バイト初日(1)
お店についたその日は久しぶりの邂逅に話こんでしまった。夜にはナタリーのノロケ話などに付き合ったんだけど、相変わらずよく喋るなぁと思った。それにしても聞いてて思ったのは本当ギルと仲良いよねって事だ。昔はルークにいれ込んでたのにすっかりギルにべたぼれでラブラブで何だか見てて面白い。
朝陽が顔を出す頃に、目を覚まして顔を洗って普段着に着替える。ちょうど熱くなってきてる季節だから、生地の薄い服装に身を纏う。
魔法具作成をする時間は基本的に自由である。自分のペースというものもあるだろうし、魔法具作成には集中力が欠かせない。
『スペルドリーム』では、新しい魔法具を作る場合はまず事前にリアーナさんに原案を提出してから作ってよいという許可をもらったら作るようになっている。元から店に置いてある魔法具に関しては、量産した作品をリアーナさんに渡して、ちゃんと発動するかの確認がされた後に店内に置かれることとなる。
ちなみに自分のペースで作成が可能だが、店に並べられるレベルのものを作らないと一切手元にお金は入ってこない。何クエーワ働いたからお金がもらえるとかではなく、現物の商品をきちんと提出しないといけないのだ。魔法具の原案を提出してそれを作ってみて効能がちゃんと発揮できていた場合もお金は入ってくる。
要するに失敗作しか作れないとか、集中力がなくて本当に長時間時間がかかるとかだったらお金は一切稼げない。ついでに言うと、成功しようが失敗しようが材料費はとられる。失敗ばかりしてたら確実に赤字である。
僕は魔法具制作も接客も試作品の確認もバイトの時はしている。接客は1クエーワにつき銅貨20枚、試作品の確認は一個の確認につき銅貨5枚だ。魔法具制作がもちろん一番稼げる。良いものを作れば、沢山のお金が入ってくるのだ。
とりあえず魔法具制作しよう。《マジックアンチルーム》の使用方法の説明書も作るっていってたからそれ作るの手伝おうかな。一回僕ルーク戦で使っていたわけだし。
「ユウ、おはよー!!」
鏡の前で寝ぐせとかを直していたらにナタリーが起きてきた。
ちなみに昨晩は、リアーナさん達が住んでいる家の一室の客室を貸してもらってたんだ。バイト中の泊りこみではそこを貸してもらう事になっている。
ナタリーとギルは同じ部屋だ。元々孤児院からリアーナさんが二人を引き取って、同じ家で暮らしてたわけだが、付き合いだしてからは部屋まで一緒にしてしまっているのだ。
「おはよう、ナタリー。ギルは?」
「まだ寝てるよ。ギルって朝弱いからねぇ」
「じゃあ、さっさと起こしてきたら?」
「いやー、だって気持ちよさそうに寝てるんだもん。寝顔可愛いし、中々起こしづらくて」
「…本当、仲良いよね」
「あったり前でしょ。私とギルはラブラブなんだもん。寧ろ、結婚とかギル以外と考えられないよ」
「昔はルークにいれ込んでたのにな」
「ふふ、そりゃあ、ルークってかっこいいもの。昔は惚れてたわよ。あれよあれ、初恋って奴よ。でも、ギルは私の気を引こうと一生懸命なんだもん。何だかそういう所可愛いし、強いしかっこいいし私のギルは最高なのよ!」
朝からそんなノロケられても…という気分になるが、ナタリーは常にこんな感じだ。
それにしてもギルって可愛いかって思う。正直身長も高くてガタイのいい男を可愛いと言われても共感できない限りである。
すっかり寝ぐせを直して寝顔可愛いのにーなんていってるナタリーに起こさなきゃだめだろといって、二人でギルを起こしに部屋へと向かう。
二人の部屋の中は作りかけの魔法具やナタリーの趣味丸出しの可愛らしい小物など様々な物が置かれている。ベッドは一つだ。二人で同じベッドで寝ているというのだから、本当仲良いと思う。
それにしてもいかにも恋人が寝るようなそれ専用のベッドなんて寝ていて恥ずかしくないんだろうかとは毎回見る度に思う。そのベッドには枕を抱きしめて何だかすやすやと眠っているギルが居る。
「ね、ギルの寝顔ってばかわいーでしょ?」
得意気にそういって、ナタリーはにこにこと笑っている。
「可愛いのはわかったから、起こしなよ」
「仕事だし仕方ないかー。もっと寝顔見てたいのにな」
「…寝顔なんて見てて楽しい?」
「うん、見てて飽きないよ」
他人の寝顔を見ていて飽きないねぇ…と何とも言えない不思議な気持ちになる。さっぱりその気持ちがわからないから、相変わらず仲良いなぐらいしか思わない。
ナタリーは眠っているギルに近づくと、体をゆする。
寝起きが悪いギルは、それに対し「んー…」と声をあげるだけである。
「ギル、起きて。ギル」
「んー、まだ、寝る…」
「起きてってば、ギ・ル!」
語尾にハートマークでもつきそうなほど優しい声である。耳元で声をあげて、体をゆする姿をただ僕は見据える。
寝起きが悪いギルはそれでも小さく声を上げるだけで起きる気配がない。ずばっと叩いて起こした方が速いと思うんだが、ナタリーはいつも「こんなに気持ちよさそうに寝てるのに叩くなんて可哀相でしょ」なんていって時間がかかるが声をかけておこすのだ。
「起きてよー、ギルー」
「ん…?」
何度も何度も声をかけてようやく瞳をうっすらと開けるギル。
そうして目の前に居るナタリーを確認すると、
「ナタリー…」
何か寝ぼけた様子でナタリーの名を呼ぶ。視点が定まってないから多分まだ完璧に目が冷めて居ないんだろう。ナタリーを見据えたギルは、いきなりナタリーをベッドの中へと引きずり込んだ。腕の中にナタリーを抱え込む、ギル。
って、寝ぼけてるからって何をナタリーを引きずりこんでいるんだ。というか、確実に僕が居るの気付いてないよね。
「って、ギル!! 起きなさいって。ユウも見てるわよ? それに起きなきゃ怒られちゃうでしょーが」
「んー…」
「ギルってば!」
ギルの胸板をぽこすか叩いているナタリーと寝ぼけたままナタリーを抱きしめているギル。いちゃついているようにしか見えない。見ていて何だかなぁとなれていても思う。
「起きてってばー!!」
「んー? なんだ…?」
「何だじゃないの。もう朝だよ、朝」
「朝? ああ、朝か。ん、おはよう、ナタリー」
「おはよう、ギル」
ようやく目が冷めてきたらしいギルは、ナタリーを抱きしめたまま挨拶をする。ってか、いい加減僕に気付こうよ。
ベッドのすぐ脇に立っているのに僕に気付いてないとか、本当寝ぼけすぎ。今は今でナタリーしか見てないし。
「ギル、おはよう。さっさと着替えなよ」
「ん? ああ、なんだ、ユウ居たのか。おはよう」
「居たのかってさっきからずっと居たんだけど」
ようやく僕の方に視線を向けて言ったギルに、思わず呆れたように僕は言葉を零した。
「もうギルってば本当に寝ぼけすぎよ。速く着替えてよ」
「ああ」
ギルがナタリーを離して、ナタリーはベッドから出ていく。ギルはベッドに座りこんで、目をこすってまだちょっと眠たそうだ。
「じゃあ、ギル。私たち先に工房いってるからね」
ナタリーがそう言えば、ギルは頷く。
そうして僕とナタリーは先に工房に向かうためにその部屋を後にするのであった。