夜逃げ
ロールパンは全部で26個もあった。
頑張って6個は食べたんだけど、そこで胃が物理的な限界を訴えて来たのでそれ以上は無理でした。
残りは夕食にでもしようと思ったんだけど、残り個数を見て早々に無理を悟る。
夕食1食だけで消費するなんて無理だ。だって残り20個だよ?無理無理。チャレンジする気も湧いてこないよ。
僕はこれ以上食べれない。
けど雄也さんたちにプレゼントするのもしばらく自重したい。
とはいえ食べ物をポイ捨てするのは憚られる……。
って訳でしばらくグルグル悩んでたんだけど、【料理】ギフトの練習も兼ねて余ったパンをさらに加工する事にした。
加工といっても元がパンだしね。そんな大層なものじゃないんだけど今回はパン粉もどきとクルトンもどきを作成することにした。
気休め程度かもしれないけど、極力水分を飛ばすよう念じて作れば日持ちもしそうだしさ。
作ったパン粉やクルトンを収納する袋については宿屋の女将さんに相談すると快く譲ってくれた。1枚200円也。……うん。お金取られた。
ついでに半端に残った麦球の残りも使い切りたかったので、水差しも満タンにしてもらったよ。こっちは流石にお金は取られなかったけどね。
で、いざ作ってみると――
ロールパンから普通にパン粉とクルトンが作れちゃった。
材料は正真正銘パンのみでそりゃもう呆気なく一瞬でキラッとできちゃったよ。
しかも期待通りサラッサラのパン粉にカッチカチのクルトンがさ。
思った以上のクオリティに思わずガッツポーズしちゃったよ。
【料理】先輩さんッパねぇっす。
これなら大丈夫だと、早速残った麦球もパンにしてからパン粉やクルトンに加工しちゃおうと思ったんだけど
【料理】先輩って『極力水分を省いて~』なんて微調整が効いちゃうpッパねぇ先輩じゃないスか?
だんだんと『アレ?ひょっとして先輩なら直でパン粉やクルトン作れんじゃね?』って気がしてきて
思わず麦球から一気にパン粉とクルトンを作ってみちゃいましたよ。
そしたらまぁ普通に成功しちゃったんだよね。
【料理】先輩マジでッパねぇっすよ!マジで!
というわけでメデタク余ったパンと麦球を使い切った僕は
夜逃げの時間までコミュニティボードを眺めながら、久々にゆっくりと時間を過ごす事ができました。
コミュニティボードってホントに見てて飽きない。
これは人を堕落させる悪魔のようなツールなのかもしれない……。
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23:50。控えめなノックの音で呼び出された僕は薄暗い宿屋の廊下で2人と合流した。
2日ぶりに見る桃花さんはどこか疲れたような顔をしている。
雄也さんの話では【心話】+【警戒】という便利なギフトを所持してるが故に付け狙われてるらしいから、それで疲れちゃってるんだと思う。
コミュニティボードの該当スレッドを見てみたけど、結構粘着質な勧誘とかも多そうだしそりゃ疲れちゃうよねぇ……。
そんな事を考えながら桃花さんの様子を伺っているとバチッと目が合った。
思わず逸らしそうになったけどギリギリのところで堪えると、桃花さんが小声で告げて来る。
「雄也から聞いた。面倒かけるけどしばらくよろしくね」
「いや。気にしないでください」
流石に『雄也さんにきっちり埋め合わせしてもらえる予定ですから』とは告げない。
あくまであの約束は雄也さんと僕との約束であって、この人は関係ないことだからね。
わざわざ告げてこれ以上気を重くさせる必要もないと思うんだ。一応彼女は被害者なわけだしさ。
「こんな時間にホントゴメンね。
それじゃ早速なんだけど出発していいかな?」
桃花さんとの会話が途切れるや否や、隣にいた雄也さんが声をかけてきた。
僕としてもとっとと次の宿屋に移りたいからね。その提案にカケラも異存はないですとも。
僕は唯一の手荷物であるパン粉とクルトンの入った袋を小脇に抱えてコクりと頷いた。
「こっちは準備OKですよ。後ろ付いていきまんでいつでも出発しちゃってください」
「うん。わかった。それじゃ桃花」
雄也さんが目配せしながら名前を呼ぶと桃花さんが頷く。
彼女は断りもなく僕と雄也さんの手首を鷲掴みにして――ギフトを発動させた。
【心話】
小声で桃花さんがそう唱える声が聞こえた。
続いて
(聞こえる?)
今度は頭の中に直接響くような桃花さんの声が聞こえる。
おぉー……これが【心話】か。聞いてた通りホントに頭の中に直接聞こえるんだなぁ。
「俺は大丈夫だ。
えっと……涼太君は桃花からの心話聞こえた?」
初めての心話体験に感心していると、遠慮がちに雄也さんから尋ねられる。
しまった。こういう時のホウレンソウは大事だからね。催促される前に返事をしなきゃいけなかったな。
「あ、はい。ちゃんと聞こえました」
「そっか。うん。よかったよかった」
雄也さんは満足気にそう言って、右手の人差し指をピッと立てると続けた。
「前にも少し説明したけど、この状態で桃花が【警戒】を使えば俺達3人で警報を共有することができるんだ。
だから今後は、出来るだけおしゃべりは控えて警報に備えて欲しい」
どこの軍隊だよ。と思わなくもないけどそれだけ切羽詰まってるって事なんだろうな。
少なくとも2人にとって今回の夜逃げは重要なミッションのはずだしね。ここは僕も二人に習ってキチンと確認しておくべきなんだろう。
「えっと、警報に気がついた時はどうすればいいんですか?」
おずおずと手を挙げてそう質問すると、雄也さんが笑顔で説明してくれた。
「桃花の場合は心話で俺達に伝えればいいけど、俺と涼太君はそうはいかないからね。
だから予め合図を決めておいてそれで意思の疎通を図るんだ」
「合図……ですか?」
隠密行動中なので音も明かりもNGだよね。どんな手段で合図を送るんだろう?
僕が疑問に思ってる事を察したのか、雄也さんが続ける。
「そう。涼太君は知らないかもしれないけど生活魔法の1つに【刻印】って魔法があるんだ。
説明するより見てもらった方が早いから、ちょっと大人しくしててね」
そう言うや否や雄也さんの手のひらが僕の顔に伸びてくる。
それは僕の顔の少し前で止まると、雄也さんの詠唱が聞こえた。
【刻印】
その声に従って雄也さんの手のひらに『雄』の文字が浮かび上がる。
なんだこれ?突如として目の前に現れた文字に首をかしげてると、雄也さんの手がスッと顔から離れて行く。
当然雄也さんの手のひらに書かれてた『雄』の文字も視界からフェードアウトしちゃった訳なんだけど……。
ホントなんだこれ?もしかして手のひらに浮かべた文字を見せることが合図?でも手のひら見せるくらい近い距離にいるんなら肩とか叩いた方が早くないか?
そんな事をグルグル考えてると、再び雄也さんの詠唱が聞こえた。
今度は僕に手をかざすこともなく、ただ言葉にしたって感じだ。
【標識】
すると突然目の前の空間に再び『雄』の文字が浮かび上がってきた。
おぉ……。まるで魔法のようだな。いや生活魔法って言ってたし実際に魔法なんだろうけどさ。
思わず見つめていると文字は3秒ほどで薄くなっていき、5秒ほどで完全に消え失せてしまう。
なるほど……。
僕はここに来てようやく雄也さんのやりたいことを理解した。
【刻印】で『雄』の文字を僕の目の前にセットして、【標識】でそれを発動させるんだろうな。きっと。
今しがたのデモンストレーションを見て僕はそう判じた。
確かにこれなら見落とす事もないし、浮かんだ文字で誰からの合図かも識別できる。
声量にさえ気をつければ合図としては最高かもしれないな。
でもですよ。これって生活魔法っていう魔法なんだよね……?
つまり僕は使えないんですが、僕からの合図はどうすりゃいいんでしょうかね?もっと別の方法があるのかな?
てっきりこの後で『僕からの合図の送り方』も説明してくれるだろうと思ってジッと待ってたんだけど何故か音沙汰がない。
アレ?これってもしかして戦力外通告だったりする?
遠まわしに『君から合図をもらう必要はないよ。君が気づいて俺達が気づかないなんて事ありえないだろ?』的な事を言われちゃってるのかな……。
しばらくお互いに黙ったままでいたけど、先に口を開いたのは雄也さんの方だった。
「えっと……察しのいい君のことだから今の説明で理解できたと思ったんだけどもしかして分かんないところとかあった?」
「いや、【刻印】と【標識】を使った合図についてはわかったんですけど、僕から2人へ合図を送る時はどうすればいいんですか?」
「ん?だから【刻印】と【標識】を使って合図送ればいいでしょ?
涼太君の場合はさしずめ『涼』かな?まぁ今回は人数が少なくて混乱することもないから『雄』以外ならなんでもいいんだけどね」
んん?何か話が通じてないっぽいぞ。
これはつまりアレですか。雄也さんは僕も生活魔法が使えるとか思ってるってことなんでしょうか?
……ギフト一覧は何回か見せたはずなんだけどなぁ。
心当たりはなかったけど、何か誤解を与えるような言動があったのかもしれないので
僕は現状を改めて1から説明した。
「えっと、それは分かったんですけど、それは雄也さんが僕と桃花さんに合図を送る手段ですよね。
僕は生活魔法のギフトを持ってないので【刻印】も【標識】も使えませんよ?」
ここまで言えば大丈夫だろうと思って視線を上げると、雄也さんのポカンとした表情が見えた。
え?もしかして伝わってなかったりする?だとしたらこれ以上どうやって説明すればいいんだ……。
しかし勘違いしていたのは僕の方だった。
ハッと正気を取り戻した雄也さんが、少しだけ慌てたように告げてくる。
「ごめんごめん。えっとね。生活魔法はギフトじゃないよ。
3Lのテストに参加してるメンバーは皆使える、生活を楽にする便利魔法だよ」
なん……だと?
え?ってことは僕魔法使えちゃうの?
今度は僕がポカンとした表情になって雄也さんを見つめてると
彼は言いにくそうに尋ねてきた。
「って事は【洗浄】も知らないんだよね?
ちなみに着てる服ごと身体を丸洗いする魔法なんだけど……」
何その素敵魔法。ここ2日我慢してたんで今の僕は少し臭いかもしれません。
そんな思いを視線に込めて裕也さんを見つめたままコクリと頷くと、視線の隅に映る桃花さんから1歩距離を取られたのが分かった。チクショー。
「えーっと……。
折角だから【洗浄】と【刻印】と【標識】を試してみようか」
「はい……」
僕は小さな声で呟いた。
生まれて初めて使う『魔法』でキレイになったものの、露骨に僕を避けてくれた少女の1歩は最後まで縮まらなかった。ドチクショー。
『お前なんぞ、悪い人に勧誘されてしまえ』と思ったけど声に出さなかった僕はきっと立派な大人になれると思う。
しかし僕の期待とは裏腹に、襲撃どころか警報が鳴ることすらなく
無事に僕たちは新しい宿屋へ到着した。
悪い人たち何やってんの!もっと頑張りなよ!とか思ってはいない。
小娘1人も満足に勧誘できないなんて情けない!とかも思ってはいない。
とても残念な気持ちで3人部屋へチェックインする。
想像してたよりも3人部屋はズッと広い造りになっていて、部屋に入るなり2人はホッとした表情になっていた。
3畳くらいの小さな個室があったので桃花さんに進呈したんだけど
『迷惑をかけたお詫びにせめて』ということで僕の部屋にしていいそうなのでありがたく使わせてもらうことにした。
これでこの部屋でも【料理】ギフトの実験が出来ると思うとちょっと嬉しい。
僕は改めて魔法で身体をキレイにするとベッドに寝転がった。深い意味はない。
雄也さんと桃花さんは隣のリビング的な部屋で何やら話をしてるみたいだ。今後の事についてでも話し合ってるのかな。
「今後のことかぁ……」
僕は天井を見上げたままポツリと呟いた。
明日は2回目のルネシードでのバイトの予定が入っている。いや日付的には今日になるのかな。
嬉しいことに前の宿屋より今の宿屋からの方がルネシードまでの距離は近そうだ。
今回も体よく雄也さんに巻き込まれちゃってこんな場所にいるけど僕には僕の生活があるからね。
今はギフトのレベル上げと、ルネシードのバイト。ああ、それから【料理】ギフトの研究もか。
この3本柱で当面は頑張っていかないと……。
ベッドに寝転んだまま小難しい事を考えてたせいかフイにまぶたが重くなる。
身体を丸めるように右へ寝返りを打つと、久々にサラッサラになった髪が額を滑った。深い意味はない。
「それじゃ先におやすみなさい……」
恐らくドアの向こうの2人には聞こえていないんだろうけど、小声でそう呟くと僕は心地よい睡魔に身を任せた。
おやすみなさい。
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この時の僕には想像もできなかったことなんだけど
2回目のバイトを終わらせた30分後、コミュニティボードに1つの新しいスレッドが立てられることになる。
【ハイホー】ノリのいい酒場見つけたったwwwwww【ハイホー】
どうやら僕がバイト中のルネシードへ立ち寄ったらしいテスターが立てたスレッドらしい。
この人はスレッドタイトル通り、活気のある酒場を見つけた報告をしたかっただけみたいなんだけど話は思わぬ方向へ進み始めたんだ。
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102 名前:名無しのプレイヤーさん 01/01/07 02:21:41.22
>>1
そういや客って元NPCの現地民なんだろ?
アイツ等が陽気に歌ってる姿とか想像できないんだが。
103 名前:名無しのプレイヤーさん 01/01/07 02:24:12.08
言われてみればそうだな。
基本的に全員笑顔で何考えてるか分かんねぇヤツらだからな。
陽気に歌ってるところなんぞ想像すらできん。具体的にどんな様子だったんだ?
104 名前:名無しのプレイヤーさん 01/01/07 02:25:59.00
どんな様子も何もなんか歌うたってる男がいて
そいつと一緒にオッサンどもがハイホーハイホー酒のんでたんだよ。
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最初は小さな疑問だった。
確かにコッチの人ってちょっと何考えてるか分かんないところあるもんね。
だから質問した人も何気なく質問したと思うんだ。
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109 名前:名無しのプレイヤーさん 01/01/07 02:27:04.23
ってことは歌うたってるヤツが先導して場を盛り上げてたってことか。
そいつ歌に合わせてオッサンを洗脳する音波でも出してんのか?
110 名前:名無しのプレイヤーさん 01/01/07 02:29:22.51
いやむしろ逆にみえたぞ。
歌ってるヤツが先導してるんじゃなくてオッサンどもが自主的に歌ってるヤツに絡みに行ってた。
111 名前:名無しのプレイヤーさん 01/01/07 02:33:01.81
よっぽどオッサンホイホイな歌手なんだろうな……。
陽気なオッサン情報はもういいから、歌手の情報もっと他にないの?
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なのでこんな話題になったのはいうなればごく自然な流れだったのかもしれない。
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112 名前:名無しのプレイヤーさん 01/01/07 02:45:21.67
そうだなぁ……
店の入口から見ただけだけど小柄な若い男だったと思う。
あ、そいつに群がるオッサンたちが「リョウタ。ハイホー」って言ってたから名前はリョウタかも。
113 名前:名無しのプレイヤーさん 01/01/07 02:47:11.19
リョウタってもろ日本人の名前じゃねぇか。
なんでプレイヤーがオッサンのアイドルになってんだよwwww
114 名前:名無しのプレイヤーさん 01/01/07 02:47:23.43
いや、草生やしてる場合じゃねぇぞこの話。
つまりプレイヤーが酒場で歌手やってたって話なんだろ?
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神歴元年1月7日 午前2時47分23秒。
この時コミュニティボードに書かれたこの一言がきっかけで僕は平穏な日々を失うことになる。
どうしてこうなった。
ようやくちょっと進んだ感じ?
ようやく本格的なトラブルが起こる感じ?




