料理
何を作ろうかなぁ。
食材屋がひしめく大通りを歩きながら僕はそんな事を考えていた。
食材はある。
そりゃもう把握できない程に多種多彩な食材があちらこちらで売られているからね。
食材のうちの半分くらいは見たことがあったり、何となく味が想像できそうな馴染みの深い食材だ。
つまり裏を返せば残り半分は完全に未知の食材ってわけなんだけど、これだけ豊富な食材があるんだから今回あえてコッチに挑戦する必要もないよね。
そろそろ背中とくっつきそうなお腹をさすりながら僕はまだ見ぬご馳走に思いを馳せた。
やっぱりお肉かな?
ゴムステーキに裏切られ、ゴムウィンナーに裏切られた僕だけどそれでもやっぱり肉は食べたい。
今なら、ちゃんと咀嚼できて獣臭くなければ少々味が悪かろうと盛大に貪れる自信があるよ。
それにステーキや焼肉だったら『焼くだけ』っていうシンプルな料理法もいいよね。
【料理】ギフトがまだどんなものか分からない以上、手順は簡単な方が失敗も少なそうだし。
焼いて塩コショウふって齧る。
うん。まさにシンプルイズベスト。
湧き上がる肉食欲求に身を任せメニューを決定させた正その瞬間。
お肉が売られている食材店が目端に止まった。
そして湧き上がる感情。
「うわー……」
それはその一言に尽きた。
右からショッキングピンク。レモンイエロー。ライトグリーン。モスグリーン。
たくさんのお肉を取り扱ってくれてるのは嬉しいけど、ちょっと初心者にはキッツいですこの色は。
あ、でも普通に豚肉っぽいのもあるや。
僕は鶏のから揚げサイズに切ってトレイに盛られてる豚肉もどきに目を止めた。
見た目がどれだけ親しみ深かろうと所詮は謎お肉だってことは分かってるんだけど
でも他のカラフルお肉に比べたらコッチの方が100倍はマシだ。
食用の肉として売られてる以上そんなおかしなお肉ではないと信じて
僕は近くにいるお店の人を呼び止めた。
「すいません。このお肉なんですけどオススメの食べ方とかありますか?」
「いらっしゃい。ドルネサンコの肉なら串を打って強火で炙るのが一般的だな。
スープや煮込み料理にはあんまり向いてねぇ肉だぜ」
「向いてないって、具体的にどう向いてないんですか?」
どうせどんな調理法でもマズいのにどんな違いがあるってんですか。とは流石に言えない。
いや言ってもいいのかもしれないけど、言うだけの度胸は僕にはない。
「ん?そりゃ水と相性が悪ぃからなぁ。水分を含んじまうと臭くて食えたもんじゃねぇんだよ。
だからドルネサンコは炙って適度に脂を落としてやってから塩でもふってかぶりつくのが一番だな」
この世界の人に『臭くて食えない』と言わしめる味とはどんな味だろうね。
ちょっと想像がつかない。けど試してみようとは到底思えない。好き好んでトラウマを作ることもないでしょ。
話を聞いてるとこのドルネサンコという謎生物は、焼き料理専門のお肉って扱いみたいだな。
焼いて食べる気満々だった僕にぴったりのお肉のようだ。
うん。記念すべき最初の食材は
ドルネサンコ。君に決めた。
「じゃあこれ5個くらい欲しいんですけど、いくらですか?」
「5個か。随分と少ねぇな」
何故か渋い顔のおじさん。渋い顔っていうか困り顔かな。
あ、もしかして小口売りはしてないのかな?
「うちじゃこの袋1杯で500円で売ってんだけどよ。5個だとさていくらになんのか……」
まさかのビンゴだった。
おじさんの手に持ってる袋を見てみると、一般的なビニール袋と同じくらいの大きさだ。
唐揚げサイズのドルネサンコの肉だったら、ひょっとして100個くらい入っちゃうかもしれない。
さてどうしたもんかなぁ。
なんて考えてみるけど。うん。どう考えても1人で食べきれる量じゃないよね。
一瞬雄也さんたちにおすそ分けするかとも考えたけど、3人で食べてもなお余るのは明々白々だ。
保存方法もわからないし、生ものは1回で使い切ってしまいたい。
値段はリーズナブルなんだけど、思わぬ落とし穴だったなぁ。
そんなことを考えてると、同じく値段について考えていただろうおじさんが口を開く。
お、小口の値段が決まったのかな?
そう期待したんだけど、僕の期待はあえなくぶっ潰された。
「あ、他に買うもんねぇか?
他に何か買ってくれんなら、ドルネサンコの肉をオマケでつけてやんぞ」
おじさんは考えることを放棄することに決めたようだ。
他にって言われてもなぁ……。
店内を見渡してみると、僕のトラウマを抉る食材が目に留まった。
麦球。
見た瞬間、脅しと拉致と失神の嫌な記憶が脳内に蘇る。
見た目は相変わらず巨大な麦の穂に見えるけど、これは決して近寄ってはならぬ食材だ。
下手に見つめると再び不幸な強制イベントのフラグが立ちそうだったので
一瞬で目を逸らしたけど、おじさんには見られていたらしい。
「パンでも作るのか?だったらパンの葉もおまけでつけとくからどうだい?」
どうやら僕がパン作りをすると勘違いしたおじさんからそんな提案を受ける。
麦球は禁忌。そう固く心に誓ったばかりだというのに僕の脳は聞きなれない単語に反応した。
「パンの葉?」
しまった思わず聞き返しちゃった。
視線の先ではおじさんが麦球を1つ手にとっていい笑顔を浮かべてる。あぁこれは後戻りできそうにないぞ。
しょうがないか……。
いくら禁忌だからといって今さら取り消すのもアレだし、僕は知的好奇心を満たすべくおじさんの話に耳を傾けた。
「おう、パン作るんだろ?だったらおまけでつけてやっからウチで買ってけよ」
「すいません。パンの葉っていうのはそもそもどんなのか分からないんですけど……」
「ん?兄ちゃんパン作るんじゃねぇのか?」
うう……微妙に話が噛み合わない。
どうやらこっちでは『パンの葉』も知ってて当然の食材みたいだ。
「そのパンの葉っていうのと麦球があればパンが作れるってことですか?」
なので質問の切り口を変えてみた。
するとおじさんは、僕が『パンの作り方』を聞いてることを察してくれて、大きく頷いた。
「あぁ。そうだ。麦球の中に詰まってる小麦粉に、パンの葉を1時間ばっかり浸けた水を混ぜて焼くんだよ。
どんなカラクリかは知らねぇが、パンの葉を浸けた水じゃねぇとパンが膨らまないんだよ」
えらく端的な答えだけど、大体の事情は分かった。
つまりパンの葉の表面にイースト菌や酵母的なものが付着してるってことかな。
そして同時に絶望する。
ちゃんとパンを発酵させる技術を使ってなお、あの石みたいなパンが焼きあがるのかと。
いやいや、それを打開するための【料理】ギフトだ……。
くじけそうになる心に喝を入れる。
「で、どうする。パン作るのか?」
なんだかこれだけパン作りを推されると、そういう気分になるから不思議だ。
作り方も簡単そうだしパン作りも試してみようかな。
「えっと、麦球買えばパンの葉とドルネサンコの肉おまけしてくれるんですよね?」
念のため確認すると、おじさんが大きく頷く。
「じゃあ麦球1個ください。おいくらですか?」
「毎度。麦球1個で200円だな」
200円か。麦球がメロンくらいの大きさだと考えるとこれも安い気がする。
ベルトについている革のポーチから100円札を2枚取り出すと、おじさんは既に商品を紙袋に詰め終わっていた。
流石商売人。仕事が速い。
あ、それと忘れてたけど調味料も持ってないんだった。
少なくともドルネサンコにふる塩だけでも買っていかないと。
僕はおじさんから紙袋を受け取りながらキョロキョロと店内を見渡した。
「どうした?他にもなんか必要か?」
「えっと、塩は置いてないですか?」
そう尋ねると、おじさんは棚の高いところから目薬くらいの小さな小瓶を取り出した。
中を白い粉が詰まってるところを見るとこれが塩なんだろう。
「1瓶1,000円だけどいいかい?」
食材とは逆になかなかの暴力的なお値段だ。
きっとここでは塩は貴重品なんだろう。
海に囲まれた国で育ったから実感は沸かないけど、地域によっては値が張るものだと知識では知っている。
僕は再び腰のポーチから1,000円札を取り出すとおじさんに渡して塩の小瓶を受け取った。
自分の手に持ってみるとさらに小ささを実感できる。スグに使い切っちゃいそうだ。
「他に必要なもんはねぇか?」
「はい。今日のところは大丈夫です」
髪袋に塩の小瓶をしまいながらそう答える。
するとおじさんは笑顔で、元気よく言ってきた。
「そんじゃまた何か欲しいもんあったら買いに来てくれよな」
"【料理】ギフトが成功したらね"
心の中でそう返事をしながら、ペコリと頭を下げ僕は宿屋へと急いだ。
+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-
部屋に戻った僕はまず鍵をかけた。
そしてメニューを呼び出し時刻を確認すると『13:59』だった。
「そろそろ限界だ……」
今にも情けない音を立てそうなお腹をひとさすりして、今しがた仕入れた食材をテーブルの上に並べる。
ドルネサンコの肉。麦球。パンの葉。塩。それから部屋に備え付けてある水差し。
まずは【料理】ギフトが正しく発動するかをテストしたいからお肉を焼くことにしよう。
できれば主食のパンから作りたいんだけど、お肉を焼くのに比べて手順が複雑なので後回しだ。
「よし……」
僕は若干緊張しながら油紙で出来た袋を開いた。
大きな袋の底の方に、ちんまりと5つのお肉が入れられている。
失敗するといけないので袋から1つだけお肉を取り出すと、備え付けのコップに移し替えた。
透明なグラスの中にポツンと入れられた生肉。実にシュールな見た目だ。
でも今はそんなの気にしてる場合じゃないからね。
ちょっとばかしシュールだろうが、お腹が満たされるんだったらいくらでも我慢するさ。
僕は生肉を入れたコップを両手で包むように持ち上げると静かに目を瞑った。
恐らくここからはイメージとの勝負だ。
想像した通りの武器が召喚できる世界だからね。
おいしそうに焼けたお肉をイメージしさえすれば必ず我が前に道は開かれるはずだ。
その為には無駄な雑念を捨てて食欲だけを極限まで高めなければならない。
集中しろ僕。食欲だけに全ての情熱を傾けるんだ。
欲求を力に!欲望をパワーに!
我が脳内に浮かべ!松阪的なブランドお肉のイメージよ!実際食べたことはないけどねーッ!!
その刹那。
真っ黒い僕の視界の先で、おいしそうに調理される高級肉の姿が浮かんだ。
洒落た照明。大きな鉄板。
天井に届きそうな程高いコック帽をかぶったダンディなシェフの手元では、綺麗にサシの入った高級肉が脂を跳ねさせながらジュウジュウ耳障りの良い音を立てている。
薄紫色の煙と共に漂う甘い脂の匂いが鼻腔をくすぐり、ミディアムレアに仕上げられた僕の為のお肉に粗挽きの黒胡椒がふりかけられる。
……見える。今の僕になら見える。
食べたこともない松坂的な高級肉の姿が見えるぞ!
端からよだれを垂らした口が勝手に動く。
僕の口はまぶたの裏で繰り広げられる素晴らしい料理の名を高らかに唱えた。
【サイコロステーキ】
キラッ。
料理名を叫んだ瞬間。
それまでまぶたの裏で繰り広げられた高級ステーキハウスの映像を消し去るような光を感じた。
ああ、おいしい光景が消えてしまう。と少し残念に思った僕の鼻をいい匂いがくすぐる。
この香りはまるで……。
思わず目を開け両手で包んだコップの中を見ると
そこには松坂的なお肉がおいしそうな湯気を立てて鎮座していた。
「僕は勝ったのか……?」
コップ越しに肉の熱さを感じながら小さな声で呟く。
両手を上げて喜びたい気持ちをなんとか押さえ込み、僕は冷静に思考を働かせた。
いや、まだだ。まだ油断はできないぞ。
ゴムステーキだって見た目と匂いはおいしそうだったからね。
つまり実際に食してみるまでは安心できないということだ。
「それじゃ。いただきます」
ドキドキと高鳴る期待を胸に、僕は口元までコップを持ってくるとゆっくりと傾けた。
お肉はたっぷりの脂の力を借りて、滑るように口元まで滑ってくる。
しかし流石に一口で頬張るにはいささか肉のサイズが大きすぎた。
僕は大きく口を開けそのままお肉にかじりつく。
すると
――歯に当たるなりホロリと崩れ落ちたお肉が僕の口内に降ってくる。
え?
と疑問に思う間もなく僕はまるで何かに操られるように咀嚼を開始した。
なんだこれは。
咀嚼の度にホロホロと崩れていく肉質は16年生きてきて初めて感じる柔らかさだった。
しかも、ひとかみ毎に溢れ出す上質な甘い脂が口内を満たしていく様は感動すら覚える。
ドルネサンコのあまりの旨さに僕は打ち震えた。
空腹補正?それもあると思う。けど、そんなものブッチぎる勢いでこのサイコロステーキは美味なんだ。
瞬く間に1口目を嚥下し終えた僕は
たまらずコップに残った残りの肉を口内に収めると2口目も焦るような速度で食べ終えてしまった。
塩をふっていないことに気がついたのは
1つめのお肉を食べ終え、フゥと一息入れたその後のことだった。
というわけで現在に至ります。
本能の命じるままに残り4個のお肉もサイコロステーキに変えると、獣のように貪ってしまった。
でもしょうがないと思うんだ。
空腹だったし、久々に食べる人らしい食事だったし、えも言われぬ美味しさだったし。
そりゃガッついちゃうよ。腹を空かせた高校男子をなめてもらっちゃ困るって話ですよ。
あ、ちなみに。2個目からはちゃんと塩ふって食べたよ。
たかが塩だと思うでしょ?ところがどっこいされど塩なんだよ。
適量の塩を振って美味しさ5割アップになったサイコロステーキは歯止めの利かない美味しさでございました。
基本的に嫌な目にしか遭ってない僕に訪れた最初のハッピーイベントだよこれ。
守りたいこの幸せ。いつまでも。そう、いつまでも。
それなりに満ち足りたお腹をさすりながら僕はフーと満足げに息を吐いた。
正直もう1回お肉を買いに食材屋へダッシュしたいところだけど、まだ手元に食材が残っている。
僕はテーブルの上に置かれた麦球を手に取ると外皮をカリカリと爪で引っ掻いた。
お前がいなければ追加のお肉を買いに行けたのになぁ……。
いや、お前がいなければそもそもお肉自体食べれてなかったんだっけか。
しばらくカリカリやってると繊維質な外皮はどんどん崩れ落ちていき
テーブルにもみがらのクズとして溜まっていく。
確かこの中に小麦粉が詰まってるって食材屋のおじさんは言ってたよね?
そんなことを考えながら引っかき続けると、突然手応えが変わりもみがらではなく白い粉がテーブルに降り注いだ。
「ホントに小麦粉が詰まってたんだ……」
テーブルの上に出来た小さな粉の山を見つめ、僕は小さく呟いた。
ってことはこのメロンサイズの麦球全体に小麦粉が詰まってるってことなのかな?
確かにずっしりとした重みを感じるから、これが全部小麦粉の重さだとしたら相当な量が詰まってそうだ。
もう少し穴を拡げて確認してみるか。
僕は小さく穴の開いた外皮に再び爪を立てると卵の殻を剥く要領で少しづつ周りの外皮を剥いでいった。
そのまま1円玉サイズになるまで慎重に穴を拡げると、麦球の中にミッチリと小麦が詰まっている様が伺える。
何ていうんだっけ?砂糖を固めたお菓子で、ラクガンだっけ?あれの小麦粉バージョンって感じだ。
とはいえラクガン程の強度はないらしく、指で少しつついただけでもハラハラと粉になって落ちてしまう。
乱暴に扱うと一気に瓦解してテーブルが粉まみれになりそうだ。是非ともそれは避けたいところだ。
僕は麦球を傾かないようにソッとテーブルの上に乗せた。
にも関わらず手を離した瞬間、ゴロッとバランスを崩す麦球を慌てて手で押さえつける。
よもや麦球がこんな危険な球だったなんて……。
ガッシリと両手で麦球を固定したままそんなことを考える。
「かくなる上は、可及的速やかにパンに加工してやらないと……」
幸いレシピは分かってるんだ。
パンの葉を浸した水と、小麦粉だけで出来るって食材やのおじさんは言ってよね。
あ、でも確かパンの葉は1時間くらい水に浸しとかなきゃいけないんだったっけ?
ってことは1時間麦球押さえてないといけないってことなの……?嫌だ。そんなの嫌すぎる。
でも待てよ……それは通常のパン作りの話であって【料理】ギフトならその辺うまく補ってくれるんじゃないかな?
なんてたって袋1杯500円のリーズナブルなお肉をあれだけ美味しいステーキにしちゃうギフトだもんね。
うん。きっと大丈夫。僕は【料理】ギフトを信じるぞ。
そうと決まれば早速準備だ。
僕は麦球を右手だけで固定して残りの材料の準備を始めた。
まぁ準備って言っても新しいグラスに水を注いで、念のためパンの葉突っ込むだけなんだけどね。
あっと言う間にパン作りの準備を終わらせると
麦球とパンの葉を突っ込んだコップを隣り合わせに並べ両手で包みこむ。
サイコロステーキの時と一緒ならこれで大丈夫なはず……。
大事なのはイメージだ。こんがり焼けた小麦色のロールパンをイメージする事だ。
例によって例のごとく僕は目を瞑るとおいしいパンのイメージを思い浮かべた。
小麦色で、外はサックリ中はモッチリしたロールパンが食べたいです……。
お肉を食べて食欲が落ち着いたせいか今いち妄想が冴えないけど
街のパン屋さんに並んでるようなロールパンを頭に思い浮かべ、僕は料理名を唱えた。
【ロールパン】
キラッ
しっかりと瞑った目に優しい光が届く。
両手にほんのりした熱を感じて目を開くと、そこにはちょっと想定外の光景が待っていた。
「ロールパンだ……ね」
目に映った小麦色の物体の名を口にする。
おいしそうな匂いと湯気を立てる拳くらいの大きさのパン。それは僕もよく知ってるロールパンに間違いなかった。
問題なのはパンのクオリティではなくて――
僕の両手を覆い隠す程に積まれたロールパンの山。そう問題は出来上がったパンの数だった。
一体いくつくらいあるのかな。
パッと見だけど20個以上はありそうなんだけど……。
なんとか山を崩さないよう慎重に両手を抜き出しながら、そんな事を考える。
ようやく抜き出した左手を使ってパンの山を崩すと、パンの材料として使った麦球とコップが出てきた。
見るとコップの中の水は完全になくなっており、麦球の中身もかなり減っているようだ。
麦球については外皮はそのままなんで中の小麦粉がどれだけ減ったか正確には分からないけど、パン作り前と比べて明らかに軽くなっているのが分かる。
つまりコップの中の水で作れるだけのパンを作っちゃったてことなのかな……?
そういえばロールパン作る時に『どのくらいのパンを作るか』なんて指定はしなかったもんな。
それが原因なのかもしれないな。
でもコップ1杯の水でこんないっぱいパンってできるもんなのかな……?
いやできないよね。うん。20個以上なんて絶対無理だよ。
あ、もしかして。
僕はテーブルの端に置いた水差しを引き寄せると蓋を開けて中を覗き込んだ。
「あー……水なくなってるや」
正確な残量は覚えてないけど、まだかなりの量の水が残っていたのは覚えている。
つまり水差しの水も材料として使っちゃったってことなのか。そう考えると辻褄が合うしね。
テーブルの端まで50cmくらい距離が離れてるんだけどなぁ。
結構遠くにあるものでも材料と認識されちゃうってことなのかな?
だとしたら【料理】ギフトを使う場所も考えないといけないな。間違って他の人の食材を使っちゃっうとマズいし。
「でも当面の問題は、この大量のパンかな……?」
いくらお腹が減ってると言ってもこの量を一人で食べるのは無理だ。
とりあえず食べれる分食べてから考えようかな?
手近にあるパンを1つ掴むとそのままかじりついた。
食感は希望通りに外はサクサク中はモッチリした普通のパンだ。
けど決定的に味が……ない?
いや不味くはないよ。不味くはないんだけどあんまり美味しくもないというか。超素朴な味というか。
サイコロステーキがバツグンの出来上がりだっただけにちょっと拍子抜けしてしまったってのが本音だ。
あ、そうか。普通のパンってバターとか塩とか砂糖とか入れて作るんだったっけ?
だとしたらせめて塩だけでも入れればよかったなぁ。そんな事を考えつつ2つ目のパンに手を伸ばす。
そして気付く。塩の小瓶もテーブルに置いてたのに材料として認識されてないや。
水差しの水は勝手に使われて、塩は使われないのはどういう事なんだろう……。
「まだまだ分かんない事だらけだよなー……」
2つ目のパンを咀嚼しながら、僕は天井を見上げてそうボヤいた。
初めてのチャレンジとしては大成功だけど、大量に余ったパンの在庫を考えると少し憂鬱になる。
贅沢な悩みなのは分かってるんだけどねぇ。例えば今日の朝食としてこのパンが給仕されてたら喜んでバクバク食べてたと思うし。
それがおいしいお肉を食べてそれなりにお腹がいっぱいになった途端
半端な出来のロールパンでは喜べなくなってしまっている。
だからといって気軽におすそわけなんてしちゃうと
今度は欲にまみれた大勢の人達が押し掛けてくるだろうからそれはそれで憂鬱そうだ。
いずれは何とかしたいと思ってるんだけど、じゃあ具体的にどうすればいいかって言われると分からないんだよなぁ。
例えば材料さえあれば一気に100万個のパンが焼けるっていうんなら、作るだけ作って販売は誰かに任せてしまえば済む話なのかもしれない。
でも、人間って欲深いからもっと美味しいものが作れるって知られたら絶対そっちも要求されちゃうよね。
パンだけじゃ嫌だ。ステーキも物足りない。カレーはもう飽きた。もっと。もっと。もっと美味しいものを作ってくれ。
そんな事言われてもどう対処していけばいいかちょっと想像がつかないな。
僕は3つ目のロールパンを手に取りかじりついた。
「何にしてももう少し【料理】ギフトで何ができるか実験してからの話だよね」
今の状態で動くのはあまりにリスキーすぎると思うんだ。せめて『何を』『どこまで』できるかは把握しておきたい。
んである程度わかったら予防線を張った上で雄也さん辺りに相談してみようかなー……。
まぁ、それはそれで危ない賭けなのかもしれないけどね。
どこまでいっても八方ふさがりな思考に思わず苦笑する。
要するに僕は臆病なんだと思うんだ。
だから悪い未来ばかりを考えて、全然1歩が踏み出せない。
考えて考えて考えて考えすぎて行動を起こす前にへばっちゃうんだ。
不意にあのゴーイングマイウェイな従兄弟が懐かしく思えてきた。
アイツならきっと僕が泣こうが叫ぼうが首根っこ引っ張ってガハガハ笑いながら皆にお披露目とかしちゃうんだろうな。
で、結局厄介事に巻き込まれて、だけど不思議と最後は大団円を迎えるんだ。
僕も少しは見習わないといけないんだろうな……。
僕は4つ目のパンへ手を伸ばしながら、ぼんやりとそんな事を考えていた。
夏バテで微熱を出してしまいました……orz
いつも以上にグチャグチャな文章かもです。
でもいいんだぁ。
元気になってから読み返してみて、おかしなところがあれば直せばいいだけの話だからぁ。
……『じゃあ、それから投稿しろよ』と思ったアナタはきっと正しい。




