彼の事情
よく寝たー……。
お昼前にようやく目覚めた僕は、寝ぼけ眼をグシグシこすりながら身体を起こした。
歌唱依頼のバイトの後、満身創痍で宿屋まで帰って来た僕は部屋に入るなり倒れこむように寝入ってしまった。
で気がついたのはお昼前。お腹が空きすぎて目が覚めちゃったみたいだ。
そうだよね。最後にご飯食べたのが昨日の朝ご飯だもん。
丸1日何も食べてないんだから、そりゃお腹空くよね。
お昼ご飯は歌の練習で潰れて、夕ご飯の時は本番前の緊張で食欲がなかったもんね。
……まぁお腹空いてても食べる気が起きないご飯しかないのも問題だけど。
「せめてちゃんと咀嚼できるものが食べたいよね……」
思わずボヤく。
これまでに僕が食べたものって言ったらゴムみたいなステーキと岩みたいなパンだもんね。
歯が立たない(物理)なご飯はもう勘弁して欲しい。
あ、いっそのこと【料理】ギフトの実験をしてみるのもいいかもしれないな。幸い今日は時間があるし。
バイトは連チャンは流石に無理そうだったので隔日のシフトにして欲しい旨はネイさんに報告済だ。
生活資金が乏しいのであんまり悠長に構えてもいられないんだけど、コッチの世界の知識もつけたいんだよね。
ほら僕の場合αテストに参加してないから知らないことだらけだしさ。
じゃあ何か適当に食材でも買ってきて、ダメ元で【料理】ギフトの実験でもやってみるかな?
あ、食材店で悩むと不幸な事件に遭遇しそうだから、食材は素早く購入するようにしよう。絶対にそうしよう。
「あ、その前に」
僕はポツリと呟くと、右手にメニューを表示させた。
忘れるところだったよ。
昨日のバイトで【歌う】ギフトが上がってるかチェックしなきゃいけなかったんだった。
ギフトタブにタッチし、ギフト一覧を表示させる。
【歌う】ギフトが少しでもレベルアップしてたらいいなーと期待に胸を膨らませていると
――――――――――――――――――――――――――――――
【ギフト一覧】
愛 Lv21
祈る Lv0
歌う Lv7
Empty
お呪い Lv0
サバイバル Lv0
サヴァイヴァル Lv0
大自然マスタリー Lv0
手当て Lv0
料理 Lv0
――――――――――――――――――――――――――――――
……どういうことなの。
全く予想してなかった結果にギョっとする。
期待通り【歌う】のレベルが上がってるのは嬉しいんだけど、そんなことより想定外の事態が起こってる。
【愛】Lv21
……ホントどういうことなの。
「訳が分からないよ」
グシグシと頭を掻きむしりながら僕は呟いた。
いつの間に成長したの?
何をしたから成長したの?
なんでここまで成長したの?
疑問は尽きないけど、冷静になって1つずつ考えていこう。
僕はボサボサになった髪を手櫛で直しながら、【愛】Lv21という想定外について考えを巡らせた。
まず、いつの間に成長したのか?これについては不明だ。
今のところ気づいたらLv21になってましたとしか言いようがないもんね。ということでこれは保留。
次に、何をしたから成長したのか?これについても不明だ。
ギフトのレベルを上げるには、それ相応の行動が必要になる。例えば【歌う】ギフトなら歌ってみるとか、そういう特定の行動が求められる。
じゃあ【愛】って何かね?
って事になるわけなんだよ。
随分と詩的な表現になっちゃったけど、つまるところ『どうやったら【愛】なんてもののレベルが上がるのか』が分からないんだよねぇ……。
最愛の彼女とキャッキャウフフなリア充生活をおくってるならまだしも、そんな生活僕とは無縁なわけだし。ホント爆発して欲しい。
考えれば考える程訳分かんなくなるなぁ。……これも保留ってことで。
で最後に、なんでここまで成長したか?これについても不明なんだよねぇ……。
だってLv21だよ21。昨日ヘロヘロになるまで歌いまくってやっと【歌う】ギフトはLv7だっていうのに、何かの冗談?って心境だよ。
【歌う】がLv7。【愛】がLv21だから数字だけ見ても3倍の差があるもんね。
ということは単純計算で歌の3倍僕は何かを頑張ったはずなんだけど……ダメだ。何一つ思い当たる節がない。
「っというわけでこれも保留かー。
結局何一つハッキリしなかったなぁ」
冷静になっても分からないものは分からないということを再認識したにすぎなかったな。
僕はホゥと溜め息を吐くとメニューを閉じた。そして自分に言い聞かせるように呟く。
「極論しちゃうと、何が原因で【愛】のレベルが上がったかなんてどうでもいいことだよね」
我ながら苦しい言い訳だけど、それは気がつかないフリでやり過ごす。
「頭をヒネるよりは『わーい。レベルがあがったぞ!』って素直に喜んだ方が楽しい気分になれるし」
そうだよ。その通りだよ。
これはラッキーな事なんだよ。
元々ギフトのレベルアップは僕の目標だったわけだしね。
上げ方が分からないから放置しようと考えてたギフトが勝手にモリモリ成長してるんだからここは喜ぶところなんだよ!
やったね!
何の役に立つかも分からないギフトのレベルが上がったぞ!!
あ、ダメだ。最後にちょっとネガティブ出てきちゃった……。
レッツポジティブシンキーング。イェーイ……ヘヘ。
そんなポジティブなんだかネガティブなんだか分からない事を考えていると
遠慮がちにドアをノックする音が聞こえた。
誰だろ?
って言っても心当たりは2人しかいないんだけどね。
「はーい」
僕はドアの向こうにいるであろう人に返事をすると、ベッドから降りてドアへ向かった。
開錠してドアを開けると
「1日ぶりだね」
少し疲れたような、困ったような表情の雄也さんが所在なさげに立っていた。
その表情に心なしか嫌な予感がする。何か面倒事を運んで来たのではあるまいな。雄也さん。
思わずそんな考えが顔に出てしまっていたのか
雄也さんは僕を見て苦笑すると、遠慮がちに聞いてきた。
「ごめんねいきなり。
ちょっと話があるんだけど、今って時間大丈夫?」
「はい。時間ありますよ。
ただ精神的な余裕はあんまりないので、ヘビーな話とかは勘弁してくださいね」
そう大きな釘を刺すと、雄也さんは素晴らしい笑顔で頷いた。
「うん。任せて。涼太君が精神疲労でブッ倒れたらちゃんと看病するから」
「……」
ガッ。
無言でドアを閉めようとしたが、雄也さんの足に阻まれる。……ッチ勘の良いヤツめ。
うん。わかってる。
ドアを閉めれなかった時点で僕の『負け』だよね。分かってるんだよ。……ううう。
僕は観念してドアを開けた。
「こんにちは。雄也さん。どうぞお入りください……」
「こんにちは。涼太君。それじゃお言葉に甘えてお邪魔しようかな」
一言断るとスタスタ入ってきて、椅子に腰掛ける。
そんな雄也さんの様子をみて、僕は小さく溜め息を吐いた。
なんの話をされるか知らないけど、こうなった以上甘んじて受けようじゃないか。
今日はバイト休んでコッチの世界の事を勉強しようと思ってたんだし、そう考えるといい機会だよね。
僕は無言で雄也さんの対面にある椅子を引くと、ゆっくりと腰かけた。
「それじゃ早速なんだけど、ちょっと困った事になったんだ」
い、いきなり過ぎません?
まずはお天気の話とか、『最近どう?』みたいな話から入るのが大人のマナーじゃないんですか。
よほど切羽詰まってるのか、驚いた僕を無視して雄也さんは言葉を続けた。
「それで君に協力して欲しい事があって、お願いに来たんだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。あの話を端折り過ぎて僕には何が何やら!」
なおも続きを話そうとする裕也さんを、僕は慌てて止めた。
これはまた例のパターンなのか!?
詳細も知らされてない状態で、協力するかどうかなんて選べるわけないでしょうに!
両手を突き出しストップをかける僕を見て、雄也さんは少しだけ笑った。
「ごめんごめん。でもそんなに警戒しないでよ」
無理です。無理塩です。
「前科持ちが何をいいますか。一昨日の株式会社事件の二の舞はゴメンですからね」
「んー……。それを言われると立つ瀬がないからなぁ。
でも安心して。今回はちゃんと詳細を伝えた上で君の返事を聞くつもりだから」
ようやく常識的な交渉になるな。
――なんて安心するのはまだ早い。
これは油断を誘うための罠だ。
キタナイ交渉術を使わなくても僕に協力させるためのカードを持ってるはずだ。
要警戒だ。要警戒。
「まぁ、とにかく話だけでも聞いてよ。ね?」
あくまで軽い調子でそう告げてくる雄也さんに、頷いて先を促す。
「警戒されちゃってるなぁ……。まぁ前科持ちの身としては仕方ないんだけどさ」
そんな軽口を叩いて、彼は説明を始めた。
「えっとね。困ったことになったって言ったけど
実は困ってるのは俺じゃなくて、桃花なんだよ」
「桃花さん?」
想像もしてなかった名前が出てきたため、思わず聞き返してしまった。
「うん。ちょっと長くなるけど事のあらましから説明するね。
前にも話したけど、元テスターの中にはこの世界をゲームと捉える派閥と、現実と捉える派閥の2つがいるんだよね」
「『あくまでゲームだ』派と『これは現実だ』派でしたよね?」
「そうそう。で、昨日かな?
『あくまでゲームだ』派の人たちにある問題が起こったんだ。
ちょっと考えれば分かりそうなもんなんだけど、彼らは無くしてみて始めて実感したらしい」
そこまで言うと雄也さんは、親指と人差し指で輪っかを作る。
OKサイン?違うか。この場合は……。
僕はその形が意図するものを想像し呟いた。
「金欠ですか……」
「そ。彼らって基本的にログアウトできるのをただジッと待つってスタイルの人達だから収入がないんだよ。
だから初期資金を使い切っちゃうとそこでおしまいなんだよね」
アレ?でも初期資金って5万円あったよね?
宿代と昼・夜ご飯代を足しても1日5,000円くらいで過ごせるのにもう金欠?ん?
確か一番最初にここに来た人でもまだ1週間経ってないはずだけど……。
「あ、ひょっとして初期資金ってプレイヤー毎に違うんですか?」
「いや。皆同じ5万円だよ?」
「なのにもう金欠な人がいるんですか……?」
僕の言わんとしている事が分かったのか、雄也さんは目をつぶって呆れたように告げてきた。
「ホントに愚かな話なんだけど、色々と無駄使いしちゃった人がいるみたい」
「……バカなんですか?」
というか何考えてるんだろう。その人たちは。
ログアウトするのをジッと待つのはいいと思うよ。この世界をどう捉えるかは個人の自由だと思うから。
でもそれだったらなるべく支出は抑えるべきだ。
なのに無駄使い?
明らかに主張と行動が一致してないんじゃないかな?
お金がなければ宿屋に篭ることもできないというのに。
「信じられないかもしれないけど、そういう迂闊な人もいるんだよ。それもかなりの人数ね。
というか俺に言わせてみれば『あくまでゲームだ』派の人は皆愚か者だよ」
「辛辣ですね」
「うん。一部の迂闊な馬鹿を引き合いに出して『あくまでゲームだ』派全体を悪く言いたくはないんだけど
彼らって現実をちゃんと受け止めてないだけだと思うんだよね。そんなんだから何の危機感もなく無駄使いして路頭に迷う事になるんだよ」
雄也さんはテーブルの上で固く手を組むと、忌々しげに吐き捨てた。
「で、そういうヤツらって得てして甘ちゃんだろ?
金がなくなって宿屋を追い出されて始めてヤバいとでも思ったんだろうね。
自分の見通しの甘さを棚に上げて、他人に当り散らすんだから始末に負えないよ」
「その言い方からすると、結構な数いそうですね……」
1人2人の問題じゃないんだろうな。
眉を顰めた雄也さんの表情を見てウンザリした気持ちになる。
予想よりも遥かに面倒くさそうだぞ。大丈夫かな僕……。
「そ。一部の馬鹿なんて言ったけど、相当数の馬鹿って訂正してもいいくらいにはいるね。
しかも1人じゃなんもできない甘ちゃんだから、甘ちゃん同士つるんじゃってね。あちこちで行儀の良くない事をしてるみたいなんだよ」
「うわぁ……典型的なダメ人間の行動パターンですね」
「困るよねぇ。1日で結託して悪さを働くような団結力があるなら
もっと他の事に活かせばいいのにと切実に思うよ」
自嘲気味に笑う雄也さんの顔を見て僕は心の中で『それは無理だと思いますよ』とソッと呟いた。
だって彼らを突き動かすのは団結力なんてものじゃないからね。
バカが100人集まれば起きる自然現象みたいなもんなんだよ。
赤信号皆で渡れば怖くない。
バカの内の1人が赤信号を渡り始めたが最後、残りの99人も一斉に渡り出すからね。
一見100人で団結してる風にも見えるけど、そんなことは全然なくて、彼らは『その場のノリ』だけで行動してるに過ぎない。
今回の話だってそうだ。
皆で団結して悪さを働いてるって訳じゃないと思うんだ。
バカの内誰でもいいから1人が悪さを始めちゃえば、残りの99人もそれに乗っかって悪さをし始めるってだけの話だ。
『どうして赤信号を渡ったの!』って怒られて『だって皆渡ってたもん』とか返事する人達だからね。
1人で渡っても、100人で渡っても、悪いものは悪いんだけどなぁ……。
そんなことを考えていると、雄也さんが唐突に話を再開した。
「それで、ここまでが前置きで、そろそろ本題に入るよ」
「前置きだけでもうお腹一杯なんですけど……」
もっと言うと既に胃もたれが始まっちゃってますよ?
それに話の流れからして、またロクでもない事お願いされそうな予感もビシバシ感じますし。
「大丈夫。本題は別腹って言うだろ?」
「初耳です……」
「それはよかったね。これでまた一つ賢くなれたわけだからさ」
つまりどう足掻いても話を続けるってことですね。わかります。
「あんまり無茶なお願いとかは勘弁してくださいね?」
「善処するよ。それじゃ本題に入るね」
つまり無茶なお願いをするってことですね。スゴくわかります。
雄也さんはうなだれる僕の事など華麗に無視して、話を再開した。
「えっと、甘ちゃん集団にも色んなタイプがいてどうも彼らも1枚岩じゃないみたいなんだ。
最初はカツアゲ紛いの事してたみたいなんだけど、これが思いのほかリスキーでね」
「リスキーっていうか犯罪ですよね?」
指摘してやると雄也さんはアッサリを肯定した。
「そう。犯罪なんだよ。
だからカツアゲに勤しんでた馬鹿の内、運の悪い馬鹿が捕まった」
「……捕まった?」
「うん。この世界の警察に捕まって今は檻の中で臭い飯を食ってるらしいよ。
ただでさえここのご飯はマズいのに、さらに匂いまで臭いなんて地獄だよね」
「いやいやいや。何気に社会問題にまで発展してませんか?」
「社会問題になる程じゃないよ。逮捕者が出たことで一瞬でカツアゲは下火になっちゃったからね。
それでカツアゲに代わる金策を求めて馬鹿共が色んなタイプに分派してったんだよ」
何でもない事のように淡々と説明する雄也さんを唖然と見つめる。
どこまで大きくなるんだろうこの話。流石に怖くなってきたんだけど……。
。
しかも馬鹿共が悪さし始めたのって昨日の事だよね?
たった1日でカツアゲし始めて、逮捕されて、カツアゲするのを止めて、そして分派していったって……。
超展開を超える超展開だよ。展開速すぎるよ!
「涼太君……?」
黙ってうつむいてしまった僕に気がついたのか、雄也さんに名前を呼ばれる。
「あ、いや。スイマセン。
あまりの超展開についていけなくて……。いくらなんでも1日でそんな超展開が起きるとは思ってなかったもので」
正直に告げると、雄也さんはキョトンとした顔になった。
ややあって
「あぁ!そうか君コミュニティの事知らないんだっけ?」
「コミュニティ?」
「ごめんごめん。説明してなかったね」
雄也さんは短く謝ると、テーブルの上で組んだ手を解き、右手にメニューを表示させた。
メニューの1点をタッチしながら
「メニュー機能の1つでね。ここにコミュニティってタブがあるんだ」
テーブルの上で展開された雄也さんのメニューを覗き込むと、確かに『コミュニティ』の文字がある。
そしてその下に『ボード』『メール』の文字。
雄也さんは『ボード』をタッチして、テーブルの上に乗せたままの右手をさらに僕の方へ突き出した。
「見て。これがコミュニティボード」
促されるままに再び雄也さんのメニューを覗き込む。
そこにはギルドで見た依頼一覧のようなたくさんの見出しを載せた一覧が表示されていた。
【明日は】狩場の危険なモンスターを教えあうスレ Part17【我が身?】(881)
武器ギフトについて語り合うスレ Part4(102)
魔法ギフトについて語り合うスレ総合 Part19(591)
【森では】火魔法について語るスレ Part7【使えない……】(79)
所持ギフトを晒そうぜ! Part81(910)
【一発】カツアゲしまくった結果wwwwww【逮捕】(554)
【不味さ】オヌヌメな食い物を教えあおうぜ!Part98【圧倒的不味さ】(289)
etc...etc...
な、なんだこれ……。
ものすごく見たことがあるような気がする見出しが所狭しと並んでいる。
「情報共有。報告。体験談。実験。検証。雑談。
とにかく全ての情報はこのボードを使って行ってるんだ。
誰かが目立つ行動を取れば大体スグに新しいスレッドが立つから、情報の伝達は日本よりも数倍は早いよ」
な、なるほど。
そんなカラクリがあったんですね……。
……そりゃ情報の伝達は速いだろうさ。
まだ見出しを少し見ただけだけど、僕の知りたい事が沢山詰まってそうだ。
そんなことを考えながら雄也さんのメニューをガン見してると
不意にスッと手を引かれてしまった。
「あっ……」
小さく呟いて逃げるように遠のいていく右手を見送る。
そのまま視線を上へ上げると、少し困ったような表情の雄也さんと目が合った。
「気になるのは分かるけど、確認はあとで。ね?
疑問も晴れたところで、改めて話の続きを聞いて欲しいんだけどいいかな?」
「あ、スイマセン。はい。どうぞ」
そうだった。不本意ながらも今は雄也さんの話を聞いてる最中だったんだ。
「えっと、どこまで話したんだったかな?あ、そうか馬鹿共が分派したところまでだったよね」
雄也さんはそう確認するとメニューを消して右手の人差し指を1本立てた。
どうでもいい事だけど、順序立てて説明するとき指を立てるのはこの人の癖みたいだ。
「まずは多少マシなヤツらからね。
コイツらは、普通にギルドに行って、普通に依頼を受けて、普通に金を稼ぐことにしたみたい。
どんな経緯でそうなったかは知らないけど、まっとうに金を稼ぐ決意をしたヤツら。まぁ少数だけどね」
人差し指に加えて中指を立てながら続ける。
まるでピースサインに見えるけど雄也さんがご機嫌という訳じゃないです念のため。
「次はあんまり変わんなかったヤツらね。
コイツらはその辺の人達にタカったり、ゴネたり、無茶な要求したりと詐欺まがいの脅しで金を掠め取ろうとするヤツらだよ。
強制的に金を巻き上げるのがヤバいなら、しつこくお願いして相手に金を出させればいいとでも考えたんだろうね。
忌々しいことにかなりの数がいて、被害報告も結構上がってるね」
さらに薬指を立てながら続ける。
「で、最後なんだけど
コイツらがちょっと問題でね……」
顔をクシャりと歪ませ、雄也さんはピンと立てた3本の指を曲げ拳を握り締めた。
「彼らも大きく括ると、ギルドで依頼を受けてまっとうに稼ごうと考えてるんだけど、その方法が問題でね。
モンスターとの戦闘が極端に怖いらしくて、自分の身の安全を考えるあまり形振り構わず『有用な』ギフトを持ってる人間を片っ端から勧誘してるんだ……」
「えっと……勧誘って具体的には?」
路地裏に拉致された嫌な思い出が蘇り聞き返してしまう。
雄也さんは困った顔のままフフッと息だけで笑った。
「具体的な事はそれこそコミュニティボードの被害報告を見てもらった方がいいと思うよ。
ただ基本的には、『モンスターは怖い。だけどお金は稼がないといけない』って板挟みになってるから、言葉通り形振り構わず行動を起こしてるみたいだよ」
「なるほど……。なんとなく分かりました」
しかし微妙に昨日の拉致犯とは動機が異なるところが引っかかるなぁ。
昨日の拉致犯は『街中で仕事がしたい』って理由で【鑑定】ギフト持ちを探してるって話だったけど
雄也さんの話では『少しでも安全に狩りをするためのギフト持ち』を探してるって話だもんね。
「あの、度々話を脱線させて悪いんですが
【鑑定】ギフトがあれば街中の依頼を受けれるって話に聞き覚えありませんか?」
情報のすり合わせを兼ねて軽い気持ちで質問してみたところ、ズバッとした答えが返ってきた。
「ああ、あの与太話か。知ってるよ。
確か所持ギフトを教えあうスレッドで、誰かが【鑑定】ギフトを持ってるって報告したところから話が始まったんだよ」
「と言いますと……?」
「いやね。【鑑定】なんてまず誰も取らないギフトだったものだから、そのスレッドを見てた誰かが
『街中での仕事を受けれるとしたら、そういう一般的じゃないギフトを持ったのヤツじゃないか』みたいな予想をしたんだよ。
そしたらその話が変な風に膨らんで『【鑑定】ギフトがあれば街中での依頼が受けられる』って荒唐無稽な話に発展したんじゃなかったかな?」
なーるほど……。
ということは昨日のあの惨劇は100%混じりけなしの勘違いの産物だったってことか……。
「雄也さん……。多分その話ちょっとだけ違ってると思いますよ」
暗い声で反論すると、雄也さんの片眉が上がる。
「そう?確かそんな風な話だったと記憶してるんだけどな」
「はい。概ね当たってるんですけど
恐らく【鑑定】ギフトでは街中の仕事が取れなかったから、最終的には【鑑定】ギフトの派生ギフトなら街中の仕事が取れるって話になってると思うんです」
「あぁ、オチがちゃんとついてたってワケか。でも君随分と詳しいね」
雄也さんの疑問も最もだ。
コミュニティボードの存在を今しがた知った僕が持ってるような情報じゃないもんね。
「実は昨日、【鑑定】ギフト持ちと間違えられて色々と不幸な目に合った時に聞いたもので……。
なんで雄也さんがさっき言った形振り構わずって部分は、実感として理解できますよ」
流石にこの報告は予想外だったのか、雄也さんは少しだけ考える素振りを見せた。
「えっと……もう少し事情を聞いても?」
「脅されて、拉致られて、失神させられました」
「もう十分だ。ありがとう」
どうやら察してくれたようだ。
「不謹慎な言い方になっちゃうけど、つまりはそういう輩が『有用なギフト』を求めて街を徘徊してるんだ。
それでね。『有用なギフト』を持ってるってバレてない人はまだマシなんだけど、バレちゃった人は相当厳しい思いをしてるんだよね」
「わかります。すごくわかります」
力強く頷いて返事をすると、雄也さんはようやくいつものような優しげな笑みを浮かべた。
これまでの苦々しい困った表情ではなくなったのに、何故だかその顔を見てるだけで緊張してしまう。
「で、実はさ。その『有用なギフト』ってのを桃花が持ってるんだよね」
ここにきて出て来た思いがけない名前に無意識に身体に力が入る。
雄也さんじゃなくて、桃花さんに関係ある話ってそういう意味だったんですか……。
「しかもバレまくっちゃってて、もう追っかけがスゴいんだ。
で、隣にいた俺の事も当然バレちゃったらしくて、めでたく俺もマークされちゃって」
そこでいったん言葉を切ると、雄也さんはハァとわざとらしく溜め息を吐いた。
「そこでものは相談なんだけどさ。
事態が沈静化するまで、ちょっとの間でいいんだ。桃花を匿うのを手伝ってくれないかな?」
ああ、嫌な予感がする。
今日一最大限の嫌な予感が。
「えっと……お力になれるような事は何もないと思いますよ?」
何とかそれだけ言い返してみたけど、相変わらずのイケメンスマイルのまま雄也さんは元気よく言い返してきた。
「いやいや。敵に顔がバレてないだけでも十分なアドバンテージだよ!」
副音声で『絶対ニ、逃ガサン』と聞こえるのは僕の勘違いであってほしい。
「安心して。そんなに難しい事をお願いするつもりはないから」
「ぐ、具体的には……?」
聞き返すと、雄也さんは明るい声で告げてきた。
「俺と桃花と君と3人で泊まれる部屋を借りて、しばらく3人での共同生活を送ってくれないかと思ってさ。
君の名前で部屋を取ってくれないと、あっという間に居場所バレちゃいそうだし」
「年頃の女の子と同じ部屋なんて、桃花さんが嫌がるんじゃないですか……?」
恐る恐る尋ねるが、キッパリと否定されてしまった。
「ああ、大丈夫大丈夫。涼太君だって桃花の気性は分かってるでしょ?
俺達が何か不埒な事でもしようものなら、躊躇なくねじ切るくらいの事は平然とやってのけるさ」
「全然、大丈夫じゃない!」
ねじ切るって何だよ!?
何をねじ切るって言うんだよ!!怖いよ!!
「大丈夫だって。君に極力迷惑をかけないために俺がストッパーとして同室するから」
「極力迷惑をかけないっていうことは、少しは迷惑を被るってことじゃないですか!」
「ぉぉ、さすが涼太君。正確に俺の言いたいことを察するねぇ」
そんなの褒められても全然嬉しくない。
というか今の話を聞いて、僕の中の『桃花危険度』は一気に2倍に膨れ上がった気がする。
ああ、どうしようと僕が必死に悩んでると
彼は最強で卑怯で姑息で最低な切り札を切ってきた。
「でも困ったなぁ……」
何がですか。と聞き返す間もなく雄也さんは言葉を続けた。
「人の良い涼太君の事だから、二つ返事で引き受けてくれると思ってたから
今朝、桃花にしばらく3人で暮らすって言っちゃったんだよなぁ……」
な、なん……だと。
ってことはアレですか?
ここで断ったりしたら、そのことを桃花さんに報告されちゃうってことですか?
そしたら僕どうなりますか?ねじ切られちゃうんですか?い、嫌だッ。
逃げよう。
その文字が頭をかすめるが、別の自分が『職場バレちゃってますよ』と冷静にツッコミを入れてくる。
つまり逃げ道もない。
「で、どうする?
この話引き受けてくれる?それとも断っちゃう?」
「あ、悪魔め……。最初から選択肢など存在しないではないかッ!」
精一杯の強がりで涙目のまま裕也さんを睨むと、彼はそれはそれは美しい顔で笑った。
「涼太君。大人って、キタナイ生き物なんだよ」
「……」
「本当に困ってるんだよ。桃花も俺もさ」
その言い方は卑怯だ。
まるで僕が悪いことをしてる気分になるじゃないか。
そんなことを言われちゃうと僕は――
「……1週間だけ」
「ん?」
「だから、1週間だけでいいならその条件飲みますよ」
こんな展開になっちゃうじゃないですかー……。
これまでの輝かしい笑顔から一転、バツの悪そうな表情になった雄也さんは苦笑いで僕に言ってきた。
「その……ありがとうね」
ああ、強引に話を進めてたけどちゃんと罪悪感はあったんですね。
「いや、お礼とかいいですよ。
はなから選択肢はなかったけど、結局は僕が決めたことですし……」
ややぶっきらぼうにそう返事すると、彼は苦々しい表情のままさらに続けて言ってきた。
「この借りはいずれちゃんと返すからさ。
今回ばかりは俺に騙されて、巻き込まれてよ」
「その言葉忘れないでくださいね」
"いつか絶対後悔させてやる"
告げることのできない本音を心の中で付け足して、僕はハァと本日何度かの溜め息を吐いた。