初受注
どうしたものかと考えてたら約束通り報告を終えた雄也さんが来てくれた。
テンション高めに[歌唱依頼]の事を説明すると
「初めてみたよこんな依頼……」
ボードを見つめたまま神妙な顔つきで雄也さんはつぶやいた。
「ルネシードって酒場が
実はモンスターの巣の中にあるとかいうオチとかはないですよね?」
まさかとは思ったけど念のため確認してみる。
βテスターたちは街中での仕事を受けれないって聞いてたから、ぶっちゃけ不安だったんだ。
「あぁ、安心して。ルネシードならよく知ってる。
ギルドから5分くらい歩いたところにある酒場だよ」
それを聞いてホッと胸をなでおろす。
歌声(物理)みたいな依頼だったらどうしようかと思っちゃったよ。ジャイアン的な意味で。
「しかし……何で君にだけこんな依頼が提示されたんだろう。
あ、悪いけど詳細画面開いてもらえるかな?」
「詳細画面?」
「リストにある依頼をタッチすれば、依頼の詳細画面が開けるから
このルネシードの歌唱依頼をタッチしてもらっていい?」
「はい、分かりました」
二つ返事で了承すると、リストにタッチする。
ピッという電子音が響き、歌唱依頼の詳細画面が表示された。
――――――――――――――――――――――――――――――
[歌唱依頼]
歌い手募集
[受注条件]
【歌う】ギフトを保持していること
[詳細]
場所:酒場『ルネシード』
日時:平日に3日間 午後20時から2時間以上
報酬:1,800円/時
依頼内容:
酒場『ルネシード』で以下の歌を歌ってください。
・乾杯の歌
・オレたちゃ酒飲み
・平和に感謝を
備考:
なお勤務中の飲食については全て店側が負担しますので
お客さんから乾杯を求められたら付き合ってあげてください。
――――――――――――――――――――――――――――――
しばし2人で詳細画面を食い入る様に見入る。
あ、お金の単位は円なんだね。しかもバイトにしては高時給だ。
しっかし意外なところで【歌う】ギフトが活躍してくれたなぁ。
これはキャラクター作成の時に『出来る事』『得意な事』からギフトを取れとアドバイスしてくれた女性アナウンスに感謝しなくちゃだね。
その節はお世話になりました。と心の中で名も知らぬ一人の女性に感謝を捧げていると
雄也さんがボードから目を離し、僕を見つめて来た。
「えっと、君、【歌う】ギフト持ってるの……?」
非常に遠慮がちに言われたけど、その声には少なからず驚きが混じっている。
いや、驚きというか『何でそんなギフトとっちゃったの』と心底疑問に思われてるようだ。
フッ……【歌う】ギフト1個でそんなに動揺するなんて。甘いですよ雄也さん。
僕のギフト大体こんな感じですから!
しかも全部で9個しかありませんから!
最後の1個なんてちょっと訳あって取り上げられちゃってますからね。ハハハ!
アレ?目から謎の汁が出てきたぞ。おっかしいなぁ。……グスン。
「りょ、涼太君……?」
反応を返さない僕に遠慮がちに雄也さんが声をかけてくる。
「大丈夫です。ちょっと過去のトラウマが蘇って来てイジメてくるんで戦ってただけですから。
それで、えっと何でしたっけ……?
あ、【歌う】ギフトですよね。はい。確かに取得しましたよ」
質問を思いだし正直に答えると、雄也さんは小声でつぶやいた。
「そうか……という事は依頼検索システムのバグではないんだね」
バグって……。
【歌う】ギフトを取得してるのがそんなに解せませんか……?
ちょっとした遊び心のつもりだったんだけど、他の人ってそういう取り方してないんだろうなきっと……。
『1個くらいいいよね』って軽い気持ちで取得しちゃったからなぁ。
ま、僕の場合真剣に選んだ残りのギフトも何故だか極めて遊び心満載なラインナップになっちゃてはいますけどね!……グスン。
「涼太君……」
トレードマークの爽やか笑顔を消して、真剣な表情の雄也さんに名前を呼ばれた。
どこか必死そうにも見える雄也さんは、僕の返事を待たずに続けて話しだした。
「君はこの依頼を受けるつもりなのかな?
いや……ゴメン。正直に言うけど是非とも受けて欲しいんだけどどうかな?」
どうかな?と言われましても。
僕としても願ったり叶ったりの依頼ではあるんですが、1つだけ問題があるんですよ……。
「はい。僕も受けたいと思ってるんですけど
実は要求されてる3曲の歌あるじゃないですか。これ全部知らないんですよね僕」
そうなんだ。
『乾杯の歌』も『オレたちゃ酒飲み』も『平和に感謝を』もどれも僕がしらない曲ばっかりなんだよ。
「流石に知らない歌を歌うなんて依頼は軽々しく受けれないかなぁと思ってます」
僕がそう言うと雄也さんは眉根を寄せた。
そしてすっかり空気になってたギルド職員のお姉さんに向かって詰め寄るように尋ねる。
「すいません。こちらの依頼についてなのですが要求されている曲を知らない場合は受注できないのでしょうか?」
お姉さんは相変わらずの営業スマイル&ハッキリ口調で答える。
「申し訳ございませんが、
貴方には受注いただけないご依頼ですので回答は差し控えさせていただきます」
ぉぉ、スゴい辛辣だ。まさに取り付く島なしって感じだ。
これがお役所仕事ってやつなのかな……。
というかどう見たって今のは僕の代理で質問してもらったようなものだしあんな言い方ないと思うんだけどなぁ。
しかし雄也さんは感じ悪いお姉さんの対応を気にした風でもない。
まるで、こういう対応される事が予め分かってたんじゃないかってくらい普通だ。
「涼太君。
悪いんだけど今俺が言った質問を職員さんへ言ってもらっていいかな?」
「はい、分かりました……」
なんとなく釈然としないものを感じながらも言われた通り職員さんの方を向く。
彼女はこちらの気持ちなどお構いなしで、いつものように素晴らしい笑顔だった。
「すいません。僕この曲しらないんですけど
やっぱり曲がわからないと受注できないでしょうか……?」
いつもの笑顔のまま、いつものハッキリした口調で答えが返ってくる。
「いいえ、曲をご存知なくとも受注可能でございます。
酒場の定番曲でございますので、ルネシードにて教えてもらってください」
「なるほど。依頼主の酒場から教えてもらえるんですね」
「はい。左様でございます」
「ありがとうございました」
ペコリと頭を下げながらお礼を言うと、それで役目を終えたとばかりに職員さんが沈黙する。
「……という感じらしいです」
漏れ出てしまいそうな溜め息を必死に我慢しながら雄也さんにそう告げると、彼は苦々しく笑った。
「ホント強引なお願いで悪いんだけど、是非ともこの依頼を受注してもらえないかな?」
「あ、はい。というか僕も是非受注したいと思ってたんで雄也さんが気にする事じゃないですよ?」
申し訳なさそうな様子の雄也さんへそう言うと
苦々しかった表情を幾分和らげ、言いにくそうに話を続けてきた。
「そう言ってももらえると助かるよ。
それとこれは個人的なお願いなんだけど、歌唱依頼を受けたことについてしばらく周りには黙っておいて欲しいんだけど頼めるかな?」
「それは構いませんけど
えっと、どういった理由でそんなことを?」
「前に説明したけど、βテスターが街中の仕事を受注できた事はいままで1度もなかったんだ。
つまり君はその最初の一人になるんだよね」
言われて気づく。
僕でも受注できそうな依頼が見つかって舞い上がってたけど、確かにそのとおりだよね。
「情報を公開しちゃうと、少なくとも街中の仕事を探してるような人の中には
情報欲しさに君が仕事中のルネシードに押しかけちゃう人も出ると思うんだ。
それが原因で君の依頼が失敗でもしたら、目も当てられないからね」
な、なるほど。そういうリスクもあるのかぁ。
最初の一人なんて言い方されると仰々しく聞こえちゃうけど、確かに目立つ存在になっちゃてるよね僕。
「αテストで散々やってきたこととはいえ、モンスターと戦って生計を立てるなんて嫌だって考える人は沢山いるからね……。
月並みな言い方だけどゲームと現実は違うって事かな?
せめて今回の依頼が無事に終わって『こういう依頼を受け、こう達成しました』ってまとめて発表できるまでは黙っておいた方が賢明だと思うんだ」
確かにそのとおりだよね。
3L自体はモンスターとのバトルに重点を置いたゲームだから、バトルが好きな人が自ずと集まるんだろうけど
だからってモンスターと戦う事を生業にできるかと言われればそれは別の話だよね。
ゲームだから楽しめるって人はきっと沢山いるはずなんだ。
下手したら死んじゃうかもしれない今の状況ならむしろ怖がって忌避するのも当然の話しだよね。
僕のこの状況はそんな人たちからしたら、ものすごく羨ましい状況なんだろうな。
「わかりました。それじゃこの依頼の事はしばらくは黙っておく事にしますね」
「うん。ありがとう。それじゃ早速受注手続きをしようか」
笑顔に戻った雄也さんに促され職員さんの方に視線を戻すと僕は口を開いた。
「それじゃこの依頼を受けたいと思います。
えっと、この[受注する]ってボタンにタッチすればいいんですかね?」
「はい。左様でございます。
受注が完了いたしますとメニューにございますクエストタブに依頼内容が記載されますので
念のため間違いがないかご確認ください」
相変わらずの笑顔――ってもうさすがに慣れたよ。
いつも通りの職員さんの指示に従って、僕は歌唱依頼の[受注する]ボタンをタッチした。
するとシャランとゴージャスな音が鳴り、歌唱依頼の詳細画面が消える。
「えっと、受注できたってことですよね?」
「はい。左様でございます」
どうやら無事に受注できたようだ。
初めての受注を無事に終え、フーッと溜め息を吐くと職員さんが声をかけてくる。
「本日のご利用は以上でございますか?」
「はい。今日は色々とありがとうございました」
淡々とし過ぎてて不満な事もあったけどお世話になったのは事実。
お礼を言って頭を下げると、職員さんも僕に負けないくらい深々と頭を下げ最後の挨拶をした。
「それではまたのご利用をお待ちいたしております」
せめてもの反抗として
喉元まで出かかった『お世話になりました』という言葉を飲み込み僕は無言で椅子から立ち上がった。
それと同時に以前雄也さんが言ってたセリフが耳に蘇った。
『実際に街中での就職がないかギルドに直接交渉した人がいるんだけど
ことごとく断られちゃってるんだよね』
ああ、そういうことなのか。
きっとその人たちもさっきの雄也さんみたいな対応を受けたんだろうな。
まさに取り付く島なしって感じの職員さんの対応を思い出し、何とも言えない苦い感情を押し殺しながら僕はギルドを後にした。
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大魔王――じゃなかった桃花さんの待つ宿屋へ向かう。
まだまだお日様の位置は高くギリギリ夕方と呼べる時間帯に見えるけど、雄也さんの話によればあと1時間もすれば暗くなるらしい。
僕と並んで大通りを歩く雄也さんはスゴク機嫌がよさそうだった。
「あ、そうだ。例の件のお礼ってわけじゃないんだけど
武器ギフトのレベルを上げるときは助太刀するから遠慮なく声をかけてね」
例の件というのは歌唱依頼の事なんだろうな。
元々受ける気マンマンだったんだから、雄也さんが気にする必要なんてないのになぁ……。
それにその申し出を受けるのは不可能なんですよ。ギフト的な意味でね。……グスン。
「ホント、気にしないでくださいね?
それに僕。実は武器ギフトは1つもとってないんです」
正直にそう告げると、意外そうな顔をした雄也さんが僕を見やる。
「へぇ。ってことは魔法ギフトオンリーか。男の子にしてはめずらしいねぇ」
あ、やっぱそういうことになっちゃいますか。
ある意味当然の勘違いをする雄也さんに内心苦笑いしてしまう。
普通そう考えますよねー。ですよね。ですよねー。
武器ギフトも魔法ギフトも全く取得しない人なんて普通想像すらしませんよねー。
でも残念ながら今貴方の隣にいるのはその想定外の人間なんですよ。生まれてきてごめんなさい……。
しかしそんな僕の悲惨なギフト状況など知りようもない雄也さんは
上機嫌のまま続けた。
「武器ギフトほど上手くサポートはできないけど、前衛はしっかり努めさせてもらうから
前衛が必要な時は遠慮なく声かけてね」
ああ、その優しさが痛いです。
親切心で申し出てもらってるんだからここは正直に事情を話すべきなんだろうけど
……けど、ギフトが悲惨なラインナップになってる事を知られるのはかなり恥ずかしい。
『どうしてこうなった』
とか聞かれたらうまく説明できる自信がない。
でも黙ってるのも心苦しいしなぁ……。
「あの、実はですね……」
僕は愛想笑いを浮かべたまま悲惨な真実を告げるべく重たい口を開いた。
きっとこれからもお世話になると思うし、こういうのは最初にハッキリ報告しといた方がいいはずだ。
「僕、魔法ギフトも持ってないんですよ」
瞬間。時が止まったような気がした。
……ってのは言い過ぎなんだけど、少なくとも雄也さんの思考は止まってしまったらしかった。
ついでに足も止まってしまったので僕も歩くのをやめ雄也さんの隣に並ぶ。
「え?」
「だからですね、のっぴきならない事情に見舞われた結果
武器ギフトも魔法ギフトも取れないという不幸が訪れてしまいまして」
「……え?」
そろそろ復活してください雄也さん。
僕の心のHPはレッドゾーンです。
「信じられないとは思うんですが、本当なんです。
だから僕は是が非にでも街の中で出来る仕事が欲しかったんですよ」
レッドゾーンの精神に鞭打ってそれだけ告げると
『ああ?あ、どうりで必死に説明を聞いて……いや、それにしたって……』と雄也さんがブツブツ独り言を言い始めた。
いい傾向……なのかな?
それまで停止していた雄也さんの脳みそが処理を始めた証拠だよねこれ?
傍から見たら少々危ない人みたいだけど、それはこの際気にしないことにしよう。
「よかったら君のギフト見せてもらえないかな?」
なんとか復活したらしい雄也さんからギフトの開示を要求される。
あ、やっぱりそういう流れになっちゃいます?
気になっちゃう感じですか?
でも見た後で苦情とかだけは勘弁してくださいね。
「えっと、メニューから見れますかね?」
そう当たりをつけて尋ねると
多少ぎこちない様子の雄也さんが頷きながら返答してくる。
「あ、ああ。メニューから見れるから、お願いできるかな?」
「はい、ちょっと待ってくださいね」
一言断り、右手を開く。
【メニュー】
そう唱えると、右手のひらに見慣れた半透明のボードが出現した。
「それじゃ、上から3番目にギフトってタブがあるからそれタッチしてもらっていい?」
「はい。えっとここか」
言われた通りギフトタブにタッチすると、僕が取得しているギフトの一覧が表示される。
――――――――――――――――――――――――――――――
【ギフト一覧】
愛 Lv0
祈る Lv0
歌う Lv0
Empty
お呪い Lv0
サバイバル Lv0
サヴァイヴァル Lv0
大自然マスタリー Lv0
手当て Lv0
料理 Lv0
――――――――――――――――――――――――――――――
アレ?なんか取得した順番と並びが違う。
あ、そうかアイウエオ順に並び変わってるのかこれ。
愛。祈る。歌う。Empty。お呪い。ハハッ。アイウエオをコンプリートしてやがる!
ってなんでちゃっかりEmptyまで入ってるんだよ!なんか腹立つな!
と、雄也さんが窮屈な体制で覗き込んでいたので
見やすいように雄也さんの方へ右手を伸ばしてあげる。
ギフト一覧を見た雄也さんは
「これは……」
と一言つぶやいて目を見開いた。
「涼太君……」
心なしか僕を呼ぶ声が暗い。
「な、なんでしょうか?」
若干緊張しつつそう答えると、クワッと目を見開いたまま雄也さんが呻くような声をだす。
「続きは……宿屋に帰ってから……ね?」
それだけ言ってトボトボと歩き出す。
そんな彼の背中を追って僕も歩きだした。
僕のギフトってスゴイなぁ。
他人にまでこんなダメージを与えることができるなんて。
まぁモンスターには一切ダメージ与えることはできませんけどね!
……グスン。
じ、次回まで説明回になりましたorz
毎回説明ばっかりですいません……。
でもそろそろ面白くなりますからッ(願望)
衝撃の展開とかも待ってますからッ(妄想)