第6章 仕組まれた罠 ― InsertとEscの真実 ―
リンクルのシステム管理室には、
機械のファンの音だけが静かに響いていた。
凪はログファイルを解析しながら、
眉間に深いしわを寄せていた。
「柊先輩……これ、やっぱり“事故”じゃないです。」
柊はその隣に立ち、画面を覗き込む。
「……ここだな。」
画面には、
InsertキーとEscキーが押された記録が、
妙に離れたタイミングで2度ずつ残っていた。
環はメモを取りながら尋ねた。
「……これは、どういう意味なんでしょうか。」
凪は指先で画面をなぞりながら説明する。
「本来、1度の作業でこの2つのキーを“別々の日”に押すことって、普通はないんです。
しかも、“押した瞬間だけ”限定で仕掛けが動くように設定されている。」
「押した瞬間だけ……?」
「そう。
2回目のInsertか、2回目のEsc。
どっちでもいい。
それを押した瞬間だけ——
漏洩用のスクリプトが発動するように仕込まれてます。」
環は手を止めた。
「……ということは、
芦野さんは……“押してしまった”。」
「ええ。完全に“たまたま”です。
どう考えても本人のミスじゃない。」
その瞬間、
環の胸が再び、きゅっと痛んだ。
(“たまたま押したキーで起きた漏洩”……
あのときと……似てる……)
柊は環の小さな変化に気づき、
そっと声をかける。
「環……無理はしなくていい。」
環は小さく首を振る。
「柊……ありがとうございます。大丈夫です。
……調査を続けましょう。」
凪は続けた。
「この仕掛け……仕組んだのは“相当な実力者”です。
ただの趣味レベルじゃない。
仕組まれたスクリプトが、あまりにも綺麗すぎる。」
柊が腕を組む。
「宮野由維……か?」
凪は首を横に振った。
「……まだ断定はできません。
でも、“トリガーの癖”はあの人のものに近い。」
環は、さきほどすれ違った宮野の無表情を思い出し
小さくつぶやいた。
「……何かを仕掛けて、
それが発動するのを“待っている”?……」
そこで、凪が画面のログを指差す。
「柊先輩。このログ……ひとつだけ“別の手口”があります。」
「別の……?」
凪は真剣な声で言った。
「はい。
“宮野さんの癖じゃない部分”があるんです。
手口が2種類混ざっている。」
環が息を呑む。
「じゃあ……犯人は2人……?」
凪は目を細めた。
「……“誰かが宮野さんを利用した”可能性があります。」
柊は静かに言った。
「波多野さんか。」
凪は何も言わない。
だが、その沈黙が全てを語っていた。
―――InsertとEsc。
一見なんの意味もない2つのキーが、
“罠の扉”として機能するように仕組まれていた。
そしてその扉は、
まだ誰も知らない“真犯人”へとつながっていた。




