。
はぁ、とため息をついて彩は未だ浮遊している衛精たちを一瞥する。
「……あと、あのこまいのさっさと引っ込めてくれない? うざったくてしょうがないのよ」
「あ、そうだったね。ごめん」
言われて気づいたのか、知和はぱちんと指を鳴らす。それと同時に、浮遊していた衛精たちは姿を消した。
それを確認した彩は、ようやく肩の力を抜く。
「……あなたの実力は私も認めるところだけど。あの戦い方だけは気に食わない」
「えぇ〜……そんなこと言われても、あたしあれしかできないし……」
しょんぼりと耳を垂らし、知和は控えめに反論した。
知和は人間界出身の魔法少女ではない。
彼女は魔法の本場である魔界からやってきた、いわゆる魔人なのである。
あの人のものとは思えない耳も、魔人の特徴の一つだった。
聞けばあの耳は羊のそれなのだとか。
「まぁ、それはいいとして。今日は何の用? 気に食わない友達を吹き飛ばしてほしいっていういつもの依頼? 友達料なら前払ったばかりだものね」
「待って彩ちゃん、あたしそんなこと頼んでないよね!? 友達料なんて請求した事もないし! なんかあたしのイメージ悪くしようとしてる!?」
そして彩は羊が嫌いである。
自然、知和への対応も厳しいものとなるのだった。
彼女らが漫才じみた会話を繰り広げていたその時である。
「いやー、さすが魔物殲滅ランキング上位の二人だね☆ ぐるみん、感心しちゃった!」
突如かけられた飛び抜けて明るい声に、二人はそれぞれに向き直る。
そこにいたのは、赤い猫のきぐるみ。その顔には三日月型の笑みが張り付けられていた。
そして、その横にはもう一人。
この陽気にもかかわらず、防寒服のごとき厚手のコートを着込んだ一人の女性。
ファー付きのフードの奥から覗くその目は、見ている側に寒気を感じさせるほど済んだ青色。
素晴らしく整った美貌の持ち主だが、身に纏う雰囲気は恐ろしく冷たい。
そんな二人を見て、彩と知和は驚愕の表所を浮かべた。
「ぐ、ぐるみん!? それに羽場屋サマも!?」
「……どうして、こんなとこに……!?」
口々にそんな言葉が漏れる。
赤い猫の着ぐるみは、『一着討千』ぐるみん。普段はメッセンジャーとして活躍する、性別不詳の凄腕の魔法使いである。
そして、傍らに立つ女性は羽場屋冴。
魔界に暮らす魔女たちの頂点、『冬の魔女王』。
その実力に慢心せず、なおも魔法の研究を続けるまさに先駆者。
どちらも魔界を治める魔王の側近として名高い存在だった。
「えっへっへー、今日はせんせーの学校の視察の日なんだ! ちょっとこっちの教師に不祥事が」
「ぐるみん、それ以上は不要」
静かに冴から静止されたぐるみんは、おっとっと、と慌てたように口を抑えるポーズをしてみせる。
それを横目で見てから、魔女はまっすぐに彩へと歩み寄った。
思わず緊張する彩の前に、一冊の見慣れたノートが差し出される。
自分の魔法研究ノートだった。
「瀬野彩。ぐるみんから預かったこの研究成果、目を通させてもらったわ。……非常によくできていた」
「ほ、ほ、本当ですかっ!?」
震える手でノートを受け取りながら、彩は冴を見上げる。
見つめ返してくるその目には、柔らかい光が灯っているように思われた。
「私は、嘘はつかない主義。……ただ、いくつか改善の余地が見受けられた。それに関しては、私の方から助言を書き込ませてもらったから」
その言葉を聞いて、彩はこれ以上ないくらいに目を見開いた。
慌てて、手元のノートをめくる。
そこかしこに、几帳面な赤い文字が書き込まれていた。
「あ……ありがとうございます! 私みたいな駆け出しの魔法少女に、こんな……!」
「駆け出しかどうかなど関係ない。向上心のある者に、私は援助を惜しまない」
感極まった様子の彩から、冴は知和へと視線を移す。
緊張していた様子の彼女の背筋が、さらに伸びた。
「友田知和」
「は、はい!」
「先ほどの『戦闘訓練』、いい動きをしていた。……貴女は自らの本質を捉えた戦い方ができている」
「そ、そんな」
「うんうん。ぐるみんもそう思うよっ!」
離れたところに立っているぐるみんからも称賛を浴び、知和の顔が赤くなる。
冴は二人の魔法少女を交互に見回し、口を開いた。
「貴女たちがより良い魔法少女になるよう、私は切に願っている。……用件はこれだけ。行くわよ、ぐるみん」
「はい、せんせー!」
去っていく二人を、彩たちは見えなくなるまで見送りつづけた。
***
屋上から屋内へ。
階段を下りながら、冴は口を開く。
「ぐるみん」
「はーい」
「瀬野彩と友田知和と訓練を行っていた魔法少女のチーム。あれの上役は誰かしら」
「えーと……あ、この人じゃないですか?」
隣を歩いていたぐるみんは、どこからか取り出したリストを冴へと手渡した。
それを一瞥した冴は、目を細める。
「久郷栄歌に連絡を。至急、代わりの人材をここに送り込むように。……彼は『研究室』送りにする」
「はーい。でもどうしたんです? あの子たち、別に悪い事してませんよ。ぐるみんのブラックリストにも入ってないし」
「……育成方針がまるでなってない。素質を活かせていない。正しく導けば、彼女らとて魔女になれる逸材なのに」
淡々と言った冴は、静かに締めくくる。
「教育者に無能はいらない」
「……せんせー、こっわーい☆」
おどけたようなぐるみんの声には答えず、羽場屋冴は歩みを進める。
向かうは職員室。
いくら視察しても減らない無能の『処理』も、彼女の仕事なのだった。
***
さて、突然の大物が去っていった後。
彩はなぜか知和と昼食をとる事となったのだった。
ちなみに、その辺で焦げて痙攣していた挑戦者たちは、知和の衛精たちによって保健室送りとなっている。
「うーん、いい天気だねー。お弁当日和だよ」
「……あなた、いつも何食べてるの? やっぱりマトン?」
「きょ、今日はサンドイッチだよ? ……あと彩ちゃん、別にあたしが羊肉食べても共食いにはならないからね?」
やっぱりってなんなの……と呟きながら弁当の包みを広げる知和に、彩は質問をぶつけることにした。
「……ねぇ、羊大王」
「知和って呼んでよ。……もうその渾名、定着しちゃったからいいけどさ」
彩はいつも知和を羊大王と呼ぶ。
いつしか彼女の友人の間にも広まったそれは、彼女の戦闘衣装も相まって、いつの間にか二つ名として定着してしまったのだった。
してやったりと思っていた彩だが、すんなり受け入れられたと分かったときは複雑な気分になったものである。
閑話休題。
「……なんで、私に関わるの?」
「うん?」
「その……あなただって知ってるじゃない。私の嫌いなものくらい。それを知ってたら、私と仲良く出来ない事くらい、わかるでしょ?」
彩とは違い、知和には友人が多い。
それこそ、彩が吹き飛ばしたくなるくらいに多い。
……にも関わらず、知和は彩へのアプローチを諦めない。
彩にはそれが不思議でならなかった。
「友達がいるんだから、いいじゃない。その子たちと付き合っていれば。私になんて構う必要はない」
彩の言葉に、知和は不思議そうな顔をして首を傾げた。
「それはおかしいよ。他に友達がいるからって、彩ちゃんと友達になっちゃいけないなんて決まりはない」
苦い表情を浮かべた彩に、今度は知和が質問を投げかける。
「じゃあ、逆に聞くよ? なんで彩ちゃんは、こうしてあたしとお昼ご飯を食べてくれてるの? 本当に嫌なら、断ればいいよね」
思わぬ反論をぶつけられ、彩はきまり悪げな表情を浮かべた。
なんとかごまかそうと思っても、知和の表情は真剣そのものだ。
しばしの間見つめ合ってから、彩は仕方なく息を吐いた。
「……私が尊敬するセンパイたちは」
「え?」
戸惑う知和に構わず、彩は言葉を続けた。
「二人とも、自分の足で立って、自分で目標を立てて、自分の手でそれを掴もうとしてる。それがどんなものであれ、私はその姿勢に憧れる」
知和は黙って彼女の言葉を聞いている。
「あなたも……まぁ、その目標は正直反吐が出るものだけど……」
「そ、そこまで言う?」
「……反吐が出るものだけど。まあ、その努力と姿勢を評価しないほど、私は狭量じゃないつもり」
なんとか言い切って、彩は知和から顔を背けた。
若干の沈黙が、辺りに広がる。
「……ああ、あと。さっき助けてくれたことに関しては、その、礼を言わせてもらうわ。私一人でもなんとかなったことだけど、でもうにゃあっ!?」
その沈黙に耐えきれず、また言葉を並び立てた彩に衝撃が走る。
抱きつかれたのだ。知和に。
涙混じりの声が、彩の耳に届いた。
「あ、ありがとう、ありがとう彩ちゃんっ!」
「ちょ、待って、落ち着いて」
「あたし頑張るよ! 頑張って、彩ちゃんにもたくさんのお友達を作るお手伝いをするから!」
「それが余計なお世話だとっ、ちょっと待ってなんであなたこんな力強いの!? は、離しなさいってばぁー!」
彩の悲鳴は、誰に聞こえる事なく青空へと消えていった。
数多の衛精を従える『羊大王』、友田知和。
彼女と彩の戦いは、果てしなく続く。
執筆者:四十二十五
一言「次回、ぐるみんの秘密に迫る!」