狸の嫁入り…ですよ?
太陽が照っているのに、雪が降っているが『狸の嫁入り』らしいですね。
見たことありませんが。
俺は、何の変哲もない高校生だ。
しかも、両親は夫婦水入らずで旅行に行くことになった。
両親水入らずで旅行に行かせた俺、マジぱねぇ。
つまり、家には俺一人。
冬休み。十二月二十八日。クリスマスから三日後の微妙な日。
あまりの寒さに目を覚まし、窓から外を覗けば、雪が降っていた。
道理で寒いわけである。
しかし、よく外を見てみると、空は晴れていた。
これはあれか? 天気雨みたいなものか?
天気雪、みたいな?
まあ、んなことどうでもいいや。寒いし。
向かった先のリビングのコタツの上には朝食が既に並べてあった。
さくさくとした焼きたてトースト。綺麗に作られた目玉焼きとレタスのサラダ。
とソーセージ。
一般的な朝食がコタツの上に並べられていた。
洋食がコタツの上にってのもバランスがおかしいような気がするが。
「あ、おはようございます」
キッチンの方から同年代くらいの少女がお盆を持って出てきた。
少女は、焦げ茶色の髪を後ろで大きな一つの三つ編みで束ねて、エプロン(注:母の)をつけていた。
お盆の上には、コップが二つと牛乳パック。
ちらりと、再びコタツの上を見ると、二人用の朝食が並べられていた。
「さあ、朝食にしましょう」
「………………」
コタツの上にコップを並べて座る少女に言われるがまま、少女の向かいに無言で座る。
「いただきます」
少女は、礼儀よく手を合わせて言った。
その心がけは実に良い。
……ところで、ここで問題です。
今までの描写の中でおかしな描写が紛れているぞ。
画面の前のみんなはわかるかな?
レッツシンキングターイム!
チッチッチッチッチッチッ―――、
はーい。時間切れです。
正解は、
「お前じゃボケ!」
俺は、少女に目潰しを食らわせた。
「ぎゃああああああ!!」
まともに食らった少女はのたうちまわっている。
それから少しして、少女が立ち上がり、涙目で睨んできた。
「うぅ……、痛いじゃないですか! 相手が私だったから良かったものの普通の人間の方でしたら、失明してましたよ!?」
「黙らっしゃい、不審者」
俺はポケットから携帯を取り出す。
いくら家事類のスキルが高かろうが、不法侵入者には変わりがないのだ。
さあ、今すぐ110番にプッシュするんだ!
「ま、待ってくださいっ。落ち着いて私の話を聞いてくださいっ!」
「俺はいたって冷静だぞ。不審者が目の前にいるのに110番に掛けない方がおかしいだろう?」
「そ、そうかもしれませんけど、と、とにかく話を聞いてくださいっ!」
「……仕方ないな。いいだろう! 俺の心の広さは水溜りに匹敵するからな」
「小っさ!?」
ぬ。水溜りだって、大きいやつは大きいだぞ?
ダムだって、言ってしまえば、水溜りの一種なんだぞ?
……え? 違う? あんまり細かいことばかり気にしてると早く老けるって聞くぞ。気にするな。
「まあ、話すだけ話してみろ」
「本当ですか!?」
少女の目がキラキラと輝く。
ふっ、水溜りほどの心の広さじゃなければ、不審者の話を聞くなんてしないだろう。
まあ聞いた後でも通報するけどね。
しかし、この少女、意外と胸ある。
「ええーと、どうしましょう。どこから話したら良いんでしょうか?」
「率直に言えよ。大海のような心の広さを持つ俺なら、どんな突拍子もないことでも聞いてやれるぞ」
「水溜りが大海にレベルアップ!? ……そ、それじゃあ、率直に」
「率直に」
「私、実は…………」
……なんだこの緊迫感。
思わず息を呑む。
「……タヌキなんですっ!」
漫画風の効果音を表現するなら、ドドン! といったところか。
しかし、
「1……1……9……」
俺は、携帯のボタンをプッシュする。
あとは通話ボタンを押せば!
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! 信じられないかもしれませんが、本当なんですっ。てゆーか、救急車を呼んでどうするつもりですか!?」
「だって、お前が突拍子もないこと言うんだもん」
「どんな突拍子もないことでも聞いてやれるって言ったのは貴方ですよ!?」
「あー、はいはい。わかりましたよぅ。じゃあ、お前が狸だと仮定して話を続けてみろ」
狸少女の反応が少し面白いので、少し急かしてみる。
「全然信用してませんね。……ま、まあ実は私、その、押しかけ女房をしにきました」
そう言う狸少女は、少し恥ずかしそうにモジモジしている。
……うん、まあ、とりあえず。
「セイヤァッッ!」
狸少女の目を目掛けて指を突く。
「あぶなっ!」
狸少女はそれを紙一重で避ける。
「い、いきなり何するんですか!?」
「だって、お前が突拍子もないこと言うんだもん」
「その流れはもういい!」
……うん。なんだろうか。
なんだかんだでこいつと話をしていて楽しんでいる俺がいる。
「もう、私が全ての話が終わるまで喋らないでください」
狸少女の言葉にこくんと頷く。
そして、狸少女は語りだした。
えーっと、内容を少しまとめてみたったー。
まず、狸少女は小さい頃、俺と出会い、一目惚れをした。
ちなみに俺はその事実を覚えていない。
どーでもいいことはすぐ忘れてしまう質なのだ。仕方ないね。
そんで、狸少女は、そのことを祖母と母に報告した。
それを聞いた祖母は狸少女にこう言った。
『好いた相手を寝取ってでも、我が物にしなさい!』
……ちょっとその祖母連れてこいや。
その後、祖母と母から変化の術や人間の世界について色々教わったそうだ。
そして、狸少女は家から追い出された。
その寸前、母からこんなことを言われたらしい。
『子ができるまで、帰ってきちゃダメだからね』
……ちょっとその母親連れてこいや。
母も母なら娘も娘である。つーか、子ってなんだよ、子て。
そして狸少女は、我が家に不法侵入したのだ。
俺の匂いを頼りに。
……匂いって。
「犬かよ」
「狸です」
「でも、狸ってイヌ科だろ」
「狸ですっ!」
狸少女はムキになって吠えた。
なんだ、何か因縁でもあるのだろうか。
「え、じゃあ、お前って化けれるの? 色々なものに」
ちょっとした出来心である。
化けるところを見てみたかった。
「もちのろんですっ! 化けることは狸にとっては十八番みたいなもんですからっ」
むんっと両手を腰に当て胸を張る。
揺れた胸を無意識的に見てしまった俺を誰が責められようか。
「えー、でもー、見してくれないとわかんないなー(棒読み)」
狸少女は気に障ったようで、眉をしかめた。
「むっ、いいでしょうっ! そこまで言うんだったら見せてあげます!」
あ、思ったよりチョロイぞ、こいつ。
狸少女は立ち上がるとその場で一回転。
するとぽわんっ、とえらく軽い音と共に俺の目の前が煙で覆わられた。
「なんじゃこれ!?」
次第に目の前を覆っていた煙が消えていく。
「ふっふっふ、私の今の姿を見たらきっと驚きますよ」
狸少女の自信満々な声にイラっとしながらも、まっすぐと声が聞こえた方を見据える。
晴れる煙の中にいたのは、俺だった。
間違えない。いつも洗面所の鏡に映る自分と瓜二つ。
「どうですかっ? そっくりでしょう!」
むんっと胸を張る目の前の俺。
ああ、そうか。こいつ、俺に化けた狸。
なるほどなるほど。得心いったぞ。
そうと決まれば話は早い。
俺はゆらりと立ち上がり、人差し指と中指を押っ立てる。
目の前の俺に化けた狸はニヤニヤ笑っていやがる。
「隙ありぃぃ!!」
目を突いた。
「ぎゃああああああ!」
俺(狸少女)は目を押さえながら、その場でのたうち回る。
再びぽわんっ、とえらく軽い音と共に俺(狸少女)が煙で覆わられた。
するとあら不思議。煙の中から出てきたのはさっきの少女の姿に戻った狸ではありませんか。
「ううっ、な、何するんですか!? 酷いじゃないですか!? 愛玩動物虐待ですよ!?」
「うるさい馬鹿。『見せてみろ』と言ったが、『俺になれ』とは言ってないぞ」
「でも、目を突くのはダメですっ! 酷すぎます!」
「だってお前が俺の顔でニヤニヤするから、イラッ☆ときて、ちょっとグサッと目を突きたくなって」
「どういう思考してるんですか、あなたは!?」
「こーゆー思考してるんですよ。ゲヘヘヘ」
「ううっ、鬼畜! 悪魔! タランチュラ! ダイオウグソクムシ!」
「どんどん変な方向に進んでくな」
涙を拭いながら狸少女は俺の正面に座った。
そして突然体をもじもじとくねらせ、頬を赤く染める。
「そ、それで、本題に戻りますけど、私を、め、娶っていただけないでしょうか」
「…………」
こいつ正気か?
あんなに酷い扱いをしてやったのに、諦めてないのか。
……ふっ、中々見込みのあるやつじゃねーか。
「よし。いいだろう」
「いえ、そこをなんとか―――って、いいんですか!?」
「俺もな丁度、玩具―――狸の配偶者が欲しかったところなんだ」
「途中で聞き捨てならない台詞がありましたが、今はそんなことどーでもいいです! 不束者ですがこれからもよろしくお願いたしますっ!」
「ああ、よろしく」
ぴょんぴょん跳ね回る狸少女を尻目に俺は、こいつをどう調教しようか真剣に考えていた。
ちなみに冷めてしまった朝食はスタッフ(狸少女)が微妙な顔つきでいただきました。
第4弾は未定です。