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××系魔法少女はお好き?  作者: しきみ彰/四十二 十五/九十九照助
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××系魔法少女と犬の王子様

 容姿端麗、才色兼備。

 人望も篤く、天才肌。覚えた知識を柔軟に活用し、魔法少女の司令塔としても優秀で、近距離攻撃においても遠距離攻撃においても強い。

 何処を取っても完璧な少女、颯樹莉音(さつきりお)

 しかしそんな彼女にも、苦手とする人種はいる。


「おはよう、莉音」


 学校の門をくぐったところでかけられた声に、莉音は眉をひそめる。

 そして嫌な顔を隠そうとすらせず、後ろを振り返った。


「……ごきげんよう、翁慈(おうじ)さん」


 翁慈夏希(おうじなつき)

 その少女こそ、莉音が最も嫌いとしている少女である。

 すると朝から悲鳴が上がる。


「きゃぁぁああっ! 莉音様と夏希様よ!」

「姫と王子って感じ……」


 この悲鳴も、莉音を苛立たせるには十二分な要素を兼ね揃えている。

 夏希は所謂、『王子様系』な少女だ。

 さらさらとしたミルクティー色の髪は女性にしては短く、男性にしては長めに切られていて、愛嬌のある丸めの瞳もどこか中性的に見える。

 そして尚且つ百七十を越える身長と態度が、夏希が『王子様系』と呼ばれる所以である。

 そんなこともあってか、夏希は今では『王子様の中の王子様(プリンス・オブ・プリンス)』と呼ばれている。

 しかし昔の翁慈夏希を知っている莉音からすれば、釈然としない。何をどう間違えたら、こんなことになるのか。

 莉音は隣りを歩く夏希に呆れながらも、自分の教室へ向かった。








 ここは魔法少女を育成する、中高一貫校である。

 敷地は同じで、隣りの高校校舎には同じチームである薩摩鏡花が通っているはずだ。ただ鏡花は遅刻の常習犯なので、朝から学校にいることは稀だが。

 莉音は途中から取り巻きたちを引き連れて教室へと入った。残念なことに、夏希も同じクラスである。

 取り巻きの一人が椅子を引き、莉音は椅子に座る。そして物思いげに窓の外を見つめる。

 その様を見て、クラスにいた全員が見惚れているのは日常茶飯事だ。

 放っておいてもHRは始まり、授業開始のチャイムが響く。

 莉音は魔法学の教科書とノートを開いたまま、昔を思い出した。



 □■□



「颯樹、莉音さん……ですか?」

「……そうだけれど」


 莉音が振り返った先にいたのは、時代遅れの古臭い黒縁メガネにぼさぼさの長いミルクティー色の髪をおさげにした、地味でたどたどしい雰囲気をした少女。

 これが、小学四年生のときの莉音と夏希の出会いである。

 莉音は同年代の先輩として、新人の夏希の教育係を任された。


「……取り敢えず、貴女、何が得意?」

「えっと……これといって、特には」


 本気か。

 莉音はがっくりと項垂れる。これでは得意な魔法や武器から探さなくてはならない。

 しかし結果、夏希は全くと言っていいほど攻撃能力がなかった。


「貴女、どうして魔法少女になったの?」


 とは、このときの莉音の口癖だ。

 そのたびに萎縮して身を縮める夏希を見るたびに、莉音は嘆息したくなる。

 しかしそんな状況でさえ莉音についてこようとする夏希が、莉音には理解できなかった。


「さ、颯樹さんっ……もう一回、お願いします……」

「そんな体でまだやるのぅ? やめときなさい、今日の訓練はこれではおしまい」

「いや、です……まだ、やれます」


 訓練のたびに幾度となく倒れ伏せても、夏希は意識を飛ばすまで何度でも莉音に挑んできた。


 往生際が悪いというか、なんというか……。


 でも、莉音は努力する人が嫌いではない。寧ろ、好きだ。

 今で言うところの後輩の瀬野彩(せのあや)薩摩鏡花(さつまきょうか)も、努力を惜しまない魔法少女たちだ。

 無い物ねだり、と言うべきか。

 莉音は努力をしたことがない。努力をしなくても、当たり前のように理解できてしまうからだ。

 見聞きしたものは柔軟に吸収できるし、一度やったことは直ぐに習得できてしまう。

 だからこそ莉音は、夏希のその様が酷く眩しく見えたのだ。

 ……今となっては、選択をミスしたとしか言いようがないが。

 そんなことはさておき。

 あまりに熱心な夏希に折れて、莉音が呆れながらも夏希の訓練を進めていたときだ。

 二人に、任務の要請がかかった。

 莉音は渋ったが、夏希は行くと言って聞かず。

 結局二人は、要請がかかっていた住宅街へと転移した。


 ──そこで見たのは、優に二百を超える蛇型の魔物の群れ。


 莉音は眉をひそめた。たった二人のチームにこんな量の魔物がくるなど、あり得ない話だったからだ。

 直様上層部へと連絡を入れた莉音だったが、その連絡が繋がることはない。

 そしてさらに驚いたのは──


「い、いやああああっっ!!」

「翁慈、さんっ?」


 夏希は錯乱したかのように暴れ、泣き出した。

 後に聞いたところ、夏希は大の蛇嫌いだと言う。昔のトラウマのせいで、蛇は見ているだけで蕁麻疹が出ると言っていた。

 しかしこのときの莉音は、それを知る由もない。


 孤立無援。


 まさしく、そんな言葉がぴったりだと、莉音は遠い目をしながら思ってしまった。

 しかしこんな場所でむざむざと殺されたくはない。

 莉音は直様頭を回転させた。そして見晴らしのいい高台へと夏希を抱えて急ぐ。

 これはほぼ、賭けに近い。

 わざと見晴らしのいい高台に来て、狙われるのだ。

 本来なら隠れた方がいい。でも、これだけの数の魔物の場合、小道に回り込んだ方が危ないのだ。何処から敵が出てくるか分からない。それならば敵からの攻撃の軌道が分かりやすい何もない場所に出た方がいい。

 莉音の選んだ選択は、不完全ながらも成功する。


 ──ただ、敵が多すぎた。


「キリがないわねぇ……っ」


 撃てど撃てど、減った様子の見れない魔物たち。


 どうする、どうすればいい。


 そのとき莉音の目に映ったのは、ひときわ大きな個体だった。


 考えて、考えて、考えて。

 私が使える魔法は、洗脳魔法、火炎魔法が主。でも今の魔力量からしたら、火炎魔法を撃てるだけの余裕はない。洗脳魔法なら使えるけど、あれは対象と目を合わせて発動するものだ。この場じゃ役に立たない。


 考えて。答えは絶対にある。


 ふと莉音が閃いたのは、弾丸に直接洗脳魔法を装填することだった。

 でも、魔物は自我のない生き物だ。命令を植え付けるならひとつだけじゃなければ意味がない。

 必要なのは、固定観念。生物学上持っているであろうものの植え付け。または倍増。

 そのとき莉音の頭に浮かんだのは、蛇が蛇を丸呑みするというえげつない映像だった。


 共食い。


 自然界の動物には必ず、そういった習性がある。普段は押さえつけられているであろうその習性を倍増させるには──蓋を取り去って、命令を植えつければいい。

 莉音は巨大な大蛇に向けて銃口を据えた。

 頭の中で魔法式を立てて、銃弾を構築。その銃弾に洗脳魔法を付与。

 命令内容は──共食い。


「『共食らえ(カーニバル)』」


 銃声が響き渡る。



 □■□



「颯樹莉音さん」

「……はい、なんでしょうか?」


 教師からのその言葉に、莉音の意識は浮上する。

 そして莉音はなんとはない顔をして、教師の顔を見て笑った。

 それに教師は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 また? と、誰かが呟くのが莉音の耳に届いた。


「颯樹さん、この問題を解いてください」


 黒板を一瞥し、莉音は席を立つ。そして悠然とした足取りで教壇の上に上がる。


 全く、趣味の悪い教師ねぇ。


 莉音はチョークを手に取り、黒板をしげしげと眺めた。

 その魔法式の内容は、大学辺りで習う難しい内容だった。

 横で腕を組む教師が満足げに微笑む姿が莉音の癪に障る。

 この間一回だけ、魔法式の指摘をしただけで根に持たれたのだ。

 以来、この教師は良く莉音のことを当てる。それにしたって今回ばかりは酷い。まだ習っていないものを書いてやらせるなんて。


 それでも教師かしらぁ?


 莉音は黒板に白いチョークを滑らせた。

 バランスの整った字がさらさらと書き綴られていく。

 コトリ、と莉音がチョークを置いた頃には、教師の顔から血の気が引いていた。

 黒板には、長文の文字が並べられていた。

 その答えに、間違いなど微塵もなく。

 黒板に張り付くように莉音の答えを見入る教師の横で、莉音はさらに赤いチョークを持つ。


「そして、ここ」


 書かれていた魔法式の一部に二重線を引く。

 そしてさらさらと正しい式が赤いチョークで書かれていった。


「これじゃなければ、魔力と繋がりませんよ?」


 センセイ?


 周りから湧く笑い声に、莉音は口端を吊り上げた。









「いい天気ねぇ」


 放課後。

 莉音は珍しく、一人で下校していた。

 大抵帰り道は後輩の彩と帰りを共にすることが多いのだが、莉音はその誘いを蹴ったのだ。

 不思議そうに首を傾げる後輩に向けて、莉音はくすくすの笑って、「私情があるのよ。彩を巻き込みたくないのよぅ」と言った。

 ぽかぽかと過ごしやすい陽気の中、莉音は出来る限り細い道を使って帰る。そして──


「……ホント、やること成すことが阿呆らしいこと」


 莉音は、前後の道を塞ぐように現れた数十人の少女たちに向けてそうぼやいた。

 そしてその先には、件の教師がいる。

 王様気取りの風格で、教師は杖を握っている。


「ごきげんよう、センセイ? 自分の担当している魔法少女たち数十人を連れて、お出かけですかぁ? お暇なんですね、お家に帰ってお勉強でもしていたらいかが」

「うるさい、黙れ。たかが魔法少女ごときがこのわたしのことを馬鹿にしおって……」

「大人げないこと。集団リンチは犯罪よ? ──いや、その前に、貴方のしていることが違反行為よねぇ」


 とんっと手に持っていたカバンを下に落とす。


 そろそろ、来るとは思ってたのよねぇ。


 魔法少女内には暗黙のルールとして、『下克上制』というものが存在する。

 内容はその名の通り、強い魔法少女に戦いを挑んで勝つ、という行為だ。


 上司の口車に乗せられたのねぇ。可哀想に。


 見たことのない魔法少女たち。つまりそれは、最近魔法少女になった者たちなのだろう。

 少なくとも莉音はリーダーとして、周りのチームの情報管理は怠ったことはない。

 魔力の波長から人数を確認。

 数は十三。新人魔法少女の大型団体だと判断する。

 莉音としては、そんなに長引かないうちに終わらせたい。彩を連れて帰らなかったのも、莉音の私情に彩を巻き込みたくなかったからだ。こんなことを言えば、莉音の可愛い後輩は心外だ、と眉をひそめそうだが。


「誰でもいいからかかってきなさいな。センパイとして、私がその根性を叩き直してあげるわぁ」

「……強がり」

「まさか」


 莉音の思い描く未来にあるのは、絶対的な勝利のみ。

 颯樹莉音は、この程度の敵には負けない。

 颯樹莉音は、天才だから。


 莉音が自身の変身道具であるブレスレットを掲げたときだ。

 唐突として増えた気配に、莉音は思わず溜息を吐き出す。


「やぁ、莉音」


 声は空から降ってきた。

 音もなく降り立つのは、莉音の天敵である翁慈夏希。

 莉音はげんなりする。この少女は毎回、どこから現れるのだろうか。


「……ああ、そっか。忘れてたわぁ」


 残念なことだ、と莉音は可哀想なものを見るような目で夏希を見た。

 そんな中、夏希はにっこりと笑みを浮かべる。

 骨抜きだ。

 歩く公害だ。

 笑顔をただで売り歩く、タチの悪い災厄だ。

 莉音も人のことを言える立場にないが。


「莉音。僕も手伝うよ」

「結構よ。慈善活動をお望みなら、他を当たって頂戴」

「つれないなぁ」


 莉音はコスチュームに身を包み、双銃を掲げる。

 それにつられて夏希も着替え、細剣(・・)を構えた。

 その頭には、耳。

 もふもふとした、犬の耳が垂れていた。

 これが、魔界出身の魔法少女ゆえの特徴である。つまり夏希は、魔界出身の魔法少女なのだ。

 それにしても。


 犬の王子様。


 なんとも似合わない。

 王子様のような白と青、金のコスチュームを身にまとった夏希の頭に生える耳は、それくらい異質に見えたのだ。

 ぶっちゃけ、犬の騎士様のほうがまだ忠実だという点においてのみ合う気がする。

 そんなこと、どうでもいいが。

 やや冷めた目を送りながら、莉音は容赦無く引き金を引いた。

 装填してあるのはゴム弾だが、当たれば勿論痛いしまともに当たれば気絶する一品だ。莉音は手加減をする戦いの場合、ゴム弾をよく活用する。それはそれだけ、莉音には敵が多いということを意味していたりもする。

 莉音の銃撃にぴったりとタイミングを合わせて、夏希の細剣(レイピア)が針のように正確に突きをいれる。その無駄に合った呼吸に、莉音はさらに落胆した。


「……そういうところ、本当に嫌い」


 あの日から。あの日から、夏希は変わった。それはひとえに莉音のせいであり、莉音のためでもある。

 勘違いも甚だしい。

 思い上がりも図々しい。

 莉音は義務で、夏希と接していただけで。

 自分の目の前でむざむざと、夏希が死ぬのを見るのが不愉快だった。

 それだけの理由で夏希の命を助けた(・・・・・・・・)だけなのに。

 こんなに懐かれるのなんて、まっぴらごめんだ。


 ──気付けば敵の魔法少女たちは、一人残らず倒れ伏していた。


 それに怯えたのは件の元凶である教師だ。


「く、くるなぁっ……!」


 教師が使ったのは、召喚魔法。

 教師の周りに浮かび上がる数個の魔法陣からは、なんの因果かは知らないが大蛇が出てきた。真っ白い大蛇だ。数は合わせて七体。

 夏希は倒れはしなかったものの、顔を引き攣らせた。


「……きも、ちわる……」

「まだ直らないのぉ? 面倒臭いこと」


 そういいつつも莉音は、拳銃にとある弾丸を装填する。

 洗脳弾。

 考案した当初より更に強力に改良されたその術式は、そのときついてしまった悪名の代償ともいうべき産物だ。

 そう。『絶望君主の絶対女王(マイ・ロード・マイ・エンド)』と。


 ──その後響いた声を聞き、莉音は嫌悪に眉をひそめた。


「……ほんと、この学校。ゴミが多いわねぇ」


 清掃しても、追いつきやしない。


 莉音は命乞いをする教師に。


「『共食らえ(カーニバル)』」


 死刑宣告をくだした。









 小学四年生のあの日、莉音が学んだことは、大人はどこまでも汚い、ということだった。

 途中で通信が途絶えるなんてあり得ない。

 しかも謀ったかのように駆け付けた増援の魔法少女たちは皆、二百体もの魔物を一人で片付けた莉音に対してそんな悪名を付けてしまうし。

 どこまでも徳のしない出来事だった。

 しかしその日、莉音は考察した。結果、こんな答えを導き出した。

 夏希は『廃棄処分』される予定だったのだろう、と。

 今は使い物になっているが、過去の夏希に利用価値はない。あの場において、莉音は増援が来るまで逃げ切れるだけの実力があったのだ。勿論、夏希を連れなければ、の話だが。

 この日から、莉音は魔法少女の見方を変えた。

 それは成果と言える。

 言えるのだが……。

 更なる副産物と言えば。


「莉音っ……流石莉音だねっ! 僕にもそんなふうにまた、罵ってくれないかな!!」

「あーあーあー! 聞こえなーいぃ……!」


 ……翁慈夏希のドM精神を、芽吹かせてしまったことだろうか。


 這いつくばって懇願する犬の王子様に、莉音はドン引きする。


「莉音、愛してる! 君のためならなんだってできるよ! だからその足で踏んでくれないかな〜っ。できれば踵で!!」

「最後の言葉で全部台無し」


 颯樹莉音(じょうおうさま)翁慈夏希(いぬのおうじさま)

 彼女たちの仁義なき戦いはまだまだ続く。

執筆者:花来れん

一言「シリアスからのコメディーへのぶち込み。それが花来れんクオリティー」


次回は25日0時に投稿。

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