ゲーム or 現実
現状について説明してくれるという2人の後についてくとそこは裏路地だった。
移動したって言っても1分足らずの距離だったけどね。
お互い自己紹介し終わる頃には目的地に着いてたって感じだった。
椅子とかはないけど小奇麗なウッドデッキがあったので3人でそこに腰掛ける。
息つく間もなく口火を切ったのは男――雄也さんだった。
「偉そうな事言って引っ張ってきたけど、
現段階でわかってることなんてほとんどないんだ」
別に雄也さんのせいじゃないだろうに、申し訳なさそうだ。
そんな雄也さんとは裏腹に女の子――桃花さんはツンとすました表情で雄也さんに同意する。
「そ。ほとんどないっていうか
正確にはあーでもない、こーでもないって皆で騒いでる最中ってところ」
なるほど、まだ結論が出る段階じゃないってことか。
まぁ、仕方ないよなぁ……。
「初日ですもんね、無理ないですよ……」
というか、むしろ早すぎるくらいだ。
ログインしてスグに議論を始められるなんて、3Lプレイヤーっていうのはどんな超人なんだよ。
そんなまだ見ぬ超人さん達の苦労を忍び黙っていると
何かに気がついたらしい雄也さんがパチリと瞬きする。
「ああ、そうかその辺の説明から必要だったな……」
『さてと、どう説明したものかなー』としばらく悩んでいたようだが
考えがまとまったのか、1回咳払いをして説明を始めた。
「実はね。βテストが開始してから既に3日以上が経過してるんだよ」
「は…?」
思わず聞き返す。
今、βテスト開始から3日経過したって言った?いや、3日以上だったっけ?
いやいやいや、そりゃいくらなんでもないですって雄也さん。
だって僕はβテスト初日の17時キッカリにログインしたんですよ。流石にそれはないですって。
『なーんちゃって』みたいなネタばらしがあることを期待して雄也さんへ視線を戻すと
予想を裏切って彼は平素な表情で淡々と説明を続けてきた。
「信じられないのも分かるけど真実なんだ。
調査した人の話によると"キャラクター作成中は時間の流れが変わっている可能性がある"みたいな言い方をしてたよ」
「時間の流れ……?どういうことですか?」
いきなりSFチックになった話に思わず眉根を寄せる。
ログアウトが封印されただけでもいっぱいいっぱいなのに、これ以上何があるっていうんですか……。
「えっとね。実はログインしてくる日時っていうのはプレイヤー毎に本当にまちまちなんだよ。
で、これはおかしいって主張して調査を始めた人がいたんだ」
雄也さんの話によるとその人は
『初日にログインしてきた人』
『翌日の午前中にログインしてきた人』
『翌日の午後にログインしてきた人』
って具合にログインしてきた時間帯毎のプレイヤーに聞き込み調査を行いある規則性に気がついたらしい。
「まず初日にログインした人だけど、この人たちはほぼ100%キャラクタ作成をスキップした人たちだった。
スキップっていうのはね、αテストで選択したギフト構成のままβテストを始めた人たちのことね。
この人達はギフトを一切選択する必要がないから恐らくキャラクター作成にかかった時間は1分にも満たなかったみたいだよ。
そして翌日の午前中にログインしてきたケースで多いのは、αテストのギフト構成をベースに少しだけ変更した人。
翌日の午後にログインしてきたケースで多いのは、αテストのギフト構成をベースに結構変更を入れちゃった人って具合に時系列順に並んでたんだよ」
あ、何か言わんとしてることが分かった気がするぞ。
つまりキャラクタ作成に数分余計に時間をかけちゃうと、ログインが数時間ずれるみたいな統計が出たのか。
「なるほど・・・」
思わず小さくつぶやくと、雄也さんが片眉だけ器用にあげた。
言葉にこそ出してないけど『おやぁ?察しがいいなボウズ』とその表情が物語っている。
「理解が早くて助かるよ。で、話の続きなんだけど
時間差があるっていっても限度があってね、昨日は1人のログインも確認されなかったんだ。
だからもう新規プレイヤーも打ち止めだろうって事で、昨日いっぱいでスタート地点の監視も取りやめになったんだよ。
そこに今日になって君がひょっこりログインしてきたわけ。偶然通りかかったスタート地点でログインエフェクト見たときはビックリしたよ」
「それは目立ちますね……」
「目立つどころじゃないよ。
僕らβテスターじゃないプレイヤーがログインしてきたのかと思っちゃった」
「それであんなに、その……興奮されてたんですね」
「まぁ、蓋を開けてみたら、まさかのαテスト未経験者だったけどね。
そりゃキャラクター作成に時間かかるわけだよ」
しかしとんでもない話だなぁ。
とてもじゃないけど全て飲み込む事なんてできないな。まだ夢の中の話みたいだ。
「まぁ、そんな訳で色々思うところがあると思うけど
βテストが開始されてもうかなり時間が経過してるって認識だけはしといて。
で、繰り返しになるんだけどこの4日間ログアウト出来た人なんて恐らく一人もいないんだ」
「重たい話ですね」
「まあね……初心者の君は特にそう感じるかもしれないね」
「いや、この状況ですもん。初心者も経験者も関係ないですよ」
そうフォローすると、雄也さんはどこか悲しそうに微笑んだ。
「そうかもしれないね。けど俺にとってこの街はとても見慣れた街なんだけど
君にとっては初めての街だろ?やっぱり知らないところに急に放り出された君の方がダメージはでかいよ。きっと」
ほんま、雄也さんは心のオアシスやで。この慰め上手め。
男同士でほのぼのと会話してると、どうやらしびれを切らしたらしい桃花さんが少しイライラした調子で割り込んできた。
「で、いつになったら本筋に戻るのかしら?」
ほんま、桃花ちゃんは心のパンチングマシーンやでェェェ……。
……いっきに現実に引き戻されたわ。
どうやら雄也さんにもそれは有効だったようで
一瞬ハッとした表情になった後、説明を再開してくれた。
「あ、あぁそうだったね。それで今の状況って程でもないんだけど
現状をどう捉えるかで2派に分かれて論争中なんだよね。
ざっくり言っちゃうと『あくまでゲームだろ』派と『これは現実だ』派の2つなんだけど」
さすがにざっくりしすぎな説明のような気がするけど……。
でもまぁ、言いたいことはなんとなく分かるんでツッコミは我慢することにした。
「まず『あくまでゲームだろ』派の主張としては、現状はあくまで3LというVRMMORPGの世界であって
システムの故障などの理由でログアウトができないって考える人達だね。彼らの主張としては、まぁ色々あるんだけど
乱暴にまとめちゃうとログアウトできるまで待つってスタンスだよ」
「ちなみに私はどっちかといえばこっちの支持者になるわ。
だって、どこからどう見てもここは3Lの世界だもの。街並みも、ギフトもαテストのときと全く同じだからね」
どこかさみしそうな目で桃花さんがそう言い切る。
αテスト未参加の僕にはわからないけど、ここまできっぱり言い切れるくらいだから
ここはみんながαテストで体験した3Lの世界そのものなんだろう。
雄也さんはそんな桃花さんを特に気にすることなく説明を続けた。
「で、もう1つの『これは現実だ』派の主張については、この現状はゲームなんかじゃなくて現実だって考える人達だね。
涼太君もキャラ作成の時『今から君たちを別世界に拉致しますって』アナウンスは聞いただろ?」
「はい、てっきりひねりの効いた演出だと思いましたけど」
「ふふ。無理もないさ。それで話を続けるけど、こっちの派閥の人達はまさにキャラ作成時のアナウンスの通り
どこか別の世界に拉致されてきちゃったって考えてるわけだから、ここで生きて行くために頑張ろうって主張する人達なんだ」
「何か高尚なことを話し合われてるんですねぇ」
感心したので素直にそう賞賛する。
が、祐也さんは何故か苦笑いになり、逆に桃花さんは思いっきり馬鹿にしたような顔になった。
なんだ?どうしたっていうんだ?
「うん。いや、まぁ。高尚かどうかはこの際置いておいても
こういう前向きな話し合いは素晴らしいと思うよ」
な、何か微妙なフォローだなぁ……。
それじゃまるで『高尚な話し合いなんかやってません』ってゲロってるようなもんじゃないか。
「今時ガキの口喧嘩でももう少しまともな事言い合ってると思うけどね」
こっちはこっちでエラく辛辣だし……。
彼女は一体何を見てしまったというんだろう。
気にはなるけどつついでも蛇しか出てこなさそうだし、ここは華麗にスルーさせてもらおう。
触らぬ神に祟りなしだ。
「さて、本当にざっくりとした説明だったけど、まぁ現状は今話したみたいな感じなんだ。
何か涼太君の方から質問とかあるかな?もちろんここまでに説明したこと以外でもいいよ」
ありがたい雄也さんの申し出に
僕は素直に質問を開始した。
「ありがとうございます。えっと、そうですね。
あの、『これは現実だ』派閥の人達は、この世界で生きていこうって頑張ってらっしゃるんですよね?
これって具体的に何をどう頑張ってらっしゃるんでしょうか?」
「うん。いい質問だね。
細かく分けると色々あるけど、ほとんどの人はギルドに所属して、そこで魔物退治なんかの依頼を受けて、その報酬で生活するためのお金を稼いでるよ。
やっぱり生きていく上で先立つものはどうしても必要になってくるからね」
ギルド…依頼…魔物退治って。
えーっと、それってつまり
「ほんと君は察しがいいね。そう、彼らがやってる事って3LというVRMMORPGのαテストでプレイしてた事と全く同じことなんだよね。
皮肉な話だよね。ここを現実だって言ってる人達がゲームと同じことをやってるんだもん」
「他に選択肢はなかったんですか?
例えば街中でアルバイトを見つけるとか。」
「うーん……成功例は聞いたことないなぁ。
それに誤解がないように言っておくけど、この世界の就職は全てギルドが管理してるから
例えば食堂で皿洗いのアルバイトをしようと思ってもギルドを経由して就職するんだよ」
「それだったら尚更ギルドから皿洗いのアルバイトの斡旋を受ければいい気がしますけど……」
僕の質問に雄也さんは少し困った顔をした。
そしてその困った顔のままゆっくりと首を左右に振る。
「それが出来れば一気に未来の選択肢が増えるんだけどね。
残念ながらそう単純には行かないみたいなんだ。実際に街中での就職がないかギルドに直接交渉した人がいるんだけど
ことごとく断られちゃってるんだよね。今のところ成功したって報告は聞かないな」
「え……だって街中の仕事の求人自体はあるんですよね?」
「そこが解せないところなんだ。
3Lのギルドの依頼っていうのはね。受注条件ってのが設定されてるんだよね。
例えば『キャラクターレベルが20以上』とか『剣ギフトを保持してる事』とか。依頼内容によって様々だけどね。
そしてここからが重要なんだけど、プレイヤーにはその人が条件を満たしてる依頼しか提示されないんだよ。
で、今のところ街中での仕事を提示された人は一人もいないんだ。
さっき言った街中の仕事がないか直接交渉した人っていうのはね、提示されてないのにギルド職員に掛け合った人達なんだ。
まぁ、結果は全滅だったけどね」
ってことは何だ。
皿洗いのアルバイトを受注するための条件を誰も満たしてないってことなの?
いや、実際には街中の仕事なんてゴマンとあるはずなのに、誰一人その条件を満たしてる人がいなかったってこと?
「言っただろ?ここは本当に3Lの世界に酷似してるんだ。
プレイヤーが街中で皿洗いとして働くなんて普通はありえないでしょ?
だからこの世界でもそんな仕事は受注できないんじゃないかって事で今は落ち着いてるみたい。
まぁ、今後に乞うご期待ってところだね」
そこまで言い終わると雄也さんは立ち上がった。
お尻についたホコリをパタパタを叩くと、僕の方へ手を差し出しておどけた口調で告げてきた。
「さて、それじゃ涼太君もそろそろ落ち着いてきただろうしそろそろ君の立ち位置を決めようか。
難しく考える必要はないよ。君は現状をどう考える?」
この世界は『ゲーム』なのか『現実』なのか。
僕はどっちだと思っているんだろう。
「もうすぐ日が落ちる。
ログアウトできるまで待つというのなら桃花に宿屋まで案内させるよ。
現実として受け入れるというのなら宿屋の前にギルドに寄っといた方がいいから俺が案内してあげる」
言葉に誘われるように桃花さんの方を振り向くと
僕の視線に気がついたのか、ヒョイと肩をすくめられてしまった。
その態度は言外に『テメェで決めな』と言われてるような気がした。
そうだよね、自分の事だから自分で決めないとね。
僕は桃花さんから雄也さんへ視線を戻すと
差し出された手をグッと握りしめて立ち上がった。
「まだ頭が混乱しててここがどこなのかなんて考えもつきません。
けど、こう言う時は最悪を想定して動いといた方がいいと思うんです。」
相変わらず優柔不断だなぁ。と我がセリフに内心呆れつつも
僕はハッキリと自分の希望を告げた。
「ログアウトできるならそれで良し。
でも、出来なかった時を考えると、やっぱり先立つものは必要になりますから。
ギルドまでの道案内よろしくお願いします」
『それに桃花さんと二人きりなんて若干命の危険を感じますし』
決して口には出せない本音を心の中で吐露しながら僕はゆっくりと歩きだした。