お店に到着しました。
馬車に揺られて、1クワーエほど経過して地元に到着した頃にはすっかり馬車に乗りなれていない僕はばてていた。
公爵家の手前にリアーナさんの魔法具専門店があるから先に一人で降ろしてもらったのだ。それにしても、学園に入学してそんなに経ってないけど、何だか久しぶりな気がする。
ヴェーセトン家の納めるこの領地・エクサーナは、水に恵まれた土地である。街の中には沢山の噴水があって、砂漠地帯なんかとは正反対に水不足に陥る事はほぼない。
自然の中に姿を見いだせる精霊も、この領地には水精霊が多く存在している。僕は《精霊の愛し子》だとはいっても、感じられるだけだから会話はできないけれど、会話さえもできる人にとって水の精霊が多く存在しているこの領地は居心地がいいらしい。
街の中をしばらく歩いていき、僕は一軒の店の前で立ち止まる。此処が、リアーナさんが店長を務める、魔法具専門店としては中堅である『スペルドリーム』である。
リアーナさんに会うのも久しぶりだななんて考えながらも中にドアを開けて中へと入る。
中に入ると、盗難防止の施されているガラスケースの中に入っている幾つもの魔法具が目に映った。魔法具は高価なものであるし、それを盗もうとたくらむ輩もやっぱりいるのである。
ちょうど、入口の真正面に飾られている金の縁の鏡も《記憶の鏡》という魔法具だ。リアーナさんの渾身の一品で、映した生物―――要するに魔力を帯びたもの――を記憶する鏡である。この店に来店した全ての人物が魔力を遮断する衣服でも来てない限り記憶されるという優れ物だ。
「いらっしゃいませー、ってユウじゃん」
お店の従業員の服を着た、茶髪の髪を二つに結んだ少女が僕を見た瞬間、笑ってそういった。
「久しぶり。リアーナさんから聞いてるだろ? 泊まり込みでバイトしに来た」
「うん、久しぶり」
にこにこと笑ってる彼女は、元ルークハーレムの一員である、ナタリーだ。今はすっかり同じくここで見習い魔法具職人をしているギルという男と付きあっている。ギルは昔からナタリーに惚れててルークを目の敵にしながらも、色々頑張っていた奴である。無事に思いが実ったんだから本当ギルは頑張ったと思う。ちなみに二人とも僕より二つ上だ。出会ったのは、公爵家に魔法具を売りにきていたリアーナさんに、僕が魔法具の作り方を教えてくださいって頼みこんで、このお店まで連れてこられた時だ。
ナタリーとギルは、元々孤児院の子で、細かい事が出来る才能がある子を求めてリアーナさんが引き取ったのがこの二人なのだ。三人して、リアーナさんに厳しく魔法具の作り方を指導された日々は懐かしい。
魔法具自分で作りたいって思ってから結構ここに通ってたのだ。それで自然とナタリーやギルとは仲良くなった。まぁ、僕の様子見にきたルークにナタリーが惚れたんだけど。ルークに張り合おうとするギルに、何で突っかかられてくるのかわかってないルークをリアーナさんが笑って見てたのをよく覚えてる。
このお店は、魔法具作成はリアーナさんと副店長であるアイザックさんとケイリックさんという男の双子、そして見習いであるナタリーとギルで行っている。後は、試作品を試す従業員と、接客の従業員(ナタリーは制作と接客を兼任)がここで働いてる全てだ。
中堅な魔法具専門店だから、売れる時は売れるが売れない時は売れないという、波が激しかったりする。やっぱり大手の魔法具専門店のように、安定した売り上げなんてできないのだ。
「リアーナさん達は?」
「奥の工房に居るよ」
ナタリーの言葉を聞いて僕は中へと足を進めていく。
一人で魔法具を作るのと違って、魔法具専門店で魔法具を作るのは道具とか材料とか充実してるから、凄く好き。全然苦痛でもないし、どんだけ時間がかかろうといいものが出来たら達成感もあるし、このお店でバイトするのは楽しい。
夏休み中は、思いっきり稼ごう。そんな思いにかられながら、僕は工房の前まで到着すると、ノックをして扉を開く。
開いた先では、リアーナさんとギルが、魔法紙に術式をかきこんでいるところだった。
これは、終わってから声をかけた方がいいだろう。術式を刻むのは集中力が居るから、声をかけたりなんてしたら術式がずれてしまうかもしれない。
ちょっと気付かれないように覗き込んでみれば、全体の五分の四は書き終わっているし、もうすぐ終わるだろう。
音を立てないようにドアのすぐそばに立って、僕はリアーナさんとギルを見る。
リアーナさんは、キリッとした瞳を持つ美人さんだ。服の袖を思いっきりめくりあげて、真剣に術式を刻む姿は何だかかっこいい。お店で売れ行きがあやしく赤字になりそうな時は、冒険者ギルドで軽く稼いで来てたりもする、冒険者ランクBの実力者だ。冒険者のランクは、SS、S、Aは上位ランクで本当に一握りしかいない。Bランクでも十分強い。
ギルは、色黒の肌に、黒い髪を持つ青年だ。ガタイのよい外見に反して、細かい作業が得意で、魔法具作りも僕よりうまい。とはいってもナタリーもギルもリアーナさんに軽く鍛えられてたからそこそこ強いけど。ギルはナタリー大好きだから、近づく男とか仲良い男とかには結構威嚇するんだけどな。ナタリーに近づく男追い払いたいからリアーナさんの特訓に必死だったみたいだし。未だにルーク見ると顔しかめてるのが面白い。
工房の中には、魔法具作成のために使う沢山の素材や、試作品なのが並べられている。工房は、大きな魔法具も作ることがあるからかそこそこ拾い。ちなみに此処にも《記憶の鏡》は設置してある。
リアーナさんとギルが終わるのを待つ。
しばらくすれば、どうやら作業が終わったらしく、ギルがばっと顔をあげて、振り向く。そして、ギルと目があった。
「あ、ユウじゃねぇか!」
そんなギルの言葉に、リアーナさんも僕に気がついたらしく、こちらを見てくる。
「あら、ユウじゃない。来たのね」
「はい、夏の間お世話になります」
笑顔を浮かべるリアーナさんに、僕はそういって頭を下げた。
「夏の間、よろしくね、ユウ」
「はい」
「とりあえず、ギル」
「はい、なんっすか、リアーナさん」
僕に近づいてきて、笑っていたリアーナさんはギルの名を呼んで、そうして笑う。
「休憩にするわ。ギルとあたしとユウで久しぶりに喋るわよ」