EP90 呪縛の守護者と、解体の剣2
カイエンが魔剣を抜き放った瞬間、ガレウスは巨大な塔盾をさらに深く構え、その全身を覆い隠すように身をかがめた。それは、まさに動かざる要塞。数百年もの間、王国の防衛の要として立ち続けた「揺るがぬ盾」の、その真髄を体現する構えだった。
「ッ!」 カイエンは、初手から全力で斬り込んだ。魔剣の漆黒の刃が、空間の澱みを切り裂き、ガレウスの盾へと叩きつけられる。しかし、甲高い金属音が響き渡るだけで、盾にはわずかな傷一つ付かない。カイエンの魔眼が捉える魔力の流れは、盾の表面で完璧に拡散され、その衝撃を吸収していることを示していた。
ガレウスは、一切攻撃を仕掛けない。ただ、巨大な盾を構え、カイエンの猛攻を真正面から受け止めることに徹している。その足は地面に深く根を下ろしたかのように微動だにせず、一歩たりとも後退しようとしない。
カイエンは、怒涛の連撃を浴びせた。魔剣の高速な斬撃が、まるで嵐のようにガレウスの盾を叩きつける。一撃、また一撃。その度に火花が散り、重い衝撃音が地下空間に響き渡るが、ガレウスの盾はびくともしない。
「くそっ……!」 カイエンは舌打ちした。彼の魔眼は、ガレウスの盾に宿る防御魔術の複雑な構造を解析し続けている。それは、単なる物理的な堅牢さだけでなく、魔力そのものを無力化する、極めて高度な防御機構だった。まるで、カイエンの「解体」の力を予測し、それに対する完璧な「防御プログラム」が組まれているかのようだった。
「……王は……正しかった……」 ガレウスは、カイエンの猛攻を受けながらも、微動だにせず、淀んだ声で同じ言葉を繰り返す。その声には、一切の感情の揺らぎがなく、ただひたすらに「守る」という彼の使命が込められていた。
カイエンは、魔剣を構え直した。百回近く斬りつけたはずだが、ガレウスの盾には、ほとんどダメージが見られない。彼の攻撃は、まるで巨大な岩壁に小石を投げつけるかのようだった。
マキマとヒナ、アイフェリスは、その光景を息を呑んで見守っていた。カイエンの剣技が、常識では考えられないほどの威力を持っていることを知っているだけに、その攻撃が全く通じない現実に、絶望にも似た焦りが募っていく。
「あれが……『揺るがぬ盾』……」 アイフェリスが、震える声で呟いた。彼女の祖国に伝わる伝説が、今、目の前で現実のものとなっている。
(……逃げた……) ガレウスの虚ろな眼窩の奥で、数百年ぶりの光が瞬いた。それは、過去の記憶の残滓。 (家臣たちは……次々と、逃亡した……) 彼の脳裏に、王宮の回廊を駆け抜ける人影が蘇る。忠誠を誓ったはずの者たちが、我先にと城を捨て、闇の中へと消えていく。 (貴族たちは……王を、裏切った……) 富と権力に溺れた者たちの、醜い裏切り。彼らは王を見限り、自らの保身に走った。 (民衆も……暴動を、起こした……) 飢えと絶望に駆られた民衆の怒号が、王都に木霊する。かつて彼が命を賭して守ろうとした民衆が、今や王国の崩壊を加速させる暴徒と化していた。
だが、それでもガレウスだけは、玉座の前に立ち続けた。 背後には、沈痛な面持ちで座す王の姿。そして、彼の隣には、震える部下の声。 「団長……もう、終わりです……」 部下の顔には、疲労と絶望の色が深く刻まれていた。 「王を、連れて逃げましょう……。これ以上は……」
ガレウスは、その言葉に首を振った。 「違う」 彼の声は、静かだが、鋼のように揺るがなかった。 「王国は、滅びていない」 彼は、玉座を見つめる。そこに王がいる限り、王国は存在する。それが、彼の揺るぎない信念だった。 「王がおられる限り、ここが王国だ」
そして、王国が地下へ沈む決断をした、その日――。 王は、静かにガレウスを見つめた。その瞳には、深い悲しみと、国民を守りきれなかった自責の念が宿っていた。 「すまない、ガレウス」 王の言葉は、まるで千年の重みを持つかのように、彼の胸に響いた。 「私は、国を守れなかった……」
しかし、ガレウスは、その言葉に即座に反論した。 「違います」 彼は、王の前に跪き、頭を垂れた。 「陛下は、間違っておられません」 ガレウスの言葉は、王への絶対的な忠誠と、彼自身の覚悟を込めたものだった。 「間違っていたのは、我々臣下です。陛下の御心に、応えられなかった我々の不徳の致すところ……」 彼は、最後まで王を責めなかった。王の決断を、自らの責任として受け止め、ただひたすらに王に仕え続けることを誓ったのだ。
その言葉を胸に、ガレウスは再び現実へと意識を戻す。目の前には、魔剣を構え、次の一手を思案するカイエンの姿。 カイエンは、額に汗を滲ませながらも、冷静に状況を分析していた。このまま力任せに攻撃を続けても、意味がない。ガレウスの盾は、彼の「揺るがぬ盾」としての誇り、そして王への絶対的な忠誠心によって、さらなる堅牢さを獲得している。
これは、ただの物理的な戦闘ではない。過去の「呪縛」と「覚悟」が、カイエンの「解体」の力と正面からぶつかり合っているのだ。カイエンは、魔剣の柄を強く握りしめ、次の一手を思案した。ガレウスの完全防御をどう打ち破るか――その答えは、まだ見えてこなかった。
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