男爵家を乗っ取ろうとする庶子を断罪する為、正義の公爵令嬢は立ち上がった
アンジェリーナ・ノーベルギルは公爵令嬢である。
公爵令嬢でありながら、大衆の冒険小説を好む彼女は貴族令嬢らしからぬ正義と熱血を好み、不正を許さなかった。
そんな真っ直ぐな性格を好ましく思われ、第二王子との婚約者にも選ばれた。
互いの関係はかなり良好だ。
アンジェリーナはその正義感でもって、公爵令嬢でありながら他家の令嬢や令息の問題解決に乗り出す事も少なくない。
他の令嬢と浮気する婚約者に悩んでいるという話も、妹が自分の物を欲しい欲しいと強請ってきて困っているという話も、アンジェリーナは間に入って何度も解決して来た。
そんな彼女の元に、ある令嬢が話をもってきた。
それは、とある男爵家での話である。
その男爵家には妻と一人娘がいた。
しかし妻は病死によって他界。
男爵当主には元々妻と結婚する前に関係を持っていた平民の女がいた。
男爵当主は、妻が病死したのを良い事にその平民の女と再婚した。
これだけでも元々いた娘にとっては溜まったものではないだろう。
しかし、真に愚かなのは、その男爵当主は平民の女との間に出来た娘を次期当主に据えようとしているのだという。
正当な血の娘がいるにも関わらず、平民の血の入った庶子を当主に添えるなど言語道断、貴族としてあってはならない愚行である。
アンジェリーナの中では、庶子の妹ばかりが優遇され、ドアマットの如く虐げられる哀れな令嬢の姿が鮮明に思い浮かんだ。
早速アンジェリーナは件の男爵家に乗り込んだ。
愚かな男爵当主や、貴族に取り入る浅ましい平民やその娘などは端から相手にしない。
虐げられているはずの哀れな令嬢を呼び出し、二人きりになれる部屋を貸してもらう。
「あんな貴族の役目を忘れたクズや、金や地位にしがみつく寄生虫の事は忘れなさい。
私には、貴方の気持ちを素直に仰ってくれて構いませんわ?」
アンジェリーナは優しく言葉を掛け、いきなり公爵令嬢が押し掛けてきて混乱している男爵家の娘……クローゼを安心させた。
「貴方の家の事は友人から聞きました。
本来ならば貴方がこの家を継ぐはずが、父親は平民の愛人と結婚し、さらにはそんな女との子供を当主に仕立て上げようとしているとか」
「え?」
「その辛い胸の内、お察ししますわ。
ですが、貴方が我慢する必要などございません。
何故なら、正当な血筋の子がいるのに庶子に家督を譲る事は法律で許可されていないからですわ。
貴方が愚かな親と浅ましい平民を裁こうと願うなら、私は協力致します。
裁判費用や弁護士費用についても、こちらで融通しておきますわ」
「あ、あの、待ってください、その話、誰に聞きましたか?」
「?オフィーリアという、伯爵家の子ですわ。
どうやら男爵家の令嬢達が会話しているところを聞き、貴方の家の事情を察したらしいですね」
友人の友人に聞いた話ですら信憑性は薄いのに、知らない人の話を耳に挟んだだけの言葉をそのまま信じたのか。
公爵令嬢相手にツッコめるわけもないが、クローゼは困惑した。
「その……異議を唱えるのは申し訳ありませんが、そのオフィーリア様のご説明には不備がございます」
「不備?」
「はい」
クローゼは部屋を見渡した。
誰もいないはずだが。
「……その、アンジェリーナ様、ここで聞いた話はどうか他言無用という事にして頂けませんか?
これから話す事は、私自身の汚点に関するものです」
「えぇ、分かりましたわ。
公爵令嬢アンジェリーナ・ノーベルギルの名において、約束いたします」
他言無用とされた事を他所にバラすのは高貴なる貴族の行いではない。
当然、それが犯罪に関わるようなものであれば別だが、多少の後ろめたい秘密を片っ端から暴露するような人間は最早貴族として以前に人として終わっているとアンジェリーナは考えている。
「父は、男爵貴族でありながら平民との関わりの強い人でした。
貴族として、平民の暮らしや考えを知らずにどうして役目を果たせるだろうかと、幼い頃から私も聞かされてきました」
「ふむ、それは立派な志ですわね。
その過程で不倫などという愚かな真似をしなければ」
「……父がアンナさん……今の妻と出会ったのは、父がまだ学生の頃です。
その頃は父もまだ婚約者はおらず、しかし貴族と平民という事で、日々隠れるように逢瀬を重ねていたそうです」
本来貴族と平民の結婚は難しいが、元より男爵家は貴族の中でも位は低い。
ハードルは高いが、当時の父……アルヴィンはアンナとの結婚を本気で考えていた。
「しかし、アンナさんとの婚約が決まる前に、クリアーゼ子爵家より見合い話が入り、父は当時のクリアーゼ子爵令嬢……私の母と婚約する事となりました」
本来男爵家より位の高いクリアーゼ子爵家が見合いを申し込んで来たのは、そう特別な理由ではない。
クローゼの母……クロリアは元々クリアーゼ子爵の三女で、見目は綺麗だが中身は凡才だった。
そのくせ夢見がちな性格で、婚約者を選り好みしすぎたせいで、年頃になっても相手が見つからなかった。
その頃には優良な家は殆ど売り切れており、クリアーゼ子爵家としては最早娘を引き取ってくれるならどの家でも良いという思いだった。
そんな中、偶々、そこまで不良物件でもない上に、婚約者がいなかったのがここ、フラシェット男爵家である。
実際にはそこの次期当主である令息には恋人がいたが、平民である。
それなら割り込みは簡単だし、子爵家から男爵家へ催促されれば、男爵家に断る事は出来ない。
こうして、父アルヴィンと母クロリアの婚約は決まった。
それを聞けばアンジェリーナも、クリアーゼ子爵家に思うところは出て来る。
それでも、貴族の人間であれば恋愛結婚なんて端から夢見るものではないし、どんな理由であれ婚約関係を結んだのだから、平民の元恋人など切り捨てるべきである。
「それで、男爵当主は好きでもない女性との間に生まれた貴方を蔑ろにし、愛する女との間に生まれた子供ばかりを寵愛するようになった、という事ですか」
クローゼは深く息を吐き、言葉を続けた。
「愛する人と引き裂かれた父は苦しみを抱えながら、それでも貴族として、母との付き合いを優先しました。
アンナさんとの関係も断ち、せめて仕事に邁進する事で心の苦しみを忘れようと努力しました」
そして、クローゼが生まれた。
好きでもない女との間に子を作る事に父がどんな気持ちを抱いたか、クローゼには想像出来なかった。
「幼かった頃の私は孤独だったと思います。
父は仕事漬けで私や母を避けていたように思います。
そして母も、よく仕事と言っては家を空けていましたから」
「仕事を理由に娘を放っておくなど、度し難い父親ですわね」
クローゼは苦笑した。
「仕事を理由に家庭を蔑ろにする親がよろしくないのはその通りですが、でしたら仕事を口実に遊び呆けて家庭を蔑ろにする親はどのような表現をすれば良いのでしょうね?」
「え?」
「あれは私が四歳ぐらいの頃です。
冬の日、私は高熱を出し、しかし母は私を部屋に置いて外に出てしまいました。
私は泣き声を上げることも出来ないほど衰弱して、夕方になって、使用人から今日は私の姿を見ていないと聞いた父が部屋にやって来たんです」
貴族の子供の面倒は、多くの場合使用人が見る。
しかし、使用人の少ない下級貴族であれば、子供の面倒は母親が直接見る事も少なくない。
「父は私を抱き締め、泣いていました。
済まなかったと、何度も何度も言いながら。
幼い頃の記憶なんて殆ど覚えていないのに、あの頃の熱の酷さと父の温もりと涙だけはとても鮮明に覚えているのです」
アンジェリーナは言葉を紡げなかった。
これまでずっと、男爵当主が諸悪の根源だと思っていたのに、これではまるで……
「それから父は仕事を他の使用人に分散するようになり、私との時間を作ってくれるようになりました。
お金が掛かるので勉強は父が自ら見てくれました。
父では教えられない、 女性特有のマナーやダンスだけは外から人を呼びましたが、時間を作って稽古の様子を見に来てくれました。
父の手に引かれて平民街へ学びに行った事もあります。
雷で夜が怖い日は添い寝してくれました」
そう語るクローゼの表情は穏やかで、決して自分を蔑ろにする親という名の害悪を語る物ではなかった。
「私は、父を尊敬しているんです、アンジェリーナ様。
それこそ、旦那がいる身でありながら外で男遊びをするような母とは比べ物にならないぐらい。
他所に恋人のいる殿方を奪っておきながら、自分は他所の愛人との間に子供を作って托卵するような性根の腐った頭ラフレシア女よりも、ずっとずっと」
「…………は?」
アンジェリーナはいよいよ信じられなくなってくる。
「托卵……?」
「えぇ。
だって私、似ていないんですもの。
ピンク髪の母にも、金髪の父にも。
紫ですよ?私の髪」
クローゼは自分の毛先を摘んだ。
「調べれば、学生時代から母は遊んでいました。
交友関係の中には紫髪の男性もいました」
アンジェリーナは唖然とするしかない。
「ちなみにその男性も母とは遊びだったようで、私を孕んだ頃には蒸発してます。
それでも貴族、金さえ積めば若くて見目の良い燕なんていくらでも買えるものなんですね。
娘を放ったらかして、我が家の金もつぎ込んで、実家からも仕送りしてもらって、そうやって遊んで遊んで遊んで、最後には性病でポックリ逝っちゃうんですから。
母の葬式は笑うのを堪えるだけで大変でしたよ」
クローゼは唖然とするアンジェリーナに笑みを浮かべた。
「正当な娘がいるのに庶子が家を継ぐなんてあり得ない、と申されましたね。
しかし、そもそも私は正当な娘ではないんですよ。
残念ながら私は、お父様の血を引いていないのですから。
ですから、妹の方が家督を継ぐ事は正しいのです」
おそらく、父も途中で気付いていたはずだ。
それでも、父はクローゼを育て上げた。
クリアーゼ子爵家に送り飛ばしても誰も文句は言わないはずなのに、そもそも他所に恋人がいる家の令息に、身分を笠に着て婚約を結ぶ家は禄な家ではないと、その選択を選ばなかったのだ。
「もちろん、アンナさん自身も好ましい女性であったというのも大きいですよ?
彼女は父と別れた後、修道院に入りシスターとして過ごしていました。
父とアンナさんは最初、私の手前遠慮していましたが、私がお膳立てすれば結婚届を出してくれましたよ」
「あ、で、ですが……!
妻がいる内に他所に子供を作った事実には代わりありませんわ!」
「?父とアンナさんは不倫なんてしていません」
「ですが、妹がいるという事実が……!」
そこで、コンコンコンとノックされた。
「アンジェリーナ様、クローゼの義母のアンナと申します、紅茶を淹れたので入ってもよろしいでしょうか?」
「……えぇ、どうぞ」
「失礼します」
部屋に入って来たのは、赤色の髪の女性だった。
極めて目を引く美女ではないが、優しげで柔らかな印象の女性である。
「申し訳ありません、すぐにお茶を用意しようと思ったのですが、ちょうど娘がぐずり出してしまって……」
「ぐずる?」
「はい、普段は比較的大人しい子なのですが、知らない方が家に入られた事でビックリしてしまったのかと」
アンジェリーナは自分がそもそもの思い違いをしていた事に気付いた。
「その……娘さんのご年齢は?」
「今年で2歳になります」
アンジェリーナは額を抑えた。
死んだ正妻、再婚する平民、庶子の義妹。
そんなキーワードから、無意識的に自分で展開を決めつけていた事に気付いてしまった。
その事が恥ずかしく、気まずくなる。
「その……それで、うちの義娘が何か粗相をしてしまったのでしょうか?」
「……いえ、ないですわ、むしろ私が粗相をした側だったんですわ……」
淹れてもらった紅茶は恥ずかしさと気まずさで何の味もしなかった。
色々作品見るけど、父親キャラと母親キャラだと父親がクズ扱いされる展開の方多くね?
てな感じから逆張りで真っ当な父とクソな母の作品を書こうと思いました。
作者が父子家庭だからかもしれませんが、世の中の母偉大、父邪魔みたいな風潮を見ると少しモヤってしまいます。
自分語りの後書きは読んでて鼻くそ穿りたくなると思いますので、以下は登場人物紹介へ
・アンジェリーナ・ノーベルギル
ノーベルギル公爵家の令嬢。公爵令嬢なのに大衆小説が好き。
正義感が強く不正を許さない熱血漢。
高位貴族特有の高い教養と身分を武器に、貴族界にのさばる悪事を片っ端から叩き斬る!……というのが本人的理想の自分だが、実際には今作のように、裏取り調査や聞き込みもなく、思い込みだけで突っ走って周囲を混乱させる事も多々ある。
見目は良く勉強も出来るが、王太子の婚約者ではなく第二王子の婚約者という辺りに周囲の大人の本音が見える。
・クローゼ・フラシェット
フラシェット男爵家の令嬢にして長女。
落ち着いた物腰で、学園では地味な方。
重度のファザコン。
結婚相手は父みたいな男が良いと思っているが、同年代の男が子供に見え過ぎて婚約者探しに難航してる。
いっそ妹が家を継いだら市井に下る事も考えている。
・アルヴィン・フラシェット
フラシェット男爵家当主。
仕事の出来るイケオジ。
クローゼは基本甘やかすが、叱るところはちゃんと叱る。
元々好きじゃない相手との子(しかも托卵)なので赤ん坊時代はあまり関心がなかった。
が、風邪を引いているにも関わらず母に捨てられたクローゼを見て自分が守らなければと思うようになる。
後半、クローゼと家族の絡みとか父視点とか入れようと思ったが、長くなりそうなので止めた。
・クロリア・フラシェット
頭ラフレシア女。クローゼの母。
元々子爵家三女で見目が良く、甘く育てられていた事もあり男の理想ばかりが高くなった。
いよいよ顔と口だけは上手い男にのめり込んだ時には家族も不味いと思い、婚約者のいないアルヴィンと無理矢理婚約関係を取り付ける。
が、頭ラフレシアな彼女からすればアルヴィンは自分の恋路を邪魔する障害物であり、逆に恋を燃え上がらせる事となった。
その恋の結果、娘を孕んだ時点で愛人は逃げ、浮気相手の子供と言って面倒になる事も恐れてアルヴィンの子供と言い張る事にした。
愛人に裏切られ、子供も出来た段階で我が身を正せれば良かったが、結果としては愛人にチヤホヤされながら堕落した遊びに耽っていた頃の快楽を忘れられず、男爵家や実家の金を使って不健全な遊びに耽る事となる。
遊びたい放題やって死ねるのだから本人も本望では?
・アンナ・フラシェット
クローゼの義母。
謙虚で善良な性格。元は食堂のウェイトレスだった。
アルヴィンと恋人だったが、クロリアの横槍により関係を断つことを余儀なくされた。
修道院に入ったのは、傷心の彼女に近付く男が多かった事と、アルヴィンを忘れるよう催促する周りの声にうんざりしたから。
報われないと分かりながら、せめて心の中で愛する自由だけは奪わせまいとした。
そうして操を守り続けたのが幸いし、アルヴィンとの再婚は比較的スムーズに行われた。
・オフィーリア・アンドレス
名前だけ出てきたモブ令嬢。
アンジェリーナもアレだが、公爵令嬢相手に正確性の薄い情報を軽々しく持ち込む彼女が一番貴族令嬢としてアホかもしれない。
2/3、12〜13時点、日間ヒューマンドラマ短編部門7位
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