決勝戦(2)
観客席からはアレにどんな仕掛けがあるのか、正直わかりにくい。だけど、セト先輩の顔が歪んだ所を見ると、毒か何かでも仕込んであったのかもしれない。
かすっただけでアールベルト先輩があんな表情をしているのだ。
セト先輩は掠ったそれに、眉をひそめて、だけど格別取り乱すこともなく、その腕に付けている鈴のついたブレスレッドを手首から外す。
そして、魔力を流しながらその鈴を鳴らすのだ。リンッ、リンリンリンリンとその場に響き渡る鈴の音。その鈴の音と共に、セト先輩の体を光が包み込む。
それを見て、僕は思い当たることがあり、言葉を発した。
「祝福シリーズ第三弾《祝福の鈴音》か!!」
祝福シリーズというのは、ある魔法具専門店が販売した毒や呪いを体から無くさせるという優れものである。元々治癒や解毒といった真似は、その魔法の特性がなければ使えない。火、水、光などの魔法は誰にでも使えるものだけど、そっち方面の魔法を使えるものは少ない。そういう特性が見られたものは、学園ではなく神殿で神より祝福を受けし子――という事で神子として育つことになる。もちろん、魔法具に関しても、解毒や解呪の術式を刻むには神子の手伝いが必要であり、僕もそっち系の魔法具は作れない。
祝福シリーズのように、毒や呪いの効果を消す魔法具は通常の魔法具よりもずっと高い。数が少ないのもあるし、何よりそういう効能を持つものは便利である。確か魔法具協会(魔法具専門店を統轄している国の機関)で発行されている《春のお勧め魔法具特集》というカタログで見たのを覚えてる。
祝福シリーズは本当は治癒の魔法も組入れたかったらしいが、解毒と解呪の術式しか取り入れなかったらしい。
《祝福の鈴音》は魔力を流し込むことで、その使用者の魔力内で紛れ込んだ毒の類を浄化するという優れものだ。セト先輩とアールベルト先輩はライバルだというし、そういう毒関連の事で責めてくる予感ぐらいしていて準備していたのだろう。呪いの効果を消す祝福シリーズもあるのだが、《祝福の鈴音》は毒のみを消し去るものである。
あの《祝福の鈴音》は確か音がなっている間のみ浄化するというものだったはずだ。ちなみに魔力を流してない時は音はならないようにできている。それならば、魔力を流す暇を無くすとか、魔法具を手放させるってのが一番だ。
魔力は、体の中で流しやすい部分が決まっている。例えば口。口は詠唱に魔力を載せる。口からは体の魔力を放出しやすい。他には手の平。魔力を流し込んで使う魔法具は、それゆえに手で持って使うタイプが多い。
「ねぇ、リルード。リルードって魔法具の名前全部覚えてるの?」
「全部じゃないけど、カタログで読んだのとかは大体覚えてる」
「よく覚えられるわねぇ。そういえば、リルードって七席よね。勉強得意なの?」
「歴史とか武器の扱い方とか覚えるの楽しいからやってれば大体覚えられるよ」
セルフィードの問いかけに答えながらも、僕は舞台の上から視線を外さない。
アールベルト先輩は、セト先輩へと詰め寄って行く。それに対し、セト先輩は《祝福の鈴音》を手に持ったまま、剣による攻撃を交わす。
「魔法具って高価だし、俺有名所しか知らないな」
「そうよね。それに使用方法一々覚えてられないし、リルードみたいにいっぱい魔法具持ってんのも珍しいわ」
僕は好きな事に対する記憶力だけは、ある。興味ない事は特に覚えないけど、好きなことならすっと頭に入ってくるのだ。
舞台の上で、セト先輩とアールベルト先輩の体が交差する。
アールベルト先輩が魔法具を少しでもかじっていれば、《祝福の鈴音》の効果がわかるだろうが、知っているかはわからない。とはいっても、針による攻撃に対してセト先輩が鈴を鳴らしたのだから、その鈴の音が浄化を意味することは何となくわかるのだろう。アールベルト先輩は、まずは、その《祝福の鈴音》をどうにかすることにしたらしい。
針についたいたのは毒だろうから、毒ならば、掠りでもすれば効果は出てくる。それならば、《祝福の鈴音》を使えなくさせて、毒を仕込めばいい。
素早い動きで、二人の剣が交差する。金属音のぶつかりあった音が、響く。
「《ファイアーボールlevel10》」
そんなアールベルト先輩の言葉と共に、幾つもの炎の玉がその場に出現する。あのレベルの火の玉をあれだけ詠唱破棄で出せるだなんて、流石、セト先輩のライバルだと思った。
それは、一斉にセト先輩が取りつく暇もないほどのスピードでセト先輩に向かっていく。
あらゆる方向から向かってくる火の玉に対し、セト先輩は目を細めて詠唱を言い放つ。
「《アースシールドlevel10》」
土の壁が一斉に出現し、セト先輩の体を囲う。火の玉はそれにぶつかりあって、そして火の玉と土の壁は同時に消滅する。力を相殺されたのだろう。迫りくる火の玉の強さを一瞬で見わけ、ちょうど相殺するように魔法を発動させるだなんて、魔力の無駄がない。
その人が持っている魔力所持量は限られているから、持っている魔力を無駄なく扱う事も、戦闘の中では重要なことである。僕は魔力量少ないからセト先輩みたいにうまく魔法を使えるようになりたいなぁと思う。武器を扱うよりも魔法を使う方が僕は得意だけれども、あんな風にはできない。
アースシールドが消えたと同時に、セト先輩はアールベルト先輩に飛びかかった。一気に詰め寄って、長剣を振り回す。
アールベルト先輩はその暫撃を受け止めながらも、右足で思いっきり《祝福の鈴音》をめがけて蹴りあげる。アースシールドで囲まれている間に腕にはめなおしていたそれは、蹴られた衝撃により、腕からすり抜けそうになる。だけれども、それはセト先輩の次なる攻撃によって防がれた。
激しい攻防が、舞台の上で交差する。
何て、わくわくするんだろう。セト先輩とアールベルト先輩の試合を見つめ、僕はそんな思いが胸にいっぱいになっていた。
隙があまりない。動きに無駄がない。魔力に無駄がない。見ていて、それがわかる。
セト先輩やアールベルト先輩に比べて、僕はまだまだ弱い。僕が、セト先輩やアールベルト先輩とやりあったら、勝てないだろう。でも、いつか勝てるようになりたい。強くなりたい。
「生徒会長も、アールベルト先輩も凄いな。何であんな位置から蹴りを避けられるんだ?」
「それは同感するわ。生徒会長はきっとこの学園で最強の女なんでしょうね」
”最強の女”か、とセト先輩を僕は見やる。憧れるなとただ、そんな感情を思う。よし、とりあえずルークに勝つっていう目標は達成できたんだから、セト先輩みたいに強くなる事を次の目標にしよう。そのためにはきっちりとセト先輩とアールベルト先輩の試合を見て色々学ばなきゃ。
そうして、見ているうちと、アールベルト先輩の手の中で何かが光った。小型のは物か何かかもしれない。
アールベルト先輩が手を振りかざす。そして、それはセト先輩の顔を狙っている。セト先輩はそれを素早くよける。が、それはセト先輩の手首にも狙いを定めていた。《祝福の鈴音》の腕輪の部分はその小型の刃物に切られ、地面へと落ちていく――。