第8章 ふたつの影 ― 宮野と波多野、交差する軌跡 ―
リンクルの給湯室。
昼休みのざわめきが遠くに響く中、
静かに湯気の立つコーヒーが2つ。
その前に立っているのは——
宮野由維と、波多野樹。
2人とも無口なタイプだが、
“沈黙の質”がまったく違っていた。
宮野は、
誰も寄せ付けない孤高の静けさ。
波多野は、
誰も気づかない薄い笑みを纏った静けさ。
対照的な空気だが、
奇妙に調和していた。
波多野が、カップを片手に小さく言う。
「……発動したようだね。」
宮野は視線を落としたまま、短く答えた。
「ええ。」
「感想は? “JOKER”を引いた気分は。」
「……別に。
目的は“技術評価”ですから。」
波多野は苦笑する。
「君も変わらないねぇ。
昔から“誰が見破るか”が一番楽しいって顔をしてた。」
宮野の指先が一瞬だけ止まる。
「……あなたが言いましたよね。
“仕掛けてみればいい。
本当に自分の技術が通用するのか、確かめればいい”って。」
波多野はわざとらしく肩をすくめる。
「そんな昔の話、覚えてた?」
「忘れませんよ。
あの展示会で、あなたは唯一……
わたしのコードを“見抜いた人”でしたから。」
波多野の笑みが深まる。
「だからこそ、教えてあげたんだ。
“君はもっとできる”ってね。」
宮野は視線をカップの中に落とし、
静かに続けた。
「今回も……
わたしの仕掛け、見破れますかね。」
波多野はあざけるように笑う。
「どうだろうね。
ただ——
“彼ら(アークシステムズの3人)”は、甘くないよ。」
宮野の目がわずかに揺れる。
「……わかっています。」
「特に凪陽翔。
あいつは……僕と同じくらい“厄介”だ。」
宮野は息を飲んだ。
「……あなたと?」
「そう。
君の癖も知ってる。
スクリプトの匂いもわかる。
そしてね——」
波多野はゆっくりと宮野を見た。
「今回の“本当の目的”に、
君は気づいていない。」
宮野の表情が初めて強張る。
「……え?」
波多野は微笑んだ。
その瞳は氷のように冷たい。
「君の“JOKER”は、
僕が描いた舞台にすぎないんだよ。」
宮野の手が震えた。
(……わたしは……ただ、試したかっただけ……
なのに……波多野さん……?)
そのとき——
給湯室の外から誰かの靴音が響き、
波多野はすぐに表情を切り替え、カップを置く。
「じゃ、行こうか。
仕事がある。」
宮野は声を失ったまま、
波多野の背中を目で追った。
(……“利用された”?
わたしが……?)
フロアに戻ると、
アークシステムズの3人が作業室に入っていく姿が見えた。
波多野の言葉が頭の中で響く。
——“本当の目的”。
胸の奥で、宮野の静寂が崩れはじめた。




