ログイン
3Lへログインした瞬間ガシッと右肩を掴まれた。
そりゃもう力任せに荒々しく。
僕の肩を掴んだ見知らぬ男は
何故か縋り付くような情けない声で僕へ詰め寄ってきた。
「き、君。君はプレイヤーか?
今ログインしたばっかりだろ!?」
「は、はい」
男のあまりの必死さに反射的に返答してしまう。
と、今後は別の女の子からガシッと左肩を掴まれる。
「お、お願い!ログアウトできるか確認してみてッ!」
「ロ、ログアウト?」
「そう!ログアウト!出来るかどうか確認してくれるだけでいいのッ!」
え?え?
ログインして数秒で何でログアウトを迫られてるんだ僕??
それ以前に誰なんだこの人達?
「あの、どういうことなんでしょうか……?」
サッパリ把握できない理不尽な状況に堪らず疑問を漏らすと
「どういうもこういうもないわよッ!いいからログアウト試してみてッ!
ねぇ、出来るわよね?貴方ログアウトできるんでしょ!?」
僕の左肩を力任せに揺すぶりながら女の子が悲鳴のような声を上げる。
何この娘!スゴク怖いんだけど!!
とりあえずアレだ。この娘はヤバい状況だ。
きっとタチの悪いステータス異常にかかってしまってるんだろう。
僕はできるだけ刺激しないようにうっすらと笑顔を作ると
ゆっくりと女の子に話かけた。
「あの…すこし落ち着いてくださ――
「これが落ち着けるわけないでしょ!!」
食い気味に女の子に反論され思わず怯んでしまった。
さらにこれ幸いとばかりにヒートアップした女の子が襲いかかってくる。
「可愛い女子が頭下げて頼んでんじゃん!
男は鼻の下でも伸ばしてへぇへぇ言うこと聞いてくれりゃいいのよ!!
だからログアウト!ログアウトしてよ!!お願いだから今すぐログアウトしてよッ!!!」
ヒィィ……
ホント何なの。この娘怖すぎる……。
もう嫌だ。この状況から抜け出せるんだったらログアウトでも何でもしますから
だから、そんなに怖い顔で睨むの勘弁してください!
ガクガクとすごい力で揺すぶられながら
僕は精一杯の声で女の子に叫んだ。
「わ、分かりました!分かりましたから!
ログアウトします。だから揺さぶるの止めてくださいぃぃぃ」
僕の心の叫びが届いた途端ピタリと揺れが収まる。
涙目になりながら僕の肩を掴む2人へ目をやると、尋常ならざる眼力で僕を睨みつけていた。
怖い…怖すぎるよこの人達……。
2人にどんな事情があって僕にログアウトを強要してるかはわかんないけどこんな怖い思いはしたくない。
勝手にログアウトすると従兄弟が煩いだろうけど、この状況に耐えれる自信はない。僕は逃げるぞ。
とっととログアウトして――
って、アレ。ログアウトってどうやってやればいいんだっけ?
そういえば従兄弟からその辺りの操作については聞いてなかったな。確か。
そこまで気がついて、サーッと背筋が寒くなる。
アレ……これってヤバイ状況じゃない?ひょっとして……
ど、ど、ど、ど、どうしよう!
今更『ログアウトのやり方わからんないんで、マズ方法を教えてください☆』
なんて話が通じるような相手じゃないよこの2人は。そんな事言おうものならまたどんな目に合わされるかわかったもんじゃないよ……。
ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、どうしよう!!
でも、ログアウトのやり方が分からなければずっとこのままだし……
いや、ずっとこのままのハズないよ!きっとそのうち『さっさとログアウトせんかァァ!ゴルァ!』って暴れだすに違いないよ!
どっちにしても絶望じゃないか……。
暗澹たる未来を予想して涙目になりながら改めて2人の顔を覗き見ると――
……既にヤバイ。女の子がプッツン数秒前って感じの恐ろしい顔をなさってる。
でも、僕の見通しは少しだけ甘かったみたいだった。
数秒どころか目があった次の瞬間。僕を睨みつける女の子の目尻がさらにキッと鋭さを増す。
もう悪の大魔王にでもなれよ!ってくらいの禍々しい声で彼女は、大地を震わす大絶叫を放った。
「なぁぁぁぁにボサッとしてんだコノヤローがぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!
さっさとログアウトしろって言ってんだろぉぉぉがぁぁぁぁぁコノクロヤロォォォォォォ!!!!!!!!」
「ギャー!ごめんなさいぃぃ!実はログアウトのやり方知らないんですぅぅぅぅ!!」
あまりに迫力にほとんど泣きながらそれだけ叫び返すと
鬼――じゃなかった女の子の目元がピクッと揺れる。
それをキッカケにそれまで鬼――じゃなかった強っていた彼女の表情が柔いでゆき
可愛らしい女の子の顔に戻った彼女がつぶやいた。
「アンタ……」
毒気が抜けたように静かになった彼女。
話を通すには今しかないと決意を固めた僕はたたみかけるように訴えた。
「実は僕、とある事情でαテストには未参加だったんです。
ログアウトの方法とかも調べずにβテストに参加させられしまって。
別に悪気があってログアウトしなかった訳じゃないんです」
だからもう猛るのは止めてください。死んでしまいます。
だからもう怒るのは止めてください。死んでしまいます。
だからもう虐めるのは止めてください。死んでしまいます。
そんな万感の思いを込めて彼女を見つめていると
右肩を掴む男の方が遠慮がちに声をかけてきた。
「参加……させられた?」
あ、ソコ。ひっかかっちゃいますよね。
やりたくもないのにやらされてるプレイヤーなんてきっと僕くらいだろうし。
「えっと、実は僕の名前でαテストに応募したやっかいな知人がいまして運悪く当選しちゃったんですよ。
最初はうまく隠せたんですけど、先日送られてきた『βテスト開始の案内』を見られちゃいまして、こうして引きずり込まれちゃいました」
「ということは……その。君の知人もαテストに当選したのかい?」
「ええ、信じられない事なんですがまさかのW当選でした」
困ったように笑ってそう言うと
男は気の毒そうにポツリとつぶやいた。
「それは……気の毒だったね。
まさかこんな場所で3L初心者と出会うとは思ってもみなかったよ」
なんと答えていいか分からない微妙な反応だったので
僕はアハハと曖昧に笑って、思い出したかのように告げた。
「そ、そういえばログアウトするってお約束でしたよね。
喜んでご協力しますんで、申し訳ないんですがやり方だけ教えてもらっていいでしょうか?」
さっきまで食い殺さんばかりの勢いで要求していたというのに
僕がそう言うと、2人は少しばつが悪そうな顔をした。
「急な話で驚かせてしまったのに、お心遣い感謝するよ」
あ、自覚はあったんですね。
『驚かせた』ってレベルでもなかったけど、それを蒸し返してもしょうがない。
少なくとも男の方は反省してるみたいだし僕は笑顔のまま男へ告げた。
「いえいえ、それでどうすればいいでしょうか?
それと、あの……そろそろ手離していただいてもいいですか?」
力は籠ってないから痛くはないんだけど
両肩を掴まれたまま話をするというのもどうかと思い追加でお願いしてみる。
「ああ、これはすまない」
「……」
男は一言詫びながら、女の子の方は無言で肩を解放してくれる。
ようやく解放された肩をクルクル回しながら
「それで、あの……」
男へログアウトの方法を教えてもらえるよう言外に訴えると
男はハッとした表情になり、1歩後ずさると胸の前辺りで手を広げ平坦な声で唱える。
【メニュー】
すると男の声に反応するかのように、広げた手のひらに半透明のボードが現れた。
「あ」
思わず声が漏れる。
だってキャラクター作成の時に使ったボードとそっくりなんだもん。
男の手元に表れたボードをじっと見てると、それに気がついた男がフッを口元だけで笑う。
「君もやってみてもらえるかな。
広げた手のひらを見ながら【メニュー】って言うだけでいいから。簡単だろ?」
「はい」
男の言葉に素直に頷くと胸の前辺りで手を開く。
で、メニューって言うんだよね。
頭の中で確認してから教えてもらった通りに唱える。
【メニュー】
ぉぉ、本当に出てきた。
右手に出現した半透明のボードをみて思わず『ぉぉ……』と声を漏らしてしまった。
と、それまで無言だった女の子が僕の右手首を掴み
「ちょっと見せて」
一言そう断ると、掴んだ手首をグイッと引き寄せられた。
急に引っ張られたせいでバランスを崩してしまったけど、2歩ほどたたらを踏んで何とか踏みとどまる。
転ばずにすんでホッとしている僕を余所に
女の子は僕の右手に出現したボードを食い入るように見つめていた。
やがて一通り確認が終わったのか彼女は顔を上げ
フーッと疲れたような溜め息を吐いた。
「やっぱりないわ……」
どうやら僕のボードには何かが足りないらしい。
今のところ何かは分からないけれど。
「そうか……」
しかし男には分かったらしく、陰鬱な声でそうつぶやく。
え?どういうことですか?
「あの……どうしたんですか?」
すっかり落胆した2人に向かって恐る恐る尋ねてみると
暗い顔をしたまま男が僕の右隣に回り込むように近づいて来た。
「君のメニューを見せてもらいたいんだけど構わないかな?」
「はい、どうぞ」
メニューを出したままの右手を男の方へ差し出すと
男は僕のメニューの1点を指差しながら説明してくれた。
「実はね、本来ならここにログアウトって書かれたタブが存在してるはずなんだよ…」
男の指差す箇所を見るが
ログアウトの文字どころか、何も書かれていなかった。
「何も書かれてないですね」
見たまんまの事を告げると、男が困ったように眉根を寄せる。
「うん。
君のメニューにも、俺のメニューにも、そこで暗ーくなってる女のメニューにも、いや恐らく誰のメニューにも書かれてないみたいなんだよ……」
そこまで一息に言いきって
男は『困っちゃうよね』と力なく笑う。
「ログインしたばかりの君だったら、もしかして大丈夫なんじゃないかと思って声をかけたんだけど、やっぱりダメだったみたい」
いや、ダメだったみたいって……。
えーっと、つまりどういうことなんでしょうか。
何やらよろしくない事が起こってる気配をビシバシ感じて
僕の背中に冷たい汗が流れる。
そんな僕の様子に気がついたのか
男は僕の目をまっすぐに見つめたまま告げてきた。
「3L初心者の君にこんなこと言うのは酷な話なんだけどさ」
じゃあそんな話は聞きたくないです。
聞いたら取り返しがつかなくなりそうで――
そんな事を考えながら現実逃避を謀る僕を
男の『逃がさない』という強い視線が捕える。
「ホント、気の毒だとは思うけど聞いて。
あのね。どういう理屈でこんな状況になってるかなんて分かんないんだけど、現状どうやってもログアウトができなくなっちゃってるんだよ」
「えっと…つまり?」
乾いた声で質問すると
男とは反対側にいる女の子がぶっきらぼうに答えてくれた。
「つまり、たっぷりこの状況を悩めるってことよ」
「できれば悩みたくないなー何て思うんですが……」
往生際悪くそんな事を言うと、今度は男が答えてくれる。
「残念だけどそれは無理だよ。でも1人で悩む必要はないからそこだけは安心して。
……一緒に悩んでくれる仲間なら腐る程いるからさ」
「く、腐る程……っていかほどなものでしょうか……?」
「そうだなぁ」
僕の言葉に男は少しだけ考えるような仕草を見せた。
が、すぐに考える事を放棄したのか自嘲気味に笑った。
「とにかく腐る程だよ。
実際にどれくらいいるか俺には分からないけど、3万人以上はいるんじゃないかな。
最大で5万人のはずだけど、これだけ多いと3万も5万もあんまり変わりなく感じちゃうよね」
それはテスター枠が5万人だからってことでしょうか?
尋ねてもどうせ耳を覆いたくなるような返答しか返ってこない気がして僕は質問を飲み込んだ。
そんな僕の様子を見つめながら男は自嘲気味な笑顔のまま言った。
「というわけでコレも何かの縁だ。
俺が分かる範囲だけだけど現状について説明するから一緒に来てくれないかい?」
……何やら大変な事になったっぽいぞ。
生唾を飲み込むと僕は呆けた頭でコクリと頷いた。
というわけで現場は大混乱です。
サブタイトルは「ログイン」になってますが、実際にはログインじゃなくて別世界への拉致なんですよね。
他に適当なタイトル思いつかなかったんです……。