表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
××系魔法少女はお好き?  作者: しきみ彰/四十二 十五/九十九照助
2/8

××系魔法少女のとある一日

 白い獣が迫ってくる。

 その数はどんどんと増えていき、もはや視界一面を覆うまでになっていた。

 瀬野彩せのあやは震えていた。

 恐怖に、そして怒りに。

 やがて、白い獣の一匹が鳴き声を上げる。

 メェェ、と。


「——っああああぁぁぁぁっ!」


 瀬野彩の一日は、夢の中の群れた羊を掃討することで始まる。




 ベッドの上で勢い良く身を起こした彩は、荒い息をついていた。

 時計を見ると、午前三時を指している。

 眠ったのが昨夜の十時過ぎだと考えると、まぁ睡眠時間はとれていた。


「……あー、最悪」


 誰にともなくぼやきながら、彩はそのままベッドを抜き出して学習机に向かう。

 机の上に広げられたノートには、常人では理解不能な言語や数式が踊っていた。

 つい先ほど夢に見たおぞましい光景をあえて思い浮かべながら、彩はそのノートに新たな文字を書きつける。

 

「……範囲は良好……燃費も申し分なし……惜しむらくは、破壊力」


 ぶつぶつと物騒な言葉を呟きながら。



 

 瀬野彩は俗にいう『魔法少女』である。

 彼女が魔界から適性有りと判断されたのは、不登校だった小学校の時分。

 初めは混乱したものの、すぐに彼女は魔界の誘いに乗った。

 こうして彼女の延々と魔物を狩る日々が幕を開けたのである。




 重要なのは攻撃範囲。より多くの魔物を一度に殲滅するためには、これを考えなければ始まらない。

 重要なのは射撃距離。たとえどんなに範囲が広くとも、それに自分が巻き込まれてしまっては意味がない。

 重要なのは消費魔力。一度しか発動できないのでは、お荷物になるのが目に見えている。

 しかし何よりも大事なのは、破壊力。

 自分が魔法を使うのは、群れている連中を滅殺するために他ならない。

 彼女は群れが嫌いだった。何よりも嫌いだった。

 だからこそ、痕跡すら残さずに消滅させるくらいの破壊力がまず重要となるのである。

 そんな彼女なりの『基本理念』を思い浮かべながら、彩はノートにペンを踊らせる。

 羊の大群に起こされたあとは、その反省を生かして魔法の改良研究を行う。これが彼女のルーチンワークとなっていた。

 おかげで、彼女の魔法の腕前は日に日に成長しているのだ。

 それにしても、とペンを止めて彼女は考える。

 眠れない時に羊を数えると眠れる、などという悪しき風習を考えついたのはいったいどこの誰なのだろう。

 調べてみたところ、英語の『羊』と『眠り』との言葉遊びだということはわかった。しかし、どこの誰がそんな余計な事を思いついて広めたのかまではわからない。

 よく眠れずにぐずっていた幼い頃に親からそれを教えられてからずっと、奴らは彼女の夢を侵しつづけている。

 まったく忌々しい。おかげで寝不足だ。

 心中で呪いを吐き出しながらも、彩は魔法の研究を再会した。

 今度会った時は焼き尽くしてやる。そんな思いを胸に秘めながら。




 そんなことをやっているうちに、そろそろ日が差し始めてきたようだ。

 時計を確認するとちょうど午前六時を回った頃である。

 彩はノートを閉じ、今日の学校で食べるお弁当を作りに台所へと向かった。

 センパイたちに習って一人暮らしをしているので、こういうことは自分でやらなくてはならない。

 おかげで少しは料理も上達したように思う。

 適当にサンドイッチなどを作りながら、彩は学校のことを思ってため息をつく。

 人の多いところに行くと思うだけでも憂鬱なのだ。




 瀬野彩は群れが嫌いである。

 それは別に嫌な思い出があるから、などというものではない。

 生まれたときから理由なく生理的に受け付けないのだ。

 だからこそ、彼女は小学校のときに不登校になったのである。

 無理矢理学校に行かされたこともあるが、やはりその性質は治らなかった。

 ただ教室にいるだけでいらついていた彼女の神経は、昼休み中にグループで固まって談笑している生徒を見たあたりで限界を迎えた。

 気づいた時にはその生徒の一人に馬乗りになっていたのだから驚きだ。

 そんなこともあり、両親からは腫れ物を触るような扱いを受けることになったのである。




 が、それも昔の話だ。

 今は様々な工夫をして、なんとか学校に通えている。

 制服に着替え、身だしなみをチェック。

 目の下の隈を除けば、おおむね問題はなし。

 肩口まで伸ばした髪。前髪は目にかかるくらいには伸びていて、よく周りからは見えないんじゃないかと心配される。

 わかっていない、それがいいのに。

 同じ年頃の生徒に比べて小柄な体を見ると思うところはなくもないが、それはあえて気にしない事にする。

 忘れ物を確認。机の上に置きっぱなしになっていた度の合わない眼鏡をつけて、彼女は玄関へと向かう。

 

「……いってきます」


 誰一人として聞く者はいないが、それでも彩は出かける時には挨拶をかかさない。




 家を出てまずすることは、頼れるセンパイとの合流である。


「おはよう、彩」


 家からほど近い高級マンションの前で、颯樹莉音(さつきりお)は笑って彼女を出迎えてくれた。

 同じ中学に通う先輩でもあり、魔法少女という枠組みでもセンパイである彼女は、彩の憧れだ。

 中学生とは思えない大人びた風貌とその抜群のスタイルを見ると、ちょっと複雑な気持ちになるのは内緒である。


「おはようございます、莉音センパイ! あの、さっそく」

「はいはい。もう彩ったら、せっかちねぇ」


 苦笑しながらも彩へと歩み寄った莉音は、彩の眼鏡を外してその瞳を覗き込む。

 その瞳の色彩に、淡い光が輝いた。

 彼女の得意魔法の一つ、洗脳魔法である。

 もっとも、彩に対して発動させているのは本来の用途ではなく、どちらかというと催眠術に近い。

 こうすることで、彩の持つ『群体に対する嫌悪意識』を和らげているのだ。


「はい、おしまい。それにしても、すごい隈ねぇ? ちゃんと寝てるの?」

「ありがとうございます……あ、その、また、少し」

「羊ちゃんたちと戦ってたのねぇ? ねぇ彩、そんなに嫌いなら数えなければいいんじゃない?」

「それは、ちょっと……もう癖になっちゃってて」


 難儀ねぇ、と笑いながらも莉音は学校に向かって歩き出す。

 少しあとから彩もその後を追った。




 学校につくと、莉音はすぐに取り巻きたちと合流して自分の教室へと向かっていった。

 持ち前の話術と、本来の意味で使った洗脳魔法でもって、莉音は自身の『王国』を学校に築いているのである。

 そんな様子を見て彼女に尊敬を寄せる一方で、彩は嫌悪に満ちた眼差しで取り巻きたちを見る。

 センパイの配下でなかったら、問答無用で吹き飛ばしてやるのに。

 そんな物騒な思考を振り払ってから、彩もまた教室へと向かった。




 昼休みである。授業時間? あいつはもう消した。

 昼食は基本的に一人で取るのが彩のポリシーだ。

 時折、莉音やもう一人の頼れるセンパイである鏡花きょうかから誘われたときを除いて、だが。

 ともかくお気に入りの場所である体育館裏に向かうと、そこには先客がいた。

 なにやら不良っぽい生徒たちが、一人の気弱そうな女子生徒を囲んでいる。

 ここが女子校であることを考えると、珍しい風景と言えなくはないかもしれない。

 その数は合わせて八人。

 参考まで言うと、彼女が我慢できる集まりの数は七人までだ。

 どさり、と彩は手に持った鞄を落とす。

 その音で、先客たちの視線が一斉にこちらを向いた。

 つけていた眼鏡を外し、冷たい視線を持って彩は宣言する。


「失せろ」


 ——次の瞬間、絡まれていた生徒含む不良たちが宙を舞った。

 風を利用した爆裂魔法。

 証拠も残さず威力も抑えめ。

 彩の発明した魔法であり、彼女のお気に入りの一品だった。




 一人きりの昼食を終えた彩が次に向かったのは図書室である。

 活発な生徒の多いこの学校では、少しばかりここを利用する生徒は少ない。

 それが、彩がここを気に入っている一番の理由だった。

 一番奥まった席を陣取り、彼女はまた魔法研究ノートを広げる。

 明け方とは違い、穏やかな気分で発想ができるこの時間を、彼女は大変気に入っていた。

 図書室は静かである。

 校庭から聞こえてくる歓声も、今の彩にとってはよいBGMだ。

 落ち着いた気分でペンを取ろうとしたその時、携帯が鳴った。

 よもやセンパイからの連絡かと慌てて携帯を開いた彩の顔に、嫌そうな表情が浮かぶ。

 一応の上司からである。

 この人から電話がかかってくる時なんて、用件はわかりきっているのだ。

 図書室から離れ、彼女は通話ボタンを押した。


「はい、もしもし。魔物討伐ですか」

『理解が早くて助かるよ。お願いできるか』

「……さっさとしてください。今少しいらつき始めてます」


 そう告げるやいなや、彼女の足下に魔法陣が展開される。

 転移魔法を発動させるためのものだった。

 一瞬の光に包まれたあと、彼女の姿は学校から消えていた。




 光が消えたあと、彩の目の前に広がったのはどこかのオフィス街。

 しかしこの時間だと言うのに周囲は薄暗く、周りには一般人の姿は見られない。

 いつものごとく、人払いの結界は展開済みというわけだ。

 ため息一つついてから、彼女は自身の変身道具である短いステッキを宙に掲げた。

 ステッキの先端につけられた赤い宝石が輝く。

 その瞬間、彼女の来ていた制服が光の粒となって展開。

 そして一瞬で彼女の『戦闘衣装』へと姿を変えた。

 彼女のコスチュームは、つばの広い三角帽子に黒いローブ。いわゆる伝統的な魔女のそれである。


「やっほ〜、彩。準備できたぁ?」

「……今日も、よろしく」


 魔法でもって箒を錬成していると、後ろから近づいてくる影が二つ。

 莉音と、今日は初めて顔を合わせるセンパイの片割れ、薩摩鏡花である。

 

「万端です。……では、先行します」

「おっけー。私の分も残しといてねっ」


 可愛らしくえぐいおねだりをしてくる莉音に苦笑を返すと、彩は箒に飛び乗って空へ舞い上がった。

 そして倒すべき魔物を見つけて顔を歪める。

 今回の魔物はどうやらスライムタイプのようだ。核を潰さなければ何度でも再生する厄介な連中である。

 しかし、それよりも彩を嫌悪せしめたのはその数。

 大小の違いはあるが、ゆうに百を超えていた。


「……気持ち悪い……!」


 吐き捨てるようにそう呟くと、彩は右手に持ったステッキをその魔物の群れへと突きつけた。

 それと同時に、彼女の周囲にいくつもの魔法陣が展開される。

 砲撃準備、完了である。


「星よ、風よ、炎よ。我が眼前にはびこる愚者に滅びを!」


 引き金となる詠唱を声高に叫んだ。

 それと同時に、展開された魔法陣からまばゆい光が射出され、魔物の群れへと飛び込んでいく。

 魔物に触れた光は、大規模な爆発を巻き起こした。




 瀬野彩はキャリア的に言えば新米である。少なくとも、莉音や鏡花に比べるとまだ経験が浅い。

 本来ならばもっと大規模なチームを組まされるはずの彼女が、彼女らのチームに加えられるようになったのは理由がある。

 適性テスト後、彼女は他の新米魔法少女たちとチームを組まされた。

 その初戦で彼女が行ったのは——味方に対する魔法攻撃だった。

 たとえそれが味方であろうとも、彼女は群れが嫌いで仕方ないのだ。

 扱いに困りはてた上層部は、同じく問題児と目されていた莉音たちに彼女を任せるという判断を下した。

 かくして、現在の魔法少女トリオが結成されたわけである。




 爆音のあと、魔物は明らかに減少していた。

 身を欠けさせたものがいくつか。

 そして、形すら残らなかったものが何十体か。

 その成果に彩は口角を吊り上げる。

 残った魔物たちへ莉音と鏡花が突っ込んでいくのを眺めながら、彼女は新たな魔法を展開する。

 今度は彼女たちを巻き込まない程度に。

 しかし、確実に群れを減らせるように。

 



 魔法少女、瀬野彩。

 彼女につけられた異名はそれなりに多い。

 『歩く火薬庫ウォーキング・パウダーケグ』、『群れるな危険アンチモブ・インパティエンス』、『小さなリトル・痩せっぽちのスキニー・爆弾魔ボマー』。

 しかし魔界の上層部は、彼女のことをこう呼んでいる。

 『滅殺系魔法少女』と。

執筆者:四十二 十五

一言「次回予告:彩ちゃんと羊大王の決闘にご期待ください!」

http://mypage.syosetu.com/345149/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宜しければクリックお願いしますm(_ _)m
小説家になろう 勝手にランキング
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ