今後について考える
僕は大きな窓から差し込む強い日差しを受けながら、眠い目をこすった。
大きなアクビをしつつ右手でメニューを開く。メニューの左上には『8:17』と表示されている。
ちょっと寝坊してしまった……。
頭に残った眠気を追い出すために、思いっきり背伸びをすると僕はベッドから立ち上がった。
当然替えの服なんて持ってないから昨日はそのままの格好で寝てしまった。そのため今朝は服を着替える必要すらない。
僕は寝癖のついた髪を手ぐしで梳かしながら、ゆっくりとドアを開けた。
そのまま廊下に出ると、1階の食堂から人の声が聞こえてくる。
ガヤガヤしていて何人いるかはわからないけど、声の感じから席が全て埋まってるということはなさそうだ。
そんな検討を付けつつ階段を下りると、予想通り食堂の席は半分程が埋まっていた。
なるべく端の方にあるテーブルに着席すると、すぐに恰幅のいいおばちゃん――この宿の女将さんが笑顔でやって来た。
「ずいぶんとゆっくりなんだね」
どこか揶揄うような口調の女将さんに思わず苦笑いする。
食堂にいる人のほとんどは既に食事を終えており、思い思いの話題に花を咲かせている。
これから食事をとろうとしてるのは僕くらいのものだ。
「朝はあんまり強くなくて……」
情けなくて恥ずかしそうに小声でそう告げると
「そんじゃしっかり食って、シャキッと目を覚ましなよ」
そう言って女将さんは手の持った銀色のトレイからお皿を1枚持ち上げると、テーブルの上に置いた。
見るとお皿の上には握りこぶし程のロールパンが2個と、ソーセージが2本。それから赤いジャムが入った容器が乗せられていた。
他の人に比べて随分と遅い時間に目覚めたにも関わらず
ロールパンもソーセージもアツアツで、湯気が立ち込めている。
「さ、片付かないからさっさと食っちまってくれよ」
言われる間でもないさ!豪快な女将さんの言葉に心の中でそう返事すると
僕はいい匂いを漂わせている朝食をいただくべく、フォークを手にとった。
ま、こうなると思ってましたけどねー。
勢いよく突き刺したフォークを弾き返すロールパンを見て僕は本日1回目の溜め息を吐いた。
昨日の夕食がアレだったんだ。まともな朝食が出るとは思ってなかったけど流石にコレは予想してなかったよ。
どこの世界にフォークを弾くパンがあるっていうんだ……。
僕はパンを諦めると、今度はソーセージにフォークを突き立てた。
すると、今度はパンのときとは違いスムーズにフォークが通っていく。
十分な深さまで突き刺してからフォークを持ち上げると――
ま、こうなると思ってましたけどねー。
予想通り何も刺さっていないフォークだけが持ち上がる様を見て僕は本日2回目の溜め息を吐いた。
昨日のゴムみたいなステーキと同じ『肉類』という時点で嫌な予感はしてたんだ。
つまりフォークはソーセージに刺さったんじゃなくて、単にソーセージの弾力に包まれてただけって事なんだろうな。
僕は早々にフォークでの食事を諦めると、今度は手づかみでロールパンを掴んだ。
さっきフォークを弾いてたから分かってはいたけど、実際手に持ってみたパンはとても固い。
掴み心地で一番近いのは何だろう……。
すぐに齧りつく勇気を持てず、そんな事を考えてしまう。
石よりは流石に柔らかいと思う。
だってフォークを弾いたって言っても、フォークを突き刺した痕跡はしっかりと残ってるもんね。
まぁどっちにしても僕の歯が通用するようには思えないから、何に似てようが関係ないんだけどさ……。
「……」
僕は無言でテーブルに備え付けてある水差しを手にとり、躊躇なくロールパンへと水を垂らした。
こうなりゃ手段は選んでられないからね。少々強引にでも食べさせてもらうまでさ。
でも僕の予想を遥かに裏切って、ロールパンは水を吸うどころか逆に水に溶けてしまっているように見える。
流石に予想外すぎる……。
すでにこんがりと焼き色のついた外側部分はすっかり水に溶け消えてしまっている。
でもまったく水を吸わないってことはないよね?
確かめるために再びフォークを突き刺してみると、1回目とは違い半分程フォークが刺さった。
ただしヌチャっとした手応えだったけどね。
何か大切なものを諦めるような心境で半分だけ刺さったフォークを持ち上げパンをかじると
これまた予想通り、ロールパンはものすごくマズかった。
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さてこれからどうしたもんかな。
何とか朝食を終え自分の部屋に戻った僕は、再びベッドに寝転がった。
伸ばした右手にメニューを出し今後のことについて考える。
「まず優先度1位はこれだよね」
左手で『クエスト』タブをタッチしながら呟く。
メニューからピッと電子音が聞こえ、歌唱依頼の詳細が表示された。
――――――――――――――――――――――――――――――
[歌唱依頼]
歌い手募集
[受注条件]
【歌う】ギフトを保持していること
[詳細]
場所:酒場『ルネシード』
日時:平日に3日間 午後20時から2時間以上
報酬:1,800円/時
依頼内容:
酒場『ルネシード』で以下の歌を歌ってください。
・乾杯の歌
・オレたちゃ酒飲み
・平和に感謝を
備考:
なお勤務中の飲食については全て店側が負担しますので
お客さんから乾杯を求められたら付き合ってあげてください。
――――――――――――――――――――――――――――――
まずは曲を覚えないといけないからとりあえず一度ルネシードへ行ってみよう。
よく見ると日時の『平日に3日間』というのも『20時から2時間以上』っていうのも曖昧なんだよね。
この辺の詳細も教えてもらわないといけないな。
「でも酒場っていうくらいだからまだ閉まってるのかなぁ?」
女将さんには『遅い』と笑われたものの、時刻はまだ9時前だ。この時間に酒場が開いてるとも思えない。
まぁいいか。お店の前まで行って閉まってたら出直せばいいんだし。
それに雄也さんから大体の場所は聞いてるけど、ちゃんとたどり着けるか確かめたいしね。
ギルドと同じ大通りにあるらしいから迷う心配はないとは思うんだけどさ。
今日の予定の『最初にやること』をあっさり決めた僕は
『クエスト』タブを閉じ、『ギフト』タブにタッチした。
見慣れた10個――まぁ実質9個のギフト一覧を見つめ僕は小さく呟いた。
「で、優先度第2位はギフトのレベルアップなんだけど……」
ギフト一覧の【愛】をタッチして詳細画面を出す。
――――――――――――――――――――――――――――――
【愛】
幸せ系ギフト
<強制取得>
取得条件:幸せ系ギフトを5つ取得していること
[詳細]
よくもまぁ、これだけノンキなギフトばっかり取ってくれちゃったよね~。
『君に待ち構えるのは剣と魔法のファンタジーってわかってる?』なんて野暮なことはもう言わないよ!
きっと君の周りは笑顔がいっぱい。幸せいっぱい。愛もいっぱいだろうからこのギフトを贈るよ!
[HowTo]
愛にHowToなんて存在しないのさ。
愛。それはどこにでもあって、どこにもないもの。
愛。それはいつまでも変わらず、絶え間なく変化するもの。
――――――――――――――――――――――――――――――
相変わらず書かれている事全てがよくわからない。
HowToに至ってはまるで禅問答みたいだもんなぁ。
まぁ、元々よく分かんないギフトだったし、何が書かれていようと別に構わないんだけど
それはそれとして問題が1つだけあるんだよね。
「僕のギフトってどうやって成長させればいいんだろう……」
つまりは方法が分からないんだ。
だって考えてもみてよ。【愛】なんてギフトをどうやって育てればいいっていうんだよ。
愛だよ?愛。抽象的過ぎて僕の手には余るギフトだよ全く……。
僕は【愛】ギフトの詳細画面を閉じると、再びギフト一覧を見つめた。そして決意する。
まずは『育てられそうなギフト』の選別から始めよう。計画を立てるのはその後だ。
本当は『満遍なく育てる』のがベストなんだけど
育て方が分からないギフトに関してはとりあえず放置しとかないと話が前に進まないからね。
僕はギフト一覧を上から1つずつ眺めていった。
――――――――――――――――――――――――――――――
【ギフト一覧】
愛 Lv0
祈る Lv0
歌う Lv0
Empty
お呪い Lv0
サバイバル Lv0
サヴァイヴァル Lv0
大自然マスタリー Lv0
手当て Lv0
料理 Lv0
――――――――――――――――――――――――――――――
【愛】はダメだ。何もかもが分からない。
僕には愛のなんたるかが分からないんだ!ぉぉ何だか文学的な表現になったな。
でも文学的だろうと何だろうと育て方が分からないんじゃ仕方ない。【愛】はしばらく放置しておこう。
【祈る】はどうかな?【愛】とは違って少なくともやるべきことはハッキリしてるよね。
つまり祈ればいいんだよね。たしか『神殿みたいなところで祈れば更に効果的』みたいな事が書かれてたから試しに1度神殿で祈ってみるのもいいかもしれないな。
【祈る】は試してみる価値がありそうだ。
で【歌う】は、歌えばいいんだよね……?
どうせ歌唱依頼で歌うことになるんだから、仕事が終わった時に成長してるか確認すればいいかな。
【お呪い】は正直よく分からない。
願掛けやジンクスみたいなものらしいけど、それってどうやればいいのって感じだよね。
特にジンクスなんて、僕が勝手に作っちゃう訳にもいかなそうだし、【お呪い】もしばらくは放置安定かな。
【サバイバル】【サヴァイヴァル】【大自然マスタリー】
3つまとめて保留だね。だって街の外に出る予定は今のところないし。
それにどうやって育てていいかもよく分からない。藁にも縋る気持ちでとったギフトだっただけに是非とも活用したかったけどしばらくはお休みさせとこう。
……いつかきっと役に立つ日がやってくるさ!
【手当て】はある意味一番分かり易いよね。
だって書いて字のごとく『手を当てる』だけのギフトだもんね。手を当ててればレベルアップするはず。むしろしないとおかしい。
問題はレベルを上げたところで役に立つとは思えないってことかな……。いや上げるけどね。奇跡を信じて上げるけどね。
「で、【料理】か……」
最後に残ったギフト【料理】を見つめ、僕は感慨深げに呟いた。
一覧から【料理】をタッチすると、詳細画面を開く。
――――――――――――――――――――――――――――――
【料理】
幸せ系ギフト
[詳細]
おいしいご飯が作れるようになるよ。
美味しいご飯を振る舞ってあげれば、みんなニコニコ笑顔間違いなし!
モリモリ作って、モリモリ食べよう。
[HowTo]
いつでもどこでもいくらでも。
食材さえあればキラッと料理がつくれるから、色々試してみてね。
――――――――――――――――――――――――――――――
おいしいご飯が作れるようになるギフトらしいけど、正直作れる気がしない。
だって料理なんてこれまで数える程しかやったことないし、しかも作った事あるのもチャーハンや目玉焼きなんかが精々だもん。
だけど1つだけ望みをかけるとしたら
『食材さえあればキラッと料理がつくれる』HowToのこの部分だ。
書いてあるままの意味を深読みすると
『食材さえあれば』どんなに料理が下手くそな人でも『キラッと料理がつくれる』
という意味にもとれそうだよね。つまり料理の上手・下手は関係なくおいしいご飯が作れるギフトって感じ。
まぁ『キラッと』の部分は意味不明だけど、まぁここではスルーということで。
非常に都合のいい解釈だと思うんだけど、何の根拠もなく言ってるわけじゃないんだよ?
そもそも3L的に考えると『おいしいご飯が作れる』なんて技術的なギフトがある事自体おかしいと思うんだ。
剣を上手く扱うための【剣術】ギフトがないように、おいしいご飯が作れる【料理】ギフトも本来なら存在しないはず。
ということはどういう事だ?
そう考えると、今まで意味不明だった『キラッと』の部分が重要になってくる。
もしかしたら食材を用意して【料理】ギフトの力を使えば
調理の必要すらなく魔法のように『キラッと』おいしいご飯ができちゃうギフトだとしたら……?
だとしたら神降臨だよね。
冗談抜きで神認定されちゃうよね僕。
だってゴムみたいな臭いステーキに、石みたいなパンだよ?
そんな食生活から救ってくれる人がいたら、僕だったら間違いなく全力ダッシュで縋り付いちゃうよ。
だからこそ本当に『キラッ』とおいしいご飯がつくれるギフトだとしたら周りの反応が怖い。
基本温厚だと言われてる日本人だけど食に関してだけは別だからね。『あいつらを怒らせるには食い物関係以外では無理』ってジョークすら作られちゃう国民性だからね。
そんだけ食を愛する人達に見つかりでもしたら、僕が望む平穏な生活なんて一瞬で崩れちゃうよ。
とはいえ自分だけおいしいご飯を食べるというのも気が引けるんだ……。
他の人が悲壮感MAXでマズイご飯食べてるのを知りつつ、自分だけおいしいご飯食べても罪悪感MAXで味しないと思うんだよね……。
出来れば目立たない程度にボチボチ振る舞えるのが一番いいんだけど――
「だけど、それは実際においしいご飯を作れるようになってから悩むことだよね」
思いっきり獲らぬ狸の皮算用になってた自分の思考に半ば呆れつつ、僕はそうボヤいた。
「そもそもキラッと料理作るっていってもどうやりゃいいって話なんだよねー」
そう、仮に【料理】ギフトが思ってる通りのものだとしても、具体的にどうやれば『キラッ』と料理ができるのが想像すらできない。
どっかの緑髪のアイドルさんみたく、人差し指と小指だけ立ててた右手をコメカミに当てればいいってもんでもないだろうしさ。
……けど僕は【料理】を一時放置なんてしないぞ。
やり方が分からいのなら思いつく限りを試してみればいいんだ。
おいしいご飯が出来るまで僕は。【料理】を。諦めない!!
僕は【料理】の詳細画面を閉じると上半身を起こした。
やるべきこと、やりたいことの整理は一応ついた事だし具体的な今日の予定を立てよう。
まずは酒場ルネシードへ出向く。
開いてれば、曲を教えてもらえるようにお願いして、歌唱依頼の詳細を教えてもらう。
もしルネシードが空いてなかった場合は
その辺りをブラついてみよう。
神殿っぽいものがあれば【祈る】を試してみよう。
食材が売ってたら購入して【料理】を試してみよう。
あとは【手当て】だけど、その辺の人に勝手に試したら間違いなく捕まっちゃうから……うん。【手当て】は自重しよう。
「それじゃ、早速ルネシードに向かうかなー」
初めての街での単独行動。
僕はそれなりに緊張して、部屋のドアを開けた。